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9 マーメイドフラッグ Ⅱ

 ターチはその日、長い事入り江の陰でサーヤの帰りを待っていた。


 もうこの季節、海に入るのはサーヤくらいのものだ、いくら南国とはいえ、もうこの季節海で遊ぶ子供は少ない。


 そんな海に、サーヤは毎日この入り江から海入って行き、陽が沈むころ、この入り江から上がってくる。


 ターチは胸騒ぎが収まらず、今日は日も高いうちから、サーヤの帰りを待っていたのだ。


 そんなターチの視線の先には、イルカに引かれたゴムボートが現れ、真っすぐターチの方に向って来ていた。


 ターチは、直に解った、ボートの上で銀色の保温シートにくるまっているのはサーヤだと。


 ゴムボートが浅瀬に来ると、ターチは待ちきれずに、バシャバシャと海に入って、ゴムボートに向かって行った。


 イルカ達が、浅瀬に来て、ゴムボートから離れて行くと、ジョンも海に太腿まで浸かってゴムボートを引いて陸に向かう。


 ジョンは腰まで海に浸かって向かってきた子供に尋ねた聞く。


「君は?」


「タ―チェスト ライブラント、サヤーナは僕の妹です、レニーさん」


「そうか、なら、ボートを引き上げるのを手伝ってくれ」


「はい」


 ターチはジョンと一緒に、ボートを引き上げると、直ぐにサーヤを抱えたイリルの裏に回りサーヤの顔をのぞき込む。


 既に意識をなくしていたサーヤは、土気色の肌に、紫色の唇はかさつき、目の下にはくっきりと隈が出来ていた。


 そんなサーヤを見た、ターチが唇をわなわなとさせていると、イリルがはっきりと言い切る。


「サーヤちゃんは大丈夫、必ず私たちがたすけるから、タ―チェストは家の人を読んできて、私たちは、ここから一番近いブルーマリンに行って、救急車を呼ぶわ、解った」


「はい、直ぐに読んできます」


 ターチは家に向かって全力で走り出す。


 イリル達も、今度は保温シートにくるんだサーヤをジョンが抱えて走り出す。


 ブルーマリンまで数百メートル、ジョンは遅れるイリルも構わず、ブルーマリンまで走りぬく。


(父さんあんなに早かったの)


 イリルもジョンの背中を追って必死に走るが、ジョンの背中はどんどん小さくなって行く。



◇◆◇◆◇◆



 カランカラカラン


 ブルーマリンのドアが乱暴に開かれ、ドアに着けられた来店を知らせるベルが、豪快に鳴り響く。


「マスター居るか!」


「ジョンか、足でドアを開けるんじゃねー」


 ジョンが叫ぶと、厨房から怒鳴り声が返ってくる。


 今はまだ、シーフードレストランの時間だ、少ない客と、ウェイトレスも店に入って来るなり叫びだしたジョンに注目する。


 その視線の先では、銀色のシートに包んだ子供を抱えたジョンが厨房に向かって走っていた。


「ジョン、何厨房に入って来てやがる、・・って、何抱えてんだ」


 マスターは、ズイズイと寄ってきたジョンの腕の中をのぞき込む。


「おい、こりゃ、ライブラントさんっとこの嬢ちゃんじゃねーか」


「兎に角、救急車」


 カランカラカラン


 再びが乱暴に開かれ、今度はイリルが入ってくる。


 そして再び皆の視線を集め、ズイズイと厨房に入って行く。


「父さん、おいてかないで、それに、直ぐに温めないといけないから、救急車と、お風呂よ、早く」


「救急車は俺が電話してやるぞ」


 客席の方から声が聞こえてきた。


 客の一人が店の公衆電話にコインを入れて電話をかけ始める。


「ほら、父さんかして・・マスターお風呂は」


「あ、ああこっちだ」


 イリルはジョンからサーヤをひったくるとマスターを促して、店のバスタブに向かう。


「ありがとうマスター、それと、タオルと毛布お願いします」


 マスターがタオルと毛布を取りに走ると、イリルはからのバスタブに、そっとサーヤを寝かせて、シャワーのお湯を調整し始める。


 お湯を素早く調整すると、サーヤを温めようとシャワーでお湯をかけ始める。


 するとサーヤの体が、淡いブルーに光り始める、まるでサーヤの体から溶け出すように出てくるその淡い光は、少しずつ弱くなり、最後には完全に消えてしまった、時間にしてほんの一分にも満たない出来事だった。


 イリルは、余りの事にシャワーヘッドを取り落とし、呆然とその淡い光を見ていたが光が消えると我に返り、やるべきことを思い出す。


 もしかすると、これは魔法が解けてしまったのではないだろうか、イリルは直感的にそう思った。


 きっとサーヤは目覚めても悲しむだろう、マジックライブラリーの魔法は夢の魔法、本人の一番の望みを叶える魔法なのだ、それが消えると言う事は・・


 イリルは取り返しのつかない事をしてしまった思いに苛まれながらも、今はシャワーでサーヤの体を温める。


 お湯で魔法が解けるなんて、サーヤに何と言って謝ろうか、そんな思いが何度もイリルの脳裏をよぎるが、夢の代償など思いつくはずもない。


 とにかく今はそんな事は頭の奥に追いやり、サーヤを温めるイリルだった。



◇◆◇◆◇◆



 サーヤが目覚めたのは病院のベッドだった、多分掛かりつけのサイモン先生の病院だ。


 ベッドの脇にはなぜかイリルが、ポツンと座っていた。


「おきた、サーヤちゃん」


 そう言ったイリルは、安心したような、不安そうな顔だった。


 サーヤがイリルの方に顔を向けると、イリルが話し出す、静かに迷いながら言葉を絞り出す。


「サーヤちゃん、ごめんなさい、多分あなたの魔法、解けてしまったわ」


「知ってます、起きた瞬間に解りました、もう魔法は解けてしまったんだって」


「ごめんなさい」


「でも大丈夫、わたし、それで助かったんでしょ、それにもうわたし、魔法がなくてもきっと泳げるわ、それに、この海の事なら、なんだってしってるわ、珊瑚のプールも、ケルプの森も、海底に洞窟があるのだって知ってるのこれは秘密よ、あとで連れてってあげるね、だから大丈夫、気にしないで」


 そう言いながら、サーヤの目からは涙があふれていた。


「ごめんね、ごめんね、お湯で魔法が解けてしまうなんて知らなくて」


「気が付いた様じゃの」


「はい」


 サーヤが病室の入り口を見ると、そこには真っ白い髪に、白いあごひげ、まん丸の黒縁眼鏡をかけたサイモン医師が立っていた。


サイモン・レイ・カーチス、彼は数名しかいないこの島の医師で、この島では一番大きな病院の医院長でもある。


「どうやら、サヤナちゃんの魔法は解けてしまったようじゃの」


「サイモン医院長せんせいどうして」


最近巷ちまたで子供の人魚が出るっちゅう噂を聞いての、サヤナちゃんじゃないかと思ってたのだよ」


「え、でもどうして」


「しいて言うなら、カンじゃよ、マジックライブラリーに行けたのじゃろ、魔法が解けてしまったのは残念だが、気に病んでは駄目じゃぞ、魔法は解けてしまっても、願いは叶っていないか?それに、マジックライブラリーの魔法は、解けても、残り香が残る、昔、グリアンナが言っておったよ、魔法が解けた後もなんとなく、生き物の思っている事が解る様なきがすると、それだけでも、十分すごいと思わないかの」


「え、サイモン医院長、御祖母ちゃんと、知り合いだったの」


「ああ、君の御祖父ちゃんと、御祖母ちゃんを取り合ったのだがな、負けてしまったよ」


「でも、どうしてそこまで」


 イリルもサイモン医院長を見つめる。


 サイモン医院長は二人の間までやってきて身を屈めると、声を潜めて二人に話した。


「実はの、二十年以上前だが、儂もマジックライブラリーに行ったのだ」


 二人は驚きでつばを飲み込む。


「じゃ、先生も魔法を?」


「ああ、まだ持っとるぞ」


「どんな魔法なの」


 サーヤがや声を潜めて聞く


 サイモンはにこにこしながら、やはり声を潜めて答えた。


「勿論、人を助ける魔法だ、儂のは海水に触れると、解けてしまうので、こんな島に住んでおるのに、海水浴には行けなくなってしまったががの」


「せんせい、すごい」


「ああ、この事は、皆には内緒じゃぞ」


「はい」


「それで、サヤナちゃんは、どうして人魚になれたのかな」


「魚の様に泳ぎたいって」


「そうか、ならきっと魔法が解けても、誰よりも早く泳げるじゃろう、儂も久々に海で泳ぎたくなってしまったよ」


「はい、私もそんな気がしてます、でも医院長、海で泳いだら魔法が解けちゃうわ」


「そうじゃの、ハハハ」


 ちょうどそんな話が終わるとす直ぐに、サーヤの家族が駆け付けてきた。


「ママ、パパ」


「サーヤ大丈夫だった」


「でも魔法は解けてしまったみたいだね」


 パパはサーヤにそっと耳打ちする。


「どうしてパパが知っているの」


「ママも知ってるわよ」


「え、ターチが言ったの」


 サーヤは頬を膨らませてターチを睨みつけるが、ターチは顔の前で手をひらひらと振っている。


「うふふ、ママたちが、そんな事気が付かないとでも思ったの、すぐに気が付いたわよ」


 ママはサーヤの手を取ると、楽しそうに笑みを浮かべて話し始める。


「ターチが空飛んでたのだってしてるわ、私たちは縁がなかったけど、御祖母ちゃんは、若いころ、ライブラリーの魔法を持っていたのよ、その話をたくさん聞いているんだもの、マーメイドガールがサーヤだなんて、見ていれば直ぐに解ったわよ」


「えー、そうなんだ」


 サーヤはなぜか残念そうだ。


「ふふ、でも魔法が解けちゃったんじゃ、もうおっきなお魚は当分食べられないかな」


「大丈夫、もっとお大きなのとって来るわ、それと・・」


 サーヤがサイモン医院長に目をやると、サイモン医院長は、ママたちの後ろで口の前に人差し指をかざして、秘密だよと首を振っていた。


「今度イルカ達も紹介するわ」


「それは素敵ね、楽しみにしていなくっちゃね」


 そんな時、イリルがふと病室の窓から港の方を見ると、人魚の旗を掲げた島の漁船に囲まれ、不審船が連行されてきていた。


 マリンブルーに染め上げられた人魚の三角旗は、この時から、海を愛する者の象徴として、末永くこの島の船に掲げられる事となった、土産物としても売られこの島の海を守る資金にも充てられ、この島のシンボルとしてもマーメイドガールの話と共に、世界中に広がっていった。



 そう、人魚の御伽噺と共に。


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