魔族の王と異世界で対面する話②
大扉を抜けた先の謁見の間は、幅も天井もとにかく広い縦長の構造であった。
魔王軍の権威を示さんとばかりにこれでもかと豪華絢爛な内装でありながら、それでいて日朝の特撮なんかで悪の幹部たちが会議を開いていそうな、如何にもそれらしい物々しさと異様さもレフィリアにはひしひしと感じられる。
そのように、つい圧倒されては思わず見入ってしまいそうになる空間を彼女は先立って怖気づくことなく気丈な足取りでカツカツと進んでいくと、部屋の最奥には六魔将のうち三人――エリジェーヌ、メルティカ、ゲドウィンが佇んでいた。
(六魔将の人数は三人……いないのはオデュロとシャンマリーか。単にこの場へ揃っていないだけなのか、それとも私の知らないうちにカリストロスが打倒したのか……いや、そんな事よりも!)
六魔将については一瞥のみの確認をしたところで、レフィリアは遂に直接対面を果たした、自分たちがずっと戦い続けてきた組織を束ねている最高指導者と真正面から目を合わせる。
そしてすぐ傍までやってきてはレフィリアたちが立ち止まったところで、やけに背もたれの大きい豪奢な玉座に腰かけていた壮年の男――魔王は余裕のある動きでゆっくり立ち上がると、壮大ながらも厳かな佇まいでレフィリアへと声を掛けた。
「よく来た、聖騎士レフィリア。こうして実際に相対するのは、これが初めてだな。我らが招きに応じ、遥々天空の我が城まで足を運んでもらい感謝するぞ」
「こちらこそ、初めまして。貴方が魔族を率いて人類を脅かしている魔王軍の長、魔王なのですね?」
一切狼狽えることなく真っ直ぐに見つめ返しては堂々と受け答えるレフィリアに、魔王は威厳のある面持ちに微笑を浮かべながらしっかりと頷く。
「如何にも。この我こそが、貴様たちが立ち向かっている魔の軍勢の主、即ち“魔王”である」
自信と威厳に満ちた様子でそう宣言した魔王の言葉に、レフィリア以外の仲間達は思わず息を呑んだ。
いよいよこの世界へ二度も侵攻を掛けた魔界の覇者とこうして対峙することになっては、是非もない。
「聖騎士レフィリア、我にとって貴様は最大の仇敵の一人であるが――しかしながら我は、お主の事を非常に高く評価している」
「……?」
しかし、ここに来て魔王は自分たちに単身で最も損害を与えた相手に対して明確な敵意を見せようとはしなかった。その事にレフィリアは僅かながら不可解そうに眉を顰める。
「そう不思議に思う事もあるまい。貴様は我が再びこの世界を手中に収めんと異界より呼び寄せた六人の使徒……その全員を独りで相手取っても未だ討ち倒されることなく、魔王軍の手を煩わせ続けている。たとえ忌むべき敵であっても、これを感心せざるはを得ないであろう?」
「世辞は結構です。それで、私をわざわざ呼びつけた用件は何なのですか?」
静かながらピシャリと跳ね退けるように返したレフィリアの言葉に、魔王はやれやれと首を振った。
「ふっ、そう急くな。貴様が心配しているであろう召喚者の人間の命は無事だ。封印された状態ではあるが、それ以上は一切手を出さず丁重に扱っている」
魔王がチラリと目を向けると、その視線を受けたメルティカが手元にサフィアが閉じ込められた例の黒いクリスタル――闇天黒晶を取り出してみせた。
その水晶板には今のところ特に損傷は見受けられず、ひとまず彼女は無事なようである。現在の状況を果たして無事といっていいかは別として、だが。
(サフィアさん……!)
(――チッ、流石にあの竜の嬢ちゃんの手にあっちゃあ、無理やり掠め取るって訳にはいかねえな……)
隙あらばたとえ身を呈してでも奪い取ってやろうと考えていたハンターであったが、どうやらそんな望みは微塵も無さそうなのが誰の目にもすぐ理解できた。流石に連中もそれほど間抜けではない。
「それで、貴様を呼び寄せた用件についてだったな」
言葉に出さずもレフィリアの徹底的に不利な現状と立場を再確認させたところで、これからが本題だとばかりに魔王は切り出し始める。
「見たところ、貴様は冗長な物言いは好かぬだろうから単刀直入に言わせてもらおう。聖騎士レフィリア、七人目の異界からの使徒として唯一、人類に与する者よ。この場にていっそ鞍替えし、我らの軍門に下る気はないか?」
「なっ……?!」
突然告げられた魔王からの直接的過ぎる勧誘に、レフィリアだけでなく他の仲間たちまでが全員驚きに目を瞠った。
「貴様ももしかすれば勘付いているかもしれぬが我々はもう間もなく、この世界全土を容易く制圧できるだけの大いなる力を手に入れる。そうなっては如何な貴様といえど勝ち目など無い。……だが、貴様のような貴重で優秀な人材をむざむざ無駄に失おうなどと我は思わぬ」
そう言っては魔王はレフィリアを、レフィリアのみの眼をジッと射貫くように見つめた。それから手を差し伸べるように腕を伸ばす。
「故に、貴様が我に忠誠を誓うのであれば、これまでの所業は全て不問に付し、我らが同胞として手厚く貴様を迎え入れようと考える。無論、快諾するのであれば他にいる貴様の仲間たちへは一人として絶対に危害は加えず、無事に故郷へ送ると誓おう」
「…………」
「当然、それだけでは終わらぬ。貴様が仲間入りした暁には、ここにいる魔王軍の幹部たち、六魔将と同じだけの権限と領地を約束しよう。どの道、どう足掻いても人類が敗北することは決定されているのだ。であれば、けして悪い話ではないと思うのだが如何かな?」
魔王からの問いにレフィリアは何も答えず、ただ無言のまま目の前の男を見つめ返した。イエスともノーとも言わず、かといって視線を泳がせることも逸らすこともなく。
その妙な間に、彼女を信じているとはいえ仲間たちは一抹の不安な気持ちに駆られてしまう。
まさかとは思うが――
「さて、返答についてはこの場ですぐに決めてもらおう。これこそ貴様が自分の命を拾う最後のチャンスだ。そもそも、迷う事など何もないと思うのだがな」
「ええ、そうですね。でしたら、せっかくの申し出ですけどお断りさせていただきます」
きっぱりとよく通る声で当たり前のことのように答え切ったレフィリアの返事に、数秒の沈黙を挟んで魔王は額に皺を寄せると、信じられんと言いたげに深いため息を漏らした。
「……愚かな。そこまでして耐え難い苦痛と惨たらしい死を望むか? そうまでして、ただ助けを乞われただけの貴様が人類に肩入れする理由が何処にある?」
「そんなもの、貴方には関係の無い話です。第一、勧誘の条件が安すぎますよ。仮にも魔王を名乗るなら、世界の半分をお前にやろう、くらい言ってみたらどうなんですか?」
「くくッ……!」
レフィリアにしては挑発的な発言であったが、それを聞いて魔王の傍に控えていたゲドウィンが急に吹き出すように笑ってはわざとらしく堪える様子を見せた。
その不敬としか捉えられない態度に、魔王は何事かと彼の方を向いては殺気だったようにジロリと睨みつけるが、当人はほんの少しも動じずに形だけの謝罪で軽く手を振って済ませる。
「ああ、これは失礼……今、聖騎士レフィリアが言ったのは、とある別の魔王の有名な台詞の一文でしてね。城の奥までいよいよ攻め込んできた勇者に対して、そんな言葉を投げかけるシーンがあるんですよ」
「何? 別の魔王……? というと、お主たちの世界での話ということか。……つまりそこの聖騎士は、我の魔王としての器が小さくて手を組むには値しないと言っているのか?」
「まあ、その解釈で間違っていないかと」
ゲドウィンの淡白なくらい歯に衣着せぬ返答に、魔王は怒りを垣間見せた表情から一転して口元を邪悪に歪ませては鼻を鳴らした。
「全く、世の中には随分と大盤振る舞いな魔王もいたものだな。流石に我もそこまでの度量は無い……が、今のは本当に愚かに過ぎる選択だったな、聖騎士レフィリア。よもや自暴自棄になって錯乱でもしているのか?」
「そもそもですが、私が仲間になると言ったところで貴方がたは本当に私を信用できるのですか? 私も貴方たちを一切信用していませんが、我が身可愛さですぐ寝返ったような裏切り者を、今日からはい仲間です仲良くしましょうって、果たして信頼できるのです?」
「ふむ、確かにその言い分は尤もだ……貴様が我々に下ると見せかけて、懐から刃を振るうのを警戒しないのかと、わざわざ忠告してくれている訳だな? だが、生憎その心配には及ばぬよ、聖騎士レフィリア」
何か考えがあると言いたげな魔王の不敵な表情に、レフィリアは怪訝そうに目を眇める。
「……何ですって?」
「その点についての対策は抜かりなく講じているという話だ。――これを見るがよい」
これ見よがしに魔王が片腕を突き出すとその先の空間に、何処からともなく大型で大仰な魔導器らしきものがせり上がって来るように出現した。
それは禍々しい魔法陣が描かれた丸い台座に奇妙な形の突起やらチューブやら、得体の知れない付属品が色々とくっついていて何かの魔導装置であるのは確かながら、まるで残酷な実験機械か拷問器具のようにも思えてくる如何わしい形状をしている。
「この魔導器はそこにいるゲドウィンが開発した、対象の魂に直接、強制の術式を刻み込む装置だ。これによる施術を施された者は、意思はそのままに魔王軍への裏切りや危害を加えるといった敵対行為が不可能となる」
「……ッ?!」
「貴様がもし我々に下るというのであれば、条件としてその機器による処置を受けてもらう。そうすることで、我々はいちいち警戒などせず互いに志を共に出来るという訳だ」
「レフィリアさん、君の魔法抵抗力――いえ、固有特性を以てすれば僕が如何に外部から大規模な魔法を行使したところで、君に干渉することなど叶わない。だけど、これまでの君の能力を分析したところ、回復や補助系統など君自身が効果を受けることを望んだ魔法については話が別だ」
目の前に現れた物々しい魔導器の開発者、ゲドウィンが淡々と口にする内容にレフィリアは彼らが何を言いたいのかをその時点で理解してしまう。
「ふむ、その顔は既に察してくれたようだね。つまり君が自ら了承した上でこの装置による施術を受ければ、たとえ君といえど魔王軍への不忠は働けなくなる。今、魔王さんの言った通りにね」
「なに、別に貴様を奴隷や傀儡として扱うつもりはない。要するにこれは単なる安全装置を取り付ける為のものだ。我々へ不利益を齎さぬのであれば後は好きにしていいと言っているのだから、仇敵に対する措置としてはこれ以上にない程、有情かつ寛大ではないかね?」
不敵な笑みを浮かべながら見据えてくる魔王に、レフィリアは追い詰められたように息を呑むしかなかった。
魔王の提案を拒むような意思表示をしてきたレフィリアであったが、現時点では正直なところ有効な打開策は一つも無い。
「さて……改めて問おう、聖騎士レフィリア。これが真に最後の機会だ。貴様が我々の同志となるのであれば、貴様の仲間たちの命は全員保障すると確約する。逆に断るというのであれば、須らくもの言わぬ屍となってもらおう」
「……ッ!」
「一分間待ってやる。その時に返答できぬようであれば、貴様たちの命は無いと思うがよい」
ついに決断を迫られたレフィリアは、冷や汗を垂らしそうになるほどの焦燥に駆られながらも、それを表情に出さぬよう呑みこんで耐えながら必死に思考を巡らせた。
サフィアの身柄を敵に奪われている以上、仲間の安全を考慮するなら選択肢は実質一つしかないようなものだが――
「あ、一分しか時間くれないんだ。超有名なグラサンの大佐ならその三倍は待ってくれるのに」
そんな張り詰めた空気の中、ぼそっと小声でエリジェーヌは隣に立つゲドウィンに話しかける。
「んー、ここに来てまた器の違いが露呈しちゃったねえ。これじゃカップ麺の一つも作れません」
「二人とも場違いな雑談は止してくださいよ。空気の読めない学生じゃないんですから」
そうこうしている間にも、長いようで意外と早く一分という猶予は経過してしまう。
「――さて、時間だ。聖騎士レフィリア。返事は如何に?」
手元に取り出していた懐中時計をこれ見よがしに音を鳴らして閉じ、笑みを引っ込めた無慈悲で鋭い眼光を突きつけながら、魔王はレフィリアにいよいよ以て決断を問う。
「…………私は――」




