罪を重ねし異世界で被る罰の話⑥
「ううむ……あの男。どうも先日の戦いで、あの勇者エメルドを討ち取ったらしいな。それも大して造作も無いような仕留め方だったとか。魔王軍としては紛れもない吉報であるのだが……正直あやつに関してだけは、我が直接引導を渡してやりたかったところだ」
「心中お察し致します。しかし彼の侵攻の仕方は全く褒められたものでは御座いません。ただ何もかも滅ぼすばかりで、接収だとか魔王軍の利益については微塵も考えていませんし……。先日の国におきましても、確実に戦力となり得るドラゴンや竜人族すら皆殺しですからね。浅慮を通り越して、どうしようもない愚か者ですよ、ホント……」
これは、先のヴァルカノン国での件より、更に過去へ遡った話。
新生魔王軍が最初に陥落させて支配下に置いたグランジルバニア国、その西側にはガリアハンという国があった。因みにその国はエーデルランドの東側でちょうどグランジルバニアとの中間にあり、加えて魔王やクリストル兄妹が異世界の使徒召喚に用いた願いの宝珠を手に入れた遺跡があった場所でもある。
そんなガリアハンにおいて、グランジルバニアとの国境線近くにエルゼーベトという大きめの城塞都市があったのだが、当時、グランジルバニア側から進撃してきた魔王軍の勢力がガリアハン侵攻の足掛かりにその都市を滅ぼしては征圧、自軍の駐留基地にしてしまっていた。そしてそれを行ったのは、カリストロス及び彼の補佐を務めるロズェリエ率いる魔王軍特務師団であった。
だが、ガリアハン側も隣の大国グランジルバニアが復活した魔王軍の手に落ちたという事実を受けて、流石に何もしないという事は無かった。遂に自国内へ攻め入られたという状況に、ガリアハン国もまた準備を進めていた大規模な軍を差し向け、エルゼーベト市街を占拠した魔王軍部隊に対し、都市の奪還及び大規模な反攻作戦を敢行したのだ。
しかもガリアハン軍は、とある強力な味方の勢力を二つほど引き入れた上で、魔王軍の陣地と化したエルゼーベト市内への攻撃に及んだ。一つは、ガリアハン国内で自治を認める形で共存している竜人族たち。普段は互いの平穏の為になるべく関りを持たないようにしているものの、此度は余程の有事ということで、ちょうどエルゼーベトの近くに集落を有する彼らへ必死の交渉と説得を行い、結果的に戦力の一つとして加わってもらう事と相成った。
更に言えば、竜人族らが上位存在として崇める高知能の竜種たちすら、その戦い限定という契約であるものの、共に参陣して力を貸してくれたのである。人間種より遥かに強靭な竜人族の集団と、幻想種の頂点たる竜種の力添えが得られたとなれば、これ程にまで頼りがいのある助力もなかなか無い。――が、それはあくまで“通常の戦いでは”の話だ。
「そ、そんな馬鹿な……!」
いよいよ火蓋が切って落とされたエルゼーベト奪還作戦の戦闘の最中、竜人族の戦士の一人が愕然としながら、今しがた目に映った光景に恐れ慄いてしまう。
彼の目の前には、彼ら竜人族が崇敬する存在にして最大戦力でもある竜種、九つの首を生やした巨大なドラゴンが魔王軍の魔族や魔物らを相手に激しく暴れ回り、敵軍を木端の如く蹴散らしてまわっていた。しかし、敵部隊のいる方向から、竜人族らには見た事も無い異様な外観をした“怪物”が現れた途端、状況は一変した。
それは大きくて平たく全体がベージュ色をした、そして見るからに硬そうな見た目にまるで甲虫の角を想わせる細長い突起が一本生え、また回転する奇妙な“脚”を使って高速で地面を這いまわる何かであった。ガリアハン側の兵士たちにとって誰もが等しく目にした事のない、よく分からない化け物は出現して早々に筒状をした突起から何かを超高速で射出、轟音を響かせて飛ばされた物体は九頭竜の巨体に直撃すると、その被弾箇所を惨たらしく爆ぜさせる。
そして、本来であれば強力な剣技や魔法であろうと物ともしない、極めて頑丈な筈である竜種の外皮が柔らかい果実の如く血肉を撒き散らして弾け飛び、その後にたった数発の砲弾を食らったことによって、最強の幻想種に連なる九つの頭のドラゴンは呆気なく絶命した。
「信じられない……。あのザガーニィ様がこうも容易く敗れてしまわれるなど……!」
そんな光景に、今まで勇猛果敢に立ち向かっていた竜人族戦士たちの殆どが足を止めては、見るも無残な骸を晒して動かなくなったドラゴンの様子に戦意を喪失していってしまう。すると、
「――ふっ、ヒュドラの親戚みたいなドラゴンもМ1エイブラムスの前には、的がデカいだけの雑魚でしかありませんでしたね。もう少しくらい耐えるかと思いましたが、あまりに呆気なさ過ぎる」
九頭竜を容易く屠った怪物こと、アメリカ合衆国の主力戦車であるМ1エイブラムス、その展望塔にカッコつけた体勢で乗った、一人の若い軍服姿の男がそのように言い放った。それは紛れもなく、カリストロスであった。それから九頭竜を仕留めたのは、М1エイブラムスに搭載された120mm滑空砲M256から放たれた、弾芯が劣化ウラン製のAPFSDSだった。
「そして同じくらいに思ってたより強くなかった、トカゲ人間の皆さんもさようなら」
何処からともなく現れては、小馬鹿にするようにいきなり告げてきたカリストロスの声にその場の兵士たちが視線を向けたところで、急に空からけたたましい物音――ヘリのローターが回るブレードスラップ音が鳴り響く。その音に全員が反射的に天を仰ぐと、そこには既に数機ものAH-64ことアパッチが滞空した状態で地上の標的たちへ狙いを定めていた。
また別のよく分からない怪物が群れを成して現れた状況に酷く狼狽する竜人族の戦士とガリアハン軍の兵士達。だが、彼らがどうにかしようとするよりも前に斉射された30mmチェーンガンやハイドラ70ロケット弾、ヘルファイア対戦車ミサイルの盛大な雨霰により、カリストロスの視界の範囲にいた敵勢力はあっという間に掃討されてしまった。
「……全く、貧弱、惰弱、脆弱! ドラゴンだろうが竜人だろうが、現代兵器の前には等しく無力! オカルトなファンタジーがリアルなミリタリーに適う筈はないのですよ」
眼前の景色が立ち昇った黒煙と砂煙で包まれる中、カリストロスは鼻で嗤うようにしながらそんな言葉を呟いて悦に浸る。
「とはいえ、こうも一方的過ぎると、もはや作業ゲーみたいでちょっとダルくなってきますねえ。もう少しくらい歯ごたえのある敵がいても良さそうなものですが――ん?」
そういった独り言を喋っていたところで、カリストロスは急に笑みを引っ込めると、何かに気づいたようにして南の方角を振り向いた。
実は彼の軍が占拠していたエルゼーベトは北と南から部隊を分けた同時襲撃を受けており、それに対してカリストロスは北側の対応、もう片方の南側は自分の猟犬兵や兵器を貸し与えたロズェリエの軍が迎撃を行っていたのである。そうして現在、北から攻めてきた敵部隊はカリストロスの手によってほぼ壊滅させられた訳であるのだが、
(何だ? 南の方で猟犬兵が6人、それから戦車が1輌、反応がロストしたぞ? 一体、何があった……?)
急に自分の能力たる、イマジナリ・ガンスミスによって呼び出した召喚物の一部が消失した事実を感じ取ったことで、カリストロスは怪訝そうにその方向をジッと見つめる。
(もしかして、他の六魔将が邪魔でも仕掛けてきたのか? それとも――)
◇
その頃、エルゼーベトの街の南側にて。
「おおおッ! 流石は勇者様、あの恐ろしい鉄塊のバケモノを打ち倒されたぞ!」
「やはり、一度世界を救われた英雄の御力は伊達ではないな!」
大勢のガリアハン国軍兵士が魔族や魔物らと戦っている中、そんな彼らの前に現れて多大な被害を与えてきたМ1エイブラムスを相手に一人の男性剣士が挑みかかり、結果として魔法剣の奥義により、車体重量60トン以上ある劣化ウランプレートの装甲を真っ二つにしては、なんと撃破に成功するという信じられない光景が繰り広げられていた。
そして、それを行ったのは何を隠そう、前大戦において魔王軍よりこの世界を救った大英雄たる冒険者、勇者エメルド・クリストルその人であった。実はガリアハン国軍が引き入れたというもう一つの強力な味方勢力というのは、魔王の復活を聞きつけて故郷からグランジルバニア方面へと向かっていた彼だったのである。
そんな彼の噂通りの実力と活躍を間近で目にすることが出来た為、共に戦っていた兵士たちは誰もが歓声と共に湧き立ち、士気を上げては自身らを激しく奮い上がらせる。だが、
「お前達、何を無駄口叩いて手を止めている! そんな暇があるなら、我が軍も負けじと雄姿を見せてみろ! 役立たずの誹りを受けたくなくば、死に物狂いで戦え! 偉大な勇者殿ばかりに負担を掛けさせるな!」
その場にて軍を率いている、厳つい顔つきをした壮年の兵長が自軍の兵士たちへ向けてそう怒鳴った。そんな彼からの叱咤を受け、気を引き締め直した兵士たちは素早く陣形を組み直して再度動き出す。
この戦場に出陣してきた彼らは事前に伝え聞いた情報から出来る限り、対カリストロス戦に応じた装備を揃えてきており、まず部隊の前列には大きな縦長のタワーシールド――成人男性の身長を覆えるくらいの高さに徹底的なまで分厚く装甲材を貼り付けまくったもの――を持たせた兵を機動隊の如く並べて配置、その後ろから弓矢や魔法による飛び道具を主体とした攻撃を仕掛けていくという防衛重視の戦法を取っていた。また、同時にクラフトウォールの魔法によって土や石による物理的な防壁も随時展開させていた。これは、魔力障壁や魔法防具による防御が一切意味を成さないカリストロスの猟犬兵らの銃撃に少しでも対抗する為の策である。
この方法は、中間弾薬を用いた武器射撃に対しては、何も準備していないよりマシな程度には、防戦において多少の効果を発揮した。要するにメインの攻撃役は割り切って勇者に任せ、ガリアハン兵達はあえて陽動や牽制、盾役として徹底的に勇者のサポートに回るという作戦なのだ。これにより、実際にエメルドは戦車以外にも強力な猟犬兵の数人を特に負傷もせず倒すという、他の者達にはまず真似できない戦果をあげることが出来ていた。
とはいえ、ガリアハン兵で辛うじて対応可能なのはせいぜい歩兵の機銃程度。無反動砲やロケット弾の類にはどうしようもない。そしてそれをカリストロスの使い魔たる猟犬兵側も当然認識しており、喧しい風切り音を立てて上空から襲来したアパッチが一機、目障りな雑兵の集団へ向けて対地攻撃を仕掛けようと赴く。それを見て取った勇者――萌える新緑のような髪に美しい碧眼を有する男性の魔法剣士、エメルドは、
「――フローラ、頼む!」
そう叫ぶと剣を持っていない方の左手を掲げては、その薬指に嵌めた指輪の宝石を輝かせた。途端、彼のすぐ傍に何処からともなく、一人の麗しい女騎士が姿を現した。
「任せて、エメルド!」
フローラと呼ばれた彼女――長く綺麗な金髪に純白のサーコートを纏い、得物に槍を携えた端麗な女性の聖騎士――はそう返すと、正面へ勢いよく右腕を突き出す。その動きと同時にエメルドはその場を離れて駆け出したかと思うと、数メートル走ったところで即座にUターンしては、女騎士の方へとそのまま突っ込んできた。
「光壁――ッ!」
そんな彼の動きに対し、フローラは伸ばした手に嵌められた、手首までを覆う籠手のような魔導装備、その手の甲側についた宝石部分を強く発光させたかと思うと次の瞬間、自身の正面に光の盾を出現させる。
それを突っ走って来たエメルドは勢いを乗せたまま強く蹴りつけると、フローラの発生させた魔力障壁を足場に空中高くへと跳び上がった。しかもそれだけでなく、エメルドが跳んだ先へも、すぐにまた別の光の盾が宙に現れる。その障壁を彼はタイミングよく蹴り上げては、更に上空へと登っていった。
そうして、いわゆる壁キックや三角飛びといった要領でエメルドは何度も何度も光の盾を足場に蹴っていくことで、素早く空の上へと移動していき、あっという間にアパッチの滞空している高度へと辿り着く。勇者の見せた、空中を高速で跳ねまわるかのような、あまりに奇抜で奇妙すぎる動きに、つい対応が遅れてしまったアパッチの操縦者たる猟犬兵の隙をつき、
「翠竜破斬――ッ!」
エメルドは障壁を蹴った勢いに乗せて、アパッチの頭上から魔法剣の奥義――刀身から元の数倍以上の長さに伸ばした魔力の光刃による大斬撃――を叩きつけた。
その一撃を受けて、アパッチは中の猟犬兵ごと思いきり両断されては、上空にて派手に爆発四散することとなった。そして、エメルドはアパッチの撃墜に見事成功したものの、既にかなりの高所となった位置から重力に任せて自由落下してきたのであったが――地上にてフローラが左手を掲げると、エメルドのしているものと同じ指輪の宝石を輝かせた途端に彼を転移させ、一瞬にして自分のすぐ傍へと引き戻した。
「よくやったわ、エメルド。今のうちに強化魔法を掛けなおしておくわね」
「ありがとう、フローラ」
二人の活躍によって、恐ろしき空飛ぶ鉄怪が撃破されたことに、ガリアハン兵から彼らへ向けて多大な歓声が寄せられる。
因みにエメルドとフローラの両者が身に着け使用していたのは《絆魂の指輪》という魔道具であり、この世界だと超古代の遺物を除いた上では最上位アイテムの一つにあたる。
その機能は装備した両者の認識下において、相手を自分の傍に即転移させる、もしくは自分が相手側に即転移する、という魔法行使を一工程の手早い動作にて使用可能な代物。また、同状況下においては互いの魔力を共有するといったことも出来る、まさしく二人で一つを体現するかのような能力を有しているのである。
「それにしても、予想していたより遥かに恐ろしい怪物たちね。北の方の部隊は大丈夫かしら……」
「気になるのは分かるけど、まずはこちらに集中だ。僕たちはとにかくデカい敵の数を優先的に減らしていく。ガリアハンの兵達にサポートしてもらいながら、火力の高い奴らを削いでいけば、まだ何とかやり様がある筈だ」
ガリアハン軍の部隊に攻撃後の隙を守ってもらいつつ、次に向けて束の間の準備を整えるエメルドとフローラ。だが、その時、
「――おや、これは驚きですね。まさか人間の戦士に私の兵器を破壊できる者がいただなんて」
突然彼らに向けて届いた、若い男のものと思しき声に、エメルドを始めとしたその場の全員が声の聴こえてきた方を向いた。そこには先にエメルドが両断して戦闘不能に陥らせたM1エイブラムスの残骸があったのだが、その砲塔の上に長い黒髪をした軍服の男――即ちカリストロスがいつの間にか立っていては見下ろしていた。




