9:彼女は決して変態ではない(多分)
がたがたと震える魔王。
ハァハァと呼吸荒く、どうにかして魔王に抱き着く、あるいは手をにぎにぎしてやろうと企んでいるイリアステル。
そして、間に挟まっている可哀想な勇者エリック。
「やだ!そいつほんっっっっっっっとうに!やだ!勇者、あたくしのこと守りなさいね!!」
「何でですか魔王ちゃん!!ねぇ、ちょっとお姉さんとおてて繋ごう!?」
「嫌よ!!」
「アンタのその顔はどうにかならんのか!」
「はぁ!?至って普通でしょう!?」
ギラギラと目が光っているイリアステルに対し、勇者も魔王もツッコミが止まらない。
そもそもこの人いいとこのご令嬢なのに、何で魔王に対してはこうなんだろうか、とエリックは考えていたが、魔王がギリギリと足に力を込めてくるから段々呼吸が危うくなってきた。
ちなみに体勢は肩車のようなものではあるが、魔王が足を巻き付けているのはエリックの首だし、がっちりと頭に抱きついているからそこそこ重い。
あまりにも余裕がないのだろう、魔王なら絶対に使えるはずの重力魔法も使わないまま、器用にエリックにがっちり抱き着いたままでぶるぶる震えている。
「あの、魔王、さん。俺の、首、しまってるんです、が」
「え?あらいやだわごめんなさいね勇者」
器用に緩めてくれはしたものの、魔王がエリックにべったりだという事実は変わらない。
それがイリアステルは面白くないし、とてもとても不満なのである。
「だぁかぁらぁ、ずるい!!何でエリック氏だけ!?ずるーーーーい!!」
ぎー!!と騒いでいるイリアステルだったが、そもそも普段からの見た目と相反している今の変態おっさん真っ青の顔が、魔王を怯えさせているのだと気付くわけもなく。
エリックですら若干どころではなくドン引きしているというのに、気付かないのは本人ばかりなのである。
「私は!!魔王ちゃんと!!純粋な気持ちでお手手を繋ぎたいだけなんですよ!!」
「嫌よ!!」
「何で!!」
「見た目も何もかも怖いから!!」
ズバッとほぼ半泣きな様子で言われてしまい、イリアステルはよよと泣き崩れてしまうが、エリックも魔王も同情なんかしない。
むしろ、この騒ぎを魔王がおばあちゃんに届かないようにしてくれていたのは、大変グッジョブである。
恐らく、おばあちゃんにこれを聞かれてしまうと、おばあちゃんの思考が止まってしまうことだろうに違いない。
「私はただ……ただ……魔族でも大変愛らしい見た目を持つものがいるんですよー、っていう論文を書きたくて……!」
「やめろそんな論文」
「一個人の見解でしかないそんなくだらないもの、論文だなんて言わないと思うわあたくし」
どす、どす、とイリアステルに特大の釘がぶっ刺さる音を聞きながら、言われた張本人が瀕死状態になっている。
これ幸い、と魔王はするするとエリックの頭部から降りてきた。
「ごめんなさいね、勇者」
「はいはい、ちゃんと謝れて偉いな」
よしよし、と魔王の頭をベール越しに撫でてやれば、嬉しそうに目を細める。
「ぐっ……私だって……私だってぇ……」
泣きながら地面をどんどんと叩いているイリアステルだったが、そもそも初対面でにちゃりと笑いながら鼻息荒く迫ってこられるのがどれだけの恐怖なのかを、きちんと自覚した方がいいとは思う。
思うが、どうしても好きなものに対しては一切の我慢ができないので、イリアステルは己のヲタク体質をほんの少しだけ呪った。ほんの少しだけなので、恐らく一週間後にはあっけらかんとして忘れているだろうが。
「……何でそんなにエリック氏に懐いてるんですか、魔王陛下……」
「そこから先に来なかったら、あたくし貴女の質問に答えてあげる」
「うぐ……!い、行きません!!行きませんからその可愛らしいお声を!!早く!!」
「…………」
珍しく『なんだコイツ』という顔を浮かべている魔王だったが、あっけらかんと言葉を続けた。
「勇者は、ちゃーんと自分の役割を理解して、あたくしと遊んでくれるからよ。駄目なことは叱ってくれるもの」
「そんなことで!?」
「別に、他のニンゲンを相手にしても良いけれど、他のニンゲン相手に勇者にしてるくらいのことやると、死んじゃうわ」
「……え?」
待て、とイリアステルはサッと表情を変える。
確かにエリックは並々ならない強さを有しているが、まさかここまで魔王に認められているだなんて、と驚愕の表情になっていった。
「エリック氏、あなた……どれくらい強いんです?」
「初対面の魔王に攻撃仕掛けられても生き残れるくらいには……?とはいえよう分からん、ってのが本音だけど」
「は!?いやいや何それ……」
「まぁでもそれって、あたくしが手加減してたから、だけどね。とはいえ、この人勇者として覚醒する前からあれだけ強いんだし、今はもーっと強いのよね?ねっ?」
キラキラしたおめめで見上げてくる魔王に、どう答えてやるのが正解なのか、とエリックは思わず頭を抱えそうになったが、イリアステルは更にそれどころではない。
初手でどうにかして魔王の攻撃を凌ぐだなんて、色んな意味で頭がおかしいのでは、と思うが、本人は普通というか、生き残るために必死なだけだったから、凄いことをしていた、だなんて考えてすらいない。
イリアステルはぽかんと口を開けつつも、魔王をじっと見る。
その目は既に魔術師としてのものに変わっており、先程までの変態おっさん丸出しではなくなっていた。
「……ふぅん、そのニンゲン、まともな顔も出来るのね。あたくし意外だわ」
「迂闊なこと言うと、まーた変態になるぞ」
「あら、それはいけないわ。でもね、勇者」
「ん?」
イリアステルのことは完全置いてけぼりで話す二人のことを、置いてけぼりを食らった当の本人は寂しいとか思う以前に、『何か人外同士がよく分からん会話してる!』という認識しか持てないらしい。
言われてみれば、エリックと魔王が謁見の間でやらかしたかるーい戦闘によって、城の天井が吹き飛んでしまった、とは聞いていたものの『いやそんなまさか、はっはっは』くらいにしか思っていなかったイリアステル。
正確にいえば、あれは魔王が使えるようになった巨大なおててのせいなのだが。
「そのニンゲンがあまりにも出しゃばってきたら、あたくし本当に殺すわ。勇者との時間って貴重なんだもの。ところでね」
「次はなんだ」
「おばあさま、静音結界の中に閉じ込めっぱなしなの」
「早く言いなさい!!」
「だって変態がやって来たのよ、あたくし我が身がいちばん可愛いわ」
「大変合理的なお考えですけれどもねぇ!?」
慌てておばあちゃんのところに走っていったエリックと魔王。
魔王はちゃんと人間に擬態しているし、指をついつい、と動かしてみれば、ぱきん、という軽い音とともに結界は割れた。
「あらまぁ、もうお祭り騒ぎは終わったのかい?」
「終わったわ、おばあさま」
「ごめんなばーちゃん、大丈夫だったか?」
「ええ、ええ。皆、怪我もないようで安心したわ。それよりエリック、いくつかお野菜持って帰りなさいな」
「え、良いの?」
「いつも畑仕事、ありがとうねぇ」
「助け合いだって、気にすんなよ」
にっ、と笑ったエリックを見上げている魔王は、何とも言えない不思議な表情を浮かべつつも、これがニンゲンのコミュニケーションなんだな、と学んでいる。
人に攻撃をしない魔王が、本当に存在しているのか。イリアステルはそう思いつつ、歴史の授業で語られた『現在は戦争状態では無いからこその平穏だ』という教師の言葉を思い出す。
あぁ、本当にそうなんだな。だがしかし、この平穏はエリックが死んでしまうとあっという間に崩れ去ってしまう、まるで砂の城のようなもの。
魔王は魔王で、魔界にいる誰よりもエリックが強い、と認識しているからエリックを殺さず、そして彼の言うことはきちんと聞きながらたまに遊びに来られれば、お互いWin-Winというところなのだろう。
だがしかし、問題はそこではない、とイリアステルは密かに拳をぐぐぐ、と握った。
「魔王陛下、一つお願いが」
「……なぁに、変態」
「幼女からの悪口あざっす!!」
「用件言えよお前」
腰をざっと曲げ、ヤンキーの舎弟も真っ青なほどに見事なお辞儀をしてみせたイリアステルだったが、本来の目的を思い出した。
「ひとつ、手合わせをお願いできませんか。私が負けたら…………とりあえずのところは、私はエリック氏の言うことを聞いてお触り我慢……」
「そう」
します、と続けたかったが、エリックに野菜を持ってくるために一旦家の中に入ったおばあちゃんには見られないように、しかしとてつもなく素早く魔王は擬態を解除した。
次には髪の毛を素早く編み上げ、巨大な手を形成してから、イリアステルに向けて容赦なく拳を振り下ろしたのだ。
「……ッ、ぐ!」
「イリアステル嬢!?」
振り下ろされた刹那、防御魔法は展開したものの、それをいとも簡単に破壊してからイリアステルを叩き潰さんとした……のだが、エリックの言うことは、魔王はきちんと守っている。
彼女を殺さないように、慎重に力加減は調整しているから、ちょっとうっかりイリアステルが地面にめり込んだ、くらいだ。
「……お分かり?」
にこ、と微笑みながら、手を素早くしまった魔王は、エリックの腕にぎゅう、と抱き着いた。
「勇者、約束通り後で遊んでちょうだい」
「はいはい、分かりました」
これは手合わせをしない限り帰らないな、と諦めたエリックと魔王は、遠慮なくエリックの家の近辺の森でとんでもない戦闘をすることになるのだが、それはまた別のお話。
そして、おばあちゃんから野菜の詰め合わせを貰ったエリックは、魔王との『遊び』が終わってからあれこれ料理を仕込んでいたのだが、後日知ったイリアステルから『主婦かアンタ』とツッコミを受けてしまうことになったのだった。




