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桜屋敷 四 (前半部)

       四


「明智様のご家来?」

「はい、そう言わはってお越しです。どないしはりますか」

 桜も散り際になって、予期せぬ客が桜屋敷を訪れた。

 取り次いだ蓬は、やや困惑顔だった。

(明智が俺になんの用や。しかも納屋やのうて、()屋敷(っち)に来るなんて)

「…座敷のほうにお通しせえ。―――粗相(そそう)のないようにな」

「はい」


 座敷で対面した男の顔を、嵐は知らなかった。

「そんで、本日は何用で来はったんでしょうか」

 上座に座る男は、光秀よりも礼儀正しく嵐に接した。(さむらい)烏帽子(えぼし)を被り、優美な(せい)好織(ごうおり)直垂(ひたたれ)を隙無く着こなして、改まった身なりで頭を低くしている。

「――――突然の訪問、ご容赦くだされ。我が主・明智日向守光秀より、貴殿に言伝(ことづて)を仰せつかって参った」

「言伝?」

「は。主は、今井嵐どの、若雪どの、御両名(ごりょうめい)に是非とも旗下(きか)に入って欲しいとお望みである」

「さて―――――俺も若雪どのも、一介の商人ですけど」

 そう言い、見下していたのは光秀のほうではなかったか。

 嵐は少し意地悪な思いで、首をやや大仰(おおぎょう)に傾げて見せた。

「したが――――――、嵐下七忍を束ねてもおられよう」

 男の声が、低くなる。

「………仰る意味が、解りませんね。ああ、陰陽道のことなら、多少嗜んでますよ。そちらのご依頼の話やったら、お聞きします」

 表面上はにこやかな顔を装いながら、やはり戦場で派手に動き過ぎたか、と嵐は内心省みていた。兵庫が聞けば、それ見たことかと言いそうだ。

「織田家中におれば、(おの)ずと耳に入ることもあり申す。その上での、主のご所望である」

 とぼけようとした嵐に、強い目で男が迫った。

 (のが)さじ、としている様子だ。

「―――――例えそうやとしても、俺ら信長公に直属の身ですさかい――――明智様のご要望には、お応え出来ませんわ」

 柔らかだが、いなす口調で嵐は答えた。

 男の身体から、一瞬殺気が揺らめいて、消える。

 嵐はそれを平然とした目で捉えていた。

「…そのようにお伝えして、よろしいのでござるな」

「はい」

「――――――後悔されるぞ」

「……お帰りください。信長公には、このことは言いませんよってご安心を」

 男もそれ以上は言わず、黙って桜屋敷をあとにした。

「蓬、塩まいとけ」

「はい」

 光秀はどうも、何か思い詰めているようだ。

 面倒なことが起きなければ良いが、と嵐は思った。

(………まさかな)

 嵐は今思いついた考えを、自分で笑った。よもやここにおいて、光秀が信長に反旗を翻すなど有り得まい。

 正直なところ、今は光秀の相手をしている余裕は無いのだ。


「明智様が?」

 若雪にも報告しておこうと思い、嵐は若雪にことのあらましを伝えた。

「ああ。せやけど俺の一存で断った。良かったか?」

「はい、それはもちろん。けれど………そうですか」

 若雪は唇に手を当て眉を(しか)め、何やら考え込んでいる様子だった。


          


 少年は待っていた。

 彼の眠るベッドの脇には小さなテーブルがあり、大小様々な果物の入った籠と、色鮮やかなガーベラとカーネーションのフラワーアレンジメントが置いてある。小さなテーブルの上から、今にもどれかがはみ出して落ちてしまいそうな在り様だ。

 白く四角い病室の中で、昏々と眠りながら、彼は彼女の訪れをただ待ちわびていた。

「――――まだ十五歳よ」

「スリップ事故で…かわいそうに」

「高校の入学式も、間近だったんですって。有名な進学校らしいわ」

「まあ……」

「早く目覚めると、良いわね。――――ご両親を見るのも痛々しくって」

「そうね」


          


 皐月も晦日(つごもり)が近付き、食欲が回復してきたことも手伝ってか、若雪の体調も上向いていた。それは桜屋敷に住まう者皆にとって、喜ばしい状況だった。

 嵐は、やっと堺に着いたという荷を受け取りに、桜屋敷を留守にしている。

 油断は禁物と例によって嵐にやかましく言われ、若雪はいつものように床に就いていた。

 その耳に、鉄の打ち合うような音を聴いた気がして、床から起き上がると障子戸を開け、広縁に出た。

 再び、音が響く。

 間違いない。誰かが、この山裾の庭の内で刃を交えている。しかも複数。

 若雪は急ぎ室内に取って返すと、細帯を口にくわえ手早くたすき掛けにし、一瞬得物に迷ったが、刀を手にすると庭の奥に踏み込んだ。多勢相手であれば、雪華よりも間合いの取れる刀のほうが適している。

「―――――片郡!!」

 若い緑の萌えるような庭に、似つかわしくない暗い色の布を身に纏った男たちと、片郡がいた。

 多勢に無勢と見るより早く、若雪は刀の鞘を払い、片郡の背に自らの背を合わせた。

 口早に問う。

「―――この者たちは?」

「恐らく――――明智様の配下かと」

 答える片郡の息は荒い。

 忍びが持つには大振りな片郡の太刀は、既に血まみれだった。足元にはいくつかの(むくろ)が転がっている。

 若雪は素早く視線を巡らして、襲撃者の数を目で数えた。

残るは、十余名。

「若雪様、屋敷の内へとお戻りください」

 横目で片郡を見る。

「いえ。この人数では、さすがにあなた一人では荷が勝ちすぎる。どちらにしろここを突破されれば、私の命も、志野や蓬たちの命もありません。私も留まります」

 片郡にもそれは理解していたことのようで、それ以上は言わなかった。

 若雪は躍りかかってきた男の刃を、刀で受けた。

 澄んだ音が響いた。

 そのまま押し戻し、振り払うと相手の右肩を刀で()ぐ。

 深く息を吐くと、次の相手に対して刀を構える。

(これを、私の生涯最後の剣舞(けんぶ)とする訳にはいかない――――――。丹比(たじひ)(みち)を逸れたあの小川で、私は無音の剣の(みそぎ)を済ませた。なれば今こそ)

 剣戟の音を鳴らすのだ。

 袈裟斬(けさぎ)りに、逆袈裟に、胴斬りに。

 舞うように、若雪は刀を繰り出して襲撃者たちを斬り伏せていった。

 誇らしげにも聴こえる音を響かせながら、若雪はこれまでに無い解放感に酔った。

(これ程に、自由なものか)

 音を殺さない剣とは。

 目を見張る思いだった。

 まるで背中に羽根が生えたようだ。

 病の為に、もう長いこと鍛錬を怠っている。なのに、剣の音を殺すという縛りが外れただけで、有り難いことに(なま)った手足も若雪の意図する通りに動いてくれる。

(今までの私の剣は、実に(たわ)められたものであったのだ――――――)

 これならば片郡の身も、自分の身も守れる。

 相手の命さえ、屠らずに済む。

 刀を自在に(ひらめ)かせる若雪の姿は、その時まさに一頭の神獣のようであった。

 髪を括っていた組紐は解け、広がり波打つ黒髪に、返り血を浴びた白い衣。

 肩幅に広げ、地を踏みしめた足の片方は袷の裾がめくれ、真っ白なふくらはぎまで覗いている。

 何より輝く両の(まなこ)が、純粋に戦闘に傾けた意欲を表わして美しかった。

 襲撃者が残り僅かな人数となり、若雪が相手の一人の肩を刺し貫き、返す刃でもう一人の脇腹を切り払ったところで兵庫が駆け付け、戦局(せんきょく)は決した。

 若雪は荒い息を吐いていた。

 自分で思ったよりも、体力が衰えていたことを痛感した。剣を振るっていた時は夢中で気付かなかったが、この戦いは若雪の身に残っていた余力を大きく()いだ。

 そして若雪はそのまま、気を失った。


 若雪の着ていた白い(あわせ)は返り血でひどく汚れており、兵庫らが担ぎ込んだその姿を見た志野は動転しながらも、蓬と共に若雪を着替えさせた。

 そのまま深い眠りについた若雪の傍に志野と蓬、少し離れて片郡と兵庫が沈黙のままに座っていたところに、嵐が帰って来た。

 何があったのだと問う嵐に、片郡はことのあらましを説明した。

「―――――明智が?」

 眠る若雪を横目に見ながら、嵐が抑えた鋭い声を発する。

「はい、間違いありません。私は若雪様の命に従い、明智様の動向を見張っておりました。襲撃をかけた者の中には、確かに明智様の配下の顔がありました」

「正気の沙汰とも思えんな。今になって、俺らを敵に回す意図が解らん。―――――――…相応の覚悟、あってのことか?」

 桜屋敷は、今では嵐にとって、若雪との日々を静かに過ごす為の、言わば聖域だ。

(それを侵すか、光秀)

 嵐の目に、青白い炎のような怒りがともった。

 良い度胸だ。

「――――嵐様は、どうして留守にしてたんですか」

 ぼそりと尋ねた兵庫に、嵐は目を向ける。

「……野暮用(やぼよう)や。ここで言う程のもんでもない」

「その野暮用の為に。一つ間違えていたら、若雪様は今ここにいませんよ」

 そう言う兵庫に、常の剽軽(ひょうきん)さは無かった。

「兵庫どの」

 片郡がたしなめる。

「俺のせいやと言いたいんか」

「―――――優先する物事の順を、間違いないよう心掛けておくべきだと言っているだけです。若雪様の為に動いた結果、若雪様の身を危険にさらしては、本末転倒でしょう」

 嵐は少し(すが)めるような目で兵庫を見た。兵庫もまた、目を逸らさずに嵐を見返す。

「……解っとる。今回のは、俺の油断や。片郡」

「はい」

「明智の見張りを続けろ。ここの守りは兵庫と斑鳩に任せる」

「承知しました」

 兵庫や志野たちが部屋から去り、嵐は一人若雪の枕辺に残った。

 しばし頬杖をついて受け取って来た荷を見ていたが、おもむろにその包みを解いた。

 六韜(りくとう)、と題された六冊の和綴(わと)じの本が中から現れた。何とか手に入らないものかと、懇意にしていた会合衆の面々のつてを辿り、ようやく今日、堺に届く運びとなったのだ。

 今の嵐は、若雪の生きる意欲が少しでも増す為になら、大抵のことはするつもりだった。

 長年探し求めていた品をやっと手に入れた、という安堵で、嵐の気が緩んでいたのは確かだ。何が起きていたのかも知らず、桜屋敷までの帰路、これを目にした若雪の喜びようを呑気にも思い描いていた自分に呆れ果てる。

 青白い若雪の顔を見て、嵐は息を吐いた。

 兵庫の言葉は的を射ている。

 危うく若雪を失うところだったと考えると、今でも冷や汗の出る思いだ。

 よくぞ急場(きゅうば)をしのいでくれた、と若雪や片郡に対して感謝ともつかぬ思いが湧く。だが若雪の体力は、この戦闘でだいぶ持って行かれてしまった。

 自分がいれば、襲撃者など皆殺しにしてくれたものを―――――――――――。

 暗い光を宿した目で嵐はきつく唇を噛んだ。

(――――常に無い生き方を選んだ女子やからか…。こんだけ守り(がた)いんは)

 若雪はまるで大風の中の目だ。

 本人は至って静かなのに、その周りは荒い風の吹き荒れるように彼女に乱され、勝手に翻弄される。若雪本人にさえ、その余波は及ぶのだ。

(………俺もその一人か)

 若雪に惹かれ近付き、傍にいる。尤も、嵐には他の有象無象(うぞうむぞう)と同じ立場に甘んじる気は皆無だった。

 稀に好意的な者もいたが、織田家重臣の中には、信長に重用される嵐や若雪を疎んじる者が多かった。

 出る杭は打たれるものだ。

 嵐も若雪も意には介さなかったが、これまでにも悪口(あっこう)雑言(ぞうごん)や嫌がらせの類はあった。

 しかし、このような蛮行(ばんこう)に直接打って出た人間は、光秀が初めてだ。

 無論、その報いは受けてもらわねばならない。

 険しい顔で、眠る若雪の顔を見ながら、嵐はそう結論付けた。

 若雪はそれからも深く眠り続け、次に目を覚ましたのは水無月朔日(みなづきついたち)の早朝だった。

 

 若雪は覚醒と同時に、飛び起きた。

 その途端、くらり、と世界が回ったかのような錯覚に陥り、咄嗟(とっさ)に片手を床につき、身体を支える。――――――自分がどれほどの間眠っていたのか、わからない。

「無理すな、若雪どの」

 障子戸にもたれかかるようにして腕組みをして立っていた嵐が、穏やかな顔で言った。普段と変わらない足取りで、ゆったりと若雪に歩み寄る。

「気分はどうや?」

 歩みながら問う声の響きも、穏やかに優しい。

けれど若雪は、嵐の声の奥底に(ひそ)む怒りの気配を、敏感に感じ取っていた。

 自分の留守中に屋敷を襲った無法者(むほうもの)を、嵐が(ゆる)(がた)く思うのは当然だった。

 嵐が若雪の顔色を窺うように、そっと傍らに膝をつく。

「急に動くんやないで。あんた、三日間も眠ってたんや」

「…嵐どの。三日?……ということは、今日は―――――」

 まだ目眩の残る頭に手を当て、若雪が尋ねた。

「今日は、水無月の朔日や」

「襲撃をかけた者たちは…」

「ああ、放り出した。どうせあの傷では、そう動けん。(むくろ)の始末は、町代(ちょうだい)寄合(よりあい)に任せた。いつまでも屋敷の庭に、死骸を転がせたないからな」

 答える嵐の顔が、少し険しいものとなる。

「……明智様の配下、と片郡が言っておりましたが」

 どこか納得出来ない風に、若雪が言った。

 嵐が軽く頷く。

「何を血迷うてんのか知らんけどな。旗下に入れっちゅう申し入れの話を、俺が蹴ったんが余程に業腹(ごうはら)やったんか……」

 それを聞きながら若雪は、じわじわと信長や自分たちに関する良くない流れを感じていた。安心して乗っていた船の先に、大きな渦が待ち構えているかのような、不吉な予感がする。

「今、……織田様はどちらです?」

 鋭い眼差しで若雪が尋ねた。

「京都の、本能寺や。今日は茶会が開かれるらしいで」

 若雪の肩に単衣を羽織らせてやりながら、あまり興味の無い口調で嵐が答える。

「……兵を連れておいでですか?」

「いや、同行しとるんは近習(きんじゅう)くらいのもんやな。軍勢と言う程のものはおらん」

「明智様は今―――――」

丹波(たんば)やろ」

「…………」

 では、京都への道のりも近い。

「……それがどないしたんや、若雪どの?」

 次々に問う若雪に、すらすらと答えて見せた嵐だったが、さすがにこれは何かある、と感じたらしい。

 しかし考え込む若雪の耳に、その問いかけは聞こえなかった。

 それでは今は、―――――――光秀が信長を討つには絶好の機会だ。

 光秀が、後先(あとさき)考えられなくなっているのであれば、尚のことだ。

 若雪は初めて明智光秀に会った時、善悪(ぜんあく)探知法(たんちほう)を行った。

 秘言を密かに唱えたのち、若雪の頭には警鐘(けいしょう)が鳴り響いた。

 決して用心を怠ってはならない人物だと―――――――――。

 だが、同じく光秀に対して善悪探知法を行った嵐は、特に警戒すべき予兆は感じなかったと言った。

 若雪は混乱した。呪術も万能ではない。

 そう思いながら若雪は、自分の感じた不吉なものを忘れることが出来ず、片郡に命じて光秀の身辺を探らせていた。病の身となってからも、探索の報告は続けさせた。

 彼の気質、織田家中における立場、信長との主従関係の在り方。

 そして、昨今の光秀の動きに危ういものを感じていた。

 光秀の動向に関する報告を受けるたび、謀反の二文字が若雪の頭に浮かんだ。

 光秀は今や、それを実行に移そうとしているのではないか。

 桜屋敷への襲撃も、そうと考えれば納得が行く。

 光秀の誘いを蹴った嵐下七忍が、光秀の目的達成の障害となる、と考えたのだろう。

 懐柔(かいじゅう)出来ないものならば、ことを起こす前に潰しておこうという腹積もりだったのだ。

 ――――――――信長をここで、死なせる訳にはいかない。

 それではこれまでの自分たちの労苦(ろうく)全てが、水泡(すいほう)()してしまう。

 遠くを見据える眼差しで、若雪は口を開いた。

「嵐どの――――――。京都へ、本能寺へと、向かってくれませんか」

「―――――なんでや?」

 嵐はまず、理由を尋ねた。のっけから何を言う、とは言わない。若雪の言葉や要求には、いつも何かしらの意味があると知っているからだ。

「嫌な予感がします――――――――明智様の動きが、不穏です。以前にも申し上げた通り、片郡を明智兵の中に紛れ込ませています。彼と合流して、明智様の動向を見張ってください」

「……謀反を起こすとでも?」

 嵐も一度はちらりと考えた可能性ではある。

「――――有り得ないとは、言い切れません。嵐どのも、このところの明智様の行動には不可解なものを感じておられた筈」

 見透かすような若雪の言に、嵐は少し考える風だった。

「わかった。すぐに、堺を発つ。兵庫を連れて、片郡と落ち合う。もしもの時に備えて、ここの守りには斑鳩を置いて行く。ええか、若雪どのは大人しゅうしとれよ」

 一旦決断したあとの嵐は行動に迷いが無い。

「嵐どの!」

 素早く部屋を出ようとした嵐に、若雪が声をかける。嵐が振り向いた。

「……もし万一のことがあっても、無理はなさらないでください。どうか、命を第一にお考えください」

 真剣な目をした若雪の、忠告とも懇願ともとれる言葉に、嵐は安心させるように笑いかけた。

「ああ、心配すな。解ってる」

 志野に、若雪の朝餉と着替えの支度を指示すると、自らは旅装束を整え、腰刀を差して桜屋敷を出た。


 その夜半ごろ、兵庫を連れて京都・本能寺へと向かう道中で、桔梗(ききょう)(もん)を掲げた軍勢を見た嵐は、目を疑った。

 桔梗紋は明智光秀の旗印(はたじるし)だ。

 彼らは皆一様に、本能寺のある方角を目指している。

 松明が道を照らし出す中、甲冑や馬の蹄の音が物々(ものもの)しく響く。

 嵐たちは、若雪の予感が的中したことを悟った。

「うわちゃー。…こりゃ間違いなく謀反ですね。明智様は、本気ですよ」

 軽く言っているように聞こえる兵庫の声にも、さすがに緊迫したものがある。

(馬鹿な――――――なんちゅう、短慮(たんりょ)を)

 嵐も表情には出さないものの、内心、唖然(あぜん)としていた。

「どうしますか、嵐様」

 進むか、退くか――――――――。

〝無理はなさらないでください。どうか命を第一に―――――〟

 若雪の声が、(こだま)するようだった。

 だが。

「―――――このまま本能寺に行く。信長公一人だけでも、何とかして助け出すんや」

(すまんな、若雪どの。生きて帰るさかい堪忍してくれや)

 けれどもこののち、それどころではない状況だということを、嵐たちは思い知らされることになる。



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