第二十一話 戻ってきた日常
裁判後、ベリッシモ伯爵家が王家と相談し、ボニートの警護としてついてきていた神父パドレにも、
『王弟に関する情報を他言無用とする契約魔法』
を結んでもらい身柄を引き取ることになった。
当面の仕事は、父カバロの護衛だ。
ボニートの指を折ったことで、確かに彼も治癒魔法の力を大きく落とすこととなった。
しかし、それでも多少の切り傷などは癒すことができ、伯爵家の使用人たちにもありがたがられた。
「このご恩は」
それが口癖のまじめなパドレは、今でも毎日神に祈りをささげている。
その為なのか、リベルタの目には彼の周りに淡い光のようなオーラが見える気がした。
それがまるで仏様の後光のようで、こっそりリベルタはパドレに手を合わせて、
『ナームー(南無)』
と唱える。
その様子を見ていたフローラは、
「また、前世の記憶を掘り起こしてきたわね」
と面白がる様子を見せるようになっていた。
そして、裁判が無事終わったことを知らせると、トワレとクルーガーは二人だけの婚前旅行のような観光を終えてゆっくりと帰ってきた。
二人揃って伯爵家の屋敷の方に手には持てないほどの土産を買ってきたのだが、
「いや、これ、うちの特産品だし。食べ飽きてるって」
とリベルタの食欲を刺激するようなものはなかった。
そんなことよりも、リベルタは大切な二人に話しておかなければならないことがある。
前世のことだ。
応接室のソファーに向き合って紅茶を飲んでいる時に、出来るだけ自然な感じで話せたらいいなと思っていた。
しかし、
「ねぇ、トワレ、クルーガー、少しいいかな?」
と言うリベルタの目はガン開きしており、悲しいかな鼻の穴まで大きく膨らんでいる。
自然のしの字も当てはまらない。
飢え死にしそうな猫が鼠を見つけたような顔だ。
こういう時は、大体突拍子もないことを言い出すのは経験上分かっている。
トワレとクルーガーは一瞬アイコンタクトを取ると、衝撃に備え背筋を伸ばして座り直した。
「貴女達に聞いてほしいことがあるの!あのね!」
「待て、リベルタ。その前に、防音魔法を掛ける」
パチン
クルーガーが指を鳴らすと辺りにドーム型の薄い膜が出来た。
これで、中にいる者以外話を聞くことはできない。
元は他人を慮る精神など持ち合わせていないクルーガー。
彼がこんな風に先を読み対処する行動を取るようになったのは、トワレの教育が行き届いているからだろう。
二人旅の最中に、相当絞られたと見受けられる。
「もう良いわ。リベルタ、何の話かしら?」
トワレに水を向けられ、リベルタは自分の前世について語り始めた。
ヒロインやフレルトとの因果関係と今回の事件を話すためには、どうしても自分に関わる乙女ゲームの内容を伝えなければいけない。
だから、今日の日までに何を話すか紙に書き出し、一生懸命練習してきた。
無論、シャイネンが王弟だと言うことも、クルーガーが攻略対象の前世持ちであることも、トワレがお助けキャラであることも言わない。
シャイネンは、大きな秘密を打ち明けたリベルタへ自らも報いようと、ベリッシモ伯爵家の三人に真実を告げた。
それは、トワレ達に関係のない話だ。
人の秘密は、絶対に話してはならない。
そして、クルーガーとトワレに関しては、乙女ゲームとはもう別の存在だ。
彼らは生身の人間であり、リベルタの大切な仲間なのだから。
ただ、除外部分を避けながら話をするのは難易度が高い。
目を閉じ、丸暗記した文章を思い出しながら必死に喋る。
「えーとえーと、それでー」
元々喪女の人見知りは、話をまとめる能力が極端に低い。
話し始めたのが午前中なのに、お昼を過ぎても話し終わらない。
口を動かし続けるリベルタは腹が減った。
徐にマジックバッグからサンドイッチとお茶を出し、トワレ達にも勧めて更に喋る。
そして、最後に、
「ということなの!」
と叫びながら目を開けると、トワレもクルーガーも寝ていた。
腕を組んだクルーガーは、背もたれに頭を乗せて天井に顔を向け、目は半開きだ。
トワレは、そんなクルーガーの肩に頭を乗せてスヤスヤ寝息を立てている。
いくら何時間も聞き手に回らされていたからといって、これだけ真剣に話をしているのに寝るとは、なんという不届き者だ。
腹の立ったリベルタは、ドンと足を踏み鳴らした。
「起きて!ちゃんと、聞いて!」
足音と怒鳴り声にパチリと目を開けたトワレは、
「ん?あー、聞いてた聞いてた。で?」
と緊迫感無しに聞いてくる。
クルーガーに至っては、未だに意識がはっきりしないのか目を擦っていた。
「で?じゃないでしょ!聞いてたなら、驚いたり、ビックリしたりするものよ!」
「ん、リベルタ、驚きもビックリも、ほぼ同じ意味ね」
キャンキャン吠える仔犬のようなリベルタをあしらいながら、トワレは、腕を大きく上に伸ばし、
「やになっちゃう。前世持ちってズルいよねー」
と文句を言った。
「え?それだけ?」
「それ以外何がある?」
首を傾げるトワレに、自分がおかしいのか?とリベルタも不安になる。
そこに、クルーガーが、
「まさか、お前もとはな」
と笑いながら会話に入ってきた。
「お前もなって……」
「俺も、前世持ち」
「ほんと、三人中二人って、ズルくない?」
『自然』とはこういうものだと見せつけるように、サラリと流す二人。
数日間悩みに悩んで原稿を精査し、暗記する為に徹夜した時間を返せとリベルタは思う。
「クルーガーは、いつ話したの?」
「婚約が決まった時にな。嫁にずっと黙ってるのは性に合わない」
「なによ、まだ結婚してないじゃない」
そう言いながらも、リベルタはホッと胸を撫で下ろした。
大切な親友が、シャイネンには劣るが、結構いい男を捕まえたと安心したのだ。
時計を見ると、昼過ぎどころか夕飯前の時間になっている。
慌てて応接室から走り出ると、両親の姿がなかった。
代わりに庭で人がワイワイと喋る声が聞こえる。
その声に誘われて噴水のある中庭に出ると、
「あら、遅かったわね」
と串に刺した肉を頬張るフローラがいた。
彼女の隣にはカバロ、周りには料理人庭師メイドなど沢山の使用人達もいた。
「お母様、なんで、バーベキューなんてしてるの?」
「え?退屈だったから?」
「何故疑問形?」
娘と親友が長時間三人だけで部屋に籠もってしまったせいで時間を持て余したフローラは、使用人達を巻き込んで食べたいものを作らせたようだ。
「早く食べないと、なくなるわよ」
笑う母に、
「いただきまーす!」
と叫びながら突進していくリベルタだった。
すべての騒動と心配事が片付き、リベルタは今日も楽しい毎日を過ごしている。
少し変わったことと言えば、
「リベルタさん、今日の髪型も似合っていますね」
とシャイネンが頻繁にリベルタを褒めるようになったことだろう。
しかし、言われるたびに疑いのまなざしを向けるリベルタには、逆効果のように見える。
「先生も、意外とボキャブラリーが少ないのね」
「しかたないだろう。勉強しかしてきていない人みたいだから」
トワレとクルーガーは、恋の先輩としてもどかしい気持ちでリベルタ達を見守っていた。
決して、リベルタみたいに力業で不器用な二人をくっつけることなどないだろう。
ただ、自分達と一緒に卒業すると駄々をこねるリベルタに、
「シャイネン先生といられる時間が二年減るわよ」
と援護射撃をしてやったことは褒められてもいいと思っている。
そして、残り少ない学生時代を皆で満喫してやろうと心を躍らせていた。
「リベルタ、そろそろ開店時間よ!」
トワレに言われて時計を確認すれば、あと十分しかない。
今日も『リベトワ』の前には長蛇の列ができていた。
前日空になった商品棚に超特急で品物を並べなくてはならない。
扉の外を覗いたリベルタは、
「クルーガー、暇そうにしてるなら手伝って!」
と声を掛けた。
しかし、邪魔にならないよう壁際に立ち、声を掛けてもらいたそうなシャイネンになんと言えばよいのか躊躇する。
最近無駄に魅力が増している彼が、必要以上に自分に甘く優しい言葉をかけてくるのに慣れていないのだ。
『えぇい!女は度胸よ!』
意を決したリベルタは、
「シャイネン先生は、こっち!」
と自分のほうに手招きして、重い木箱を運ぶ手伝いをさせることにする。
「お任せあれ」
シャイネンの芝居がかった返事に、
『下手くそか!』
と心の中でクルーガーが突っ込んだことは、彼だけの秘密だ。
第二章完
これにて、第二部を完結とさせていただきます。
現在、第三部を書き始めたところです。
少し時間が掛かるかもしれません。
頑張れ、もっと読みたいぞと思ってくださる方は、ブックマークを押して更新をお待ち頂けると嬉しいです。
あと、アルジェ・ロッシーニ元王太子妃の剣、第二部始まりました。
ゆっくり投稿ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。




