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妖刀迅譚  作者: 梯広 興
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妖刀迅譚

 (暇だ・・・)

 炎を操る男が去った次の日、寝るのにも飽きてきた惣一郎は悶々とした気持ちで壁に掛けてある折れてしまった愛刀を眺めていた。


 尚久が去って直ぐにふみに【霊迅衆】への勧誘の相談をしようとしたが、最終日となる明明後日の夜に話し合うこと、今日一日の絶対安静を厳命されてしまったため、子供たちのそばで無様にも寝そべっている。


 実際に一日寝てるのに罪悪感を感じ鍬を持ち出した所を弥助に見つかり、ふみにこっぴどく説教されてからは弥助を筆頭に子供たちが監視、もとい話し相手になって抜け出す隙すら与えてくれなかった。

 その中でも話の腰を折るように記憶の中央へ昨日の出来事が顔を覗かせ、集中させてはくれなかった。


 一夜明け、「布団の外に出てよし」とのお赦しをもらった惣一郎は家の掃除に勤しんでいた。傷は一日休み、男から貰った薬を塗ったお陰か、痛みは大分軽くなってきている。


 箒で土間を掃き終え、一息ついて顔を上げるとそこには針仕事をしているふみの姿があった。その手には一昨日破れてしまった惣一郎の仕事着がある。ふぅ、と息をついたふみと目が合う。


 「どうしたの?」

 「…いや、何でもない。」


 そう答えるとふみは何も言わず、黙々と針を進めていった。


 (…)


 ・・・彼女は普通ならばこの場にいていいような人間ではない。村が灰燼に帰してから七年、今回のことも含め彼女に相当の負担を掛けてしまっていたと改めて深く後悔する。


 七年前のあの日、村が火の海と化す中で惣一郎が家族に逃されて向かった先は高台にある避難先であり、ふみの両親が管理していた城であった。城と言っても殿様がいるような大規模な城郭とは違い、小さな堀や柵で囲んだ広場の様な代物である。


 惣一郎が近隣の家にいた子供たちを可能な限り連れて広場についた時には既にふみは数人の子供とおり、まだ幼い彼らを必死に慰めていた。


 その頃のふみは家が近かったこともあり、子供の頃は近所の同年代たちと共にこの広場で遊んでいたが成長してからは家柄の違いもあってか顔を合わせる回数もめっきり減ってしまっていた。


 話を聞くと、村有数の地主であった彼女の両親もまた彼女を逃して炎の中に消えてしまったらしい。二人が連れてきた子供たちの家族も同じであったという。 


 二人は互いの状況を簡潔に報告した後に燃え盛る村に目を向ける、炎の奥に広場の反対側に位置する村長の家が無事であることを確認できた。この村で小城の他に二箇所設けられている避難所の片割れである。もう一つは村外れにある神社なのだが森一帯が焼け、社殿までにも火の手が迫り、焼け落ちるのも時間の問題であろう。


 惣一郎は先程、父に託された刀を腰に差し、ふみに向き直る。


 「ふみはここに居てくれ、俺は長の家に行って助けを求めてくる。」

 「わかった、気をつけて…」


 惣一郎は村の反対側にに向かって駆け出した。


 斜面を転がり落ちん勢いで駆け下り、炎に巻かれる村を目指す。その時であった、村一帯を轟音と地響きが駆け抜け、村の反対側から龍の如く立ち昇る炎が見えた。あまりの衝撃に一瞬顔を伏せ、面を上げた刹那、総一郎の瞳に写ったのは赫。

 辛うじて形を保っていた平穏は現世のものとは到底形容できない地獄へと引きずり込まれた光景であった。 


 長の家は爆炎と立ち上る煙と共に粉々に吹き飛び、村のあちらこちらから上がった火の手が家々や人々、木々が渦巻く炎に飲み込まれ、村そのものが炎の腕に蹂躙されているような光景が広がる。


 呆気に取られていた少年を呼び覚まさしたのは、爆炎と共にその指が眼の前まで迫ってきたことを証明する熱気である。

 魔の掌を逃れる様に来た道を一目散に駆け抜ける、炎は後ろ髪を引くように火の粉を振りかける。

 

 惣一郎は、焦した髪を振るいつつ山道を駆け上がり、広場に到着した。そこには広場に響き渡る悲鳴と泣声の中で絶望に打ちひしがれている少女がいた。少年は彼女の肩をゆすりつつ正気に戻しこれからの事を軽く相談した。しかし、年端も行かない二人にとってこの場における答を出すのは酷な話であった。


 一先ずここにいては不味い、辛うじて結論付けた二人はすぐさま泣き止まない子供たちを引き連れつつ一里ほど離れた場所にある村へと落ち延びていった。

 次の日、生き残った人々を探すために村へと戻ったがそこには人•物、その総てが灰燼と化した見るに絶えない光景があった。


 それから四年の間、信濃、飛騨、美濃の各地を流れ流れながらようやく現在の隠れ里へと至る。


 今ではふみに家での事やまだ小さい子供たちの世話、畑の作物の管理などをまるっきり任せてしまっている。


 村のなかでも有数の地主の娘である彼女は本来であれば、今頃村の有力者か他所へ嫁ぎに行って安泰な生活を築いていたはず、不可抗力であるとはいえ、子供たちを含め安泰とは真逆の極貧生活を強いてしまっていることに対して強い後悔の念が心の奥底に居座り続けていた。


 自分が《霊迅衆》に入ることによってふみや子供たちに楽をさせてやりたい。このことは自分にとっての本心であり、最善策であると考えている。


 自分がふみや子供達の立場であれば身内を失った今、もう一つの家族と言ってもいい存在が危険に自ら身を投じることに反対するのは目に見えている。だが、己が身がどうなろうとも生活は霊迅衆に保障される。


 (……これでいいんだ、これで…)

 そんな悩みを脇へ押しやるように箒を執拗なまでにかけ続ける。



 三日目、だいぶ体も動くようになって子どもたちと共に畑仕事にも繰り出すこともできるようになった。


「惣兄、大丈夫?」


「大丈夫だ、血も止まったし体も軽くなったよ。」

 惣一郎はかや(9)の頭を撫でつつ答えた。


 (この子達だけは守らないと、最善・最良ってなんだろう・・・)


 夜、惣一郎はとく(14)、弥助(14)、竹文(13)に年少の子供たちの寝かしつけを頼み、年長組であるふみ(19)、みよ(17)、太助(16)と囲炉裏を囲み、先日の一件について相談を持ち掛けた。


 「俺はあの人に付いていって霊迅衆に入りたいと思う。」


 開口一番、惣一郎がぽつりと言葉に出した。言葉は囲炉裏に吸い寄せられ、焦げていくように沈黙を呼んだ。


 数瞬の沈黙を置いて惣一郎は顔を上げて前を向く。ふみは一瞬顔を曇らせ、みよは悲しそうに目を伏せた。太助は顔を伏せ震えている。


 「…私は行ってほしくはないかな…」

 ふみは悲しそうに、自分に言い聞かせるように言葉が零れるように呟く。


 (やっぱりそうだよな……)

 長年苦楽を共にした間柄である。二人の間には最早余計な言葉は無意味であった。彼女にもこの気持ちは痛いほど理解できる。彼がこの七年間で背負ってきた苦労や悲しみ、目の前で家族を喪い、この七年間にも連れ立った「家族」も三人喪っている無力感。長い旅路で失ってきたものは計り知れない。逆に惣一郎にもふみの苦悩や葛藤は痛いほど理解できていた。


 惣一郎とふみは互いに何も言えずにいた。囲炉裏の暖かさが今日ばかりはささくれの様に肌に突き刺さる。


 パチパチと爆ぜる薪の音だけが響く中、沈黙を破ったのはみよであった。

 「私も反対だね、惣兄がどれだけ苦労してるか知らないわけではないけどふみ姉だって凄い心配してたんだよ…」


 「惣兄、自分が何言ってるか分かってるのか…?」

 「…惣兄がこの前みたいな怪我で帰ってきたとき皆心配してたんだぞ!」

 「それにこれからはこの間みたいな怪我では済まないかもしれないんだぞ!!」

 太助は惣一郎の眼を冷静にされども激情に苛まれるように見据え、怒気と心配が入り乱れる声色で語る。


 太助に続くようにふみも

 「『霊迅衆』に入ることになったら惣はこの間よりもっと危険な目に遭うことになるんでしょ?そんなところに身を投げるなんて私は本当に心配だよ…」

 不安と心配を目にを浮かべながら諭す。


 「もし、惣兄にもしものことがあったら俺は耐えられないよ…」

 太助は声を落としつつ、嗚咽を漏らす。みよの方にも目をやると肩を落として震えている。


「――――――!!!!」

 浅慮であった。惣一郎は悲しみと落胆、『痛み』に打ちひしがれている三人の姿を認め、如何に自分自身が家族のことを考えられていなかったか、独りよがりでいたかを自覚し、息をのんだ。


 これまでずっと家族皆が幸せに生きてこれるか、自分にできることがあるのかと考えてきた。実際、この一件で霊迅衆という強力な後ろ盾による家族の生活が保証されるという条件が出されたことは惣一郎にとっても渡りに舟であった。

 たった一人の手では十一人を幸せにすることは出来ないとは解っていた、だが自分が霊迅衆に身を置けば、己が身がどうなろうとも家族は幸せに、少なくとも今のような文字通り命を削る様な極貧生活を送るようなことはなくなる。この舟に乗らないという手はないだろう。


 惣一郎は家族の幸せを何よりも考えていた。しかし、その考えはこの場においてあまりにも甘すぎた。「家族の幸せ」の勘定には「自分」が入っていなかったことを本当の意味で理解できていなかった。


 尤も、これまでの生活で心配させまいと気丈に、明るく振る舞っていたが、皆には既に気付かれていたようだ。尚更、自分の不甲斐なさに嫌気がさしてくる。


 「・・・」

 先程とは異なる重くのしかかる様な沈黙が流れた。何十秒、何分経ったのだろうか、


 「またいつもみたいに…、ここで生きていけないの?」

 ふみは諭すように一方で念を押すように語り掛ける。


 「・・・」

 青年は何も言えずにいた。これまで皆で歩んできた日々が脳裏を猛然と駆け抜ける。辛かった、悲しかった、悔しかった。けれどもそれ以上に親代わりとして子供たちの成長を見ていったのは嬉しかった。

 皆で囲炉裏を囲みながら交わした他愛のない話は楽しかった。これまでの生活が何よりも大事で大切だ。こういう取るに足らない何でもないことが何物にも代えがたい幸せなのだろう。


 今迄の困窮した生活やさすらっていた頃、何日もまともな食事にありつけず死にかけたこと、今現在のその日暮らしの生活への不安が一気に押し寄せる。

 今では皆成長して惣一郎達の助けになってくれているが、この生活にはやはり限界があり、生活を移すにもそれ相応の危険を伴う。


 考えをめぐらすために瞼を降ろすと、嫌でも眼下に赤々とした地獄が浮かび、焦げたにおいが想い出させる。はっきりと想い出す。惣一郎に手を伸ばし、語り掛けていた二人である。その二人は自分を庇って瀕死の深手を負っているにも拘らず一人は優しく頬を撫で、もう一人は惣一郎の胸に()()を押し当てた。


 意を決したように口を開く。

「みんなが心配してくれているのは本当にわかるし、とても嬉しい。俺も同じ立場だったら反対してる。」


 「なら…!」


 「ただ、やっぱりこの里でも俺たちは余所者だ。これからもここに居続けることはできないだろう。」

 「…この生活にも限りがある、このままじゃ…道半ばでまた誰かが死ぬことになる…。」

 「けど霊迅衆に身を置けば皆の生活は保証される、」


 「そんなことを言ってるんじゃないの… 惣にもしものことがあったら残された私たちはどうなるの…?」

 ふみは涙声で言葉を紡ぐ。しかし、最後の声は涙に掻き消される。


 目の前で動く唇の光景、胸に押し当てられた感覚が蘇り、託された自分の決意はより強固に結び付く。その決意には七年間もの間漠然とこなしてきた『使命』の中にも明確に刻まれていた。


 「俺は絶対に死なないよ、これからも子供たち(あいつら)の成長と将来を見ていきたい。みんなと一緒にいたい。」

 背をなでながら応える。

 「うん……」

 「でも惣は怖くないの?」


 惣一郎は壁に掛けてある刀を持ち、刀身を一寸|《30㎝》ほど滑らせる。刀には三日前の降りかかった『死』に恐怖し、これから訪れるであろう『毒牙』に怯えた情けない青年の顔が映った。


 (それでも……)


 「俺も怖いよ、けど俺には()()()()()がある。親父がこの刀を託してくれた時に言ってくれたんだ、『お前にできることを後悔の無い様にやれ』って。」

 「俺に救える命があるのならば、俺はこの手を伸ばしていきたい。救えたはずの生命(いのち)を落とすのはもっと怖いんだ。」


 「それにこの七年間、忘れたことはないんだ。いつも村の皆やたけ、金吉(かねきち)藤吉(とうきち)の顔が浮かんでくるんだ…。」


 七年もの間、ずっと脳裏にこびりつく炎に捲かれた景色が浮かび上がってくる。流れ流れた日々の中で喪った『家族』の顔が瞳の中に鮮明に映る。喉に「これ以上は言うな、こちらには来るな」というようにあの日村の、逝ってしまった『家族』の手が絡みつき、喉元から泥が込み上げるような閉塞感に陥る。しかし、惣一郎は手を押しのけるように言葉を振り絞る。


 「なにより七年前みたいな悲しい思いをする人は俺たちが最後でいい。もう、あんな思いをするのは俺たちで十分なんだよ…!」

 奮い立たせるように、言い聞かせるように惣一郎は言葉を押し出す。


 「―――!!」

 惣一郎の悲愴にも近いに決意に意見を返すことはこの場にいる誰も出来なかった。この七年間で苦しい想いをしてきた、家族を喪う痛みを経験してきたのはここにいる全員であるのだから。


 沈黙を押しのけるようにふみが口を開く。


 「本当に行くの?」


 「あぁ、頼む。行かせてくれ。」

 惣一郎は両手を突き皆に対して深く頭を下げる。


 「分かった。あなたの中ではもう決まってるのね。」

 「ここまでの覚悟を止めるのは無粋ね、私たちもついていくわ。」


 「でも!!」


 「約束して。必ずみんなが待ってる家に帰ってきて、そしてこの子たちが成長するのを見守って。」

 ふみは涙ながらに惣一郎に向かって語り掛ける。


 (俺は…)


 「分かった。約束する。何があっても俺たちの家に帰って来るよ」


 「惣には帰るべき場所があるんだから。」


 「……ありがとう。」


 みよと太助は目に溢れんばかりの涙を浮かべながら惣一郎に念を押すように言葉を放つ。

 「約束だからね!!」 「絶対だぞ!!」


 (死なない、いや…生きる……)


 「ああ、もちろんだ!誓うよ、絶対に皆から離れないから……!!」


 青年は二人に寄り添ってひしと抱きしめた。それ上から挟み込むようにふみも重なる。

 みよが静かに涙を流す。後を追うように皆一様に嗚咽を漏らす。


 四人は抱き合いながら静かに涙を流した。火に宛てられながらも涙は暫くは渇くことがなかった。


 


 序章-完ー

 

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