望むらくは異世界で逆転する話②
――それは、比喩ではなく本当に瞬き程の時間であった。
レフィリアが疑似神具をつけた方の手を賢者妹の展開する召喚陣に突っ込んだかと思うと、そのすぐ後には光の円の中からサフィアの腕を掴んで引っ張り上げていたのだ。
レフィリア自身の体感的には、サフィアを閉じ込めていた暗闇のみの虚空に随分長くいたような気がしていたが、やはり実際の時間の流れとは異なる世界であったらしい。
「サフィアさん!?」
「やりました! 上手くいきましたわ!」
「うおッ!? マジで連れ帰って来たぜ! 流石は姉さんだ!」
「やったあ! サフィアが戻って来た! ナイス、レフィリア!」
サフィアの奪還を無事成し得たことに、傍にいた仲間達から歓喜の声が飛んでくる。
それとほぼ同時に、向かい側の観客席にいたメルティカの握っていた闇天黒晶が、まるで弾け飛ぶかのように独りでに砕け散ってしまった。
「……ッ?! 嘘!? 何で……ッ!!?」
奪われたり何かをされぬよう、しっかり注意して持っていた筈の闇天黒晶が突然破壊されてしまった事態に、メルティカは慌ててレフィリアたちのいる方へと目を向ける。
するとそちらには自分たちが捕らえていた筈のサフィアの姿があったことを視認して、さしもの彼女も余計に困惑した表情になった。
「ちょっ!? 何で確保してた人質が向こうに戻ってんの!? ゲド君、これってどういう事!?」
エリジェーヌも何が起きたのか、訳が判らないと隣の魔導師に問いかけ、当のゲドウィンは考え込むように指を顎の下へと当てる。
「ううむ、もしやとは思うけど、まさかレフィリアさん側から召喚主である彼女を逆召喚したというのか……? 実に無茶で馬鹿げたやり口だが、絶対不可能かと言うとそういう訳でもないしな……」
「逆召喚、ですって……!? おのれ、よもやまたそんな都合よくふざけた真似を……ッ!」
手のひらに残った闇天黒晶の細かい破片を苛立たし気に投げ捨てつつ、手摺がブチ折れる程強く握り締めては、メルティカはレフィリアたちのいる方を忌々し気に睨みつける。
そんな中、無事に帰還を果たしたサフィアはレフィリアに身体を抱き留められるように戻って来た後、姿勢を直しては周りにいる仲間達の方を向いた。
「ただいま、戻りました。また至らぬ迷惑を掛けてしまって、本当にすみません……!」
「謝らなくていいって! おかえりサフィア、無事で何よりだよ!」
笑いながら元気づけるようにジェドがサフィアの肩をポンと叩き、全員が首尾よく事が運んだことに安堵の表情を浮かべた。
他の仲間達からすれば、あまりにあっさりなくらい目論見が成功したように見えたことだろう。だが、これで根本的な問題が解決した訳ではない。
次は闘技場の方にいるルヴィスの方だ。彼は文字通り秘蔵の奥義を解き放って再び魔王を仕留めたのであるが、絶命した筈の魔王は散乱させた十数個の肉片を全て煙のように消し去ったかと思うと、数秒後には等活地獄の如く完全復活を果たして再度ルヴィスの前に現れる。
「――勇者よ、我は貴様に感服したぞ。よりによって先代勇者の奥義にて、この身をまたもや討ち倒してみせるとはな。……だが、それも無意味。一時驚かされこそしたが、貴様がどれだけ足掻いたところで我を滅ぼすことは叶わぬ」
それが絶対で残酷な事実と言わんばかりに告げる魔王に対し、ルヴィスは変わらず希望の失われていない眼差しで眼前の怪物を見上げた。
「そうか、それは残念だ。確かに俺などでは、どれだけ全力を尽くそうと今のお前をこの世から消し去る事は出来ないんだろうな」
「ほう、ようやく諦めがついたか? それにしてはまだ闘志があるようにも見えるが、頭では敗北を理解していても身体の方はまだ認められぬという事か?」
「詰まらない冗談を言うなよ、魔王。俺じゃお前は倒せないとは言ったけどな、だからといって負けたなんて微塵も思っちゃあいないぞ?」
ルヴィスが不敵に言い返した直後、突然観客席側から一人の影がストンと彼の傍へ降り立つ。
勢いよく飛び降りては綺麗に着地して、魔王の前にその身を晒した人物――それは勿論、レフィリアであった。
だが彼女は魔王の眼前に現れながら、まずは当人ではなく、あえて見せつけるかのようにルヴィスの方を向く。
「ルヴィスさん、ありがとうございました。詳細を告げられなかったのに私が望んだ通りの行動をしてくれた事、とっても嬉しかったですよ!」
「いやいや、礼を言うのは俺の方だ。よくサフィアを助け出してくれた。ありがとうレフィリア、心からの感謝を……!」
互いに微笑みながら言葉を交わしたレフィリアとルヴィスであったが、急な介入者の登場に魔王は一転して不機嫌な様子となっては苛立たしく声を荒げる。
「なっ!? 聖騎士レフィリア、貴様、自分が何をしているのか解って――いいや、何故捕らえていた筈の召喚者が奪還されているのだ!? 六魔将は何をしていた!?」
人類側の観客席にレフィリアの行動を縛る肝心の要素であったサフィアの姿があったことで、魔王は狼狽えながら不可解だと歯噛みする。
そうしている間にもレフィリアは手元に光剣を出現させると、そのまま容赦なく攻撃に出る構えを取った。それを見て魔王は急ぎレフィリアに言葉を投げる。
「聖騎士レフィリア、一対一の決闘に介入するとは完全に掟破りの行為だ! ルールの違反について、先にとやかく言ってきたのは貴様らの方だぞ?」
「先に汚いやり口を仕掛けてきたのも、そちらですけどね。それに“ルールを破ってはいけない”なんてルールは決めてませんし」
冷たくそう言い返すと、レフィリアは構えた光剣へ魔力を注いでは一気に収束させ始めた。その動作は、紛れもなくレフィリアの必殺奥義を放つ時のそれであった。
彼女から発せられる、瞬時に纏められた法外な魔力の重圧と気迫、そして殺気にさしもの魔王も一瞬怯んでしまったが、それでも必死に食い下がっては尊大に振舞おうとする。
「何という、おぞましい魔力……これだけの力をたった一息で束ねるとは、流石は悪名高き聖騎士よ。だが、いくら貴様が馬鹿げた強さを誇ろうと、不滅なる我を滅ぼすことだけは――」
「貴方がやられても蘇るのって、この要塞に施された仕掛けのせいなんですよね? だったら――」
そう言ったレフィリアは、魔力を徹底的に籠めまくった光剣を縦に構えると、突き上げたその刀身から猛烈な光の奔流を間欠泉の如く一気に噴き上げた。
「この要塞ごと、貴方をぶった斬って差し上げますよ!」




