勇者剣士と異世界の大魔王の話③
「……ふははっ、それでこそ勇者。むしろ喜ばしい事だな。先の攻撃程度で容易く死ぬようでは、我もわざわざこの姿に転じた甲斐がないというもの!」
数秒ほどの沈黙を経て、困惑した様子から再び愉しむような口調へ切り替わった魔王は、改めて片腕をルヴィスへと差し向ける。
そして標的である彼の足元から火柱を噴き上げ、尚且つ上空からは落雷を降らせた。
「――ッ!」
またもやこの攻撃か、とルヴィスはすぐにその場を離れると回避行動へ移っては、闘技場内を縦横無尽に疾駆する。
狙いを定められないよう不規則に走るルヴィスへと、しつこく偏差的に襲ってくる同時連続攻撃。だが、此度のそれには更なる一手が加わっていた。
「……ッ!? これは……!」
頭上と足元の両方から迫る魔法に混じって、なんとルヴィスが駆ける周辺の空間一帯には、宙に浮かぶ尖った氷の塊が無数に出現していた。
それらは言うなれば冷凍機雷であり、ちょっとでも接触すればガラス片のように細かい氷の刃を手榴弾の如くばら撒いては斬り刻んでくる――どころか、先の火柱と落雷から生じる衝撃波によって直接触れずとも、ルヴィスがある程度近づいた時点で勝手に炸裂しては破片を撒き散らす質の悪さを見せた。
(くそっ、これは流石に面倒どころの話じゃあないぞ! いい加減、鬱陶しいにも程がある……ッ!)
それでもルヴィスは必死に敵からの追撃を極力予測して避けつつ走り回っては、何とか紙一重で三種類の攻撃を躱していく――が、魔王はそこからもう一つ重ねて、闇の魔力を纏わせた槍の触手を伸ばしてきた。
「ちいッ……!」
ここまで念入りにやられては幾ら何でも凌ぎきれない、とルヴィスは多少の被弾は覚悟の上で回避を続けつつも、襲い来る触手のうち三本を剣で斬り払っては切断した。
その時の余波によって炎熱や雷電、氷塊による損傷を所々に受けるも、致命傷を食らうよりはマシだと気合で耐えては抑え込んでみせる。
少しでも足を止めれば、畳みかけるような集中放火の餌食となって余計に状況を悪化させるからだ。
「ぐはッ……!!?」
しかし、ずっと無理は続かなかった。胴を貫きにかかった残り一本の触手を躱して斬ったタイミングで、今度は横腹へと振るわれた尻尾による薙ぎ払いを思いきり食らってしまう。
それによってルヴィスは一気に広い闘技場の壁側まで吹っ飛ばされてしまった。
「ルヴィス!?」
「ちょっ、今の拙くない!?」
突如、不意の痛手を負ったように見えたルヴィスの様子に、ハンターとジェドが手摺から思わず身を乗り出しては彼の状態を伺う。
「――げほっ、ごほっ……!」
蜘蛛の巣状に罅の走った石の壁面をボロボロと崩しながら、それでもルヴィスは隙を晒す訳にはいかないと、すぐにでも立ち上がっては剣を構えなおした。
ところがその時、既に彼へ狙いをつけていた魔王が息を大きく吸い込んだかと思うと、賺さず口から光を反転させたかのように真っ黒な、闇の魔力を収束させた破壊光線を放射していた。
「ッ――! ラスターソード・シールドドライブ――ッ!」
それに対してルヴィスもまた急いで反応し、剣を突き出すとその光刃の切っ先から魔力を瞬間的に大量噴射する。
ただし今回の防御はまるで傘を開いたかのように正面へと拡散させる形でだ。
即席の盾代わりになった魔力の奔流は、超級魔法と同等かそれ以上の威力による闇のブレスを塞き止めて周りに逸らし、ルヴィスは辛うじてその身を消し飛ばされずに済んだ。
(くっ……さっきはああ言ったが、そんなに短い間隔で手の内を晒したくもないんだがな! しかし、背に腹は代えようもない……ッ!)
――実はこの防御障壁もつい先ほど、ルヴィスが魔王からの光流と触手槍による攻撃を乗り切るのに使用した技と同じ機能が用いられている。
というのも、彼の新武器、ラスターソードには先代勇者の聖剣を部品にした過給機のような機構が内臓されており、短期間限定で魔力の多量生成を可能とする。
それは純粋な武器としての性能だけでなく、魔力の出力や内包量も大幅に増加した剣の貯蔵魔力を半ば強引に放出し、それをバリア代わりにして包囲攻撃を弾いたという、理屈としてはかなりシンプルなものである。
ただし、実際には剣そのものに無理をさせる、かなりゴリ押しじみた魔力過剰放射に他ならない。なので考え無しの連発や連続展開は動力源からの供給が追い付かず、いくら伝説級の武器といえど魔力の枯渇に繋がってしまう。
故にルヴィスとしては、あくまで緊急時の打開手段としてのみに使用を留めておきたいのが正直なところだ。
「ふん、盾要らずの剣とは実に便利だが、壁を引っ込めるにはまだ早かったのではないか?」
そのように言った魔王が腕を掲げたかと思うと、途端にルヴィスの頭上から何か、仄暗くて黒い光球のようなものが落下してきては、すぐさま彼の身体を呑みこんでしまった。
途端、まるで周りの空気そのものが鉛にでも変質したかのような過重と息苦しい閉塞感が襲ってきて、ルヴィスは倒れ込みはしないまでも地面に片膝をついてしまう事となる。
「ぐおッ……!? これは、重力魔法!? いや、呪層封印の類か……!?」
「そのどちらもである。流石の貴様といえど二重に魔法を掛けられては、ろくに身動き出来ぬどころか先の魔力障壁も張れまい。――さて、楽に死にたければ無駄に足掻かぬことだ」
現在のルヴィスの状況、それはただ単に高重力による加圧を受けているだけでなく、高密度の呪詛によって外界とのマナを遮断されている、言うなれば呪いのコンクリート詰めにでもされているような状態であった。
つまりは今のままだと自ら魔法を発動させられないどころか、剣から魔力を噴き上げたり刀身に魔力を纏わせるといった行動すら取れなくなってしまったのである。
「ぐっ……! 」
気を抜くと即座に押し潰されてしまいそうな程の強烈な負荷によってルヴィスが満足に動けない中、魔王は長くしならせた尻尾の先端を絞るように硬く鋭く尖らせていく。
更にその周りを闇の魔力で覆ってはドリルのようにギュルギュルと高速回転させ始めた。
魔王はこれより、凶悪で残酷な魔槍と化した尾を伸ばしてルヴィスの急所を抉り貫くつもりなのは明白だ。
同じ闇属性の魔力に加えて、指向性を備えた魔王の重圧魔法と尾の一撃はけして干渉しあうことはない。威力を維持して、そのままの勢いでルヴィスを惨たらしく屠ることだろう。
(やってくれたな、魔法や魔法剣だけでなく魔力噴射すら使えなくなったとあっては……!)
呪いと重力の檻に囚われたルヴィスは、抗魔力を発揮して身じろぎ程度に藻掻くことくらいは出来るものの、それでは到底、回避も反撃も間に合いはしない。
だからといってこのまま何も出来なければ、魔王から致命的な一手を無防備に貰う事となってしまう。
「その様子だと、打つ手無しのようだな。……いや、勇者であればこんな状況でも何か打開策を閃いているのかもしれぬが……何にせよ我からの手向けの一撃、有難く受け取るがいいッ!!」
仰々しく叫んだ魔王はいよいよ以て容赦なく尻尾を伸ばしては、ルヴィスの心臓を正確に狙って穿ちにかかった。
とはいっても、あんなものの直撃を受ければ心臓どころか胴体が別たれるだけでなく、人体など肉も骨も徹底的に斬り刻まれてミンチになってしまうのだろうが。
「くそっ、ここまでか……!」
しかしルヴィスは動けない。動くことが出来ない。
「ルヴィスさん!!」
観客席からレフィリアの叫び声が届く。それと同時に、目の前にはうねりを上げた黒い魔槍の切っ先が映る。
だがルヴィスはけして絶望などしていなかった。
――そもそも、彼は動く必要などなかったのだから。
「なんてなッ――!!」
魔王の伸ばした尾の槍がルヴィスに肉薄しようとした直前、ラスターソードが強く輝いたかと思うと――ルヴィスを覆っていた黒い魔力の膜がまるで吸い込まれるかのように、剣の刀身へと渦を巻きながら瞬く間に消えていった。
そして重圧から解き放たれたルヴィスは即座に剣を振って魔王の尾を弾き飛ばし、それどころか生じた衝撃波と魔力放出によって尻尾の三分の一程までを粉砕するかの如く斬り払ってしまう。
「ぐぬああッ?!! な、何が起きた!? 貴様は呪詛の重圧によって、反撃する事など叶わなかった筈……!」
尻尾に受けた攻撃の反動が伝わってきたことで、ほんの少しではあるものの体勢を乱した魔王は、突然の復帰を果たしたルヴィスの姿を不可解とばかりに凝視する。
「もしや貴様、魔法を構成していた魔力自体をマナに分解吸収したというのか!? よもや、そんな小賢しい真似を……ッ!?」
そう、魔王の考察は概ね当たっていた。ルヴィスの得物であるラスターソードには、単一目標のみを狙った対人規模の魔法を吸収し、無効化する機能が備わっている。
そもそもラスターソードの材料となったルヴィスの元々の武器、輝きの七武器の一つである剣がその機能を有していて、先代勇者の聖剣とミックスされた後もその能力は変わらず残されていた。
たとえ魔法を構成している魔力が闇属性だとか、増してや呪いだとか、そんな要素は関係ない。単なる魔力元素に分解されてしまえば、それは武器の栄養分としかならないからだ。
その上、吸収されたマナはルヴィスに還元されて、担い手である彼の身体能力を強化するのに用いられる。その為、ブーストを受けたルヴィスの斬り払いは魔王の尾を跳ね除けるどころか、部位を粉々に破壊するまでに至った。
「はああああああッ!!」
魔王が放った尾の一撃を弾いたルヴィスは、そのまま強化された肉体を利用して一気に跳躍し、魔王の懐へと飛び込んでいく。
「……ッ! 小癪な人間風情があッ――!」
ここに来て勝負を決めにきたと咄嗟に感じ取った魔王は、慌てて闇の魔力を迸らせた爪による斬撃を迫って来るルヴィスへと振るった。
ところがそれをルヴィスが食らうことは無く、見事な一閃ですれ違い様に腕を斬り飛ばしては魔王のすぐ目の前まで急接近していく。
「ぬがあああッ!!?」
振り回した筈の腕が逆に一瞬で断たれたことに魔王が驚きの声を上げたのも束の間、文字通り懐へと辿り着いたルヴィスは魔王の胸の中央へと、賺さずラスターソードの光刃を突き入れた。
それから深々と剣の刀身を奥まで差し込んだところで、全力全開の魔力をこれでもかとばかりに注入していく。
「クリティカルブレイド・オーバードライブ――ッ!!!!!!」
そしてルヴィス渾身の必殺奥義の名が叫ばれ、急に襲って来た凄まじい戦慄に魔王は急いで胸元のルヴィスを振り払おうとした。
だが、出来なかった。身体の内側に突然、太陽が出現したかのような灼熱の感覚が生じたかと思うと身体は既に言う事を聞かず、もはや成す術もないという結果だけを思い知らされて全身が硬直してしまう。
「これは……ッ!? こんな、事が――おごッ?!」
ルヴィスが剣を突き立てて数秒後、魔王の身体中がボコボコっと激しく泡立つかのように膨れ上がり、それから直ちに風船を割ったかの如く弾け飛んでしまった。
大怪獣のそれであった魔王の内側からは肉片や体液などではなく、まるで溶岩のようにオレンジ色の光と熱を放つ飛沫らしき物体が、周辺一帯へと大量に撒き散らされる。
「おの、れ……」
辛うじて頭だけになっては、地面へと無造作に転がっていく魔王。しかし油断なく、すぐに傍へ降り立ったルヴィスが魔王の脳天に向けてラスターソードを容赦なく突き刺す。
「が――」
「決着だ、魔王……ッ!」
途端、魔王の頭蓋は粉微塵に弾けて吹っ飛び、ばら撒かれた破片はその全てが灰になるかのようにして細かく崩れ去っては、儚く消えてしまったのであった。




