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異世界料理道  作者: EDA
第四十七章 太陽神の復活祭、再び(上)
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紫の月の二十日②~紡がれる縁~

2019.10/22 更新分 1/1

「ディック=ドムとお会いするのは、けっこうおひさしぶりですよね。お怪我の具合は、如何ですか?」


 俺がそのように言葉を重ねると、ディック=ドムは遥かなる頭上で「うむ」とうなずいた。


「狩人の仕事を休んでいる以上、大事ないとは言えないが……それでも順調に回復してきているように思う」


 ディック=ドムは、右手首から指の第二関節までを、包帯で厳重に固定されていた。その勇猛なる風貌と相まって、まるでバンデージを巻いた格闘家のようなたたずまいであるが、それは指から手の甲にかけての筋を痛めてしまったゆえの処置であった。


 レム=ドムいわく、ディック=ドムは巨大なギバの顔面を殴打したために、そのような手傷を負ってしまったらしい。岩よりも硬いとされるギバの頭骨を、全力でぶん殴ったという話なのである。普通であれば、拳の骨が粉々に砕けてもおかしくはない蛮行であろう。


(でも、そうしなければディガが魂を返していたかもしれないって話なんだからな。本当に、なんて立派なお人なんだろう)


 そんな感慨を胸に、俺はひさびさに見るディック=ドムの姿を検分させていただいた。

 大柄な人間の多い森辺の狩人の中でも、ひときわ体格に恵まれたディック=ドムである。背丈は190センチ以上もありそうだし、全身が岩のような筋肉に包まれている。本日はギバの頭骨を外しているものの、ぼさぼさの黒い蓬髪が半ば顔を隠してしまっているため、迫力の度合いに大きな違いはない。


 しかし、古傷だらけのその顔は、厳ついながらも鋭く引き締まっており、鼻梁なんかはすっきりと筋が通っている。こう見えて、ディック=ドムは俺と同い年であるのだ。そうとは思えぬほどの迫力と風格であるが、しかしやっぱりギバの頭骨をかぶっているときよりは、年齢相応に見えなくもなかった。


「……俺の顔に、何かついているか?」


 と、黒い双眸を鋭く光らせながら、ディック=ドムが問うてくる。

 俺は「いえいえ」と笑ってみせた。


「ただ、今日はギバの頭骨をかぶっておられないのですね。晩餐の際などでは拝見していましたが、日中にそのお姿を見るのは初めてであったので、ちょっと新鮮に感じてしまいました」


「……俺は狩人の仕事を休んでいる身であるし、ギバの頭骨は町の人間を怯えさせるかもしれないという助言をもらったため、狩人の衣だけを纏ってきたのだ」


「いいと思います。それでもディック=ドムに喧嘩をふっかけるような無法者はいないでしょうしね」


「そのような者がいても、左腕一本で相手をするのに不自由はない」


 いや、どれだけ大酒を浴びた無法者でも、ディック=ドムに難癖をつけることはないだろう。それは、獅子や虎に喧嘩を売るのと同レベルの無謀さであるはずだった。


「わたしたちは、しばらくルティムの家に留まる予定であるのです。それに、『暁の日』という日には、北の集落の人間たちも宿場町に下りてくることになるかと思います」


 にこにこと笑いながら、モルン=ルティムがそう言った。

 実に朗らかで、温かみのある笑顔である。バラン家の末娘がこのような顔で笑う姿を、俺はまだ目にできていなかった。


「『暁の日』には、色んな氏族の人たちが町に下りてくるはずだよ。これはなかなかの騒ぎになりそうだね」


「はい。わたしも、とても楽しみにしています」


 そんな風に言ってから、モルン=ルティムは「そうそう」と付け加えた。


「あちらでは、リコたちの姿を見かけました。劇の最中であったので声はかけられなかったのですが、もうジェノスに来ていたのですね」


「うん。ちょうど昨日、やってきたんだよ。また例の劇をお披露目していたのかな?」


「いえ。異なる劇のようでした。途中から見るのはもったいないと思って、内容は確かめなかったのですけれど」


 すでに中天に差し掛かろうという頃合いであったので、次の劇が始められたらしい。モルン=ルティムによると、舞台の前には大勢の見物人が集っていたという話であった。


「……モルン=ルティムも、以前はこういった場所で働いていたのだな」


 と、ディック=ドムがふいにそのようなことをつぶやいた。

 頭ふたつぶん近くも高い位置にあるディック=ドムの顔を見上げながら、モルン=ルティムは「はい」と微笑む。


「もう何ヶ月も前の話ですので、ずいぶん懐かしく感じられます。それがどうかされましたか?」


「いや……」と軽く首を振り、ディック=ドムは何も答えようとはしなかった。

 ただ、そのざんばら髪の間から覗くディック=ドムの瞳を見て、俺は心から驚かされることになった。いつも黒い火のように燃えているその瞳が、思いも寄らぬほど優しげな光をたたえていたのだ。


(モルン=ルティムは北の集落に逗留するために、屋台の商売からすっぱり身を引いたんだ。そうまでして、自分のもとに来てくれたことを……嬉しく思っているのかな?)


 ディック=ドムの真情は、わからない。

 ただ、ディック=ドムがこんな眼差しで人を見ることがあるのだということを、俺は初めて知り得たのだった。


 むろん、その眼差しを向けられているモルン=ルティムも、それに気づかないはずがない。モルン=ルティムはそのふくよかなお顔を真っ赤にしながら、俺のほうに頭を下げてきた。


「そ、それじゃあ失礼いたしますね。今後も時間があれば、宿場町に顔を出すつもりですので」


 モルン=ルティムはルウの屋台のシーラ=ルウたちにも挨拶をしてから、ディック=ドムとともに立ち去っていった。

 身長差のはなはだしいふたりが、連れ添って街道を歩いていく。その後ろ姿を見やっているだけで、俺はなんだか感慨深くなってしまった。


(あのふたりは、きっと大丈夫だ。ディック=ドムさえ決断できたら、すぐにでも婚儀をあげることができるだろう)


 そんな満ち足りた思いを胸に、俺は中天からの第2のピークを迎えることになった。

 この時間はなかなか立ち話に興ずることもできないが、何人かのお客たちから「傀儡の劇を見たぞ!」と声をかけられた。誰もが、ずいぶんと興奮した面持ちである。

 やはりあれは驚くべき内容の劇であったし、それに、劇中の登場人物がこうしてのほほんと姿をさらしているというのも、やはり普通の話ではないのだろう。中にはアイ=ファに目を向ける人間も少なくはなかったが、我が最愛の家長は普段以上に厳しい面持ちでたたずんでいたので、おいそれを声をかけられるような雰囲気ではなかった。


 やがて中天を半刻ほども過ぎると、客足はいくぶん落ち着いていく。

 そのタイミングでやってきたのは、ラダジッド率いる《銀の壺》である。本日は、9名全員が同時のご来店であった。


「傀儡の劇、拝見しました。内容、驚嘆です」


 決して表情を崩そうとしないラダジッドであるが、その眼差しと声には言葉通りの感情がにじんでいるように感じられた。


「私たち、知らぬ話、多かったです。アスタや、森辺の民、どれほど、苦難、乗り越えたか、知ること、できました」


「はい。みなさんにあの劇を見ていただけたことを、嬉しく思います」


《銀の壺》の面々にはすでにリコたちの存在を打ち明けていたので、「あれは真実か?」と問われることもなかった。

 ラダジッドは、しみじみとした様子で息をつく。


「森辺の民、正しき道、進めたこと、心より、嬉しく思います。そして、我々、友、なれこと、光栄、思います」


「ありがとうございます。……みなさんのこともちらりと取り沙汰されたことにお気づきでしたか?」


「はい。建築屋、ギバ料理、取り合い、くだりですね? それもまた、光栄、思います」


 ラダジッドは微笑をこらえるように、口もとを引き締めた。

 その黒い瞳には、明るい光が躍っている。


「あの劇、何度でも、見たい、思います。シム、招けないこと、残念、思います」


「ああ、リコたちは東の言葉を扱えないですからね。でも、ラダジッドにそうまで言ってもらえたら、きっと喜ぶと思います。機会があったら、どうか言葉を交わしてみてください」


「はい。私も、望みます」


 そうしてラダジッドたちも料理を買いつけて、青空食堂に立ち去っていった。

 その後にやってきたのは、カミュア=ヨシュである。なおかつ、その隣にはリコが立ち並んでいた。


「やあ、リコ。わざわざ料理を買いに来てくれたのかい?」


「はい! 今日も朝からずいぶん稼ぎをあげることができましたので、奮発することにしました!」


 リコたちは普段、日中は干し肉ぐらいしかかじらないという話であったのだ。

 リコの顔はいくぶん紅潮しており、そして充足した表情をたたえていた。


「リコたちの劇を見たっていうお客さんに、何人も声をかけられたよ。ジェノスでも、あの劇は好評なようだね」


「はい! 間にべつの劇もお披露目したのですが、『森辺のかまど番アスタ』じゃないのかと落胆される方々が多かったようなので、またその後にお披露目することになってしまいました。本当は、あまり立て続けに披露するのは避けたいところなのですが……」


 そういえば、ドーラの親父さんと《銀の壺》の来店には、一刻以上のタイムラグがあった。この短時間で、『森辺のかまど番アスタ』はもうふた回しも公演されていたのだ。


「まあ、しばらくの間はしかたないさ。なにせジェノスの人々は、あの物語の当事者なのだからねえ」


 飄々と笑いながら、カミュア=ヨシュがそう言った。


「数日もすれば、きっと落ち着くさ。それでその後も、見物人が減ることはないだろう。リコたちの腕前は十分以上なんだから、他の劇でも人々を喜ばせることができるはずさ」


「ありがとうございます、カミュア=ヨシュ。わたしたちも気を抜かずに、どの劇でも同じように力を尽くしたいと思います」


 どうやらこの半月で、ふたりはずいぶん打ち解けたようだった。リコは年齢の割に大人めいたところがあるし、カミュア=ヨシュは年齢の割に子供じみたところがあるので、それが美味い具合に調和したのだろうか。


「リコはベルトンたちのところに戻らないといけないのかな? 食堂に、紹介したい人たちがいるんだけど」


「紹介したい人? どれはどのような方々なのでしょう?」


「《銀の壺》っていう、東の民の商団だね。ほら、シュミラル=リリンが団長をつとめていた――」


「ああ、南の方々とギバ料理を取り合うことになった方々ですか! それは是非、こちらからもご挨拶をさせていただきたく思います!」


 リコは飽くなき探求心から、俺や森辺の民に関わる人々の肉声を欲しているのである。劇はすでに完成しているというのに、そういった言葉を聞くことで、劇により血肉を与えられると考えていたのだった。


(リコはこれだけ熱心だから、あれほどの腕を身につけることができたんだろうな)


 そうして俺は取り急ぎ、リコをラダジッドたちに紹介することになった。

 青空食堂にて黙々とギバ料理を食していたラダジッドたちは、わざわざ全員が立ち上がってまで挨拶をしてくれた。


「傀儡の劇、見事でした。その若さ、あれだけの技量、身につける、驚嘆です」


「いえ、とんでもありません。……それに、どうぞお座りになってください。みなさんのお食事をお邪魔してしまっては申し訳ありませんので」


 ラダジッドたちは着席したが、その目はリコの姿をじっと見やったままだった。

 気心が知れないと、東の民のこういう眼差しの圧迫感はなかなかのものであるのだが、やはりリコに気後れする様子はない。にこにこと愛想のいい表情をたたえながら、ラダジッドたちの姿を見返している。


「みなさんは、アスタが宿場町で商売を始めてすぐに、ご縁を結ばれたそうですね。いずれお時間がありましたら、当時のお話を聞かせていただけませんか?」


「はい。ですが、アスタ、すべて知っています。我々、話、必要でしょうか?」


「はい! みなさんから見たアスタの印象などは、アスタから聞くことはできませんので!」


 そのように言ってから、リコはもじもじと身を揺すった。


「それで、あの……これは本当にぶしつけなお願いなのですが……いずれ、みなさんのお姿を模した傀儡を使うことをお許しいただけるでしょうか?」


「我々、傀儡ですか?」


「はい。傀儡の数には限りがあるので、これまではあの場面も言葉の説明だけで済ませていたのですが、東と南の方々の傀儡を一体ずつでも出すことができれば、もっと盛り上げることができるように思うのです」


 緑色の瞳をきらきらと輝かせながら、リコはそう言った。


「南の方々には、昨日お許しをいただくことがかないました。もちろんみなさんのお名前を世間にさらしたりはしませんので、『東のお客』という傀儡を登場させることをお許しいただければと……」


「名前、出さないならば、許し、不要ではないですか?」


「いえ! それでもそれは、まぎれもなくみなさんの傀儡であるのです。お許しもなく、勝手に使うことは控えたく思います」


「そうですか」と、ラダジッドはわずかに口もとを震わせた。

 おそらく、微笑をこらえているのだろう。


「私たち、かまいません。むしろ、あの素晴らしい劇、関われるなら、光栄、思います」


「ありがとうございます! 復活祭が終わるまでには新しい傀儡を準備することができると思いますので、よろしければ出来栄えを見てやってください」


「はい。必ず、拝見します」


 そうして、いずれ時間のあるときにゆっくり語らおう、という約束を取りつけて、リコはたちは別れを告げることになった。

 俺と一緒に屋台のほうに戻りながら、リコは心から嬉しそうな顔をしている。


「これでまた、あの劇に彩りを加えることができそうです! アスタ、本当にありがとうございました!」


「いやいや。《銀の壺》と建築屋の方々が同時にジェノスに来ることなんて、この先もなかなかないだろうからね。きっと西方神のお導きだよ」


 そんな風に答えてから、俺は胸中の疑問を呈することにした。


「でも、東と南のお客が料理を取り合う場面って、すごく短かったよね。傀儡まで準備するってことは、あそこの場面を長く作りかえるってことなのかな?」


「はい。ですが、あまり長くしてしまうと冗長ですし、前後の場面との折り合いも難しくなってしまうように思います。お客の台詞などは、一言か二言ぐらいで収めたいところですね」


「それだけのために、新しい傀儡を2体も準備するのかい?」


「はい! 手間は手間ですが、そうするだけの価値はあるはずです!」


 リコのこういう部分を、俺は好ましく思ってやまなかった。

 なんとなく、料理へのひと手間を惜しみたくない自分の心境と、重なるように思えるのである。


「そっか。それじゃあ、新しい傀儡が出来上がるのを、俺も楽しみにしているよ」


「はい! ありがとうございます!」


 そうして屋台に戻ると、リコはベルトンたちの分までギバ料理を購入し、急ぎ足で立ち去っていった。俺は相方のラヴィッツの女衆に礼を言って、商売の再開だ。


「リコは本当にしっかり者だねえ。彼女と喋っていると、自分がいかに怠け者であるかを思い知らされてしまうよ」


 ルウ家の屋台で購入した『ギバ・バーガー』をぱくつきながら、カミュア=ヨシュはそう言った。まあ、軽口の類いであるのだろう。普段通りの、とぼけた笑顔である。


「カミュアだって、有事の際には驚くべき行動力を発揮するじゃないですか。……リコたちとは、ずいぶん親睦が深まったようですね」


「それはもう、ヴァン=デイロはもちろんリコもベルトンも、実に好ましい人々だからねえ。まあ、ベルトンはなかなか警戒心を解いてくれないけどさ」


「あはは。それもきっと、ベルトンがしっかり者であるっていう証なんでしょう」


 そこで新たなお客が来たので、俺は注文に応じて『ギバ・カレー』を手渡す。

 すると、『ギバ・バーガー』をたいらげたカミュア=ヨシュも『ギバ・カレー』を注文し、その場で立ち食いをし始めた。


「昨日は挨拶しかできなかったから、近況でも聞いておこうかと思ってね。この半月は、平穏に過ごせたかな?」


「そうですね。これといって、困ったことはなかったように思います。カミュアたちがジェノスを発ってからは……そうそう、城下町の見物をさせていただいて、お茶会の厨を任されることになりました」


「ああ、俺たちが出立する前から、そんなような話をしていたね。それじゃあまた、例の外交官殿と親睦を深めることになったのかな?」


「そうですね。実はカミュアたちがジェノスに戻ってくる前日には、親睦の晩餐会にもお招きされていたのですよ」


「へえ」と、カミュア=ヨシュは口角をあげた。


「ついに、親睦の晩餐会か。それで親睦が深まったのなら、何よりだね」


「ええ、まあ……そうですね」


 俺がちょっと言いよどんでしまったのは、その場でガズラン=ルティムが思いがけないほど真剣な様子を垣間見せたためであった。

 フェルメスにとっての人間というのは、傀儡の劇で使われる人形や、書物の中の登場人物と、同列の存在なのではないのか――ガズラン=ルティムは鷹のように鋭く瞳を光らせながら、そのように語っていたのだ。


「まあ、気長にのんびりやることだね。どうせあちらは、長々とジェノスに居座るつもりなのだろうからさ」


 カミュア=ヨシュはにんまりと笑いながら、アイ=ファのほうに視線を転じる。


「俺は話がややこしくならないように、静観させていただくよ。……アイ=ファは、気苦労が絶えないねえ」


「やかましい」と、アイ=ファは仏頂面で応じていた。

 まあ、復活祭の間は貴族たちも大わらわなようなので、しばらくはフェルメスと顔をあわせる機会もないだろう。また、顔をあわせる機会があったとしても、俺は俺なりに親睦を深めるという初志を貫徹させていただく他あるまい。


「そういえば、城下町のほうでもリコたちをまた招こうって話があるんだって?」


 カミュア=ヨシュが会話の流れを引き戻してくれたので、俺は「はい」と応じてみせた。


「森辺の収穫祭で、貴族や城下町の方々を招待したのですけれどね。そのときに、城下町の料理人であるボズルという御方が、リコたちの劇は貴族だけではなく城下町の民も目にするべきではないかって提案してくれたそうです」


「なるほど。それは得難い話だねえ。これまでの城下町の民は森辺の民に無関心であっただろうけれど、あの劇を目にすれば、さすがに心持ちも変わってくるんじゃないのかな」


「はい。俺もそのように思います」


 リコたちが城下町に戻ってきたことは、すでにヤンに伝えている。メルフリードたちがボズルの言葉に納得しているのなら、いずれ城下町からお声がかけられることだろう。


「まあ、リコたちの技量であれば、城下町の民でも銅貨を惜しむことはないだろうしね。うまくいけば、1日限りでない通行証を手に入れることもできるのではないのかな」


「そうなったら、最高の結果ですね。リコたちは、それに相応しい旅芸人だと思いますし」


「うんうん、まったくだ。……さて、最後のひと品は何にしようかなあ」


『ギバ・カレー』を食べ終えたカミュア=ヨシュは、とぼけた顔で屋台を見回していく。その姿に、俺は思わず苦笑してしまった。


「なかなかの食欲でありますね。そういえば、レイトに持ち帰ってあげたりはしないのですか?」


「うん。レイトは本格的に、宿の仕事を手伝うみたいでさ。昼もあちらのまかないで済ませると言っていたよ」


《キミュスの尻尾亭》も年で1番の繁忙期であるのだから、さもありなんという話である。で、風来坊たるカミュア=ヨシュは、心置きなく復活祭を満喫しているわけだ。


「去年は遠出をしすぎて、ジェノスに戻ってこられなかったからねえ。今年はのんびり羽をのばさせてもらおうと思うよ」


「はい。カミュアと復活祭をご一緒できることを、俺も嬉しく思っておりますよ」


「うんうん。『暁の日』が待ち遠しいねえ」


 極楽トンボのカミュア=ヨシュのおかげで、なんとも和やかな雰囲気の昼下がりであった。

 それでもお客はひっきりなしに訪れていたし、街道のほうは大いに賑わっている。目前に迫りつつある終業時間に向けて、俺も気持ちを引き締めなおすことにした。

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