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クラスごと異世界転移したモブの俺、ハズレスキル【無限収納】が覚醒したので異世界で無双します  作者: よるねこ
第一章

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第85話 酒場と物流と盗賊の件(三)


 捕らえた盗賊たちを連れて街へ戻る道は、来る時とは違う重さがあった。


 縄で繋いだ男たちの足取りは揃わない。踏みしめる土の音も、こちらの歩調とは別のリズムで乱れる。誰かが足を引きずるたびに乾いた砂が小さく跳ね、朝のうちには柔らかかった道が、昼へ向かう光の下で少しずつ硬さを増していくのが足裏から分かった。


 ユウトは先頭でも最後尾でもなく、縄の中ほどを歩いていた。


 それで十分だった。


 見張るために声を荒げる必要はない。逃げようとする気配があれば、すぐ手が届く位置にいる。それを盗賊たち自身が分かっているから、余計な抵抗は起きない。道の上に落ちる彼らの呼吸は荒く、後ろへ振り返る余裕もないようだった。


 マリナは一歩前を歩きながら、何度か後ろを見た。


 盗賊たちの顔色。縄の締まり具合。足取り。傷の深さ。死なせるつもりはない。だが甘く扱う理由もない。その線引きを頭の中で何度もなぞる。


「先生」


 ユウトが後ろから声をかける。


「何ですか」


「ちゃんと縛れてます」


「そこは信じてます」


 振り返らずに返すと、少し間があった。


「……先生に褒められました」


「今のはそういう意味じゃありません」


 すぐに返したのに、後ろでレイナが吹き出す気配がした。


「黒崎くん、便利ですね」

「便利って何ですか」

「自分のいいように受け取るのがです」

「事実は大事です」


 そのやり取りに、さっきまで張っていた空気が少しだけ緩む。


 だが、完全には戻らない。


 盗賊の一人が吐いた言葉が、まだ胸の奥に残っているからだ。


 王都の。


 依頼で。


 共和国の物流を。


 断片でしかない。けれど、その断片だけで十分に重い。


 ガルドも同じことを考えている顔だった。歩きながら一度だけ木立の向こうを見やり、それから低く言う。


「面倒な匂いがするな」


「ええ」


 マリナは短く返した。


「ただの街道荒らしでは済まなさそうです」


「全部喋らせなかったのは正解だろう」


 ガルドの声は淡々としている。


「街道の真ん中で抱える話じゃねえ」


 ダインが前を向いたまま続ける。


「ギルドに渡すべきだ」


 その通りだった。


 この場で細かく聞き出せば、それだけでこちらが抱えるものも増える。盗賊の口がどこまで本当かも分からない。だが、王都という言葉が出た以上、軽く扱える話でもない。


 街門が見えた時、マリナはようやく肺の奥の空気をゆっくり吐いた。


 石の壁が日差しを受けて白く見える。門番の槍の穂先が光り、通りを出入りする人々の声が風に混じる。その当たり前の街の音が耳に入った瞬間、街道に残してきた張り詰めた静けさが、いかに異質だったかがはっきりした。


 門番は連行してきた盗賊たちを見た瞬間に表情を変えた。


「何があった」


「王都からの街道で盗賊です」


 マリナが答える。


「ギルド依頼の帰りです。生きている者は全員拘束しました」


 門番がすぐにもう一人を呼ぶ。街の中へ走っていく足音が石畳に高く返る。


「冒険者ギルドへ直接行ってくれ」


「そうします」


 街へ入ると、人の目がこちらに集まった。


 当然だ。


 縄で繋がれた男たち、土に汚れた装備、険しい顔をした門番。何があったのかと聞こえないところでざわめきが広がる。


 マリナは足を止めなかった。


 立ち止まれば、余計な視線と声を集めるだけだ。今は一刻も早くギルドへ渡し、報告を済ませる方がいい。


 ギルドの扉を押し開けた瞬間、中の空気が止まった。


 依頼板の前にいた冒険者たちが一斉に振り向く。受付の前にいた者たちが半歩だけ道を空ける。視線の先には、縄で繋がれた盗賊たちがいる。


「戻りました」


 マリナの声が、いつもより少しだけ低く響いた。


「街道で待ち伏せしていた連中です」


 受付嬢が立ち上がる。椅子が後ろで擦れた。


「もう、ですか」


「場所も状況も当たりでした」


 ガルドが言う。


「森沿いの緩い坂の先。左右と後ろを切る配置でした」


 ダインが足で盗賊の一人を前へ転がした。


「弓持ちもいた」


 受付嬢がすぐに奥へ声をかける。職員が二人、さらにギルド内の警備役らしい男たちも出てくる。拘束の引き継ぎは手早かった。慣れている動きだが、慣れていていい話ではない。


 縄を渡す時、ユウトは一人ずつ相手の手首と肘の位置を確かめていた。結び目だけではなく、逃げようとしても力が入らない角度まで見ている。その手際を受け取る側の男が無言で見て、最後に短く頷く。


 盗賊の一人が、引き渡される直前に何か言おうとした。


 だが、マリナは視線だけで止めた。


「話はギルドでしてください」


 低い声だった。


 男は唇を噛み、結局何も言わなかった。


 受付の奥の部屋へ連れて行かれる足音を聞きながら、マリナはようやく肩の力を抜いた。完全にではない。だが、少なくとも街道の途中よりはずっとましだ。


 受付嬢が改めてこちらを向く。


「詳しく聞かせてください」


 案内された奥の部屋は、表の喧騒より少しだけ静かだった。窓から差し込む昼前の光が机の端を照らし、羊皮紙の白さが目に硬い。椅子に腰を下ろすと、戦闘の直後には意識していなかった疲れが少しだけ膝に来る。


 それでも、話すことははっきりしていた。


 待ち伏せの位置。人数。武装。連携の仕方。街道の轍の残り方。弓持ちの配置。左右から挟む動き。レイナの後方警戒。ガルドの矢。ダインの受け止め。ユウトが正面を崩した流れ。


 説明ではなく、起きた順に言葉へ落としていく。


 受付嬢は途中で何度も頷き、必要な箇所だけ確認を挟んだ。机に走る羽ペンの音が途切れない。


「それと」


 マリナはそこで一度息を整えた。


「捕らえた者の一人が、王都という言葉を口にしました」


 羽ペンが一瞬だけ止まる。


「依頼で、という言葉も。そこから先は、街道で抱える話ではないと判断して止めました」


 受付嬢の目が細くなった。


「分かりました」


 その返事は慎重だった。


「そこから先はこちらで扱います。報告、ありがとうございました」


 ガルドが椅子に背を預ける。


「王都の名前が出たなら、なおさらだな」


「はい」


 受付嬢は言葉を選びながら頷く。


「すぐに上へ回します」


 そこで報告は終わった。


 部屋を出ると、表の空気はさっきまでとは少し違っていた。すでに話は広がっているのだろう。待合の冒険者たちの視線が一度こちらへ集まり、すぐに逸れる。興味本位だけではない。自分たちにも関わる話だと分かっている目だ。


 ギルドを出た時には、日差しがかなり高くなっていた。


 街路の石畳が昼の熱を帯び始め、靴裏に返る感触が朝とは違う。店の前を通る人の数も増え、荷運びの男たちの掛け声が通りの向こうから聞こえてくる。


「腹減ったな」


 ガルドがぽつりと言う。


 その一言で、張り詰めていたものが少しだけほどけた。


「そうですね」


 レイナが肩を回す。


「さすがに戦った後は減ります」


「黒崎くんは?」


 マリナが何気なく振ると、ユウトは少しだけ考える顔をした。


「減ってます」


「少し考えましたね」


「先生に聞かれたので、ちゃんと考えました」


「そうですか」


 返しながら、マリナは小さく息を吐く。


 いつものやり取りに戻るだけで、体の奥に残っていた緊張がやっと薄くなる。


 だが、それで全部が終わったわけではない。


 むしろ、ここからだ。


「相沢くんのところ、寄りますか」


 レイナが言った。


「物流の件、向こうにも関係ありますよね」


「ええ」


 マリナは頷く。


「昨日酒場であれだけ拾ってましたし、伝えた方が早いでしょう」


 商人としての相沢なら、街道の異変を別の角度から見るはずだ。こちらが戦って片づけたのは目の前の盗賊だけで、その裏にある流れまでは潰していない。


 通りを曲がり、相沢のいる商会の方へ足を向ける。


 街の中は平和だった。洗濯物が風に揺れ、焼きたてのパンの匂いが漂い、店先では値段のやり取りが続いている。その平和さが、ついさっきまで街道で交わしていた打撃の重さと妙に噛み合わない。


 だからこそ、街道を押さえられるのは厄介なのだ。


 平和は、流れで出来ている。


 物が来ること、人が行き来すること、何かが途切れた時にすぐ別の流れが繋がること。そのどれか一つでも意図して止められれば、街の顔は少しずつ変わっていく。


 マリナは歩きながら、そのことを改めて思った。


 昨日、自分が最初に強く反応したのは、もっと個人的なことだった。来なかったら困る、と。思い返せばかなり恥ずかしい。けれど、あれは間違いではなかったのだとも思う。


 困ることは、誰にでもある。


 店主には店主の。女客には女客の。相沢には商人としての。自分には自分の。


 その小さな困るが集まって、街の大きな困るになる。


「先生」


 隣から呼ばれて、マリナは顔を上げた。


「何ですか」


「難しい顔してます」


「そうですか」


「綺麗です」


「今はそれを挟まないでください」


 即答すると、レイナがとうとう吹き出した。


「そこはもう流すんですね」


「いちいち反応していたら疲れます」


「昨日より進歩してます」


「進歩ではありません」


 そんなやり取りをしているうちに、相沢のいる店が見えてきた。


 表の札は出ているが、店先はまだ静かだ。開店準備の途中らしく、布が運び込まれ、帳面を持った若い店員が忙しそうに出入りしている。


 その中で、相沢はすぐにこちらへ気づいた。


 目が合った瞬間、ほんのわずかに眉が動く。顔の汚れや装備の乱れ、足取りの重さから、ただ来ただけではないと分かったのだろう。


「早かったですね」


 近づいてきて最初にそう言った。


「片づきました」


 マリナが答える。


「街道で待ち伏せしていた盗賊です。捕縛してギルドへ渡してきました」


 相沢の目が少しだけ細くなる。


「やはり人でしたか」


「ええ」


「それと」


 マリナは声を少し落とした。


「捕らえた者の口から、王都の依頼という言葉が出ました」


 相沢の表情は大きく変わらなかった。だが、視線の奥の色だけが変わる。


「……そうですか」


 静かな返事だった。


「面倒ですね」


「面倒で済めばいいんですが」


 レイナが横から言う。


「止まると困るものも多いので」


「それはそうですね」


 相沢が頷く。


 その頷き方に、昨夜酒場で見せた軽さはない。商人の顔だ。


「こちらでも少し探ります。街道の遅れは、もう数字に出始めていますから」


「数字に」


 マリナが繰り返すと、相沢は帳面を軽く持ち上げた。


「発注の戻り、遅延、欠品、代替の値上がり。そういうものは誤魔化せません」


 淡々としているのに、言葉の端に硬さがある。


「戦って潰すのは皆さんの役目ですけど、流れの歪みを見るのは私の役目です」


 その言い方に、ガルドが少しだけ口元を上げた。


「向いてるな」


「ありがとうございます」


 相沢は本気とも冗談とも取れない顔で返す。


「それと」


 そこで視線がマリナとレイナへ移る。


「そちらも少し待ってください。流れが戻れば、約束していた分も動かしやすくなります」


 その一言で、二人の足が一瞬だけ止まった。


「今言いますか」


 マリナが低く言う。


「今だからです」


 相沢は平然としている。


「現実の話なので」


 レイナが肩を震わせる。


「ほら、やっぱり大事じゃないですか」


「大事ですけど、今それを前に出さなくていいんです」


「でも前に出るくらい大事です」


「認めません」


 言い返しながらも、マリナは自分の顔が少し熱くなるのを感じていた。


 困る。


 本当に困る。


 だからこそ余計に腹立たしい。


 ユウトが、その横で静かに頷いた。


「先生が困ることは、早く無くしたいです」


 真面目な声だった。


 さっきまで相手の骨と体勢を読むような顔で盗賊を叩き伏せていたのに、今はそのままの真剣さでそんなことを言う。


 マリナは一瞬だけ言葉を失い、すぐに視線を逸らした。


「……今は街道の話です」


「はい」


「分かってますか」


「先生が困っているのも街道の話です」


 完全に間違っていないのが厄介だった。


 レイナが笑いを堪えきれずに横を向く。ガルドは低く笑い、ダインは短く息を吐いた。


 相沢はそのやり取りを見て、小さく肩をすくめた。


「まあ、どちらにせよ流れを戻す方が先ですね」


「そうですね」


 マリナはようやく話を戻した。


「ギルド側も動くはずです。こちらで何か掴んだら共有してください」


「もちろんです」


 相沢は即答した。


「その代わり、そちらも現場の変化があれば教えてください。街道の話は、数字だけでは見えない部分がありますから」


 そこで話はまとまった。


 店先を離れる頃には、昼の光がかなり強くなっていた。石壁の照り返しが目に白く、風も朝より乾いている。通りを歩く人の影が短くなり始め、どこかの店から鍋の中身をかき混ぜる音が聞こえてきた。


「今日はここまでですね」


 レイナが言う。


「一回戻って、体も拭きたいです」


「そうだな」


 ガルドが同意する。


「報告も済んだし、後はギルドの返事待ちだ」


 マリナも頷いた。


 戦闘のあとで動き続けていたせいか、今になって肩や腕の重さがはっきりしてきた。自分で戦った時間は長くない。それでも、見て、指示して、張り詰めたまま動いていれば疲れる。


 帰り道、借家の近くまで来たところで、ふと風向きが変わった。


 酒場の方角から、昼の仕込みの匂いが流れてくる。焼いた肉と、煮込みの香りと、昼前の店が持つ少し騒がしい気配だ。昨夜あれだけ笑っていた場所が、今日はまた別の顔をしている。


 マリナはその匂いを吸い込み、ゆっくり吐いた。


 昨日の夜から今日の昼までで、思ったより多くのものが動いた。


 ただ騒いで、ただ戦って、それで終わる話ではない。流れの先にはもっと大きいものがある。その予感だけは、もう消えない。


 それでも今は、ひとまず戻って息をつきたかった。


「黒崎くん」


「はい」


「今日は、よくやりました」


 歩きながら、前を向いたまま言う。


 隣で足音が一瞬だけ揺れた。


「先生」


 声が少し上ずる。


「褒められました」


「だからそういう受け取り方を……」


 言いかけて、やめる。


 ユウトの顔が見なくても分かるくらい素直に明るくなっているのが、足音だけで伝わったからだ。


 レイナがまた吹き出しそうになる気配がしたが、今度は堪えた。


 ガルドとダインは何も言わない。ただ、歩幅だけが少しだけ緩くなる。


 昼の光の中、五人の影が石畳の上を並んで伸びる。


 街はいつも通りに見える。


 けれど、そのいつも通りを守るために、今日の道があった。


 そのことを、マリナは自分の足の裏で静かに確かめるように歩いた。



(続く)

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