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北国で潜む異世界の昏き牙の話⑤

 それから暫くして、レフィリアたちは全方位から群がるように襲い来る人狼の集団――総勢千体以上を相手取り、結局はほぼ壊滅させるのと変わらない形で迎え撃ってしまった。


 一行が戦いを繰り広げていた宿の周辺には、人狼らの死骸が見渡す限りの山となって積まれ、つい数十分前まで真っ白だった雪の街は一転して流れた血で赤く染まり、見るに堪えない光景を作り出している。


 魔法の撃ち合いによる余波によって、ちょっとした火の手も上がっては所々オレンジ色の光に照らされる夜のモースカヴァの街であったが――ようやく敵の気配も感じなくなって再び静けさを取り戻したことにより、レフィリアは光剣を降ろすと息をついた。


「やっと終わりましたか。……というより、何だかんだで全員返り討ちにしちゃったのかもですけど」


「流石はレフィリア。君が迎撃に加わってから、目に見えて一気に押し返していったな。君一人で俺たち前衛組三人分の撃破数スコアを超えたんじゃないのかい?」


「さあ、別に数えてはないのでそれは分からないですけど……それにしても、かなりの数のウェアウルフでしたね」


 改めて周りを見回しながら、自分たちが倒していった人狼たちの残骸を目にして、レフィリアは疲れたような様子こそないものの訝しむように目を細めてはそう答える。


「こりゃあ、街の人間にウェアウルフが化けて潜んでたっつーよりは、もはや街の住人全員がウェアウルフに挿げ替えられてたって線の方が濃厚だろうな。しかしよくもまあ、これだけの数を揃えておきながら、律儀に人間のフリをして生活していたもんだ」


 ハンターの意見にジェドも同意して頷く。


「言われてみればそうだよね。街の人全部が人狼ってんなら、わざわざ人間に変身してその営みを再現する必要もない訳だし。おまけに敵と戦う為の装備なんかもしっかり整ってたしさ」


「だとすれば逆に妙な部分もあります。これだけ武装はきちんといき渡っているのに、結局最後まで他の魔族は一向に姿を見せなかった……ウェアウルフたちが魔王軍の手先である事は確定でしょうけど、彼らを管理しているような存在が特に見受けられなかったのは不思議ですよね」


 考え込む賢者妹の言葉に、コメットも納得して呟いた。


「この街の人狼らを統べていた魔族は隠れたまま出てこなかったのか、それともただ単に初めからいなかったのか……気になることが増える一方ですわね……」


「……一応聞きますけど、街に人間の生き残りはいると思いますか?」


 レフィリアの問いにサフィアは難しそうな顔で返す。


「どうでしょうね……人狼という種族の性質的に、あえて人間を捕らえたまま生かしている可能性は正直低いかと。それも街の住人全てがそのまま入れ替わる規模で人狼が一カ所に集まっており、加えて指導者らしい者もいないのなら尚更です」


「……そうですか」


「何にせよ、問題はこの後だよ。ひとまず今のところはすぐに敵が襲ってくる感じはなさそうだけど、このままここに残り続けるのも流石にどうかとは思う」


「そうだなあ、固いベッドだったとはいえ布団が恋しくはあるが……直ちに街の外へ出た方がまず無難だろうな。追撃されちまったら、溜まったもんじゃねえしよ」


「そうですね。夜に街の外へ出るのは危険が伴いますけど、どこか野営できるような場所を探して少しでも休息を――」


「――おやおや。わざわざ街を離れずとも、また宿に戻って休んでいけばいいものを」


 途端、後ろの方から聞こえてきた、聞き覚えのある若い男性の声にレフィリア達は一斉にその方向を振り向く。


「……ッ?! 貴方は……ッ!?」


 その声の主は闇夜のような黒衣を纏った、白い髪に褐色の肌の青年――アーガイアの王宮にてレフィリアを襲った、刺客の男その人であった。


「どうもお久しぶりです、聖騎士レフィリア。元気そうで何よりですよ」


 レフィリアたちが寝泊まりしていた二階建ての宿の屋根に佇みながら、相変わらず眠っているかのような細目の胡散臭い笑みを浮かべつつ、黒衣の男は一行を見下ろしてくる。


 気配も無く突然現れた彼の姿にレフィリアたちは大層驚愕して目を瞠ったが、今のところ彼は武器を一切手にしておらず、呆れるくらいに無防備な状態だった。


「いやあ、それにしても本当に……何事も無かったかのようにすっかり元気になりましたねえ、貴方。私のかけた特製の呪いから逃れるだなんて、一体どんな手段を講じたというのですかぁ?」


「自分の名前も名乗らないような相手に教える義理はありません。まあ、知ったところで話して聞かせるつもりもないですけど」


 突き放すように冷たく言い返すレフィリアの言葉を受け、黒衣の男は何かを思い出したかのようなわざとらしい仕草でポンと腕を叩く。


「ああ、そういえば次に会った時には私の名前を教えると約束していましたっけねえ。これは失敬」


 そう言ってから、黒衣の男はストっと静かに屋根から飛び降りてはレフィリアたちの前に立つと、佇まいを直しつつ厭らしく慇懃な仕草で一礼した。


「では、改めまして自己紹介を。――私の名はスレイア。かの偉大なる魔王陛下に異世界からの使徒としてこの地に招かれ、今では六魔将の一人として“緋劔”の二つ名を賜った魔剣士に御座います」


 胡散臭さしか感じない余裕めいた笑みを浮かべながら名乗る黒衣の男――スレイアの話に、レフィリアは驚きとともに思わず息を呑んだ。


「異世界からの使徒……! しかも、六魔将の一人ですって……!?」


「そう、魔王陛下が招き入れた軍の六幹部には欠員――というか、不届きな裏切り者が一人出てしまいましたからねえ。その穴を埋めるための新たな追加人員として、この私が召喚されたという訳です。“緋劔のスレイア”……どうか、お見知り置きを」


「六魔将に新来者だって……!? しかもレフィリアと同じ異世界から来た使徒だとは……!」


「ですけど兄さん、異世界より使徒を召喚できる“願いの宝珠オーブ”は全部で七つという情報だった筈! だというのに、何故……!」


「それがですねえ、聞くところによるとその宝珠オーブとやらの八つ目が、このロスタリシアの地に眠っていたそうなのですよ。それをゲドウィン殿が発見し、こうして私が呼び出されるに至ったのです」


(てことは、彼は八つ目の召喚アイテムで招かれた、八人目の異世界転移者ってこと……!? だけれど、それじゃあ……ッ!)


 レフィリアは自分と同じ方法で呼ばれた転移者でありながら、明らかに法外で異質な能力を保有している彼の存在に極めて不穏なものを感じざるを得なかった。


 そもそも、彼が本当の事を言っているという保証なんてどこにも無いので、発言を鵜呑みにする訳にもいかないのだが。


「――で、そんなテメエが奇襲もせずにあえて姿を見せたってことは、またレフィリアの姉さんをおちょくりに来たってのか? 気味の悪い殺し屋さんよぉ?」


「ていうかさ、アンタって今回も味方の兵士が全部やられてから出てきたよねえ。それって曲がりなりにも軍を指揮する幹部としては、どうかしてんじゃない?」


 ジェドからの挑発的な問いに、スレイアは何を考えているのかよく判らない笑みを浮かべながら白々しく受け答える。


「ハッハッハ、私も色々と諸事情が御座いましてねえ。それでも敵襲ということで、取り急ぎ用事を片付けてから覗きに来てみればこの始末……いやはや、魔王軍を相手に立ち向かっているだけあって皆様も仕事が早いこと早いこと。もう全滅してしまってるじゃあないですか」


 ゆっくりと拍手でもするかのように手を叩きながら、まるで他人事のように述べるスレイアの様子に、レフィリアたちは全員が怪訝そうに彼を見る。


「それにこの街にいた獣人どもは別に魔王軍われわれの正式な兵士、という訳でもありません。言うなればそう、単なる実験体といったところでしょうか……ですから別に皆殺しにされたところで、こちらとしてはそれ程目くじら立てて気にするような事でもなくてですね」


「何ですって……!?」


「魔王軍の兵士ではない……!? 負け惜しみなのか知らないが、いい加減なことを言うな! しっかりと武装まで配備されていた軍勢が兵士じゃない訳ないだろう!」


「負け惜しみの言葉に聞こえましたか? 失礼、この獣人たちが持っていた武器もあくまで取るに足らない型落ち品を配らせたまでの事。我々にとっては大した損失にもなりませんもので」


「何だと……!? 正規軍の特務部隊にも匹敵するような装備が、失っても惜しくないような代物だというのか……!」


「そもそも、実験体という言葉が引っかかります。一体どういう意味なのですか!?」


 レフィリアからの質問に、スレイアはニヤついた笑みはそのままに顎を撫でながら彼女を眺める。


「実はですねえ、貴方がたが流れ作業の如くバッタバッタ斬り捨てていったこの獣人ども……その全員が、元はこの街の住人たちであったのですよ」


「「なッ……!?」」


 何てことはない世間話でも語るような気軽さで告げるスレイアであったが、彼が口にした話の内容にレフィリアたちは思わず言葉を失った。そんな様子を愉しむかのように、スレイアはそのままの調子で語り続ける。


「貴方がたは人間に変身できる人狼の類とでも思っていたようですが、実際はその逆。この獣人は皆等しく元々人間であり、体内に植え付けられた“魔獣の因子”によって怪物と化してしまっていたのです」


(魔獣の因子……!? もしかしてナーロ帝国にいた、魔物化させられた人たち――造魔人デーモンと同じようなものって事……!?)


 レフィリアはふと過去にナーロ帝国で目にした、怪物にさせられた人々の光景を思い出しては喉奥に不快なムカつきを感じてしまう。


「魔獣の因子と同化して人外化した人間どもは、普段は元の人格を保ったままこれまで通りの生活を続け、自分が化け物であるという自覚もない。しかし夜になると狼男の伝説と同じように、彼らは反転して血肉を食らう凶暴な獣人へと成り果てるのです」


「何っつう、悪趣味な真似を……!」


「この街の人々は自身が怪物と成り果てた事実も知らぬまま、日々の生活を送っていただなんて……惨い話にも程がありますわ!」


「そうですねえ、悪趣味で惨いですねえ。因みにこの実験を執り行ったのはゲドウィン殿らしいですが、どうやらこの変異した人間らは“魔獣人ウェアビースト”というものの試作品プロトタイプみたいですよ?」


魔獣人ウェアビースト……?」


 眉を顰めるレフィリアたちにスレイアは饒舌に続ける。


「何でもただのライカンスロープなどではない、魔獣の特性を備えた獣人なのだとか。獣の筋力と敏捷性に人の知性と技術、その二つを兼ね備えた獣人の性能に加え、魔獣由来の武器や魔法、状態異常に対する強耐性、人間への擬態能力、ついでに吸血鬼やゾンビのように噛み殺した相手を同族へ変える性質すら有しているみたいでですね」


「つまりは占領した地の住人を、本人の意志すら関係なくすぐに自軍の兵力へ転じさせる事が出来るという訳か……」


「その通りです。些か回りくどいような気もしますが、ゲドウィン殿はその過程も楽しんでおられるのでしょう。その悪辣な趣向、私も嫌いではありませんし、何なら先輩としてリスペクトするつもりですらありますよ?」


「何がリスペクトですか。その最低極まりない先輩が作った実験場が荒らされる様を黙って放置しておいて、不敬な後輩もいいところです。……貴方、やはり真面目に魔王軍の幹部としての役目を果たすつもりなんてないのでしょう?」


「いやいや、だから今回もまた間に合わなかっただけなんですってえ。人聞きの悪い事を言いますねぇ」


「んな事はどうでもいいわ。で、そんな情報を惜しげも無くベラベラ喋って聞かせるっつーことは、ここで俺ちゃんたちを皆殺しにするから別に構わねえって口か?」


 ハンターからの言葉に、スレイアはわざとらしい仕草で顎を撫でながらレフィリアたちを見た。


「そうですねぇ……私は聖騎士レフィリアを追う刺客としての任を受けていますし、それ以前に魔王軍の将の一人。こうして貴方がたと対峙してしまった以上は、きっちり息の根を止めなければいけません」


「……ッ!」


 スレイアの見せた嗜虐的な表情に、ついに来るかとレフィリアたちは思わず身構える。


「――ですが、私はあえてここでは貴方がたを見逃そうかと考えています」


「……は?」


 ところが、予想だにもしていなかった事を宣ったスレイアの発言に、レフィリアは意味が分からず驚きから大いに困惑してしまった。


「何を訳の判らない事を言っている。そうやって俺たちを油断させるつもりか?」


「いえいえ、別段油断などさせずとも私は貴方がたを正面から打ち倒せる自信がありますので。そのような姑息な小細工を弄する必要も御座いません」


「言ってくれるじゃねえか……だったらどういうつもりだ? 前回もそうだったが、殺し屋がわざわざターゲットを前にして仕留めずに泳がせるなんざ、何か理由があっての事だろ?」


「んー、それが実はそこまで大した訳も無いんですよねえ。強いて言うなら単なる気紛れというか、あとはせっかくこの国へ来たのですから、私たち魔王軍の拠点をその目で見てもらいたくてですねぇ。――貴方がた、こんな所へいるという事はその目的で来訪したのでしょう?」


 スレイアの言っている不可解な話に、更なる戸惑いの波が広がっていく。


「ちょっ、何言ってんのこの人……!? 訳分かんないんだけど……!」


「自陣に入り込んだ敵へ手を出さないどころか、本拠地にすら向かわせようとするなんて、謀反と捉えられても文句の言えない行動ですよ……!?」


「アッハッハ、魔王軍はアットホームで風通しの良いホワイトな環境ですから、このくらい特に咎められることなんてありませんよ。むしろちょっとした茶目っ気程度ということで笑って済ませてもらえるんじゃないかと」


「そういう問題か……?」


「何にせよ、ここで私と戦闘にならないのは貴方がたにとっても願ったり叶ったりの状況でしょう? 今日のところは私ももう帰りますので、この廃墟同然の街で好きなだけ休息と準備を整えて魔王城へやってくるといいです」


 そう言ってスレイアは背を向けては、本当に今いるこの場から立ち去ろうとする。


 しかし――


「いえ、貴方はここで討ちます。けして逃がしたりしません」


 レフィリアは光剣を構えては決意を強く固めたように気丈な態度で言い放ち、射竦めるが如くスレイアを呼び止めた。


「レフィリア……!?」


「……ッ!」


 彼女の跳ね除けるような言葉と挑戦的な行為に仲間たちは少し驚きこそしたものの、すぐに気持ちを切り替えてはレフィリアの意志に従うかのように全員が揃って覚悟を固める。


「――正気ですか?」


 そんなレフィリアと仲間たちの様子に、スレイアは今までの胡散臭い笑みを引っ込めると怪訝そうに彼女らを眺めた。


「せっかく見逃してあげると言っているのに、その機会をむざむざ自分から棄て去るとは……そんなに死に急ぎたいのですか? それとももしかして……この私に勝てるかもなんて、頭の中がお花畑な事を考えていらっしゃる?」


「貴方の言っている事が嘘か本当かはともかく、はい分かりましたと信じてこのまま眠りにつけると思っているのですか? それに……先延ばしにしたところで、いずれ貴方に立ち向かわなければいけない事に変わりはない。――もう一度だけ言います。貴方はここで討つ。絶対に逃がさない」


「レフィリアがそう決めたのなら、俺たちも全力でついていくのみだ」


 完全にやる気になっているレフィリアたちを前に、スレイアは酷くつまらない冗談でも聞かされたかのように呆れ顔で肩を竦める。


「やれやれ、以前自分がどんな目にあったのか身に染みておきながらこの蛮勇……愚かというか、お馬鹿さんというか。――いいでしょう、そんなに惨たらしい敗北をお望みならこの場でプレゼントして差し上げる事にします」


 未だに余裕そうな態度を崩さないままスレイアはそう言うと、片手に血のような赤い光を放つ長剣を出現させた。


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