前兆在りて異世界の凶津神の話②
「「……ッ!?」」
四人が同時に驚いたのも束の間、黒い怪物は触手のうち一本を素早く伸ばすと、目玉型の端末を器用に搦め取っては掴んでしまった。それにより、端末からの映像が暗転して全く視れなくなってしまう。
「これは……拙いです! あの化け物、私たちのいる場所へ真っ直ぐ向かってきてます! おそらく、端末を掴まれた時点でこっちの位置を逆探知したみたいです!」
慌てて視覚共有魔法を解きながら女呪術師が言ったところで、街の向こうから建物や瓦礫を蹴散らしつつ、地響きを立てて何か巨大なものが近づいて来る気配と衝撃が全員に感じられた。
「……ッ! もう狙撃は間に合わないわね! だったら――防護装鋼!」
その緊急事態の発生に女騎兵は腹を括った顔つきになると、すぐさま呪文を叫んでは、自在なる小盾を装着した左腕を突き伸ばした。
するとスライドして開いた盾の隙間から、此度は液体金属ではなく、キラキラと輝く煙のような粉末が濛々と吹き出ては、彼女とその周りにいる仲間全員を覆い包んだ。しかもその細かい銀色の粉は、四人それぞれの全身へ吸着するように貼り付き、一瞬の発光と共に見えなくなってしまった。
「おい、何だ今のは?」
「呪いに対抗する為の保護膜よ。それが効いているうちは、生身で呪詛に晒されるより幾らかマシだと思うわ!」
実は今、女騎兵が行使した能力、それは自在なる小盾に搭載された隠し玉の一つとでもいうべき機能で、対象にいわゆる“メタル化”と同じ効果の魔法的コーティングを施すというものであった。
通常、メタル化したものは非常に高い各耐性や強度を得る代わりに機動性が大きく阻害されてしまうものだが、この能力での付与にはそういった弊害が一切無い。つまり、対象へは何の支障も無くメタル化の恩恵のみを与えることが出来るのである。
ただし、デメリットが無い訳でもない。この機能の使用は、小盾に内蔵された液体金属を回収できず、そのまま消費してしまうことになる為、有限の内容物量がその分だけ減ってしまうのである。つまりは通常戦闘でおいそれとは使えない、ここぞという場面で用いる為の術なのである
「来ます!」
女騎兵による防護措置が済んですぐ後、女呪術師が叫んだところで街の出入り口の門が派手に吹き飛ぶ。
そして、駆け込んでくるように、先ほどは端末越しに見ていた筈の黒い巨体に白い顔面の化け物が、実際に四人の眼前へとその姿を現した。
「4:::! 6j5qat、pylt@ykj<b@sw@0;6nweq6\tu7tof。h::::::!!!!」
四人に対して姿を見せた後、怪物はすぐには襲いかからずに彼らを見下ろしては、何やら上手く聴き取れない、訳の分からない言語で嘲笑っているような声を上げた。この怪物には知性があって何かを喋りかけてきているのか、それとも単にそういう鳴き声なのかは知れないが、あまりに不快さを煽る耳障りな発声に全員が顔を顰める。
「チッ、気色悪い声で鳴く化け物だな! ――ヴァーミリオンヴァイパーッ!」
そんな怪物を見上げた男魔剣士は嫌悪感を込めてそう叫びながら、既にその手へ出現させていた赤騎士の剣より、血の鞭を想わせる魔力斬撃を放った。
攻撃に対し、怪物側は全く避けようとせず、その真っ白な顔面へと思いきり直撃する。しかしダメージどころか掠り傷を負う事も一切なく、怪物は自身に魔剣技を放った男魔剣士へ目を向けると、酷く馬鹿にして嗤うような声を上げた。
「uyq@、ejkf? mdtdw、b4:@gdqzmlukt? gt10、gt10! eqhmt8hmue0! 4v'v'v'v'v'v'!!!!」
(……ッ! やはりこれだけの呪いを自己発生させているとなると、俺の魔剣では相性が悪すぎるな。まず以て即死させることは叶わんだろうが……!)
しかし、男魔剣士の目的はあくまで相手の注目を自分に向けさせることであった。実際にその目論見は成功し、怪物は長い腕の長い指先から伸びた、これまた長く鋭い爪を彼へと振るう。
それを男魔剣士は魔剣にて弾き防御したが、巨大な腕から振るわれた衝撃は予想以上のもので、一回凌いだだけで腕が肩から千切れ飛びそうな反動に思わず歯を食いしばる。だが当然、攻撃が一度で済む筈などない。間髪入れず続けて振るわれた爪の連撃に、男魔剣士は必死に対応せざるを得なかった。
「うおおおッ……!」
「龍星蒼撃――ッ!」
すると、直ちに側面へ回り込んだ女騎兵が、小盾の液体金属より形成した槍を怪物に向けて投擲する。
流れ星を想わせる槍の一投が賺さず迫るが、それが辿り着く前に怪物は背中から触手の一本を素早く伸ばすと、いとも容易く弾き飛ばしてしまった。
「えっ、嘘ッ!?」
女騎兵の方を一切見ていないのに一瞬で攻撃を弾かれ、更にほんの少しも男魔剣士への攻撃に隙が生まれなかったことに彼女は愕然とする。本体とは別に触手の一つ一つに意識でもあるかのような挙動に、これでは多人数での挟撃による優位性を作れないということを認識してしまう事態となった。
「でしたら……! 轟き唸れ、稲妻の咆哮よ――ボルテックス!」
続けて、今度は女呪術師が杖を振り上げては呪文を唱える。そうすると、彼女の持った杖ではなく怪物の触手のうち一本が未だ掴んだままである、目玉型の端末から電撃が生じては怪物の体へと直撃した。
だが、電撃はまるで怪物の体へ吸収されるように掻き消えてしまい、こちらもまた全くダメージを与えることは出来なかった。
「2@v'v'v'! ]q@d@'、]q@d@'! 0ed)4w@p@ed@'huiy:@yt@ui6d94s、0;itu4fr@ut\4w。4g'g'g'g'g'g'!!!!!!」
女性陣二人からの攻撃を受け、怪物は全然効かなかったことをこれまた嘲笑するかのような鳴き声を上げる。
更に怪物は眼杖の端末を掴んだ触手をぶんと振り上げたかと思うと、まるで野球のピッチングが如く持っていたそれを放り投げてきた。
「え――ひゃああッ!?」
途端、女呪術師は傍にいたカリストロスから首根っこを掴まれるような強引さで、その場より思いきり引っ張られた。
女呪術師の体が宙に浮く勢いで離れた後、彼女のいた場所に投げられた眼杖の端末が砲弾のように着弾し、地面を抉って吹き飛ばす。もしカリストロスが咄嗟に助けてくれなかった場合、彼女の頭は潰れた果実のように砕けていたことあろう。
「す、すみません……! ありがとうございます……!」
「チッ、ぼざっとするな。さっさとあの端末を回収しろ」
そう言ったカリストロスは面倒そうに言い放ちながら、放り捨てるように女呪術師を離した。カリストロスとしては、まだ彼女の異能に利用価値があると考えているので、この場でむざむざ死なれるのも困るといった故の行動である。とりあえず、彼の中ではそのように理由付けをしている。
「テメェッ! 刀乱斬舞――ッ!」
一方、女呪術師へ不意に攻撃されたことに怒りを滾らせた男魔剣士は、魔剣の呪いを解放した高速ラッシュの技にて、より苛烈に怪物への反撃を行った。しかし、それでも怪物からの猛攻を凌ぐのが精一杯で攻撃を懐に届かせる事は出来ず、進展させられない状況に歯噛みする他なかった。
「武器形成、複数展開――斉射ッ!」
そんな中、女騎兵も諦めずに男魔剣士への援護を続けた。今度の彼女は一気に複数の槍を生成すると、それを魔法で一旦空中へ固定し、狙いを定めて矢の如く一斉射した。
といっても、怪物側はまた女騎兵を見向きすらせず、飛んできた全ての槍を触手にて弾き落としてしまう。――が、弾かれた槍には全てウェポンスロアーの魔法が掛けられており、吹っ飛ばされた空中にて自動的に再射されては、またもや怪物へと向かっていった。
「f3? uyd@'3、ejkf?」
その奇想攻撃にはさしもの怪物も予想外だったようで、再び触手で完全にガードこそするものの、思わず女騎兵の方へと頭を振り向かせてしまう。
「ようやく隙を見せたな! おらあああッ!!」
が、その時に腕での攻撃を止めてしまったが為に、機を狙っていた男魔剣士は咄嗟にもう一つの武器――刻みの鎖剣をその手に出現させると、一気に潜り込んでは一撃の下に怪物の両手を斬り落としてしまった。




