味方に
2020.5.2 一部修正しました!!
「サーシャ様、部屋までお送りいたします」
ヴォルスの背が完全に見えなくなったところでハリオがそう声を出した。上の者の命令というのはそこまで守られるものなのだな、と感心する。
「ありがとうございます」
「さあ、行きましょう」
ハリオに連れられて部屋まで戻った。扉の内と外でお互いを見る。
「サーシャ様、今日はお役に立てず、すみませんでした」
頭を深く下げるハリオにサーシャは慌てて首を振った。
「いいえ。ハリオ様がいてくれて、心強かったです」
「…」
「本当です」
「サーシャ様、今日は疲れたのではありませんか?」
「え?」
「外も暗くなってきました。今日は、ゆっくり部屋でお休みください。ユリウス王子には伝えておきます」
確かにひどく疲れた気がした。ヴォルスの前で緊張していたからだろう。それが終わってほっとしたのか、身体の力が抜けている。正直、ハリオの申し出はありがたかった。
「ありがとうございます、ハリオ様」
「それでは、失礼します」
一礼すると、ハリオは背を向ける。離れていく背を見送ると、サーシャは扉を閉めた。鍵を閉めると、そのままベッドに背をつける。自分の重みの分だけ沈んだ。
『サーシャ、大丈夫?』
部屋までついてきたオースが尋ねる。
「疲れた」
『寝る?』
「ん~」
寝てしまいたかった。けれど、考えなければならないことが多くある。
ヴォルスの言葉を頭の中で繰り返した。
「ここは、華やかなのに、暗い世界だ。だからこそ、隣には光が必要なんだ」
それは、どういう意味なのだろうか。自分にどんな役割を求めているのか。それに、ユリウスのことも気になった。サーシャはヴォルスに聞かれ、改めてユリウスのことをよく知らないことに気づいた。けれど、ユリウスの行動の裏には、いつも優しさがある。冷たい言葉はハリネズミの針のようなものだろうか。
護身術を教えるのは、サーシャが自分の身を自分で守れるようにするため。想い人だと思わせたのは、傍で守っても不自然ではないようにするため。そうなのだろうな、とサーシャは想像する。本当のことはわからない。真偽を知ることができるほどサーシャはユリウスについて知らないから。けれど、サーシャにはそうとしか思えなかった。
「どうしたらいいんだろう?」
『サーシャ?』
「私に何ができるのかな?」
優しくされた分、何かを返したかった。自分に、何ができるのか。そう問われれば、「何もできない」と答えるしかない。
サーシャは、動物の声は聞こえても、動物たちを戦力にも、諜報員にもするつもりはない。そんな自分は、ユリウスのためにいったい何かできるのか。
『話を聞いてあげたら?』
「え?」
突然のオースの言葉にサーシャはベッドから背を起こす。オースは飛んでくるとベッドのへりに止まった。サーシャはオースの方に身体を向ける。
『ユリウスの周りは、敵か味方かわかんない人ばかりだ。そんな人たちと一緒にいるのは、きっと疲れるよ。だって、さっきヴォルスと一緒にいたサーシャと同じ状態なんだもん。それをユリウスは毎日のようにしている』
サーシャとヴォルスが一緒にいた時間は短い。それでも、すぐに横になってしまうほど疲れを感じた。それを毎日、は想像することもできない。
『だから味方になろうよ。僕たちくらい』
「…」
『話を聞くのさ。ライにしたように。どこがつらいのか、どこが痛いのか』
「…答えてくれるかな?」
『答えないかもしれない。それを聞いても、何もできないかもしれない。でも、話を聞いてくれる人がいるだけで、救われることだってあるさ』
「…でも、王子の迷惑になるわ」
『どうしてそう思うの?』
「だって、私は王子にとって、何者でもないもの」
友達ではない。ましてや想い人でもない。恋仲であるはずもない。それなら、自分とユリウスの関係は何なのだろうか。先生と生徒。保護者と被保護者。どちらも当てはまるが、一致はしていない。
『それなら、なればいい』
「え?」
『今から、味方になればいい』
そう言い切るオースが格好良くて、サーシャの頬は自然に持ち上がる。
「オースは、王子を好きじゃないと思ってたのに。そんなこと言うのね」
『サーシャに優しくしてくれる人を僕が嫌うはずないだろう?…口は悪いけどね』
「本当に、それね」
『でも、僕は好きだよ、ユリウスのこと』
「うん。…なれるかな、味方に」
『なれるよ』
「うん。そうだよね。頑張ってみる」
『そう来なくっちゃ!』
頷けば嬉しそうに、オースが翼を広げる。部屋の中をくるくると旋回した。一回、二回と回る。そして、動きを止めた。
『…サーシャ』
先ほどまでの温かい雰囲気を切り裂くような鋭い声。静かだが、響くその声に、サーシャはオースを見る。オースは窓を見ていた。視線を追うように、サーシャも窓を見つめる。
どこか違和を感じた。そしてすぐに気が付く。窓の鍵が開いていた。ユリウスが何度も繰り返し言うので、サーシャは王宮での暮らしに細心の注意を払っている。部屋の鍵は閉め、窓の鍵は閉める。そのことを徹底していた。
部屋を出て行く前、確かに窓の鍵は閉まっていた。
窓の外から、かすかな音が聞こえる。
『サーシャ、逃げよう!』
叫ぶようなオースの声。同時に、フードを深くかぶった誰かが、バルコニーによじ登ってくるのが見えた。
『サーシャ、早く!!』
叫ぶ声が耳に入る。フードからかすかに見える目がサーシャを睨んでいた。バルコニーに降り立つその人物の背は高い。身長と肩幅の広さから男だと判断できる。
『サーシャ!!!』
もう一度オースが名前を呼んだ。
男が窓に手をかける。サーシャは、視線だけを動かし、逃げ道を確認した。その隙に窓が開く。男の手には短剣が握られていた。
「あなた、誰?」
恐怖で足が震えて動かない。唯一動く口で時間を稼ぐ。
「…」
「どうしてここにいるの?何が目的?」
一歩、一歩ゆっくり近づいてくる男。
「死んでもらう」
低い声だった。声からして、若い男だろうか。
死、というワードに「逃げなくては」と強く思った。一、二、心の中で数える。
震える足を強引に動かし、駆け出した。もつれそうになる足を懸命に堪える。扉を開けようと手を伸ばした。
「無駄だ」
言葉とともにサーシャの前に何かが飛んできた。思わず、足を止め、出していた手を引く。カラン、音を立てて床に落ちたのは、ナイフ。顔だけを男に向ける。
「逃がさない」
『サーシャ!!逃げて!!』
男が駆け出したのと、オースが飛び掛かったのは同時だ。オースが男の目をめがけ、羽を広げて飛んでいく。男がオースに短剣を向けた。オースは短剣を紙一重で交わし、男の頭をつこうと飛ぶ。男は首を曲げてよけ、再び短剣を振り下ろした。
『サーシャ、今のうちに、ライのところへ!!』
さてさて、急展開です。どんな展開になるのか。自分でもわからず。ストックはあとわずか。頑張って書いています。
読んでいただき、ありがとうございます。




