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第三二話 敗者は全てを語らず

 暫くして、ココが本当にお粥を持ってきてくれた時には吃驚した。こちらの世界に来てからそもそもご飯を食べた事がなかったからないと勝手に思いこんでいたのだ。

 だが、珍しい食材であることには変わりなく、ココは綺麗な笑みを浮かべながら「食材を探すのに少々手間がかかりましたわ」と呟いていた。

 別にそこまでしてくれなくても良かったのに、と思ったが、弱った胃にはお粥が合っており、とても美味しかった。

 嬉しそうにスプーンで掬って口に運ぶ。さすがに梅干はなかったようで、薄く塩味で整えられたそれは口辺りも良く美味しい。

 夢中でお粥を口に運ぶ里愛を眺めながら何故かココはひどく安堵したように微笑んでいた。

 何やら随分と心配をかけてしまったようだ。どのくらい眠っていたのか尋ねれば丸一日も眠っていたらしい。

 どうりで身体がひどくだるいわけだ。この感じだと今日は寝台から出る事も出来ないだろう。

 お粥を平らげた里愛は再び寝台に横たわる。あれだけ寝た筈なのに眠気が再び襲ってきた。

 小さな欠伸を一つ零せば優しくココが「ゆっくり休んでくださいませ」と告げるものだから瞼をゆっくりと閉じる。

 多分次に目を覚ましたらルベリエはいなくなっていることだろう。夢に落ちる前、最後に礼を告げながら夢の中に沈んでいった里愛であった。



 一方、里愛が眠った事を確認したココはルベリエを寝室から追い出した後、そっと扉を閉めた。

 物音一つ立てずに扉を閉めると、念のため侵入者防止の魔法もかけておく。

 内側から開ける分には問題ないが、外側から強制的に開けた場合発動するものだ。

 むしろ里愛の安眠を邪魔するような輩などどうなってもいいと考えているココは容赦なく手足が吹き飛ぶほどの威力の魔法をかけた。

 勿論扉の近くに里愛がいようとも一切攻撃が当たらないように特殊な条件でのみ発動するものだから問題はない。

 満足そうにココは頷くと、歩きだした。その後ろを追うようにルベリエも歩く。

 さて、そろそろアルヴィドは犯人の目処でも付けている頃だろうか?

 この限られた空間で呪術士などそうはいない。簡単に見つけられるはずだろう。

 牢屋へと向かえば既に犯人と思しき少女が捕らえられていた。

 亜麻色の髪に桃色のリボンが印象的な少女は茶会で見た時のような穏やかさは消え去り、鋭い視線で此方を睨みつけている。

 魔術師を嫌悪する呪術士の瞳、その物だった。

 理由はいわなくとも分かる。里愛が虚飾大陸バインロリ出身だったから狙われたのだ。

 実際には違うのだが、そんな些細なことを気にするようなタイプでもなかったのだろう。

 唇を強く噛み締めた少女は吐き捨てるように声を漏らした。



「最悪だわ。まさか、こんなにも早く動くなんて……おまけに随分と豪華な顔触れが揃っているじゃない」

「パトリシア・アエシュマ。怠惰大陸スロウス出身の貴族令嬢となっているが、実際は嫉妬大陸エンヴィー出身の呪術士だ。肩に炎の刺青があった」



 無造作にパトリシアのドレスを肩からずり落とすと、踊るように燃え盛る炎の刺青が現れた。

 白いむき出しの肌に描かれたそれは皮肉にもルベリエの顔に付いている刺青と同じだ。

 呪術士はみな、体の何処かしらに刺青を入れる。大抵は特殊な魔法で刺青を隠して過ごしたりするのだが、拘束され、魔法を封じられた今となっては隠すことすら出来ないでいた。

 それでも剥き出しの本能を隠すこともなく、威嚇し続けるその姿にいっそ憐れみすら覚えるほどだ。



「おい、アーチェ。問題起こしたのお前の所の花嫁候補じゃねぇか。人選間違えたんじゃねぇのか?」

「煩いなぁ。君みたいに選ぶのが面倒だからって孫を花嫁候補に選ぶ悪魔に言われたくないね」

「何だとぉ!?そもそもだな、俺が選んじゃなくて、ルチアーノが勝手に話を進めたんだよ!」

「出たよ、人に責任を擦り付けるなんてサイテーだね」

「テメェ、食われてぇのか!」

「何さ、やる気かい?その姿で」



 捕まった犯人そっちのけで喧嘩が始まりそうな雰囲気に話を戻すようにエレアノーラは報告書を揺らしながら二人を睨みつける。

 指を鳴らしながら一言「殴られたいのか?お前等」といえば素直に大人しくなった。よほどエレアノーラに殴られたくないらしい。

 再び静寂が戻った牢屋の中、エレアノーラは続きを語り始めた。



「リディア嬢を襲った理由は今の所不明。だが、先日本棚が倒れた事件で血と髪を入手し、呪術を完成させたのは間違いない。罪をアルテミシアになすりつけようとしたようだが、発動した呪術に注がれた魔力が一致した。言い逃れは出来ないぞ、パトリシア。何故リディアを狙った」

「……狙った?可笑しなことを口にしますのね、貴方達は。狙うように仕向けたのは貴方達じゃありませんこと?こんな好機なんて一生ありませんわ。呪術士を皆殺しにした化け物が選んだ花嫁候補を殺せるなんて」



 化け物。その言葉を聞いた瞬間、誰よりも先に動いたのはルベリエだった。

 拘束されているとは思えぬ俊敏な動きでパトリシアの胸倉を掴むと壁にぶつける。フードの下から微かに見える瞳は冷え切っていた。

 一方のパトリシアは大きく瞳を見開いた後、唇を戦慄かせた。



「あ、ああ……あなた、様は……」

「アデェラードの事を貶していいのは僕だけだ。お前のような奴がアデェラードの事を語るんじゃない」

「で、ですが、あの女は……」

「二度も言わせるな。あの出来事は僕とアデェラードの問題だ。今更他者がどうこういう必要はない」

「ですが、貴方は呪術士達の希望なのですっ!エンヴィー様も未だに次の契約者を選びになりません……待っていらっしゃるのです。ベルモンド様が戻っていらっしゃるのを」

「だとしても、それとアデェラードを貶すのは別問題だ。分かっているだろ。アデェラードに勝負を挑んだ結果、僕は負けた。敗者は何も言う権利はない」

「う、ううぅ……」



 両手で顔を覆いながらその場で泣き崩れるパトリシア。ルベリエの言葉が相当応えたのだろう。

 言葉にならない様子で泣き続けるその姿に少しは怒りが収まったのか、ルベリエはパトリシアから離れた。

 振り返ったルベリエが見たのは何故か神妙な面持ちをした面々だった。



「どうしたのさ?」

「いや、お前って相変わらずアデェラードの事になると目の色を変えるというか……本当に一時は殺しあった仲だよな?」

「勿論だよ。だから敗者の僕はこうして危険視され、力を封じ込められているんだろ」



 長い外套の下に隠された両手には今でも重い鎖つきの手錠が付いている。動く度にじゃらり、と重い音を奏でるそれは確かに存在感があった。

 だが、それ以上にコイツのアデェラードに対する思いは異常過ぎる。誰もがそう思いながらあえて口にはせず、話を戻す事にした。



「だが、呪術士をここまで入ってこられたということは、ここまで手引きした者がいるという事だが……」

「何故俺を見る」

「まあ、お前ではないのは分かっているから安心しろオリエルダ」

「嘘付け。今、思いっきり怪しんでいる視線で、人のこと見たくせによくいうな」



 紅玉の瞳を細めながらオリエルダは不機嫌そうに唇をへし曲げた。頭上で艶やかな赤い髪が揺れ動く。

 腰に手をあてがいながら周囲を見渡すと、オリエルダは苛立ち紛れに契約者であり、夫でもあるアチェディアに視線を向けた。



「おい、アーチェ。何故パトリシアが花嫁候補になったのか覚えているか?」

「知る分けがないでしょ。そういう政治方面はオリエルダに一任してるんだから」

「役立たずめ……まあ、いい。確か、パトリシアは俺が選んだというよりも、誰かの推薦があったからそれにしたんだ」

「推薦だと?」

「そうだ。名前はなんだったかな。黝い髪を緩く巻いたご婦人で――ああ、そうだ。名前は確か……エルステディアと名乗ったかな?」



 その名前を聞いた瞬間、ココの顔が盛大に歪んだ。そして、怒りの矛先は当然のようにルチアーノに向けられる。

 当の本人はとても涼しげだ。苛立ちも露わにココは低い声を漏らした。



「ちょっと、ルチアーノ!弟子にどういう教育をしているのよ。無関係だったら別に気にも留めないけど、今回は許せる範囲をとっくに超えているわよ」

「そう言われてもねぇ……既に独り立ちした弟子の不始末を押し付けられても困るのは私なんだけど……」

「だったら、ここに今直ぐ呼びなさい!直ぐよ、直ぐ!参考人として私が直接聞きだして上げるわよ!」

「そう怒り立つなココ。整った顔立ちがかわいそうな事になっているぞ」

「うるさいわ!」

「しかたがないねぇ……」



 ルチアーノは面倒そうに何もない宙を睨んだ後、前に手を伸ばす。そして探るように動いていた指先が何かを掴み、引っ張った瞬間、それは現れた。

 冷たい石畳の上に転がり落ちる麗人。黝い髪に虹色の瞳を宿した人物は瞳を瞬かせながら辺りを見渡し、そしてルチアーノの姿を見つけるとあからさまに顔をしかめた。



「げっ……お師匠様……何故ゆえこのような場所に妾を引きずり出したのぢゃ」

「お前、また私に隠れて何か悪さを仕出かしただろ。ん?言ってみな。今なら半分くらいの罰で許してやるから」



 邪悪な笑みを浮かべるルチアーノに頬を引きつらせるエルステディアであった。



 


 

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