第15話 正義の姫騎士、話をする(シンシア視点)
「兄様、先程の演武お疲れ様でした」
「なんとか取り繕っただけだがな」
私はコロシアムの廊下で演武を終えた兄様とたまたますれ違い少し立ち話をしていた。
慣れないことをしたせいか兄様は珍しく少し疲れた顔をしていた。
普段は兄様は運動しないから、仕方ないのかもしれないけれど。
「客席からも兄様の頑張りが伝わってきましたよ」
「大勢の人前で無様を晒すわけにもいかんからな」
「本当にそれだけですか?」
「………奴らにからかわれるのは御免だからな。多少は練習もするさ」
「ふふ、本当に仲が良いですね」
今まではずっと一人だった兄様の周りにジェラルトさんやローレンスさんが現れたことで兄様の表情は少しだけだけど明るくなった気がする。
今まで周りへのパフォーマンスも兼ねていた笑顔じゃなくて心から笑うことが増えたのだろう。
その仲の良さは少し妬けてしまうこともあるけれど妹としては兄が楽しそうなのは悪いことじゃない。
「そなたは随分と強かになったな」
「そうですか?あまり実感はないですけど……」
「ああ、先日までのそなたは取るに足らない小娘だった。今も劇的に変わったとは言えないかもしれないが行動に少しずつ落ち着きが出てきたようにも見える。まああいつが絡むと相変わらずの暴走娘になるがな」
「暴走娘ってなんですか……」
仮にも年頃の女の子に対してそんな呼び方は酷い。
だけどこういうことに厳しい兄様に少しとはいえ認められるというのは素直に嬉しかった。
ジェラルトさんの力になると決めたあの日の誓いに少しずつとはいえ着実に近づいていると思える。
「あいつの為か?」
「はい。もちろんです」
「存外に悔しいものだな。以前からあれほど王族としての自覚を持てと口酸っぱく言っていたはずなのにぽっと出のジェラルトの登場だけでこうもそなたの意識が変わるとは。恋の力とは偉大だな」
「こ、恋なんて……」
恋じゃない、はず……
これはその……物語に出てくるような英雄に対して憧れを抱いたり、頼れる殿方に安心感を抱いているだけ……のはず。
最初にあんなに毛嫌いしておいてちょっと助けられただけで好きになるなんて私はそこまでチョロくないから。
私が心の中で誰に向けてでもなく言い訳をしていると目の前の兄様が大きくため息をつく。
そんな兄様の態度にちょっとだけむっとなった。
「なんですか。言いたいことがあるならちゃんと言ってください」
「前言撤回だ。自分のことも理解できんようなら二流もいいとこだ。ちゃんと言葉にしないとあいつには伝わらんぞ」
「なっ……!」
「次は出番なのだろう?あいつも見ているだろうししっかりと結果を残せ。余はこれで失礼する」
そう言って兄様は背を向けて歩いていってしまった。
本当に自分が言いたいことだけ言うなんて……
心のどこかがまだモヤッとするけれど次が私の出番なのもまた事実。
私は切り替えて剣を握り、深呼吸すると1対1に出る選手控室へと歩き出した──
◇◆◇
各クラス4〜5人ほど選抜された代表者たちがコロシアムの中心に集まる。
あらかじめ実力を運営側に報告してあり、くじ引きで決まった他クラスの同じくらいの実力の人と戦うことになる。
(ジェラルトさんも見ているんだから絶対に負けられない……!)
「シンシア王女殿下」
「フローラさん。いかがなされましたか?」
声をかけられたのでそちらを向くとフローラさんだった。
悔しいけれどものすごく可愛いしお胸も私より大きい。
でも形は私だって負けてないんですから!
ジェラルトさんは渡しません!
「アルバー王国の皆様方も何名か参戦するようですがどなたか手練れはいるんですか?」
「手練、ですか?そうですね……」
辺りをぐるっと見回してみるとローレンスさんの姿があった。
どうやら彼もこの部に出る予定だったらしい。
他には表立った実力者の姿はなかった。
「ローレンスさんくらいですかね。彼は強いですよ」
「イーデン様ですか。たしかに強者の雰囲気をまとっている御方だと思います」
フローラさんは少しだけ頷いてローレンスさんを見る。
そんなにも強い人と戦いたいのでしょうか?
フローラさんもかなりの実力者という噂をよく耳にしたし、強い人に興味があるのかもしれない。
「わざわざ申し訳ありません。ありがとうございました」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そう言ってくださると助かります。それにしても貴女様とはあまり戦いたくないですね。相当お強いようですし」
「私なんてまだまだですよ。ジェラルトさんに手も足も出ませんから」
「ジェラルト様はそんなにも……。とにかくもし本戦で当たってしまったらどうかお手柔らかに」
「こちらこそです」
フローラさんは綺麗な所作で頭を下げて離れていく。
その美貌や佇まいに嫉妬してしまいそうになるけどそれ以上に一人の女性として尊敬してしまう。
そんなことを考えていると観客から歓声が湧く。
どうやら対戦表が確定し張り出されたらしい。
私の対戦相手は……
「どうやら私のようですね。シンシア王女殿下」
「はい。そのようですね」
シンシア=アルバーに対になるように書かれた名はエセル。
ウォルシュ家の専属騎士として既に職務に就く才媛。
彼女の剣を見たことはないが一度手合わせをしてみたいと思っていた。
「あはは、お二人が戦うんですね。これは好カードだ」
「ローレンスさん」
後ろを振り返るとそこにいたのはローレンスさんだった。
いつも通り柔和な笑みをたたえて立つその姿は女性受けすること間違いなしだ。
「シンシア王女、彼女は強いですよ。頑張ってください」
「ローレンス様は私と同じクラスでしょう?私を応援してくれないのですか?」
「あはは、これでも僕は王室派の貴族だからね。更にジェラルトの婚約者ともなれば優先するのは当然さ」
「お祭りにお家事情を持ち込まないでくださいよ……」
呆れたようにエセルさんがローレンスさんを見る。
そんな視線をものともせずローレンスさんは快活に笑った。
「そういえばローレンス様の対戦相手はどなたなのですか?」
「それがだね……」
「私ですよ、エセル」
そう言って現れたのはフローラさんだった。
噂をすればなんとやら。
ローレンスさんの話をしたらまさか本当にフローラさんとローレンスさんの組み合わせになるとは。
「フローラ様でしたか」
「ええ、お手柔らかにお願いしますね。ローレンス様」
「あはは、僕はジェラルトほどの実力はないから勝てるかはしんどいところだけどね。でも……」
ローレンスさんの目つきが真剣なものへと変わる。
まるでジェラルトさんが集中したときのように、すっと人が変わったかのように纏う雰囲気が変わる。
まさに類は友を呼ぶとはこのことなのだろうか。
「簡単に負けるつもりはないよ」
「ふふ、さすがローレンスさんですね」
だが私も彼の気持ちはよくわかる。
彼もまた、ジェラルトさんの力にならんとする一人。
あの眩いほどの光を放つ存在に少しでも近づこうと足掻く同志。
そんな彼が不屈の闘志を持ってゾーラ高等学校の首席、今はアルバー王国とゴーラブル王国は友好国であれど将来敵対すれば最大の強敵になりうるフローラさんに全力で挑まんとする。
負けられないという思いは嫌と言うほどに伝わってくるのだ──




