男の正体と異世界で挑む者の話④
「……ッ!! カリストロス、まさかあの男は……ッ!?」
怒声を上げたカリストロスの様子に、隣にいたロズェリエは目を瞠っては彼の方を向く。
それだけでなく、カリストロスの唐突な豹変ぶりにレフィリアたちもまた何事かと困惑した。
「クソジジイ……? 意味が分かりませんね?」
しかし当のスレイア本人は、訳が分からないとばかりに白々しく両手を広げては眉を顰める。
「一体、誰と勘違いしているのやら……もしかして、アルツハイマーでも発症してしまったというのですか? 可哀想に……」
「………………」
「……なーどと、煽ってみましたが。流石ですねえ、カリストロス。――いいや、奈浪信二。ほんのちょっとだけですが、貴方の事を見直しましたよ」
ニヤッとした笑みでそう言った途端、スレイアの姿が一瞬で真っ黒な影絵のようになる。
それからすぐに別のシルエットへと変化していき、色がついたかと思うとその影は白い髭の老人の見た目となった。
「ほほほっ! 正解、正解、だいせいかーい! ピンポン、ピンポン、エサクタじゃあー!」
(えっ、何っ!? 何なの? スレイアが突然……ていうか、誰ッ!?)
何の突拍子も無くいきなり現れてはハイテンションに騒ぎ立てる謎の老人の姿に、レフィリアたちはあまりに意味不明過ぎて理解が叶わず、全員が大いに戸惑わざるを得なかった。
そんな周りが混乱を極めている中、ロズェリエは息を呑みつつも復讐を誓った怨敵の出現を受けて即座に気を引き締めては呟く。
「……遂に、現れましたか」
「やはりテメエだったな。正直、吐きそうなくらいの不快感でいっそ分かりやすかったくらいだ。むしろ隠す気あったのか?」
「ほほう、それだけお主に強烈なトラウマを植え付けてしまったのかのう、儂。いやあ、スマンスマン。お主を虐めまくった事がまさかこのような結果を招くとは思わなんだ」
そう言いながら少しも不覚には感じていないといった、相変わらずのふざけきった口調で老人は答える。
「しかし、儂の正体が分かったからといって、お主にとっては最悪の展開になっただけではないか? 随分と威勢よくイキリ散らかしておるが、実は内心ガクガクブルブルでおしっこちびりそうじゃないのかえ?」
「はっ、まさか。むしろお前の方から会いに来てくれて好都合なくらいだ。最も復讐したい相手であるテメエが、一番探すのに手間取ると思っていたからな」
「ほう……その感じだとお主、何か儂への対抗策を準備しているとみた。一体、どんなみみっちい虚仮威しやハッタリをこさえたのかのうー」
「せいぜいふざけてろ、クソジジイ。お前がとにかくヤバい強敵だってのは重々身に染みているからな、俺も一切手は抜かない。本気とか全力以上に、プライドもへったくれもなく……死に物狂いで殺させてもらう」
そう告げるとカリストロスは胸ポケットから赤いドロップ状の魔力結晶――スード・ティンクトゥラを三つ取り出し、それらを一気に口の中へ放り込んでは乱暴に呑みこんだ。
直後、カリストロスの双眸が真っ赤に輝いては、急激な魔力の高まりをこれ見よがしに周囲へと知らしめていく。
「お? 圧縮された高密度魔力塊を過剰供給しての、後先考えぬ超強化状態といったところか? それはまた、何というか……」
すると謎の老人は大仰に呆れかえったようなため息をついて、それからとても残念そうに肩を竦めてみせた。
「随分と稚拙で拍子抜けじゃのう、ちょっとでも期待した儂が馬鹿じゃったわ。何を考えとるのかと思えば結局正面からのゴリ押しとか、ちょっと頭悪すぎじゃないかねぇ? 特攻と自殺行為の区別ってつくかの? それとも物理で殴ることしか知らない、フルアタ脳筋ゴリラなのかのー?」
「言ってろ、俺の本領発揮はここからだ」
途端、沸き立つ魔力を静かに迸らせていたカリストロスの身体が、バチンと稲妻が炸裂したような音とともに一瞬の閃光を放つ。
そして眩い光が消え去った後――そこには人型ではあるものの、明らかに人間の姿ではない異形の存在が堂々と立っていた。
「……ッ!!?」
(ちょっ!? カリストロスが……変身したッ?!)
レフィリアも含めて地上にいた者たち全員が驚きから目を瞠っては、軍服の青年から瞬間変容した人型の怪物を凝視し続ける。
カリストロスが姿を変えたと思しきそれは、一言で言えば特撮番組にでも登場しそうな“怪人”を彷彿とさせた。
それも有名な某仮面のバイク乗りの改造人間を元のコンセプトでリアルかつグロテスクにデザインしなおしたかのような形状。
もし特撮好きなオデュロが今の彼をみたならば、黒い太陽と影の月を足し合わせて二で割り、それからネオ生命体にでも仕立て直したようだと形容して、興奮気味に語ったかもしれない。
身長は元の状態から少し伸びて2メートルを少し超えたくらい。頭部は昆虫のような顔に赤く鋭い双眸が輝き、触覚のように細長い角が二本生えている。
外骨格の鎧を纏ったような全身はスラッとしたフォルムでありながら重厚で、且つその質感は金属質であり、もはやロボットかサイボーグのようでもある。
ただしメタビーストが生物のような機械であるのに対し、こちらは機械のような生物といった感じであるが。
そして身体中が鈍い光沢を放つ黒鉄の装甲に染まっているのだが、肘から先の左腕と膝から下の右脚、右肩と胸の中央、それから蛇腹状の細長くて鋭い尻尾の部分だけは何故か白銀の輝きを放っていた。
(……そうですか、これがカリストロスの……)
驚きを示しつつも、どこか意味深な表情でロズェリエは隣に立つ異形の彼を見つめる。
そんな中、他の者たちと違ってあまり目立ったリアクションを見せなかった謎の老人は、顎から伸びる髭を指で弄りながら少しだけ興味を示したようにカリストロスを眺めた。
「なるほど、魔人形態か。お主、今頃になってようやく“悪魔の引き金”を引いたんじゃのう」
「魔人……?」
「ふむ、聖騎士ちゃんは存ぜぬか。ならば儂から説明してやろうかの」
すると宿屋の屋根の上から、レフィリアへ初めて声を掛けてきた謎の老人がカリストロスを差して語りだす。
「今、そこにいる男は言うなれば“魔人カリストロス”。さっきまでの人間の姿はあくまで仮のもので、本性はむしろこっちの方じゃ。ヤツの銃や兵器を呼び出し操る力も、イメージを具現化する悪魔の能力が元となっておる」
(悪魔、か……確かに言われてみれば、今の状態は如何にもそれらしい感じ……それに彼の能力って直接銃器を召喚するんじゃなくて、想像を形にするタイプだったんだ……)
老人の説明を聞いてレフィリアは妙にすんなり納得してしまうが、老人の方は再びカリストロスの方を向いては嘲るような目で見下ろす。
「しかし今更、正体を晒したところで儂に敵うと思っておるのか? だとしたら、おめでたいのう。おめでたすぎて頭の中がハッピーセットじゃわい」
「やかましい。いちいちくだらない事をほざくな、クソジジイ」
異形の怪人、もとい魔人に変身した後もカリストロスは元の声のまま言葉を返す。
昆虫の顎を模したようなマスク状の部分の隙間からは、銀色の鋭い牙が並んだ人間に近い形状の口が覗いていた。
「そもそも俺はこの世界で、この姿になんてなりたくはなかった。この姿になるという事は、俺の“幻想を否定する力”もまた幻想のうちであるという事を思い返してしまうからだ」
心の底から忌々しそうに答えるカリストロスであったが、その感情すらも呑みこんだかのようにして最大の復讐対象である謎の老人を睨みつける。
「だが、こうでもしなければお前には届かない。いや、届くのかさえ分からないが――少なくとも、プライドを気にしていてはお前に食らいつけさえしない事だけは確実だ」
「カリストロス……」
すぐ傍で静かにロズェリエが見守る中、珍しく勇ましい様子でカリストロスは続ける。
「この姿になって駄目ならば、それこそどうしようもない。だからこそお前は俺の全身全霊を掛けて叩き潰し、吠え面をかかせてブチ殺す!」
「ヌホホホ! 大きく出たのう! 実に愚かしいがまあよい、せっかくお主が真面目に本気を見せたんじゃ。だったら儂もせめて、そのやる気に相応しい姿で戦ってやらねばなるまいて!」
小馬鹿にしながらも愉し気に答えた謎の老人は急に宿屋の屋根から飛び降りると、着地と同時に再び影絵のような真っ黒の物体に変わってしまう。
それからすぐに黒衣を纏った長身長髪の青年、つまりはスレイアの姿となっては余裕たっぷりの表情で笑みを浮かべてみせた。
「でしたら是非、この私に吠え面をかかせてみせてくださいよ。――あ、強化補助を掛けておくなら今のうちですよ。なんならサービスで回復でもしてあげましょうか?」
「結構だ。テメエから受け取るものなんて、もう何も無い」
未だに武器を手にするどころか帯剣すらせず、舐めた態度で喋りかけてくるスレイアに殺気を込めて突っぱねるカリストロス。
「カリストロス、ちょっとそのままにしていなさい。――貴方に力を、リインフォース!」
その時、すぐ傍にいたロズェリエが魔力を高めては魔法を行使し、彼の返事も待たぬまま最上位の強化魔法にて彼の全能力に補強を掛けた。
「更に掛け金を上乗せします、マナプロダクト!」
それから魔力の回路を同調させて彼へと繋げ、自身の魔力をそのままカリストロスへ提供できるように準備も施す。つまり彼女は自ら、カリストロスの魔力補助動力となってくれるのだ。
勝手に施された支援強化の効力を実感したところで、カリストロスは彼女の方を向いてはその目を見据える。
「ふん、余計な真似を――と言いたいところだが、今回だけは礼を言っておく。だが、この後は下手に加勢しようとするな。お前はせいぜい巻き込まれないよう、自分の身を守る事だけ専念していろ」
「武運と勝利を、カリストロス。唐突な決戦ではありますけど、これもまた運命でしょう。この戦いに勝った暁には、貴方の復讐劇に最後まで付き合ってあげることも考えます」
「言ったな? なら、この世界にいる間はずっとこき使ってやるから覚悟しておけよ? ……正直、お前くらい使い物になる道具も中々いないからな、今になって消えられても困る」
「そうですねえ。貴方って殺したり壊したり以外はてんで何もできませんものねぇ。遂にワタクシがいないと生きていけなくなってしまいましたか」
「相変わらず口の減らない女だな。――それと聖騎士レフィリア」
ロズェリエと仲が良いのか悪いのかよく判らない会話していたかと思うと、カリストロスは急にレフィリアの方を向いては名指しで指を差してきた。
「えっ?」
「言うまでもない事だが、余計な手出しはするなよ? 俺は共通の敵だとか利害の一致だとかでお前と共同戦線なんて張るつもりは無い。さっき俺はプライドを捨てるとは言ったが、それでもコイツは俺だけの標的だ」
「は、はあ……」
「かといって、お前にも勝手にくたばられると困るからな。流れ弾で死にたくなかったら、さっさとここから失せろ」
シッシと手を払っては突き放すような発言をしたカリストロスを見て、スレイアはわざとふざけた口調で嘲るように声を掛ける。
「おやあ、本気で私を討ちたいのなら共闘を持ち掛けなくて良かったのですかあ? 状況が状況ですし、真摯に頼めば彼女だって応じてくれない事もないでしょう。私は律儀に一対一の決闘でなくても全ッ然構いませんよぉ?」
「黙れ、それとこれとは話が別だ。第一、そこの女も俺の獲物の一人。もしお前に殺されてしまったら、俺の目的の一つが潰れてしまうんだよ!」
「それはまた、難儀ですねえ。でしたらお喋りはこのくらいにして、そろそろ始めちゃいましょうか。――あっ、先手は譲ってあげますのでお好きなタイミングで攻めてきていいですよ?」
と言いつつ、この期に及んでまだ得物を出さないどころか両腕を組んでは、余裕綽々の態度で佇むスレイア。
だがカリストロスは微塵も警戒を緩めることなくロズェリエにこの場から離れるよう手で合図をし、頷いたロズェリエは無言で魔法による空間転移を発動させてはそこから消え去った。
「私たちも急いで距離を取りましょう。確かに彼の流れ弾は冗談抜きで危険ですので」
レフィリアから有無を言わせぬ声色と表情で告げられ、仲間達全員がすぐに了承しては障害物になり得る建物群の集まっている方向へと直ちに走って移動していく。
別に待ってあげた訳ではないが、レフィリアたちがある程度は安全と思われる距離と位置に辿り着いたところで、カリストロスは静かにスレイアへと話しかけた。
「……ところでお前、いまだに武器の一つも出さないが、まさか素手で俺と戦り合おうなんて思ってないよな? もしや格闘家か? それとも魔法使いか?」
「さあー、どうでしょうねえー。気になりますか? 教えてほしいですかぁ?」
ニヤニヤしながらしらばっくれるように意地の悪い笑みを浮かべ続けるスレイアの返答に、黒いボディと真っ赤な目の魔人は首を横に振った。
「いいや、いい。お前がどんな手を使ってこようと、俺はお前を“撃ち殺す”のみだ――ッ!」




