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直也之草子 〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜  作者: 政岡三郎
十之譚 雪銀ノ迷ヒ家

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〜第七話 泡沫〜

 ドーモ。十之譚、本日で最終話です。異形の怪物と成り果てた女と向き合う直也。はたして、その結末は___。

 たたみ十畳程のスペースの和室で、直也と女が向かい合う。


 女は両腕と両足が先程よりもより長くなり、足の関節をあらぬ方向へ曲げ、節足動物のように四つん這いの状態で直也を睨んでいる。


 焼け爛れた顔は怒りの感情で更に歪み、見開かれた両目は黒目が目玉全体を覆うかの如く広がり、まるで真っ暗な二つの空洞のようだ。


 裂けた皮膚から滲む血が、焼け焦げた女の着物を更に赤黒く染め上げ、もはや元の純白は見る影もない。


 人間の姿から完全なる妖魔へと変貌を遂げた女に、直也は語りかける。


「……なぁ、アンタ。もうやめねぇか?正直言って、アンタを殺したくねえんだ」


 直也のその言葉に、しかし女は耳を傾けることなく、理性を無くした獣のように直也に襲い掛かる。


「シ

      デ

   ん     え    エ

           ェ     え

                   ぇ!!」


 女が直也に飛び掛かる。


「チィッ!?」


 直也はバック転で女を躱し、拳を構える。


 今しがた直也が立っていたタタミに、先程よりも長く、鋭くなった女の両手の爪が深々と喰い込む。


 女の爪がタタミに喰い込んだことで、一瞬だけ隙が生まれたと思った直也が、女に向かって踏み込む。


 しかし、女がタタミに爪が喰い込んだ両手を振り上げると、タタミが床から剥がれて直也に襲い掛かる。


「おわっ!?」


 飛んできたタタミにぶつかり、直也はタタミの下敷きになる形で床に倒れ込む。


「クソッ……!?」


 タタミを退かそうとする直也の上から、女が覆い被さる。


 直也が咄嗟の判断でタタミをそのまま盾に使うと、女の左手の爪がタタミを突き破り、直也の胸の手前で止まる。


「あっぶね……!!」


 タタミを盾にしていなければ今頃、女の爪が直也の心臓を貫いていただろう。


 女はもはや何と言っているのか判らない奇声を上げながら、タタミの上から体重を掛けてくる。


 おそらく、タタミを貫いた爪を、そのまま直也に突き刺す腹積もりだろう。


 直也はタタミと体の間に畳んだ両足を滑り込ませ、四肢の力でタタミを押し返す。


「クッ……!?」


 今の直也に、タタミごと覆い被さる女の体を蹴り飛ばせる程の馬力は無い。


 直也は精一杯の力で、タタミに喰い込んだ女の左手の爪を自身の右側にずらすように受け流す。


 何とかタタミの下から転がり出た直也だが、体勢を立て直そうとした直也に、女の右手の《裏拳》が容赦なく襲い掛かる。


「ガハッ!?」


 女の《右裏拳》を脇腹にもらい、直也の体が壁に叩きつけられる。


 一瞬遠退きかけた意識をなんとか繋ぎ止め、壁に手をついて立ち上がる直也。


 女は爪を立てた左手を、掌底のように直也に叩きつけようとする。


 直也は壁沿いに右手方向へ逃げながら、正面の襖を開けて隣の部屋へ移動する。


 隣の部屋もまたタタミ十畳程の和室となっていて、今しがた直也のいた部屋と合わせれば、計二十畳程のスペースがある。


 女は狙いが外れ壁に叩きつけた左手をゆっくりと壁から離し、今度は右の《掌底》を直也に向かって繰り出す。


 直也は女の動きに合わせるように、今しがた開け放った襖を閉じる。


 女の右腕が、襖を貫く。しかし、その腕の先に直也はいない。


 ここが勝機とばかりに、直也は女の腕に貫かれた状態の襖を開く。


 襖の動きに合わせて女の右腕が女から見て左へ僅かにスライドすることによって、女の視界に彼女自身の二の腕によって、僅かな()()ができる。


 その僅かな死角に潜り込むように、直也が女の右腕の下から姿勢を低くして踏み込む。


「もらった!!」


 女の懐に潜り込んだ直也はその馬で跳躍し、女の顎と頭頂部に《左膝蹴り》と《左肘打ち下ろし》を同時に喰らわす。


 《禁技・咬鉄》。


 膝蹴りと肘の打ち下ろしで相手の頭を勢い良く挟み込む、格闘技好きの直也が独自考案した技だ。


 顎下と頭頂部に同時に衝撃を受け、女の体が僅かに後ろへよろめく。


(ここだ!)


 ここへ来て直也は、兼ねてより考案していた()()()の構えを取る。


 必殺技と言ってもその仕組みは単純で、野球のピッチャーのオーバースローのような動作で振りかぶった右の《オーバーハンドパンチ》を、相手の顔面に達叩き込む、といったものだ。


 直也が考えたその技の名は、《絶技・神無突き》。



「ブッ飛べ!!」



 直也の人差し指一本拳による強烈なオーバーハンドパンチが、女の顔面を抉る。


 バキィッ!!と、これ以上無い打撃音が部屋に響き渡る。


 もしも、直也の体が()()()()()()()()()()()、絶大なダメージを女に与えていたかもしれない。


 女は殴られた状態から瞬時に体勢を立て直し、右手で直也の首を掴む。


「なっ!?」


 驚愕する直也を、女は無造作に隣の部屋の奥へと投げ飛ばす。


 再び背中から壁に体を打ちつけられ、意識が朦朧とする直也。


 先程の直也の《神無突き》は間違いなく今の直也が繰り出せる最高の一撃であった。


 それが通用しなかった原因は、直也が小学四年生であったため……極めて単純なパワー不足であった。


「ち……く…しょう……」


 朦朧とする意識の中、なんとか四肢に力を込めようとする直也。


 しかし、直也が立ち上がる前に女が直也の前に立ちはだかる。


「こ………の!」


 なんとか体を起こした直也が片膝立ちの状態から右拳を突き出すが、女はそれを左手であっさりと受け止め、右手で直也の首を絞める。


「がッ……ぁ……」


 首を絞められたまま床から持ち上げられ、意識が遠のいていく直也。


「死

    ネ    シ

             ね    死___」


 このまま絞め殺されるのは時間の問題……そう思われた、その時だった。




「に……兄ちゃんをいじめるな!!」


 誰かがポカポカと、女の背中を叩いた。


 女が振り返ると、そこには女がこの屋敷へ連れ帰った子供の一人……准が必死に女を叩いていた。


「はなして……このままじゃお兄さんがしんじゃう!!」


「はなして!!はなしてよぅ!!」


 気が付くと、ほかの二人……卓と春花も、直也の首を絞める女の右腕に必死にしがみついていた。


「子

     ど    モ

               た  ち___」


 子供たち___。


 自らが呟いたその言葉で、女は思い出す。


 私はただ、我が子達と静かに、幸せに暮らしたかっただけなのだ___。


 それなのに___。


 何故私は、見ず知らずの子供の首を絞めているの___?





『      おっかぁ___       』


『      ダメだよ___おっかぁ___ 』





 女の頭の中で、声が響いた。


 それは長らく忘れていた、()()()()()()()の声___。


 その声が聴こえた瞬間、女が首を絞めている直也の顔が、かつての我が子達の顔と重なる。


「___ッッッ!?!?」


 女は咄嗟に、直也の首から手を離す。


 直也の体が床に落ちる。


 大きく咳き込む直也。


 一方の女は、長く伸びていた手足が縮み、あらぬ方向へ曲がっていた足関節も元に戻り、徐々に人としての姿を取り戻しつつあった。


「___ぁ____ぁぁ___!!」


 直也を絞め殺そうとした瞬間、すんでのところで女は我が子達のことを思い出し、人としての自我を取り戻したのだ。


 女は自らが子供を殺そうとしていたという恐ろしい事実に困惑した。


「直也お兄ちゃん!!」


 春花、卓、准の三人が直也の傍に寄り添い、彼を気遣う。


「……大丈夫だ、お前ら。心配かけたな」


 三人にそう答えた直也は、次いで目の前の女を見る。


「アンタ……」


 直也が女に声を掛けようとした瞬間、女は直也に背を向け、どこかへと駆けていく。


「アンタ、何を……ッ!?」


 最初は女の行動を訝しんだ直也だが、女が炊事場へ向かうのを見て、嫌な予感を覚える。


 直也が慌てて立ち上がり、女を追って炊事場へ行くと、そこで女は包丁を手に取り、今にも自身の首をそれで掻き切ろうとしていた。


「やめろ!!」


 すんでのところで直也は女の腕に飛びつき、女の行動を制止する。


「離して……死なせて!!お願い!!」


 取り乱す女。


 女は人としての自我を取り戻したことで、愛する者達が既にこの世にいないという現実を思い出してしまっていた。


 直也は女の腕にしがみつきながら、必死に叫ぶ。


「アンタに何があったかは分からねえ!!たぶん、よっぽどのことがあったんだと思う!!けど、それでも……たとえ人間でなくても、俺はアンタに死んでほしくねえんだ!!」


 直也は続ける。


「春花の足の怪我、アンタが治療してくれたんだろ!?そもそもアンタが三人を匿ってくれなけりゃ、あいつらは吹雪ン中で凍え死んじまってたかもしれねぇ!!」


 直也の必死の言葉に、自らの首を切ろうとしていた女の手が一瞬、ピタリと止まる。


「俺だってそうだ。アンタが俺をここに匿ってくれなけりゃ、今頃どうなってたか分からねえ」


 女が手を止めたのを見て直也も落ち着いて、諭すようにそう言葉を紡ぐ。


 女は言う。


「___違う………私は……あなたたちが私の子供たちだと、勝手に思い込んで……」


「それでも、助けてくれた」


 直也は女の腕から手を離し、女の目を見ながら言う。


「アンタが何を思って助けてくれたかは、この際どうでもいい。俺らにとっちゃ、アンタに命を救われたって事実があるだけだ。アンタは良い奴だよ」


 だからよ……と、直也は続ける。


「そんなアンタに死なれちゃ俺も悲しいし……それに、今頃卓たちの心配をしてるだろう俺の好きな子も、あいつらを助けてくれたアンタが死んだと分かったら、絶対に悲しむ。だから、死なねえでくれ」


 真っ直ぐな眼で、そう訴える直也。


 直也のその眼が亡くなった我が子らのそれと再び重なり、女は包丁を手放して直也をそっと抱き締める。


「___ありがとう……ぼうや」


 直也を抱き締めながら、女は微笑んだ。


 その微笑みは、直也が彼女と出会ってからこれまでで一番人間らしい笑みであった。







 その後、あれだけ激しかった吹雪はピタリと止み、直也達四人は女に見送られながら山を下りた。


 町へ帰って、卓と准と春花の三人は彼らの無事を願っていた家族達と無事再会し、吹雪の中勝手に家を出た直也は母の珠稀に頬と尻を気の済むまでブッ叩かれた。


 その数日後、直也が改めて女に礼を言うために山を訪れると、不思議なことにあの屋敷は跡形もなく無くなっていた。


 解体工事などの形跡が無いどころか、屋敷が立っていたはずの場所にはまるで昔からそうであったかのように、樹々が生い茂っていた。


 屋敷は文字通り影も形もなくなり、あの女は屋敷と共に泡沫(うたかた)のように消えてしまったのだった。






__

____

________







 ___あれから今日でちょうど1年ほど。


 あの女は、今もどこかで生きていてくれているだろうか……。


 田中家の縁側で、庭先に降る雪を見つめながら、直也はそんなことを考える。


「なおちゃん、どったの〜?」


 物思いに耽る直也を庭先で幸子が不思議そうに見つめる。


「……あ?ああ。いやまぁ、ちょっとな……」


 不意に幸子に声を掛けられ、現実に引き戻される直也。


 そんな直也を月男と健悟がからかう。


「直也、雪を見てセンチメンタルな気分になっちゃうお年頃??」


「お前でもそんな柄にもない顔するんだな」


「うっせ!ほっとけ!」


 月男と健悟の頭に拳骨を見舞い、直也は用意された恵方巻きを頬張った。






__十之譚 雪銀ノ迷ヒ家 完__


__幕間譚其之三へ続く__

 十之譚、いかがでしたでしょうか?


 本編ではこのような結末を迎えましたが、実は構想段階では、女はあのまま自らの首を包丁で掻き切って死ぬ予定でした。


 結末を変えようと決めたのは、ちょうど第五話を書いている途中辺りでのことでした。


 それまで女は死ぬ予定だったのに、死ぬよりもなんとなくこの結末の方が良いと、思いつきで変えました。


 このように、結構その場のライブ感というか、そんなノリで物語を書いているんです。


 こういうのも、まるで物語の登場人物……直也達に運命を変えられている感があって、個人的には結構アガります。(笑)


 ……まぁもっとも、そんなライブ感で書いているからこそ、週一の定期更新の難易度が跳ね上がるわけなんですけるども……。(今のところなんとかできていますが)


 そんな感じで、次は前回の後書きで予告したバレンタイン回です。


 といっても、こちらもプロットのほぼできていない、思いつきのライブ感で書く話です。ひょっとしたら、連載投稿チャレンジの時から続けていた週一投稿がついに崩れてしまうかも……?


 なるべく来月に投稿できるよう頑張ります!!

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