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『今から私の研究室へ来られますか?』
斑鳩先生は電話越しにそう言った。僕はすぐに了承してレイにそのことを伝えると、彼も斑鳩先生の研究室へ行くと答えた。
もう夜遅い時間だったが、父はまだ帰ってきていない。僕は、
『先に寝ています』
とだけLINEを送って、家を出た。
もしかすると長期戦になるかもしれないから、着替えに歯ブラシ、スマホの充電器も持っていく。
夜が戻ってきた街は意外にも静かだ。テレビやネットでは非日常の終わりを惜しむ声が多かったが、この街はもう日常へと動き始めている。街灯にも明かりがつき、夜道はかつての弱々しい光を取り戻していた。正直、超新星の光に比べると、かなり心もとない。
大学病院の夜間通用口の前では、すでにレイが到着して僕を待っていた。お馴染みのトートバッグ姿で、煤けた蛍光灯の明かりを頼りに文庫本を読んでいる。
絶交してまだ1か月も経っていないが、随分と長い間会っていないような感じがした。
「遅くなってごめん」
「いや。俺も今来たところだ」
レイは文庫本から目を離して僕を見つめた。固く閉じられた口元からは不安や怒りといった様々な感情が読みとれる。
「斑鳩先生に連絡するね」
「ああ」
僕が斑鳩先生に電話しているときも、先生を待っている間も、レイはずっと腕を組んでいた。お互いに無言のまま、コハクのことを想って立ち尽くす。一秒一秒が本当に長い。広い正面玄関とは違う、夜間通用口独特のコンクリートと排気口から漂う無機質な臭いが、僕らの待ち時間をさらに濃いものにする。
そんな乾ききった緊迫感に押しつぶされそうになっていたとき、斑鳩先生が通用口を開けて現れた。
「お待たせして申し訳ありません」
先生は軽く頭を下げると、そう言った。急いできたのだろうか、いつもの整った服装が少し乱れている。シャツには所々に皺があり、トレードマークのシルクハットも被っていない。
続けて先生はレイを見て、
「そうか、君が」
と言った。レイも一緒に来ることを、先生には事前に話してある。僕は彼のことを紹介しようとして、
「はい。友達の……」
と言いかけたが、レイがその言葉を遮った。
「クラスメイトの邑朋レイです」
「やっぱり、そうでしたか。いつもコハクさんからお話は聞いていますよ」
「光栄です」
レイはそう言って、今日初めて頬を緩ませた。
「斑鳩です、どうぞよろしく。さあさあ、二人とも中へ入ってください」
僕らは斑鳩先生に促されて通用口から病院へ入った。クラスメイトという響きに僕はまた胸が苦しくなったが、廊下を歩きながら先生が言った言葉を聞いて、そんな些細な悲しみなどどうでもよくなってしまった。
「事態は思ったよりも、深刻なのかもしれません。コハクさんは冬眠の危機どころか、命の危機に瀕しているかもしれないのです」




