道具使いvs距離狂い(後編)
「あんちでぃす……!?な、なんだそりゃ!?」
「君の距離感を完全に僕の支配下に置いた。これこそ僕の能力の終着点さ」
「な、何わけの分からねーことを言ってんだ?」
闘技場を模した小さな部屋で相対する二人。
来人のおつむでは何を言っているのかさっぱりであった。
「ふふ。こういうことさッ!」
(来た!あれ?来てない?いや。来てる?)
突如感じる違和感。近づいてくるような感じはするが、二人の距離は変わらない?
分からない。義輝が今、どこにいるのかさっぱり分からない。
それまでの距離狂いで狂わされた距離感とはまったく別の感覚。
「や、やべっ!」
咄嗟に木刀で防御する。
しかし攻撃は当たっているようで当たっていない。義輝のESPブレードはやはり幻影。これは錯覚。確実に目の前にいる筈だ。もう一度、木刀を前方に投げる。これで何かアクションを起こすはず。だが、違和感を感じる。
(な、なんだ?一向に変わらない?)
距離狂いで狂わされた距離感の中でも、投げた木刀というのはその狂った距離感の中できちんと進んではいた。だが今はそれと違う。進んですらいない。いや、進んでいるのか?分からない。進んでいるのか、進んでいないのか。今木刀は何処にあるのか。全然分からない。最初に戦った時に味わったあの感覚よりも、さらに気持ち悪い感覚。
「おっと!」
「あっ!?」
木刀を回避した義輝。本来ならここで木刀を掴みに行かなければならないが、完全にタイミングを逃した。
(クッソ!急に狭くなったり、調子狂うぜ!)
仕方なくESPブレードを手に取る。
それと同時、再びESPブレードが振り下ろされ、それを防御しようとする。しかしその攻撃もフェイク。未だに義輝は届く距離にはいない。そう思っていたその時、義輝はさらにESPブレードを振り上げる。
「痛ッ!?」
右手首を叩かれ、木刀を弾き飛ばされる。
無防備な状態を晒す。今、義輝は目の前にいる。このままではやられる。そう思った来人は、後方に飛ばされた木刀の元へと転移する。
(あ、あれ?)
そう、転移したはずだった。自分自身を。しかし、来人の居た場所は転移前に自分が居た場所と変わっていなかった。
確かに自分が木刀の方へと向かったはずだ。決して自分の元へ木刀を持ってきたわけではない。
『な、なんだなんだ?新城選手と君島選手、突如として挙動不審になった!?』
しかし、第三者からはこの世界を体感できない。
体感しているのは来人のみ。そしてそれを支配する義輝のみが、その本質を見ていた。
(どうなってやがんだ……?)
まるでリセットされたかのように、同じ場所に立たされる。
義輝との距離も、リセットされたように最初の立ち位置に戻っていた。
(さっき俺は、木刀の方へ移動したはずだ。それなのにまったく場所が変わってねぇ。間違えて木刀を自分の方へ持ってきた覚えもねぇ。急に狭くなってからだ。何かが起こってるに違いねぇ)
義輝の言っていた距離無き世界。その正体を暴くためには、少し大胆な行動をとるしかない。
今、目の前にいる義輝は間違いなくまやかし。少し進めば届く距離に見えているが、実際はそこにいない。
だがここは、あえてそこにいるものとして斬り込んでいく。
駆け抜け、木刀を振り抜く。当然、木刀は空を切る。以前ならそこで終わるだけだった。
だが――――
「!?」
気づいた時。自分はまた、最初と同じ場所に立っていた。義輝もまた、最初と同じ場所へ。
(な、なんだよこれ!)
言いようのない恐怖に見舞われる。
このループから抜け出そう。そう思った来人は、がむしゃらに走り回る。
少しは変わったか?しばらく走り回った来人は、もう一度義輝の方を見る。
(嘘だろ!?)
まただ。また、元の場所へ戻される。あれだけ走り回ったのに、同じ立ち位置でまた義輝と相対している。
自分が、今何処に立っているのかさえ分からなくなる感覚。どこまで歩けば左の壁にたどり着けるのか、右にたどり着けるのか。何も分からなくなる。これが距離感を奪われた世界、《距離無き世界》。
(落ち着け!これは全部幻だ!急に周りが窮屈になったのも、距離感がまったく掴めなくなったのも、全部あいつの能力で――――)
ぐううぅぅぅうううぅぅう。
空気を読まずに吠える腹の虫。それと同時に、窮地が吹っ飛ぶほどの空腹に襲われる。
(今になって腹が……)
空腹のあまり、一瞬眩暈がする。
何か食べるものはないか。24時間以内にこの手で触れたものを思い出す。
おにぎり、ポテチ、肉まん、コーラ、ピザまん、アメリカンドック、フランクフルト、おにぎり、おにぎり、おにぎり……
それらはすべて自分の胃袋の中。どう持って来いと。仮に持ってこれたとしてもとても食えたもんじゃない。
(何かなかったか……あ!そうだ!)
ふと思い出す。火恋達の用意したありとあらゆるものを食いつくした後に、火恋に手渡されたもの。
どうしようもなく腹が減ったらこれを噛んで気を紛らわせとけと言れて手渡された、チューインガムのことを。
確かポケットに入れっぱなしの筈。ガサゴソと探ってみるのも煩わしい。能力でそれを手元に持ってくる。包み紙を投げ捨て、ガムを手に取ってそれを口の中にいれて噛みしめる。
(気休めにしかならねーが……頭は冴えてきたぜ)
空腹で頭が言ったんリセットされ、ガムによって空腹を紛らわしたことで思考が冴える。
(今、俺の見てる景色は全部まやかしだ。ここにあるもんすべては嘘っぱち。もう俺の目は頼れねぇ。この状況を打破する方法はただ一つ。俺の能力――――《道具使い・逆転移》だけだ)
自分の手の平を見る。《道具使い・逆転移》――――なんとなく逆転移などとつけてみたが、この能力を使うためには本来の《道具使い》と同じように手で触れる必要がある。
それでまず、義輝の所有物にこの手で触れる。そして、その”所有物ごと義輝を斬る”と念じながら転移しつつ木刀で斬る。これなら距離感がなくなっても攻撃を当てられるどころか、どこへ居ても攻撃を当てることが可能。
だが、そう上手くはいかない。問題が二つある。
まず一つ。義輝の能力。この影響下では、そもそも義輝の所有物に触れることが難しい。
もう一つ。何に触れるか。筆頭である制服は、以前火恋が言っていた通り能力の影響を受けない。それが道具使い・逆転移も該当するのかは分からないが、迂闊に利用するのは禁物だ。
となると、残った選択肢は一つ。あえて義輝の攻撃を受けつつ、ESPブレードに触れるしかない。捨て身の戦術だ。
(あるいは……いや、これはダメだ。最後の最後まで取っておく。こんな汚い手は出来れば使いたくねぇからな)
覚悟は決まった。ここで攻めに行く!
「……行くぜ!」
来人は、目の前の虚像に向かって走り出す。一向に変わらない距離。これでいい。わざと、アイツの術中にはまってやるんだ。
(ふん。君の見ている世界では君は僕にたどり着けない。僕の見ている世界では、君は僕の射程範囲まで来ている!)
「がッ!?」
義輝の放った斬撃。体に痛みが走る。視界は頼れない。木刀を手放し、痛みだけを頼りにして、意地でも義輝のESPブレードにこの手で触れて見せる!
「そこだあああッ!」
手で空気に触れる。外した。なら、もう一度!
(フン。なるほど。君の能力のトリガーは確か手で触れること。それでこの僕のESPブレードに触れようという魂胆だろうけど――――好都合だ!)
来人の捨て身の作戦を読み取った義輝は、これを好機と見なす。触れさせはせず、攻め立てていくのみ。
「ほら!ほら!ほらほらァ!!」
痛み。痛み。痛み。ひたすらに攻撃を受けながら、がむしゃらに手を伸ばす。だが掴めない。ESPブレードに触れることは出来ない。ただただ、痛みだけが蓄積されていく。
(くっ――――仕方ねぇ!こうなったら!)
直後。義輝のESPブレードが、来人の胸を突き刺す。
「が、はっ……!」
(まだ……だッ!!)
意識が飛びそうになりながらも、来人は投げ捨てた包み紙の方へと自分を転移する。
「ゲホッ!ゲホゲホッ!!……く、はぁ、はぁ……」
何とか転移することには成功したが、膝を折って咳き込む。
ESPブレードの斬撃を受けたことも相まって、超能力障害による激しい頭痛にも襲われる。
『新城選手、何とか君島選手の猛攻から逃げ切りました!しかし斬撃を受けすぎた!ここからどう巻き返すか!?それともこのまま君島選手が押し切るか!?』
「捨て身の覚悟で僕のESPブレードに触れようとしたみたいだったけど、残念だったね」
勝利を確信する。少なくとももう来人は先ほどのように軽やかな戦いは出来ない。
このまま押し切れば勝利を――――
「……ふっ。そいつはどうかな?」
「なに……?」
絶体絶命の状況。捨て身の策さえ失敗し、もうどうにもならないところまで追い詰められている。
だというのに、この男は笑っている。
「宣言するぜ!次の俺の攻撃は絶対に避けられねぇ!まず一撃目でビビらせて、二撃目で華麗にフィニッシュだ!!」
『な、なんと新城選手!ここに来て勝利宣言だーーー!!」
観客がざわつく。ここまで追い詰められて、勝利宣言などただの強がりなんじゃないかと。
だが来人とクリスの戦いを見ていた者たちは思い出す。この男なら、きっと何かしてくれると。
「ふん。強がっても見苦しいだけだよ」
「強がりかどうかは、テメェ自身の目で確かめるこったな!」
瞳を閉じる。もう惑わされはしない。確実に”準備”は整ったはずだ。後はただ、信じて木刀を振り抜く!
「行くぜ――――一撃目ェ!!」
高らかに宣言され、その場から姿を消したと同時――――義輝を真っ二つに切り裂くように振り抜かれる木刀。
突然の事態に、体が動かなくなる。一体何が起こった?そう考えているうちに、痛みが走る。
「ぐッ!?こ、このッ!!」
目の前の来人に向けて、ESPブレードを振り下ろす――――が、空を斬る。
来人は再び、包み紙の方へ。
「そして――――二撃目だッ!!」
宣言と同時。がら空きになった義輝の頭上を木刀が打ち抜く。
一際鈍い大きな音が、闘技場に響き渡る。そしてすぐに、義輝が地に伏す音が追い付く。
「俺の……勝ち、だぜッ……」
舌を突き出しながら、苦しそうな顔を押し殺して、”してやったり”といった表情を無理やり作る。
「戦闘終了ッ!勝者、新城来人ッ!」
来人は天に拳を突き上げる。
湧き上がる歓声。それを一身に浴びながら、その意識を手放した。




