1:遊び相手発見
「おめでとう、お前が勇者だ!」
「……はいぃ?」
いやいや何でだ、とたった今勇者に選ばれてしまった青年――エリックはあんぐりと口を開けた。
エリックは確か、夕飯の買い物にやって来て、野菜を買った時に『何か今くじ引きやってるから参加してみて』と言われて参加チケットを貰ったから、良いもの当たればいーいーなー、くらいの軽い気持ちでくじ引きに参加した。
特賞には『当たってからのお楽しみ!』という文言があったものの、これは恐らく当たらないんだろうなぁ、当たる人いないんだろうなぁ、と軽く考えていたエリックだったが、彼がボックスに手を突っ込んで、適当にがさごそ中身を掻き回してから引いた一枚のくじ。
「え?」
「おめでとう、エリック!いやぁさすがだな!」
「あの、ちょっと俺よく分かんないんだけど」
「その特賞引けるの、資質がある人だけなんだよ! 神官様が次の勇者を見つけるために国のあちこちでこういう仕掛けを作ってたらしくてさー」
あっけらかんとして話すくじ引き担当の顔見知りと、『やっぱりエリックが勇者かー』とのほほんとしている周囲の人々。
確かに、エリック自身にはそこそこ魔力があって、剣術も小さい頃から習っていたので、そこそこの腕前もあるのは自分でも理解している、だがしかし。
「勇者ってもっと特別な能力値の人がなるもんじゃないの!? 例えばお貴族様で特別な訓練を受けた人とかさぁ!!」
「そんなんで選ばれたら、どれだけ簡単か分からん、って神官様も嘆いてたくらいだぞ。資質がない人をどれだけ鍛えたところで、じゃないか」
言っていることは分かる。分かるのだが、さすがにこの決め方どうなんだ、なぁ神官様よぉ!とエリックが毒づいていたものの、周りは『え、マジでこの街から勇者出るの?』『あらやだ、エリックくんじゃない』とか、のほほんと話している。
小さい頃からこの街で育ったエリックは、よく見知った人が多いために、皆があちこちに『おーい、エリックが勇者だってよー』と言いふらしているので、今日一日あれば余裕で広まるだろう。
「納得いかねぇぇぇ!!」
「諦めろ、エリック。というわけで、王都にある大神殿に行ってから神官様やら国王陛下にご報告しなくちゃいけない、っていう案内も受け取ってるから支度しろよー」
「軽いな!?」
特賞が出た時点で、この国中で行われている福引き……もとい、勇者探しは終了。
今回はエリックが勇者だから、まず『勇者が見つかりました』という知らせが神官に届けられる。それが神官を通じて大神殿に届けられた後、すぐさま国王にも届けられる、という仕組み。
そんな仕組み作ったやつ誰だよ!というエリックの悲しき叫びは誰にも届くことはなく、特賞、と書かれた紙を持って、買い物した荷物を抱え、エリックはとぼとぼと自宅へと向かったのだ。
「……いや、この国の勇者選定システム作ったやつ、頭いいのか悪いのか、何なんだ……?」
実際、めちゃくちゃ効率が良いような気はするが、このタイミングでくじ引きをするとか何なんだ……とエリックは頭を抱える。
「色々起こりすぎて何がなにやら……つーか、いやほんと訳分かんねぇ……」
普通に農作業をしながら、たまに便利屋のようなことをして平穏に生きていくつもりだった。
ついでに、身体を鍛えるという意味で剣術も習っていたから、弱いモンスターが街の外に出た時は自警団のようなこともしていただけだったのに……とエリックは頭を抱える。
「……これ、無視したら……ダメ、だよなぁ……」
『特賞、おめでとう!』と可愛らしい文字で書かれた紙をテーブルの上に置く。
今はもうこの紙が呪いの呪文が書かれているようにしか見えないし、かといって無視しても恐らく国王が人をここにやるだろうことは明白。
「……準備、するかぁ……」
幸い、というかつい去年、自分の母を病で亡くしているから、今や天涯孤独の身となってしまっている。
親戚がいないし、エリックには兄弟もいない。
友人はいるが、恐らく勇者認定されたのだから、自分が死んだ後のあれこれは国がどうにかするだろう、と呑気に考えつつ隣の家のおばさんに家の管理だけお願いするか、と思いながら荷物を纏めようとした。
時だった。
「……ん?」
何だか、嫌な予感がした。
エリックは買い物をしてきた中身を保存庫に入れ、急ぎ足で家の外に出る。
「……あ、いたわ」
「子供……?」
家の扉を開けた先、小さな女の子がにっこりと笑って立っていた。
恐らく、体勢からして家の扉をノックしようとしたらしいその少女は、エリックを見て機嫌よく微笑んでから口を開いた。
「あなた、勇者?」
「は?」
この子は何を言っているんだろうかと、エリックは首を傾げる。
そもそも、こんな子供、街で見かけたことはない。新しく街にやって来たというわけではなさそうだし、身なりもとても良い。
シンプルなワンピースを着用して、何やらベールのようなものを被っているから直接的に表情が見えるわけではないのだが、口元がとても楽しそうに上がっているし、雰囲気はとても明るいから『笑っている』と思ったのだが、何となく。そう、何となく違和感が膨れ上がってくる。
「ねぇ、あなた勇者よね。良かったわ、国王に迎えに来られる前にあたくしが貴方に会えて良かった」
「あの……それって、どういう」
意味だ、と問いかけようとした矢先。
少女が立っている体勢からすっと腕を引いたかと思えばエリックの喉元に向けて、するどく尖った爪を勢いよく繰り出してくる。
「……っ!!」
狙いは迷うことなく喉元。
まずい、と察したエリックは横移動して避けるが、その少女は手を引きつつ地面を蹴り、飛んでから次に薙ぎ払うようにして蹴りを繰り出してきたのだ。
「うぉっ!」
頭を蹴り飛ばされてしまっては、エリックの方が吹き飛んでしまう。そう察したエリックは腕で頭部をガードする。
凄まじい衝撃と共に聞こえてくるばしん、という鈍い音。危険予知をしたともいえる判断で、腕に強化をかけていたおかげで骨折は免れたようだが、びりびりとした痛みがやってきた。
「……い、って……」
「わぁ……すごい……」
ふわり、と空中を少しだけ飛ぶかのようにしていたその少女は、ゆっくりとした動作で、地面にとん、と降りた。
「すごいすごい! あたくしに吹っ飛ばせないニンゲンがいるなんて! さすが勇者ね!」
「……は」
「うふふ、とってもすごい! 嬉しい!」
とても無邪気に喜んでいる少女のベールがふわり、とめくれ上がった。
「お前……魔族」
そこにあったのは、魔族特有の『目』。
しかも、風の噂で色が鮮やかに発色していればしているほどに強い、と聞いているが、この鮮やかさは並大抵ではない。
まるで宝石のトパーズのような、きらきらとした黄色の、魔力の籠った美しい魔眼。
服はごくごくシンプルなワンピースだから、てっきりどこかからやってきた、あるいは迷子にも見えそうなくらいだったのに、とエリックは腕を摩りながらじぃ、と目の前の少女を見据える。
「ねぇ勇者、初めまして。あたくし、今代の魔王なの」
「何て」
「魔王」
うふ、と可愛らしく笑っている少女が、何だかとんでもないことを言ったような気がしたけれど、きっとそう、これは幻聴だ。今から俺は夕飯を作って食べて、それから……と考えているエリックの鼻の先に、ずい、と魔王と名乗る少女は顔を近付けてきた。
ついでに、人差し指と中指を突き出してくる、所謂目つぶしもかけてこようとしていたから、エリックは思わずがっちりと魔王の手を掴んで止める。
「何してるのかなぁ、お前は!」
「だから、魔王! んもう、勇者ってばあたくしのことを次にお前、とか言うと村燃やしちゃうんだから!」
「無駄に人の生活を危うくするのやめなさい、めっ!」
「むー」
まるで近所の子供を叱るかのようにしているが、絵面は結構な危険な状態。
エリックが少しでも力を緩めれば、きっと彼の目が光を捕えることは出来なくなるだろう。魔王は決して力を緩めてくれないからエリックも必死にぶるぶると耐えてはいる。
「勇者がそう言うなら、一旦は燃やさないでおいてあげる」
「ずっと燃やしちゃいけません、あと目つぶしもやめなさい! おm…………魔王のこと見えなくなったら、こんなことできなくなるんだからな!」
「……」
はて、と首を傾げる魔王。
そして、恐らく脊髄反射的に目つぶしをかけようとしていたことを思い出したのか、『ああ』と何でもないように呟いてから、ふっと力を緩めてくれた。
「遊べなくなるのは、嫌ね」
「そうでしょうとも。……あー助かった。っていうかそうじゃない!! 何で魔王がホイホイこんなところまで来てるんだよ!!」
「うちの宰相が、新しい勇者が誕生したから、ちょっと力を見て見ましょう、って。弱けりゃ殺せばいい、っていうから」
「何だその物騒な話は!! 俺死にたくないんですけど!?」
「でもね、勇者は目覚めの儀式前なのに、あたくしに殺されなかった。これってとってもとってもすごいことなの! だからね」
にこー、と上機嫌で魔王は笑って、きゃるんとした目をエリックへと向ける。
「早く目覚めの儀式を執り行ってきて? 一緒に、ずーっと遊びましょ!」
「…………は」
嘘だろ、と呟きつつエリックは力なく笑う。
まさかこんなにもほいほい魔王が簡単に目の前に現れるだなんて。しかも速攻で殺しにくるとか何考えてんだ魔王サイドは! と内心ツッコミを入れるエリックの前では、魔王がとっても嬉しそうに笑いながら両腕を上げてくるくると回り踊っている。
「嬉しいわ、楽しいわ。あたくし、ずーっと退屈だったの!」
こうやって見ていると普通の女の子なのに……と思っていると、油断も隙も見せてはならない相手の魔王は、すぐさま次は首を落とそうと、腕に何やら魔力を纏わせながらエリックの首を薙ぎ払おうと腕を構えつつ、何ともまぁ軽やかにとーん、と地面を蹴って、飛んでやってきた。
「だからやめなさいってばあああああああああああああ!!!!!!」
「まぁ、これもきっちり止めるだなんて! やっぱり今回の勇者はとっても強いわー!!」
獲物を見つけた、と目をキラキラさせながらの魔王の言葉に、『とんでもねぇくじ引いちゃった……っていうか誰か交代してくれ……』と願うエリックだったが、どうやらその願いだけは叶いそうにもないことを、身に染みることになってしまうのだった。




