妖刀迅譚
どうも、梯広興です。私が一番書きたくてうずうずしてた作品を投稿いたします。ぼちぼち手直ししつつ書き足していきます。ド素人なので至らない点、文章的にグダグダなところが多いですが構成だけには時間をかけておりますのでぜひご期待ください。
【序章】
吐いた息は冬でもないのにその場の空気に宛てられて白く染まり、場は拡がりゆく灼炎が闇夜をチリチリと浸食しつつある。
恐怖は総て置いてきた筈だった。だが、膝が悲鳴を上げ肺から空気がすべて抜ける。今この場で立てているのはこれまでの日々を生き抜いてきた誇りとこの力を託されたという意地が躰を支える骨となっているため他ならない。
青年は目の前に向かい来る異形に対して光が折重なり、白い輝きを放つ得物を中段に構える。
数瞬と経たないうちに互いの間合いに入る。何度叩かれ、折られようとも決して消えることがなかった諦めの悪い希望が掌の中で洞に射す陽光の如く、闇夜を貫く。
異形の凶手が迫りゆく。青年は「ッッッッ!!!!」と息をも刺し貫かんとする気合と伴にあらん限りの魂を爆ぜさせ、刀を振り抜く。
「ふぅ…」
青年は脚を止め、靉靆たる空を見上げながら一息付く。
この頃は北辰星(北極星)がよく見える。この星はいつも孤独であるが、有象無象の星の中でも特に強く輝きを放つ。孤独で寂しい、けれども他よりも強い。この星は自分と似ているがとても遠い存在でもある。
青年は満点の星の中で一際煌く星をどこか寂しく眺め、ひと時瞼を落とす。
道の端にある手ごろな岩に腰を掛け一息つく、鼻に突き刺さる様な辺り一面を漂う砂と血の匂い。戦に次ぐ戦…人が次々に亡くなっていく。今この数軒先にも四肢を喪った亡者たちが修羅の表情を浮かべながら転がっている。
青年、惣一郎の肉親や仲間も七年前の戦によって村ごと焼き払われて命を落とした。そんな中、両親の手によって逃がされ十三歳の彼は逃げ延びた子供達を連れて命からがら落ち延び、流れ流れて近江へと落ち着いた。
今は近くの村へ釘や針の行商、小間使いを生業として食いつないでいる。戦があった場所では家が壊された人が多く、どうしても人手が必要になる。そのため近くで戦が起きた際には彼にとっても苦々しい思い出の死屍累々の場へと赴くのであった。
葉が散りかけている今日も今日とて戦場へと繰り出したが大雨に見舞われ、お偉い方にこき使われ、ようやく帰路に付けたのは夕刻へとなっていた。
男の腰には護身用に落ち延びた時に父から渡された刀が挿されているものの落ち武者狩り共も稼ぎ時であるため少し、いや、かなり心許ない。
この頃は乾ききってない麻着に肌寒さが押し寄せてくる。走っていると気にも留めない程だがこうして足を止めると布を通り越して寒さが滲みてくる。
(早く帰らないとな)
刀をに手を触れつつ昼間、偉そうに指図してきた侍を思い出し多少イラっとしつつも水を飲み立ち上がった。
村までは歩いて二刻、走れば自分の分の夕飯が育ち盛りのやんちゃ達に蹂躙される前に間に合うと自分を追い立たせ駆け足で山道に臨むのであった。
濡れた道を抜け、雨から乾いた道に辿り着き、あとは峠一つ越えるだけとなった。
―――ガサッッッ!!
すぐ横の茂みの中を何者かが通った。
「誰だ!!」
声を弾き出し、抜刀するが反応が見られない。夜盗の類であれば何かしらの反応があるだろうし、熊か猪などの獣の類と判断し刀を構え後ずさる。
――ザッッッ!!!
何者かが飛び出して来たことを確認する暇もなくそ刀を振りぬく。しかし、手ごたえはない。それどころか箱の肩紐と肩が纏めて裂かれていた。
「・・・・・ッツ!!!」
浅いとはいえ裂かれ、秋の外気に晒された傷口から鮮血が吹き出す。痛みに顔をしかめながらも傷口を押さえ、顔を上げると夜盗か熊が―――
――――!!!!?
月明りに映るそれはヒトでもケモノでもない。青褪めた藍染の肌に、枯れ木のように細いが先には槍のような爪、そして何よりも目が五つも付いている。化け物としか表現できない様相であった。
「なっ・・・!?」
肩を裂かれた痛みをもかき消す衝撃と嫌悪感、怖気が全身を駆け巡る。今は亡き母から聞いたことがある、「夜には人を食いが出るから外に出てはいけない」と・・・
そんなことを考えさせてくれるほどヤツは甘くはなかった。
一息つく間に迫ったそいつは顔に向かって爪を振り下ろす。人間は身を捩じらせて回避を図った。
―――チッ!という音とともに頬を裂かれたことを転がる痛みと共に感じる。次の一手、間髪入れずソイツは斜め上より腕を振り下ろす。
(――無理だ、避けれない!!)
覚悟を決めたはずだった身体は本能に忠実なものであり、突き出した刀の鎬で爪を受け流す。衝撃に顔が歪みながらも向かい来る化け物に相対する。
「クソっ!」
(ーーー逃げてもそのうち食われるなら、せめて…!)
半ばヤケ気味に立ち上がり得物を構え直す。打ち付け、薙ぐ腕を転げつつも受け流しながら村から遠ざける様に来た道へと後ずさる。
永遠にも均しいほどの数分。数合の打ち合いの末に刀は綻び、転げ回った末に体力は尽きていた。
(ここいらか…)
大振りの薙ぎ払いを屈んでやり過す。
ブオン!!!!
髪の先を刈りながら死神が通り過ぎる。
(―――――今だ!!!)
ありったけ力を以て大きく体勢を崩した頸に刀を振り下ろし、その青黒い肌を捉え――
――――カキィィィンンッッ!!!
鋭い硬質の悲鳴と真っ二つに折れる鈍色の光の筋。
森に飲まれる悲鳴を巻き込むように振り向きざまの腕が襲う。
中ほどから折れた相棒と腕で防御を図るが、破れかぶれの一発でも命を削りかねないほどの一撃。
衝撃を真正面から受けた身体は浮き上がり、数間後ろにあった木の幹へと吸い込まれ、ドンッと言う音と共に背から突っ込んだ。
強かに背中を打ち付けられ、肺の空気が強制的に押し出される。
(・・・終わった…)
薄れゆく意識のなかで長らく連れ添った家族を思い出す。
「ごめん…」
男は今度こそ最期の時を迎えるべく覚悟を決め、目を閉じる。
ヤツの踏みしめる落ち葉の音の中で閉じた眼の奥でふと、この世界へと叩き出された原因となった景色が溢れ出す。
(これは…走馬灯…?)
轟々と染まる赫の中で微かに動く口元、胸に押し付けられた感覚。撫でられた頭で感じた掌の熱。
それからの散々な生活でも笑いを絶やさないでくれた家族の顔。
(…まだだ…)
(まだ…!)
瞼を持ち上げ、ヤツを見据える。ヤツはこれから嬲り殺すことを待ち侘びるようにゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
刀を杖にし、震える脚を地に突き立て、泥を握り込み立ち上がる。
近づいてきた化け物はその姿を確認し、ニヤリと血走った五つの眼を歪ませ、待てを解かれた獣の様に飛び掛かり、その爪を振りかざす。
(俺は…、まだ死ねない…!!!)
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
自分から出た声とは思えないほどの腹からの絶叫。
血が出る程に拳を握り締め、駆け出す。
最期の力、自分の全て、そのありったけを拳一つだけに込める、ゆっくりとゆっくりと流れ行く時の中で一歩、また一歩と距離が縮まる。
化け物の爪が上から迫るのが感じる。死が降りかかる恐怖と身体の芯までに届く冷たさに苛まれるが、それに構わず突き進む。
――――――ゴオッッ!!!
奴の爪が彼の背中に突き刺さらんとする時、眼の前で轟音と熱を発し、赤い閃光が走った。それと同時にギャッ!!という断末魔が短く響く。
惣一郎は動きを止めた。今まさに振り下ろされていた死は迎えに来ることはなかった。
異形の胴体が左右にずれ、その切り口からは黒い煙が立ち上っていた。
その後ろには初老の男と立ち昇る煙と燃え尽きる血。
闘気と昂りに隠れていた死の恐怖が漸く顔を出し、迫りくる。
先程まで覚悟を決めていた姿は見る影もなく、腰を抜かして座り込み、眼前で起きた一瞬の光景に双眸を拡げる。
「大丈夫か?」
灰となり消散する化け物の身体を通り抜け、惣一郎に手を伸ばす。その反対には赤々と燃えている刀が握られていた。
その火は夜道に松明を見つけたような、身を刺す寒さの中に灯された火鉢に当たったような安堵感を醸し出している。
惣一郎は陽射しのような、しかし、竈の眼前にいるような熱を感じながらその手を取って立ち上がる。
こんにちは、梯広興です。「刻の史」の構想に時間が掛かりそうなのでこちらを先に投下します。