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第1話 「黄砂に霞む鶴の港――長崎」(1/3)

第2部「交わる光、野母の海」が始まります。

長崎での新しい日々の中、弘明は一人の女性と出会います。

この出会いが、彼の人生を静かに、そして大きく変えていくことになります。

どうぞ、お付き合いください。

長崎――その名は、入り組んだ海岸から細長く突き出た岬に由来すると言われる。鶴が羽を広げた姿にも似ることから、「鶴の港」とも呼ばれてきた。


昭和四十八年春、長崎の街は黄砂が降る春霞の中にあった。空に浮かぶ太陽は薄いベールに包まれ、目にするものがすべて霞み、穏やか過ぎる気候でさえ危うく感じられた。


長崎工科大学造船工学科の二回生となった弘明は、六月には二十歳になる年を迎えていた。


あれほど違和感を持った町も、今となっては住めば都で、新しい下宿生活を堪能している。ただ造船工学という割には、ありきたりの科目ばかりでうんざりしていた。

 

弘明には、去年の春まで彼女がいた。

高三の文化祭で知り合った、杏奈という同級生だった。

だが遠距離恋愛と言うには、長崎はあまりに遠かった。


彼女とは、仮装行列の船を飾る花づくりで出会った。目立つ女の子だった。

見事な金髪で、皆がアンナと呼ぶので、最初は外国人かと思った。


だが彼女はそれを否定した。

「山岡君、私のこと覚えてないでしょ……」

最初に杏奈がそう言った。彼女がそう声を掛けてきた。


弘明に覚えはなかった。

小学校の頃、通っていた書道塾で一緒だったという。

書道を習った覚えはあるが、金髪の子には覚えがなかった。


二人は急速に近づいた。卒業前という微妙なタイミングがあったのかも知れない。だが狭い町、二人で繁華な通りを歩くのは憚られ、自然と郊外へ足が向いた。放課後、二人で宛もなく歩いた。灌漑用の小川沿いにある雑木林を見つけると、制服のままで分け入り抱き合ったりした。


それは弘明にとって初めての経験だった。

ただそれはまだ、互いに幼い性であった。


灌木の中、乾いた下草の上に彼女を寝かせ、細かいプリーツの裾に手を伸ばす。だが、それ以上は無理。頭の中の妄想を実行する術を知らず、一線を越える前に終わっていた。


二月、弘明が長崎へ大学を見に行くと言った時、彼女は酷く哀しい瞳を見せた。

「そんな遠くへ行くの」

と、今にも泣きそうだった。


「別に決まった訳じゃない」

と言っても納得しない。

その時、心に沸いた思いが、やがて深い溝となっていった。


それから何度か逢瀬を重ねた。

夕暮れ時、木陰を見つけては抱き合った。


だが一線を越えることはなく、弘明は大学へ入った。

入学後しばらくして彼女から手紙が来た。


――連休には帰ってくるんでしょ――

そんな始まりだった。


文面を読みながら、いつか彼女の言った言葉が空しく蘇った。


「お父さんは船乗りなの。だから私の本当のお母さんは、どこか別にいるの」


その時、彼女の目は虚ろだった。恐らく、小さい頃から父親が不在で、外見の違いから学校で虐められ、塾で会った頃は髪を黒く染めていたのかも知れない。酷く辛く寂しい思いをしたのだろう。


「そんな遠くへ――」

そう言って弘明を詰った時、彼女の目は虚ろだった。


彼女に何か打算あったとは思えない。

だが、家族という呪縛から逃れようともがく弘明からすれば、受け入れられなかった。


――もう勘弁してくれ――

と、彼女という存在から離れるしか、他に術は考えつかなかった。


(つづく)



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

第2部は、ここから弘明と彼女の物語が少しずつ深まっていきます。

次話もお読みいただければ幸いです。

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