面影
グゥゥゥウゥウウォォオオ。響き渡る怪音。
「はっ!?」
その怪音につられて目を覚ます。
きょろきょろと周りを見渡す。この場所は知っている。いつだったか、人生で一番長く寝た医務室。
またここに来てしまった。まさかとは思うが、また二日も寝っぱなしで――――
「……」
「あ、会長。おはようッス」
目を見開いて来人を見る神奈の姿があった。
寝ぼけていたためか、勝手に口から挨拶が出てきた。
「……驚いたな。自分の腹の音で起きるやつがこの世にいたとは」
「腹の音ぉ?」
ぐぅぅううう。
言った傍からまた腹の虫がアピールする。
あの怪音は腹が鳴っていたのかとそこで気付く。
「って、それよりも!会長!俺、ここでどれくらい寝てた!?」
また二日も寝ていたなんて言われたらたまったものではない。寝ぼけていた頭が一気に冴えていた。
「安心しろ。まだ二時間しか経っていない。なんせ今回は大きな怪我はなかったからな。君が倒れた原因はESPブレードによる超能力障害と極度の寝不足だ」
「なんだ……よかったー……」
ホッと胸を撫で下ろす。
また二日も寝て人生の貴重な時間を無駄にしたなんてことにならなくて本当に良かった。
「しかし、能力の進化を完成させていたのだな」
「へへ。道具を自分の方に持ってくるの逆パターン、自分を道具の方に持っていく《道具使い・逆転移》っす。ま、この俺の手にかかりゃ能力の進化なんて朝飯前っすよ!」
ぐぅぅ。得意げに言ってみたところで、腹の虫が台無しにする。
「ふむ。そもそもその朝食をちゃんととっていないように見受けられるが?」
「い、いやあ。ちーっとばかし無茶しちまって。今日はちゃんと朝飯食ってきたんすけどね?」
はははと乾いた苦笑い。
思い出すだけで”頭のおかしい特訓”だったと実感する。
「会長に言われて、分かったんすよ。どうすれば能力の進化を引き出せるか」
「極限まで己を飢えさせ、その《道具使い・逆転移》を使用せねば食事をとれぬ状況に追い込んだ。要は三大欲求の”食欲”を最大限に活用したと言ったところだろう?」
「さ、さすが会長。その通りっす」
自分の言おうとしたことをすべて言ってくれた神奈に驚きを隠せない。
今日の早朝。飢えに飢えた来人は願った。食べたい、食べたい、食べたいと、ただひたすらに。その願いが原動力となり、《道具使い・逆転移》を完成させた。
「君の今の状態を見ればだいたい察しがつく。まったく、君らしい極端な考え方だ」
「いやー。それほども」
「褒めてないぞ。最悪のコンディションで戦いに挑むとは何事だ!」
「うっ……それに関しては何も言えねぇ」
「ふふっ。冗談だ」
「へっ?」
いつものようなキリッっとした表情が一変。
まるで別人のように柔らかい笑みを見せる。神奈にもこんな表情が出来たのかと、驚愕の声を漏らしていた。
「終わりよければすべてよし!最終的に君は勝ったのだから文句はないさ。だが、一つ気になったことがあってな」
「気になったこと?」
「君の最後の攻撃だ。アレはどうやったのだ?相手のESPブレードに触れようとしているのは分かったが、それは失敗していた。だとすると、いったい何を使ったのだ?」
「あー……あれっすか……」
バツが悪そうな表情。
来人自身、非常に言いにくい事情があった。
「アレに関してはノーコメントで」
「む。何故だ?気になるではないか」
「いや、だって、その、汚い手を使っちまったんで……」
「汚い手だと?私の目から見て、どこも不正はなかったが?それに、本当に不正したというなら自分の口からそんな言葉が出るとは思えん。普通なら隠し通すと思うが」
「あ、いや。そういうんじゃないっすよ。卑怯とかじゃなくて、物理的に汚いみたいな」
「物理的?なんだ、ますます気になるじゃないか」
好奇心をくすぶられる。
こうなったら何が何でも聞き出してやらねば。
「いやー、でもなー」
「ならこうしよう。本来なら明日からまた君には生徒会特務係として働いてもらう予定だったが、特別に今週いっぱいまでそれを無しにしよう」
嘘だ。そもそも明日から働いてもらうということが。もともと今週いっぱいは仕事はない。来週からこき使う予定だ。
「……絶対に引かないでくだせーよ?いくら俺でも傷ついちまう」
簡単に釣れた。やはり扱いやすい男だと神奈は心の中でほくそ笑む。
「ああ。約束しよう」
「……戦いの最中、ガム食ったじゃないっすか」
「ガム?そう言えばそうだったかな?」
いつの間にか噛みはじめていたので印象に残っていない。
おそらく、会場にいた誰もがそのことを気にしていなかっただろう。
「ん?まさかとは思うが……」
「そのまさかッスよ。ガムを吐き捨ててくっつけてやったんすよ。アイツの制服に」
合点がいった。
最後の二撃必殺。その引き金となったのは、吐き捨てたガムだったのだ。
制服にくっついたガムの元へ向かい、木刀を振るったというわけだったのだ。
「いやー。やばかったっすね。だってあの野郎、すっかり勝った気でいるのに、肩にガムがくっついてんの丸見えなんスよ!?もー笑いを堪えるのに必死で!バレるんじゃないかとヒヤヒヤしましたもん!」
あの時笑っていた理由。勝利を確信したからとか、絶体絶命を楽しんでいるとか、そんなかっこいい理由ではなかった。
笑いを堪えていただけという、なんとも拍子抜けな理由だった。
「ぷっ……あははははははは!」
大口を開いて大笑いする。
本当にここにいるのは皆の憧れの生徒会長なのかと言いたくなるほどの馬鹿笑い。
「か、会長!?」
「君は本当に面白い奴だ!まさかそんな方法で勝ってしまうなんて!天晴れだ!素晴らしい!」
「う……うす」
ドン引きされるどころか、べたべたに褒められまくる。
反応に困るが、ちょっぴり嬉しさを孕む。頬がほんのり熱くなるのを感じた。
「ふふ……君を見てると、父のことを思いだす」
「俺が?会長の親父さんに?」
「ああ。私の父は、一応プロの闘技士でな。世界序列40位から60位をウロウロしていた。全然強いとは呼べなかった」
来人と父の面影を重ねながら、神奈は語っていく。
「父の能力もとても強いと言えたものではない。どう使えばいいんだと言いたくなるような能力だった」
「……俺と同じっすね」
「ああ。だがそれだけではないぞ。父は、誰もが思いつかないようなあっと驚く戦い方で観客を魅了した。負けることも多かったが、時に大どんでん返しを見せることもあった。決して記録には残らないけど、記憶に残る男。それが――――」
「久道勇人!」
「え?」
突如として来人の口からでた名前。
紛れもなくそれは、神奈の父の名であった。
「思い出したんすよ!記録よりも記憶に残る男!稀代のエンターテイナー久道勇人のこと!」
「し、知っていたのか?」
「俺がガキの頃、よくテレビで見かけましたもん!あの人が出る試合はいっつも見てた気がする!だって、見てるだけでワクワクさせられるから!」
「そうか……そうか、そうか!ふふ……知っていたのか……!」
これでもかというほど、神奈の表情が緩んでいく。
嬉しさがにじみ出ているのがよく分かる。心の底から喜んでいるのがよく分かる。
「で、でも意外だな。君はそういうことにはまったく興味がないと思ってた」
照れくさそうに言う。
そこにいたのは生徒会長ではなかった。久道勇人の娘で一番のファン、久道神奈だった。
「へへっ。逆にこう考えるんすよ!俺みたいに興味を持たない奴でも、記憶に残っちまうようなすげー人だったって!」
「!!」
神奈は、天啓に打たれたような衝撃を受ける。
今まで不安だった。本当に父が、人々の記憶に残っているのだろうかと。
その不安を晴らしてくれる一言。すぐ近くにいたんだ。父を覚えてくれていた人が。こんなにも近くに。
「……新城。クリスティーナからの言伝だ。”ご馳走をたくさん作って待っているから早く帰ってきなさい”だとさ」
言い終わったその時。ぐぅぅぅ。と、また腹の虫が鳴く。
「……そうっすね。これ以上腹の虫ほっといたら胃袋が食い破られちまうぜ」
ベッドから起き上がり、そそくさと医務室を後にしようとする。
「新城!」
扉に手をかけようとした直前、神奈に呼び止められてその手を止める。
「……ありがとう」
心の底からの言葉。表情は見えないのに、気持ちがこもっているのがよく分かる。思いがひしひしと伝わってくる。思わずこちらの顔がほころぶ。
「どういたしまして。それと……また明日っす!」
何を言っていいか分からなかった。だからこちらも気持ちを込めた。神奈の気持ちに答えられるように。きっと伝わってくれただろう。そう思った来人は、扉に手をかけ部屋を後にした。
「ああ。また明日」
きっと今の自分はとても人に見せられる顔をしていない。
ふと、頬を伝っていく熱いものを感じる。
どこも痛くないし、悲しくもない。
いつ振りだろうか。うれし涙を流すのは。
涙をぬぐう。――――涙は、こんなにも暖かかったのか。
余韻に浸る神奈。けれど、その時間はすぐ終わりを告げた。
「……もういいぞ。出て来い、雅」
神奈しかいなくなった医務室に小さな竜巻が巻き起こる。
誰もいなかった筈のその場所に、風間雅がその姿を現した。
「どうだった?」
「世界序列12位が違法手術を受けた証拠を掴んだ」
「そうか。……行くぞ、雅」
「御意」
二度と同じ過ちは繰り返させない。だからこそ戦わねばならない。変えなければならない。
まずはこの《朱雀》からだ。必ず変えてみせる。どれだけの犠牲を払おうとも。
強い決意のもと、神奈は戦いに身を投じる。この暖かさが、冷たくならないうちに――――




