第三三話 すべては仕組まれた事実
突然師匠であるルチアーノに引きずり出されたことが気に入らなかったのか、文句を言いながら立ち上がるとドレスの裾を払った。
そして宙から煙管を出すと、手を振りかざし、火を点した。
紫煙を吸い込むと少し落ち着いたのかけして広くはない牢獄に集まっている面々を見渡した。
「で、どういう事ぢゃ?妾が悪さを仕出かしたというが、心当たりが多すぎて皆目見当もつかぬ」
「それもどうなんだい」
「師匠の弟子なのだから同然ぢゃ」
「そう。では私からお聞きしたい事が多々ありますから覚悟の方をお願い致しますね」
「そなたは……」
「今はココ・ブラウンと名乗っているのでココと呼んでくださって構わないですわ」
眉をひそめながらココを見上げるエルステディアに綺麗な笑みを返す。だが、瞳だけは少しも笑っていなかった。
「単刀直入に申しまして、パトリシア・アエシュマをご存知ですか?」
「パトリシア・アエシュマ?誰のことぢゃ、それは」
「この令嬢の事です」
拘束され、動けないパトリシアをエルステディアの前に倒す。亜麻色の髪が冷たい石畳の上に散らばるのを眺めながらエルステディアは首を傾いだ。
伏せ気味の虹色の瞳がパトリシアを見つめる仕草を眺めながらココは問いかける。
「知らないのですか?」
「……このような娘、妾は知らぬ。一体何の濡れ衣を着せられそうになっているのぢゃ、妾は」
不機嫌そうにそういうものだからココはパトリシアを退けると、オリエルダに確認を取る。やはりパトリシアを紹介したのはエルステディアで間違いがないようだ。
ココの中でバラバラになっていたピースが一つになるのを感じながら更に笑みを深めた。
怒りながら微笑んでいるココに怖れたように後退る者もいる中、ココはアルヴィドに視線を移した。
「まあ、そこに転がっている令嬢を見た事がなくとも、こっちのアルヴィドは見た事があるでしょう」
「……ああ、あの時の男か。そちらは知っておるぞ」
「そうですか。では、今回の黒幕はたった一人ですね」
ココの中で簡単に結論が出たのか、怒りを含まれた声が漏れた。
「今回の事件全てに絡んでいるのはシリウス。あの魔導師しかおりません」
「シリウス?」
「そうです。オリエルダ様がお会いなさったのもシリウスが化けた姿でしょう。そうすれば全てつじつまが合う」
「どういう事だ?」
怪訝そうな顔を浮かべる面々の中、アルヴィドの表情が更に険しさを増す。
こうなってしまった今、導き出した答えを告げてもいいが、その前に撤回して欲しい言葉があった。
全ては里愛を元の世界に戻す為に、どうしても言って欲しかった。
「リディア様を花嫁から外してくださいませ」
「それは既に決定してしまった事だ。今更決定事項を覆すのは無理だと知っているだろう」
「だとしても、です。まだ正式に決定しているわけでないではないですか。他にも令嬢はいますわ。それでも、リディア様がいいとおっしゃる理由を教えてくださいませ!」
ココの真剣な口調に怯むのが分かった。まあ、聞かれたくない連中が周りにいるのだ。
言いよどむのは分かるが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
真っ直ぐ見つめながらアルヴィドの言葉を待つ。少なくともリディア様自身を好きでないのなら結婚など絶対に許さない勢いであった。
困惑したように唇を開閉するアルヴィドだったが、覚悟を決めたように言葉を続けた。
「……リディアを気に入っている。どこが、と言われると難しいが、他の女共には興味すら持てない中、リディアだけはそう……輝いて見えた。一生懸命何かを頑張っているのが分かった。だから出来れば、側で支えてやりたいし、俺の手で幸せにしてもやりたい」
「そうですか。リディア様にはロリコンでマザコンな男だと思われていますから今の所その願いは望み薄ですね」
「誰がロリコンでマザコンだと!?」
「貴方ですよ。どこからどう見ても十歳前後の幼女に興味を持ち、更に母親である皇妃が気に入ったからっていう理由もその中に半分は含まれていること間違いないですから」
でなければリディア様にも興味を持たなかっただろう。そういう意味でも不幸体質と言うべきなのか。
「まあ、一番の理由はアデェラードに彼女が似ているのだと思いますけど。何せ初恋の相手を何時までも諦め切れず、未練がましい男ですねぇ」
「殺されたいのか、貴様っ……!」
羞恥心からか、震えるアルヴィドを尻目にココは盛大に溜息を零す。この様子ではリディア様を元の世界に戻す事は無理だろう。
物理的には可能だが、あのシリウスがその点を怠っているわけがない。何か必ずアクションを起こしているはずだ。
例えば――元の世界からリディア様の存在を抹消するとか。そうすれば例え戻れたとしてもリディア様の居場所は何処にもなくなる。
要するに帰れたとしても、帰らないのと同じことになるのだ。本当にやりかねない男なので、その点だけは覚えておいた方がいいだろう。
リディア様にそんな残酷なことは告げられないので戻れないと言いくるめるしかないが。
「でしたらこれから告げる真実も受け止める事も出来ますね」
「……何だ。まだ何かあるのか」
「ええ、ありますとも。ここからが本題です。リディア様はシリウスが無理やり連れてきた異世界の娘なのです」
「莫迦なっ……異世界からの召喚は大罪だぞ!そもそも召喚士にそれだけの力がある筈が……」
ない、といいきろうとした時、思い出したようにアルヴィドはルチアーノを見た。
そのとおり。彼女は時空間を操る類稀なる魔術師だ。幾多にも存在する世界をたやすく行き来する事が出来る存在。
殺気のこもった視線を身に浴びて、ルチアーノは不機嫌そうに「私じゃなくて、連れてきたのは弟子のエルステディアだろ」と顎でしゃくる。
逃げたくとも、ルチアーノがいるせいで逃げられないエルステディアは諦めたように盛大に溜息を零した後、頷いた。
「その通りぢゃ。シリウスに頼まれてのぅ、連れて来たのぢゃ。……恩着せがましく、昔の恩を振りかざしてくるから。ぢゃが、妾が手を貸したのはその一度きりぢゃ。それ以外は頼まれてもやらぬ」
「そういうことよ、アルヴィド。リディア様は普通の人間なの。貴方達、純血派が最も嫌う存在なのよ」
それでも、リディア様を大切に出来るのか。アルヴィドを試すようにココは言葉を紡いだ。
勿論それはアルヴィドも分かっているのだろう。今度は迷いなく告げた。
「だとしても、俺はリディアがいい。頭の固い連中が多いが、逆に異界の娘という事実を隠し通せばリディアに被害は及ばない。特殊な魔力を持っているという事実だけあれば十分誤魔化せる」
「そうね……ここにいる私達が黙っていれば問題ないもの。ということで、けしてリディア様が異世界の娘という事は秘密でお願いね」
一度決めてしまった事を覆すのも面倒なのか、特に反論することなく頷いた時だった。
ふと、思い出したようにエレアノーラは口を開いた。
「だが、何故シリウスの奴はリディアを花嫁にしたがったんだ?態々大罪まで犯して」
「……まあ、あくまで私の憶測だからなんとも言えないけど……多分いつまで経っても何かとアデェラードに会いたがるアルヴィドをどうにかしたかったんじゃないかしら?」
「そんな単純な理由でか?……まあ、アデェラードに対するシリウスの執着心はルベリエと似たようなものがあるな」
ある意味狂気の域に達しているのではないかと思うほどだ。そもそも、シリウスはアデェラードの夫なのだから何を心配する必要があるのか謎だ。
まあ、日頃の行いが悪いから常に離婚の危機に直面しているのかもしれないが、そんな事知らぬ面々は溜息を零した。
「しょうがない。シリウスの処分は後日決めるとして、そうなるとリディアを花嫁にする決定権はアデェラードに移行するぞ?」
「大丈夫よ。話せば分かるわ、アデェラードだって。何かみんな勘違いしてない?アデェラードのこと」
「いや……まあ、ココがいれば大丈夫じゃないか。アデェラードの奴ココに対してだけは態度違うからな」
アデェラードの説得役はココという流れで決定使用とした時だった。突然城を揺らす大きな爆音が響いた。
勢い良く顔を上げるココ。それは部屋を出る前にココが扉に仕掛けた魔術が発動した証拠だったからだ。




