消えた安らぎ
家に帰って今日のデートを何度も思い返して悶えた。
柊さん、今日待ち合わせに遅れたの俺のためだったよね。
不良に絡まれて俺に助けられた時の安心しきった顔も可愛かった。
街中で買い物をしたけれど、柊さんはあの不良が怖かったのかずっと上の空で、怯えていた。
そういう表情も可愛かった。学校ではいつも凛としていて冷たいイメージがあったけれど、彼女もやはり人間だったようだ。人並みの恐怖があるらしい。
柊さんの表情は何だって可愛い。
彼女が俺だけのものだなんて、俺はなんて幸せ者なんだろう。
嬉しい気持ちが溢れ出てきて抑えきれない。
誰かに自慢したいものだ。街中で俺の可愛い彼女ですって叫びながらデートするのもいいかもしれない。
「柊さん、次はいつ俺とデートしてくれるんだろう…」
その時はまた、今日とは違った顔が見たいな…
驚いた顔や怒った顔、泣いてる顔も見てみたい。
一人で妄想してはニヤついていた。
今日はハイになってしまって寝れそうにないな。
帰り道をこんなにも警戒したことはなかった。
私が周りよりかわいい、美人だという自覚はあった。
当然だ。一緒にされては困る。
けれど、今はそんな自分の可愛さを恨まずにはいれなかった。
あんな奴にさえ好かれなければこんな思いもしなくて済んだのに。
家の前で不審に見えるほど過剰に周りを見渡してから扉を開けた。
「おかえり」
母の声が聞こえてほっとする。
やっと、やっと心が休まる場所についた。
母には心配かけまいと嘘をついて家を出た。
「友達と遊ぶのなんて卒業以来だったんじゃないの?楽しかった?」
母の顔が見れない。どうしてこんなことになってしまったのか。
そしてなによりも私の嘘を信じて疑わない母の声が痛かった。
「うん」
笑顔でそう答えるしかなかった。
「そう。よかったわね。私ちょっと買い物に行ってくるから。
「はーい」
返事を聞いてから母は家を出た。
私はご飯を食べて部屋に戻った。
ベッドに寝っ転がり携帯を見れば既に何百とメッセージが届いていた。
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今日は楽しかった。柊さんはどうだった?
あの不良、今度会ったら俺がめちゃくちゃにしてあげるね
でも怖かったよね。ほんと災難。
柊さんが無事でよかったけどね。
本当に何もされなかった?
怪我もない?
ねぇ
お風呂かな?
ご飯?
ねぇ
無視?
遊び疲れて寝たとか?
どうなの?
まさか俺の知らない男とかいないよね?
男といるの?
は?
おい
答えろよ
無視?
既読
ねぇ
なんで?
俺のこと嫌い?
まだ??
???????
なんで無視するの
早く返信
ねぇ
もう一分経ってるんだよ?
早く返信してよ
ねぇ
柊さん
ねぇねぇ
早く
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まだまだ鳴り続ける携帯にただ恐怖しか感じなかった。
たった一分。けれど通知の数は異常だった。
「正気じゃないでしょ…」
一緒のクラスだった時、地味だったし全然目立たないで教室の片隅でぼーっとしたり本を読んだりする程度の人間だった。
つるんでいた友人も同じような人ばかり。印象も影もないような人だった。
「調子に乗らないでよ…」
私とあなたが釣り合うはずもない。
私を脅さないと付き合うことすらできないような奴が、自分に自信も持てない男が、偉そうにしないで。
私は怒りに任せて別れ話を持ち出した。
シンプルに一言だけ「別れよう」と。
すぐに既読はついた。
当然だ。私がイライラしている今の今までずーっとメッセージを送り続けていたのだから。
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は?
なんで
意味わからない
別れる?俺が?柊さんと??
いやいや
なんで?
理由
教えて
理由教えて
_________________________
よくもたった数秒でこんなにも文字を打てるな。と変に感心をしながら、感情をそのまま文字に起こした。
メッセージが多すぎる。催促も早くてうざい。こっちの都合も考えられないのか。
そもそも別に好きじゃないし脅さないと付き合ってもらえないと思ってる時点で終わってる。
不良に絡まれたからって相手を半殺しにするまでぼこぼこにするのも意味が分からない。
不満なんていくらでもあった。
いや、不満というよりは人間として、疑うべきところ。と言った方が正しいのかもしれない。
それらを全てぶつけた。
既読はつくものの返信は来ない。
さすがの桜木君でもへこたれたか?そう思った時だった。
コンコン…
静かな部屋に響き渡った窓を叩く音。急いで上体を起こして窓をにらんだ。
携帯を持った手が震えた。
いや、まさか。そんなはずはない。
だって、今まで一度も彼は私の家に来たことがない。
場所を知るはずがないのだ。
それに、帰り道は警戒を怠らなかった。
後ろをついてくる影はなかった。
そう、完璧なはずなのに。
なんで、なんで…
「なんでここにいるの!?」
カーテンの隙間から除く目は、視線は、確かに彼のものだった。
「不用心だね~窓のカギはちゃんと、締めとかないと危ないよ?変な人が入ってくるかもしれないからね」
「へ、変な人はあんたでしょう!?」
足に力が入らない。
全身ががくがくと震える。
「大体なんで私の家を知ってるのよ!」
「さぁ?」
一歩、また一歩こちらに寄って来る。
後ずさりをするも、部屋の中。
すぐに壁が背中に触れた。
私、死ぬんだわ。
そんな馬鹿な考えが頭によぎった。
「柊さん。別れたいなんて言わないでよ。俺、悪いことした?」
ねぇ?そういいながら顔を覗き込んできた。
私を見ないで。早く消えて。
ただ祈ることしかできない。
ただ願うことしかできない。
早く。早く消えて。
「何かしゃべってよ。柊さん」
「私は、私はあなたのことなんて」
「俺のこと、好きでしょ」
きらい!
そう言ってやろうとした。したのに…
その言葉は音になることなく消えた。
口を思いきり塞がれた。
唇で…
「んぐっ…!やっ、離れなさい!!」
「柊さんの唇柔らかいね」
突き飛ばしてもニヤニヤと余裕そうに笑っている桜木君に腹が立った。
なによりも、涙が止まらなかった。
私のファーストキスが、こんな男に、こんな形で奪われてしまうなんて。
「泣き顔も可愛いよ」
「うるさい!さっさと帰ってよ!」
なんでこんなことに…
後悔してももう遅い。
ううん。後悔しようがない。
脅されて付き合って…
そもそもあの場面をどうすれば乗り越えられたっていうの。
目をつけられた時点で終わってたんだ…
「今日はもう満足したから帰るね。じゃあ、またね。柊さん」
そういうと桜木君は窓から帰っていった。
もういやだ。
「誰か、助けてよ…」
こぼれる涙を拭うこともしないで。漏れる声を抑えることもしない。
一晩中溢れ出る感情をそのまま、吐き出し続けた。