表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とあるBL漫画作品の名もなき占い師の主張について  作者: 陽花紫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/8

ノクスの物語(完結)

 紙に描かれた顔のようなものを目にした瞬間、私は心臓が止まるかと思った。


 あの日、鏡の中に映っていたこの素顔。

 なかったことにしようとしたあの顔が、寸分違わずその紙の上に存在していたのだから。


「これは……一体……」

 絞り出した声は、震えていた。

 怒るわけでもなく、責めるわけでもなく、ただ事実を知りたいという必死さだけが滲んでいたのだ。


 ハミダクは、明らかに動揺していた。

 視線を彷徨わせ、言葉を探すように唇を噛みしめていた。


 しばらくの沈黙のあと、彼は静かに語り出す。

「……その……。ある、仮説なんだけどさ……」

 その声は、ひどく小さいものでもあった。

「この世界が……俺が描いた物語、そのものだとしたら……」


 一言一言、確かめるように続けていく。


「俺が描いたから、この世界があって……。俺が描いたから、ノクスが生まれた……」


 それは、あまりにも残酷な可能性であったのだ。

 この世界の全てが、彼の創作物であり、私という存在も彼の手によって生み出されたものであるのだと。


 息が、うまく吸えなくなる。

 現実を、受け入れることができなかった。


 物語の都合で現れ、役割を終えれば消える存在。

 名前すら、作者であるハミダクにつけられなかった程度の占い師。


 視界の端で、ハミダクが崩れるように頭を下げる。

「ごめん……本当に、ごめん……」

 その声は、私以上に震えていた。

 そのような顔を、させたいわけではなかった。


 ただ、真実を知りたいだけであったのだ。


 私は、問いを投げかけた。

「……なぜ、占い師を登場させた」

 驚くほど、静かな声が出てしまう。

「なぜ……私以外の人間が、結ばれるような物語にした……」

 ハミダクは、苦しそうに目を伏せた。

「……ごめん。深く、考えずに描いたんだ」

 苦し紛れの、言葉であった。

「主人公たちを後押しする存在として、物語を進めるための役として……」


 一度息を吸い込んでから、なおも言葉を続けていく。


「……でも、まさか……。ノクスだとは、思わなかったんだ。本当にごめん」


 私は、何も言うことができずにいた。

 責めることさえ、できなかった。

 今さら何を言っても、この世界が変わるわけではない。


***


 その夜、私たちは初めて別々の場所で眠りについた。

 ハミダクは、寝台へ。私は隣の部屋の床へ。


 硬い床に横たわり、窓の外を見る。

 見慣れた夜空、何の変哲もないような星。


 ──この景色でさえも、彼の創造物であるというのか。


 そう思った瞬間に、胸の奥がひどく痛む。


 私は初めから、都合のいい存在であったのだ。

 作者ですら、名前をつけ忘れてしまうほどの。


 しかし、あの石鹸の香りがないと、眠りにつくことができずにいた。

 その温もりがないだけで、大きな不安に苛まれる。


 嫌いになど、なれない。

 憎むことも、できずにいた。

 紛れもなく、私はハミダクに惹かれていたのだ。


 ただ静かに、朝陽が昇るのを待っていた。



 翌朝。

 顔を合わせれば、ハミダクもまた一睡もできなかったらしいことがすぐにわかった。

 互いに気の抜けたようなあくびをこぼし、なぜだかそれが可笑しく思えてしまい、私たちは静かに笑った。


「……ノクス」

 ハミダクが、真剣な顔をして口を開く。

「これまで、本当にごめん」

 一歩、その距離が近づいた。

「でも俺……、こうしてノクスに出会って……。ノクスのことが、好きになった。それは、本当の気持ちだよ」

 その言葉に、胸が熱を帯びていく。

「だから……」

 その先を聞く前に、私は彼を抱きしめていた。

「私もだ、」

 声が、震えた。

「私も……。ハミダクのことが、好きだ」

 強く、腕に力を込めていく。

「もしかしたら……。私が、勝手に名前や設定を付け加えたせいで……こうなってしまったのかもしれない」

「そんなこと……」

「私の方こそ、すまなかった」


 ハミダクは、強く私を抱きしめ返し、胸元に顔を埋めていく。

「ノクスは、何も悪くないよ」

 優しい手つきで、この髪を撫でていく。

「……だから、謝らないで」

「だが……」


「俺のこと、好き?」


 そう見上げる顔は、目元がわずかに赤くなっており、どこかいじらしいようにも見えていた。


「……好きだ。好きなんだ」


 その瞬間、ハミダクは、心から嬉しそうに微笑んだ。


「なら……、それでいい」


 私たちは、強く強く抱きしめ合う。

 互いの存在理由ではなく、その想いだけを確かめるかのように。


「俺、描き直すよ。ノクスと俺の……、愛の話を」


 それから、ハミダクは時間をかけて、私たちの物語を丁寧に描いていくこととなる。

 幾度となく、描いては消す作業を真剣な面持ちで繰り返していた。


 時折その手元を覗き見れば、仮面を外した私の素顔が忠実に描かれていた。

 そのたびに、私は無意識のうちにこの仮面を外し、彼のことを見つめてしまう。

 すると決まって、ハミダクは頬を赤く染めるのだ。


「もう、ノクス……!やめてよ、目に悪いから……」


 ペンを持つ手が、止まってしまった。

 どうやらこの素顔は、互いに心臓に悪いらしい。


「……すまない。つい……」

 すぐさま仮面をつけ直し、私はその黒い髪を撫でていく。


「はぁ……。かっこよすぎて、どうにかなりそうなんだよ……?」


 そのような愛らしい言葉をこぼす唇を、そっと塞ぐ。

 そして、穏やかに笑い合う。


 私は、ようやく幸せを見つけることができたのだ。


 私のフラグは、確かにあった。

 運命の糸は、最初からなかったわけではなかったのだ。

 自らが行動しなければ、決して物語は進まない。


 長い時間をかけて、ついに物語は完成した。


 最終ページには、このような言葉が記されていた。


「二人の幸せは、まだまだ続く……」

「続けていこう、ノクス」


 私は今日も、仮面越しに、この笑みを交わす。

 物語の中で。

 そして、物語の先で。


END

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ