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第二一話 緊張ばかりの一日


 よほど花嫁候補である自分が図書館に訪れたのが珍しかったのか、黙ったまま突っ立っているアルヴィドを尻目にどうすれば良いか考える里愛。

 別に無視して本を探してもいいのだが、さすがにそれは花嫁候補として来ている令嬢のすることではないだろう。

 よしんばこのまま嫌われればいいと思う反面、ヴェルンヘルから助けられた礼も言っていなかったことを思い出し、礼を告げる事にした。



「あの……助けていただいてありがとうございました。凄く助かりました」



 凄くという部分を強調すれば少しだけ空気が和らいだような気がした。気がしただけで気のせいなのかもしれないが。

 アルヴィドは相変わらず何かに苛立っているような不機嫌そうな面を浮かべながら言葉を発する。



「離宮とはいえ、ああいう輩もいるから極力一人で出歩くな。ココはどうした?」

「部屋の掃除中です」

「部屋の、掃除……」



 何やら呆然とした様子で呟くものだから何か言ってはいけない事を口にしてしまったのだろうか。

 だとしたら不味かったかもしれないと、内心慌てるもののアルヴィドはあまり表情変えることなく溜息をついただけだった。

 そんなにココが部屋の掃除をしている姿が想像できないのだろうか。ココは本当にテキパキ働いてくれる良く出来た侍女だと思っている。

 こんな世間知らずの自分にだって文句の一つ言わずに付き合ってくれるのだからいい性格をしているのだろう。

 だからアルヴィドにも本当の事だと説明したかったが、逆に変な行動をして悪目立ちするのは止したかったのでやめておくことにした。

 やっぱりここはさっさと退場すべきだよね。そろそろとその場から去ろうとする里愛だったが、目敏く里愛が持っていた便箋に気づいたアルヴィドが怪訝そうな表情を浮かべた。



「便箋なんて持ちだして何をする気だ?」

「……この間、リナーシャ様が傷を治してくださったそうなので、お礼の手紙を書こうと思いまして……」

「ああ……昨日の……」



 里愛の言葉に当事者であるアルヴィドは思い出したように頷くと、急にその場にしゃがんだので驚いた。

 びくっとしながら一歩引き下がる里愛。反射的な行動に、一瞬アルヴィドの眉が動いたが黙ったまま里愛と視線を合わせる。

 偉い方が絨毯の上とはいえ、膝を付くのは不味い行為なのだろう。いくら常識にうとい里愛でもそのくらい分かった。

 止めてもらうようにアルヴィドの名前を呼ぶ。しかし、アルヴィドは頭を下げたまま一歩も引かなかった。



「ア、アルヴィド様!」

「昨日は私の不注意で怪我をさせてしまい済まなかった」

「もう大丈夫ですから、顔を上げてください」

「リナーシャがこの城にいなかったら傷を治せない所だった」

「もう大丈夫ですから。傷もありません」

「ああ、そのようだな」



 そう呟きながら里愛の前髪を退け、ぶつかった額を見つめる。触れたのは一瞬だけで、直ぐに手は離れていった。

 それだけで酷く安堵する里愛。あまり男性に触れられるのは慣れていないためどうしても身体が硬直してしまうのだ。

 ましてや彼は自分を一度は殺そうとした相手だ。アルヴィド自身は気づいていないとはいえ、体は覚えているのか異常なまでに反応してしまう。

 困惑したように見つめる里愛にアルヴィドは立ち上がると「便箋は必要ないだろう」と告げた。

 意外な言葉に瞳を見開く里愛。どうして……と問いかける前にアルヴィドが答えた。



「リナーシャはそういった謝罪文を受け取っても読まない奴だ。そもそも、面倒臭がりな一面があるから文を受け取ったとしても返事をするのが面倒だというだろうしな」

「でも、お礼ぐらい告げたいです」

「だったら菓子折りを用意した方がいいだろう。食えない手紙より甘い菓子の方がアイツにとってはよほど有意義なものらしいからな」



 なるほど。それは一理あるけれども、それは人としてどうなのよ?という里愛の疑問などそっちのけでアルヴィドは里愛から便箋を奪い取ると投げ捨てた。

 あまりにも無造作な動作に驚く里愛。更に驚きだったのは便箋が絨毯に着地する前に消えてしまったことだ。

 阿呆面をさらす里愛にアルヴィドは「部屋に戻しただけだ」と呟く。

 さすがに焼却炉に送られているとは思っていなかったが、何でもありの世界だなと感心せざるをえない光景だ。

 普通の魔術師でもあんな風に何の予備動作もなく魔法を発動させるのは不可能なのではないだろうか。

 というか、どう考えても可笑しな光景だ。

 次期大魔術師になる人とはいえ、さすがに限度があると思うのだが……まだ、この世界のことを理解しきれていない里愛は感心したように見つめることしか出来なかった。

 立ち止まったまま動かない里愛にアルヴィドは館内を見上げながら呟く。



「何の本を読むんだ?」

「そ、そうですね……歴史に関する書物、とか読んでいます。他ではあまり無いような……」

「どの時代の歴史書だ?」

「そうですね……六百年前のものが欲しいです」



 六百年前に今と同じように花嫁候補を決めた怠惰大陸スロウスの話を詳しく知りたかったのだ。

 本当はもっと基本的なことが知りたかったが、さすがにアルヴィドの手前、そんな本を借りていたら怪しまれてしまう。

 ただでさえ昨日は痛みで、というよりも抱き上げられたショックで気絶しているのだ。出来ればこれ以上醜態をさらすのは何とかしたいところであった。



「六百年前の歴史書、か……」



 六百年前の歴史書があるのは知っているのだろうが、どこにあるのかまでは憶えていないようだ。

 ヴェルンヘルのように魔法で本を呼び出すわけでもなく、通路を歩きだす。少し遅れて里愛がその後に続いた。

 歴史書がどこにあるのかは大体覚えているのか、その足取りは迷うことなく突き進んでいた。

 どれも難しそうな題名が並ぶ中、ふとアルヴィドの足が止まった。つられて顔を上げれば前に借りた本と似たような古びた本が収められていた。



「六百年前、と言えば……ちょうど今のように花嫁候補が行われたと聞く。それを知りたかったのか?」

「それもありますけど……ここには珍しい本がたくさんあるので色々学ぶことが多いんです」



 こういう時は下手に繕うことはせず、本音を織り交ぜるのが一番だ。全部嘘で塗り潰された虚言はたやすく見破られる可能性があるし、相手はアルヴィドだ。

 何を考えているのか分からない手前、里愛は無難な返事をした。模倣解答をする里愛に対し、アルヴィドは無言で数冊本を取ると、再び歩きだす。

 言葉がないため、そのまま本を渡されると思っていた里愛は驚いたようにその後ろ姿を追いかける。



「あの、本くらい私が持ちます!」

「どうせ部屋まで一緒なんだ。そのくらい持って行くさ」

「へ?……部屋まで、一緒?」



 今、とてつもなく嫌な科白を聞いたのだが、何故だろうか。何で部屋まで一緒なのか聞くことが怖い。

 嫌な汗を掻きながら里愛はアルヴィドの大きな背中を見つめた。



「今日は昨日の詫びも兼ねて昼食を一緒にとる予定だったはずだが?ココから何も聞いてないのか?」



 ええ、聞いていませんとも!今日は特に何もないと聞いていたのにこれは詐欺としか言いようがなかった。

 ……少なくとも今日のお昼の味は緊張のあまり良く分からないことだろう。内心げんなりしながら里愛はアルヴィドの後を追いかけるのであった。





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