暴かれた事実、お日様の家出
ぱち、と薪は爆ぜた。アイラは一応、セオドアにハーブティーを出してみる。こんな農民のお茶なんて、お口に合うわけないけれど、一応礼儀だ。一応。
「こ、こんなものですみません」
「ああ、ありがとう」
セオドアはさらりと礼を言った。
(すごい! この魔道士さま、私に礼を言うなんて!)
ちょっと感動する。領主さまだって、私たち農民にそんな事言わないのに!
不躾にならない程度に、アイラはセオドアを観察した。確か、偉い人は見ちゃいけないんだって、ばっちゃんから聞いた。
セオドアの栗色の髪は、短く切りそろえられ、ツンツンと立っている。瞳は夏のような新緑の色。暖炉に照らされて、少し赤みがかっていた。
彼の精霊は、確か水の中位精霊だったはず。青みがかった黒い毛並みの、馬の姿をしている。それはアイラを見ると、近づいてその手のひらに鼻先をこすりつけた。
「わ!? え? え?」
セオドアは驚いたようにアイラを見る。
「プルヴィが懐いている……? まさか、驚いたな。……撫でてやってくれ」
「は、はい。精霊さま、どうぞ」
撫でてみると手触りのよい、なめらかな毛。ソルのモフモフとは違う、短いけれど手に刺さらない絶妙な長さ。わあ、とアイラは感嘆の声を上げた。
そんな二人と精霊のやり取りを、とんでもない視線で見ている一匹。じとりとした黒い感情をあらわに、ソルはその光景を睨みつけていた。
(何が、「懐いてる」だよ! アイラの方が「上」って理解したから、寝返りやがった! アイラもアイラだろ! 何が撫でて「わあ」だよ!!)
毛並みなら、オレのほうが……と考えかけて、一つ頭を振った。そして中位精霊を睨みつける。アイラに撫でられて目を細めていた馬は、その眼光にビクリと体を固まらせた。
「すごい……気持ちいい……」
そんな精霊には気が付かず、嬉しそうに頬を緩めるアイラを見て、セオドアもまた口元に弧を描いている。
馬はちらりとソルを見たあと、勝ち誇ったように「ぷる」と鳴いて、アイラの首に頭を擦り付けた。
「「!?」」
それにはセオドアも驚愕し、ソルの形相はひどいものとなる。
「あはは、くすぐったい!」
「ぷ、プルヴィ……? ええと……魔女だからか……?」
セオドアは最大限に困惑している。ソルはたまらずアイラの膝の上に飛び乗った。
「おい! そこの馬ぁ! どけ、こらぁ!」
「ちょっと、ソル!? 失礼でしょ!」
「何が『失礼』だ! コイツのほうが『失礼』だわ!」
まくし立て、ソルは中位精霊を睨めつける。
(……そんな事していいと思ってんのか? その気配と名前、しかと覚えたぞ)
そう言うと、精霊はすごすごと「主人」のもとへと戻っていった。
「……いやしかし、驚いた。魔女殿は精霊に好かれるのか? プルヴィは普通、他人には慣れないし、私でさえ御するのに苦労する時があるというのに」
そう言って彼はなんとも上品にハーブティーのカップを傾けた。
アイラはソルをなだめるように撫でる。ついでに絡まった蜘蛛の巣を払った。
「私、中位精霊さま、初めて見ました! 精霊に好かれるのかは……分かりません。魔道士さまは、精霊さまとどうやって知り合ったのですか?」
セオドアはソルに脅され、後ろに隠れた精霊を撫でる。アイラのキラキラとした顔に、誇らしげに口を開いた。
「ああ……。精霊を捕まえたんだ。私の魔力を餌にね。そして、『契約』を結んだ。古き主従のね」
たまに反抗されるときがあるけれど、と言う。ソルには中位精霊の体に纏わりつく、「不完全」な契約が見えていた。鎖が変な所に絡みついて、あれは痛かろう。人間も同じく。けれど、それを教えてやる義理はない。せいぜい痛がれ。
(オレのアイラに手を出した罪だ)
はたと我に返る。
(今、何を思った……?)
へえ、とアイラはその瞳の輝きをそのままにセオドアを見た。
「魔道士さまってすごいんですね!」
ふ、とセオドアは一つ息をついた。その顔はあまり嬉しそうではない。
「皆そう言うけれどね。魔道士ともなれば、皆できることさ。私はたまたまプルヴィと契約できたし、すごいのはプルヴィであって、私はただ魔力を与えているだけだよ。完全に御することもできない」
そうじゃなくって、とアイラは首を振った。
「魔道士さま……っていうか、その、お名前呼んでしまって申し訳ないんですけど、セオドアさまがすごいってことです! 精霊さまと心を通わせてらっしゃるじゃないですか! 完全に御するのは、やっぱり難しいですもの。お二人は別々の存在なんですし」
(おい、アイラ、そこまでにしとけよ)
「それに、精霊さまも、セオドアさまに心を許してらっしゃるの分かるもの!」
アイラはにっこりと微笑んだ。そして、あっと口を押さえる。
「ご、ごめんなさい、お名前を軽々しく……」
セオドアは呆然とアイラを見た。そして咳払いを一つする。
「せ、セオドアでいい」
「え? えっと、ありがとうございます?」
いらぁ。ソルの苛つきは最高潮に達した。
(何赤くなってんだよこの男! アイラもアイラだ! 何言っちまってんだよ!)
我慢できずにソルはセオドアを睨みつけた。
「おい人間。こんな辺鄙な所に何しに来た」
「そ、ソル! 失礼でしょ!?」
ソルはまたアイラに口元を覆われる。モゴモゴとソルはアイラの腕の中で暴れたが、意外とガッチリ捕まえられて、いつものように抜け出せない。どこでそんな技覚えた!?
セオドアはソルを見て少し考えた後、ふっと笑った。
「ここに来た理由、か。使い魔殿は、この辺に強い精霊がいないか、知ってるかい?」
「もご(あ)?」
「秋。巨大なメディケーンがこの国を襲った。この辺りは被害がなかったのに、周辺領はかなりの被害を被った。その違いは何かなと思ってね。この現象は、精霊が原因である可能性が大きい。ここを中心として、辺境領の範囲まで。まるで『メディケーンの目』のようじゃないか。一番可能性が高い、その『目』にいると思ったのさ」
やはり、と今度はその緑の瞳がアイラを捉えた。
「魔女がいるからなのかな。魔女殿は、精霊に好かれやすい体質のようだ。もしや、私が興味のある精霊も、従えてしまっているのかな?」
「いっ、いいえ! 私、そんな力なんてありません!」
力が緩んだ隙を見て、するんとソルは腕から抜け出した。
「アイラがんな力あるわけねーだろ! コイツはチビすら見ることも叶わねえんだぞ!」
ふうん、とセオドアはソルを見た。
「じゃあ、『やっぱり』君が原因? 『使い魔』殿?」
「!」
嵌められた――!
セオドアはゆっくりと椅子から立ち上がった。腕を組んで、アイラごとソルを見下ろす。
「人語を話し、プルヴィが怯える程の力を持つ、君は一体何者なんだい? 君の『名』は聞き取れないし、魔女の術かと思っていたけれど、そうでもなさそうだしね」
「……はん。オレがお前如きの鎖に繋がれると本気で思っているのか? 思い上がるな、人間」
暖炉の火が赤々と燃えているはずなのに、室内の空気が冷たい。セオドアはその背中に冷や汗が流れるのを感じた。
(なんだ、この格は……!?)
「せっ、セオドアさま……! そ、ソルはこんな変なこと言ってますけど、そんなすごいもんじゃないです! 干しぶどう勝手に食べちゃうし、私のブラッドソーセージも平らげちゃうし、食い意地が張ってるだけの、ただのキツネです! ばっちゃんが遺してくれた、使い魔です!」
ぎゅうう。アイラは震える手でソルを抱きしめた。ふるふると微かな震えがソルにも伝わる。
(おいおい、庇ってくれるのはいいけど、食い意地だけかよ?)
アイラの言葉を聞いたセオドアは、「は?」と気の抜けた声を出した。
「干しぶどうと、ブラッドソーセージ……?」
精霊がそんな人間の食べ物を好むとは聞いたことがない。いや、供物を捧げたりはするけれど、そもそも王都の祭壇では少しも減ったところを見たことがないし。
(では、やはりこのキツネはただの使い魔……?)
プルヴィが怯えたのも、馬肉として食われるかもしれないという本能的な忌避? 分からなくなってきた。先ほどの空気は何だったのだ。けれど、このキツネからは精霊の気配は感じない。セオドアは自らの力を緩めた。
「……私の思い違いのようだ。失礼した、使い魔殿。君は既に魔女と契約を結んでいたのか」
その言葉にソルは無言を貫いた。
よりによって、使い魔呼ばわりという屈辱。上位精霊というプライドがずたずたにされるような気がしながらも、下手したらコイツから鎖に繋げられる危険性もあった。今のソルはほとんど力が出ない。繋がれたら、拒めない。
「……では、本当にたまたまだったのか……。メディケーンの奇跡は、偶然?」
精霊の力。セオドアはアイラを見る。その緑の瞳に射抜かれて、アイラの肩がピクンと動いた。
「君が原因?」
「え? で、でも、私……」
「いや、間接的な、ね。この家は異常だ。足の踏み場もないくらい、精霊がひしめき合っている」
ちっ、この男、バラしやがった。ソルは心の中で毒づいた。
「え? 精霊が、いる……?」
このあたり、とセオドアは足元を指さす。
「目に見えないかもしれないけれど、低位精霊たちがたくさん、君に群がるようにいるんだ。低位と言っても、集まればそれなりの力が出るはず。それかな?」
この家に、精霊がたくさんいるなんて知らなかった。だって、ソルは何も教えてくれないんだもの。
見下ろす足元にはただの床が見えるだけだ。
「えっ、じゃあ、もっとご飯作らないといけなかった……?」
その言葉にソルはかくりとずっこけた。違うそうじゃない。食べさせなくてもいいんだ。オレたちは別に食わなければ死ぬわけでもないのだから。
セオドアもまた頭をガシガシと掻きむしった。
「ええと、そうじゃない。君の波動が、精霊を呼び寄せるってこと。……参ったな。見て見ぬふりが、どこまで通用するんだ」
精霊の可能性を期待して来てみたら、とんでもないものを引き当ててしまった。原因がどこにあったのか、一応上に報告する義務がある以上、事実を言わなければならない。
セオドアは、嘘をつけない。精霊は、嘘を嫌う。事実を歪めたら最後、プルヴィはその鎖を引きちぎって還ってしまうだろう。
あまりにもたくさんの低位精霊が集まったから、力が大きくなってメディケーンの被害を回避したと報告したら、その低位精霊が集まった原因は? と聞かれるこのジレンマ。
困り果てたようなセオドアに、ソルは思った。
(コイツ、本当にアイラを庇おうとしてんのか?)
たまにポンコツだけど、その心意気は評価してやらんこともない。
空の神様に愛されたアイラ。魂が綺麗だったから、ただそれだけで目をつけられて。加護も何もなく、ただ精霊が寄ってくる。魔道士に目をつけられたら、アイラは間違いなく精霊を呼び寄せる「餌」となる。だからソルは黙っていた。魔女と二人でチビどもを蹴散らすのが冬の仕事だった。
こちら側と言っても、セオドアに見つかった。そして彼もアイラの異常性に気づいてしまった。
(やっぱ、オレがばらすしかないか……?)
しばらく頭を抱えていたセオドアは、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「……君、私の『弟子』として共に来る気はないかい?」
「えっ」
「はあ!? ふざけんじゃねえ!」
その言葉に突っかかったのはソルだった。セオドアは制するように両手を広げる。
「いや、どう報告しようとも、君の事を隠蔽はできない。私も魔道士としての端くれとして、プルヴィを喪うわけにはいかないからね。ただ……そう、私の目の届くところで弟子となるならば、君を守ることができる。君も君で、世界を知ることができる。どうだろうか」
「わ、私……」
ギリィ、とソルの歯を噛み締める音がする。
「……んなこと、認めるわけ、ねえだろう……!」
地を這うような低い声がして、ソルはセオドアに飛びかかった。その口を開き、ギラリと牙をむき出しにして。
「ソル、ダメぇ!」
「魔女殿!」
血が、滴った。
ソルの牙は、セオドアを庇ったアイラの手に突き刺さっていた。ぐっ、と痛みをこらえるかのようなアイラの顔。ソルはすぐに我に返り、口を開ける。
「あ、アイ、ラ……」
「ソル、大丈夫だから、大丈夫だからね」
彼の耳はぺたんと垂れ下がり、尻尾もへにょんと小さくなっている。ふら、とソルは後ろ向きに数歩下がったかと思うと、外へと飛び出していってしまった。
「ソルっ!?」
アイラの悲鳴は、外の吹き荒れる吹雪にかき消された。
残されたのは、床にこぼれた血だけ。
こうなる予定なかったのに……。




