表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

「クラリス・サーシャ、このハンカチは貴様の持ち物で間違いないな?」

「そ、それは……は、はい。で、でも、そのハンカチは昨日、気付いたらなくなっていたんです!」

「“なくした”……ね」


成る程、こう来たか……。


またもや登校時間、とある騒ぎを聞き付けたわたしは、慌てて現場に駆け付けては、その場で行われていた見慣れた状況に立ち合っていた。

ただし、容疑者ではなく、野次馬の一人として……。


教室の中央では、いつもの集団が小動物を思わせる少女を前に、珍しいハンカチを掲げていた。


「これが落ちていたのは今朝、アリエスの机の側、隣の教室だ。そして、アリエスの机の中が荒らされていた。

それが示す意味は、貴様でも分かるだろう? その上で聞こう。

なぜ、なくした筈の貴様のハンカチが、アリエスの荒らされた机の傍に落ちていたんだ?」


ゆっくりと力強く訪ねられた声。

震えていた少女は弾かれたように声を上げた。


「し、知りません! 何かの間違いです! そのハンカチは昨日の夜、気付いたらなくなってて、わたしはルベルトさんの教室には行っていませんし、机を荒らしてなんかいません!」

「……言い分はそれだけか?」

「ッ?! ち、違います!! 信じて下さい!! わたしは何もしていません! 濡れ衣なんです!

こんなの、可笑しいじゃないですか?! 昨日までみんな、ディーゼルさんの仕業になってたのに、急にこんな……ッ。

わたしは無実です! 信じて下さい!!」


泣きながら無実を訴える少女。

彼女に手を差し伸べる人はいない。彼女の無実を信じる者はいない。いや、もしかしたら、いるのかもしれない。

けれど、誰もが少女に軽蔑の視線を向ける今、彼女を助ける勇気を持つ者は、この場にはいないのだろう。


見事な掌返し。正体が分からない相手に手を出すのは危険と見て、相手は標的を切り替えた。そして、早めに確実に決着をつける為に、ご丁寧に証拠まで用意してきた訳だ。

このまま、フィナーレ? そんなの……


「わたしも、彼女は無実だと思いますよ」


この国や学園が許そうが、このわたしが許さない。


よく通る様に声を出せば、周囲はしんと静まり返り、全ての視線がわたしに集まるのが分かった。

親切なことに、わたしの前にいた野次馬達が道を空けてくれる。

わたしは彼等に礼を言ってから、教室内に踏み込んだ。


「いえ、正確には、まだ結論を出すのは、早いと思います」


教室の中央、泣きながら呆然とわたしを見上げる少女に背を向けて、わたしは初めて、自分から殿下達と向き合う様に立った。

彼等、特に、今日も今日とて、彼等に守られているアリエスは、わたしの登場に怯む。だが、すぐに立て直した様だ。


「どう言うつもりだ? 今回、貴様はこの件に関係ないだろう」

「……ずっと思ってたんだけど、殿下達って実は、かなりの馬鹿だよね?」

「……は?」


おぉ、野次馬や被害者含め、皆さん揃って見事な間抜け面を晒してくれる。


「き、貴様、ケルディアスの者とは言え、言って良いことと悪いことがーー」

「馬鹿を馬鹿と言って、何の問題がある?

今の貴方達は自らの地位と権利、責任の重大さを分かってない」

「ッ?!」


こう人を睨み付けるのは、いつ振りだろうか?

どうやら、わたしは久しぶりに、心から怒りを感じているらしい。これはきっと、彼等に向けられたものではないけれど。


「このいくら平等を掲げても、貴族社会が蠢く学園内で、この国で頂点に立つ貴方達の言葉は、周囲の生徒達にとって、間違ってても従わなきゃいけないことなんだよ。言ってみれば、正義ってこと。

貴方達が正しいと言えば、それは間違ってても正しいことに変わる。逆に、間違ってると言えば、いくら正しいことでも間違いに変わるの。

真の正義を掲げてる人の声は、地位と権力がないと言う理由だけで、間違った正義に塗り潰されてしまうんだよ。それはこの状況が説明してる。


彼女が本当にアリエスさんの机を荒らしたかなんて、そんなハンカチ一つじゃ絶対的な証明は出来ない。

でも、貴方達が身勝手な思いこみで彼女を犯人だと決め付けたから、本当は彼女の無実を信じたり、証明できる力を持った人達は、貴方達の強大過ぎる正義を前に、何も言えなくなってしまってるんだよ。

地位と権利は強大。だから、それを持つ者は行動に気を付けなければならない……。

貴方達はアリエスさんを一途に思い過ぎるせいで、そんな大事なことも忘れて、学園中を巻き込んでる、愚か者だよ」


ここまで、熱くなったのは久しぶりだ。だが、とてもすっきりした。

誰もが呆然とする中、少し荒れてしまった呼吸を整えたわたしは、でも、と曖昧に微笑んだ。


「誰よりも愚かなのは、わたしなんだけどね……」


わたしも人のことなど言えない。だって、それが分かった上で、わたしは逃げ出そうとしていたのだ。

王位を告げる存在はわたししかいない。そんなわたしが姿を消せば、国は混乱に包まれて、下手をすれば王位継承権を巡って、戦争だって巻き起こる。そう理解した上で、自分の我が儘を最優先したわたしこそ、王位に相応しくない愚か者だ。


でも、今はそう言うことは置いておこう。


わたしは殿下達や周囲に向かって、真剣に頭を下げた。


「協力して欲しいんです。

クラリスさんが本当に罪を犯したと思うなら、もっと確かな理由か証拠を提示して欲しい。

クラリスさんの無実を信じてるなら、どんな些細なことでも、間違った正義に負けずに訴えて欲しい。

彼女が罪を犯したのか? 彼女がわたしに罪を着せた真の犯人なのか……はたまた、真犯人に罪を着せられた被害者なのか……。

その出来得る限りの判断材料が欲しいんです。

彼女を罰することが出来るのも、救い出すことが出来るのも、ここにいるわたし達だけ。

そのカギを持ってる、貴方だけなんだから」


正直、これは賭けだ。

でも、どんなに小さな勝率でも、わたしは勝利を信じる。

この状況に彼等の心が少しでも、違和感を持っていることを。その心に、わたしの声が届く様に。


沈黙に支配された教室。そんな中、鳴り響くのはホームルームの始まりを告げるチャイム。そして……


「あ、あのッ!!」


無音の空間を打ち破ったのは、その吐き出す様な声だった。


「わ、わたし、クラリスが昨日の六限目の前に、ハンカチを落としたって言うの、聞いてるんです!

それで彼女、そのハンカチ、お祖母様の形見で、すっごく大事にしてるから、クラス中に聞いて回ったり、一緒に放課後、ずっと一緒に捜し回ったりしてて……でも、どこにもなくて下校時間が来て、昨日は諦めて一緒に帰って……それで、今朝も一緒に登校してて、あ、あの、えっと……わ、わたし、彼女がそんなことするだなんて、思えません!! 幼なじみなんです! 大親友で、すっごく優しい子だって、わたし、誰よりも知ってるんです!」

「リィちゃん……」

「ッ、クラリスッ!!」


必死に泣きそうになりながら、訴えてくる少女の姿に、クラリスさんの呼び声が響く。

溜まらなくなった様子で、少女はクラリスさんに駆け寄り抱き締めた。


「ごめん、クラリス! あたし、あたし……」

「ううん……ありがとう、リィちゃん、リィちゃぁん!」


抱き締め会った二人は、耐え切れずに泣き出してしまう。

“幼なじみ”、か……、帰ったら、厄介にことになるだろうな。それはさておき、


「確かに昨日の下校前、クラリス達がハンカチ捜してたよな」

「わたしも聞かれた……」

「俺もだ。下校時間直前まで、二人で捜し回ってるの見たし」

「クラリスさん、あの時も泣いてたわ……」


教室内に落ちていく声達は、誰一人としてクラリスさんの罪を否定している。


「……まだ、はっきりと無実が証明された訳じゃないですけど、ここまでの証言が出てるんです。しっかりと整理すれば、具体的な真実が見えて来る筈です。

なので現状、彼女が犯人だと決め付けるのは、まだ早い。

この結論に不満はないですよね?」


ゆっくりと周囲を見回し尋ねれば、場は静まり返って肯定も否定も出てくることはない。


「無言は肯定、と言うことにさせて貰います。

さて、もうホームルームが始まってますし、詳しい証言整理はまた後にして、この場は解散ってことでお願いします」


そう声を掛ければ、周囲はざわつくもこれ以上、朝のホームルームに遅れる訳にも行かない為、ゆっくりと散って行った。


「みんな! 

みんなってば?!」


それを横目に見ていれば、聞こえて来たのはアリエスやの慌てた声。


振り返れば、何やら未だに呆然と、わたしを見ている殿下達に気付く。

アリエスの声は愚か、周りの声も聞こえていない様子。


……言い過ぎただろうか?


「あの、殿下?」


まぁ、それに関してはどうでもいいとして、わたしはある用事があって、心ここに有らずな殿下に声を掛けた。


「ッ?! な、何!!」

「……いや、そんなに構えなくても良いじゃないですか。

まぁ良いです。先に言っときますけど、さっきの件はわたし、間違ってないんで謝らないですから」


わたしが声を掛ければ、反射的と思われるスピードで応対して来る、見たことがない程に緊張した殿下に、わたしは奇妙な者を見る視線で、話を進めることにする。


「゛さっき゛? ……う、ううん、こ、こちらこそ、そのご、ごめんなーー」

「え? あの、何て言ってるんですか?

声が小さすぎて聞こえないですよ」


気持ち悪い程に弱々しい殿下に、わたしは戸惑うながらも、ごにょごにょと小さくなっていく彼の言葉を聞き取ろうと努力する。


「ッ?! あ、そ、その……ご、ごめんなさい!

君が止めてくれなければ、こんな当たり前のことにも気が付けなくて……。

だからーー」

「なんで謝るんですか、気持ち悪い」

「ッ……き、“気持ち悪い”……」


途端にショックを受けた様子の殿下に、わたしは本気で言い過ぎたかと、少し対応に困る。

なので、向こうに押し付けようと思い見れば、アリエスは見るからに付いて行けていない様子。だが、いつの間にか、現実に戻って来た他の三人はと言えば、何かに気付いた様に沈んでいる殿下を見ていた。

何だか様子が可笑しい。まぁ、わたしは事実を言っただけで、謝るべき点はないが。


「とりあえず、殿下。

これはお願いなんですけど……」

「“お願い”?!」


なので、本題を切り出せば、今度はぴくんと反応を見せてくれる。

何その、餌待ちの子犬のような態度? 殿下、本当に大丈夫か?


「……今後はこの様な迷惑で無利益な騒ぎ、勢いで起こさないで下さいね。

これじゃあ、容疑者が増えて、面倒が増すだけです。わたしも暇じゃないんです。こんな騒ぎにいちいち攪乱されてちゃ、真犯人捜しに手間取わされるなんて、溜まったもんじゃないんで。

それと、今回の騒ぎの真相解明もお願いします。わたしはクラリスさんが犯人とは思えないんで他の手かがりを捜させて貰います」

「え? で、殿下、お待ち下さい! それはーー」

「う、うん! 任せて。もう二度と、こんなことしないよ」

「お願いします。それじゃ、わたしはこれで。殿下達も授業に遅れないように」


人が変わった様に従順な殿下を前に、伝えるべきことは伝えたわたしは、即座にその場を立ち去らせて貰う。


連れ戻されるまで休日を含め、後五日。

今回の濡れ衣が防がれたことで、いい加減、犯人は本格的に焦り始めるだろう。

これからどう来るか、じっくりと観察させて貰うとしよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ