ある異変
ノクスの様子が、おかしい。
昨日やけに早く仕事から帰ってきたと思ったら俺に抱きついてくるし、今日も仕事を休んでずっと俺にくっついている。
何かあったのかと聞いても、なんでもないの一言だけ。
少しは心配になるものの、それでも少しは嬉しいと思う気持ちもあったんだ。
いつもどこか距離を置いているノクスが、やけに近かった。
「もう少しで終わるから、待ってて……。ね?」
「わかった」
けれど、今は大事なペン入れの時間だった。
すぐさま終わりたいけれど、最終仕上げの工程でもあったんだ。
俺が手早く色をつけていく様を、ノクスは目をきらきらと輝かせながら見つめていた。
その少年のような純粋な眼差しに、思わず胸が痛む。
創作であるとはいえ、ノクスを題材に勝手に漫画を描いてしまった。
その申し訳なさで、胸がいっぱいだった。
「……よし、終わったよ。お待たせ、ノクス」
「ハミダク……」
俺はノクスが何かを言うまで、そっとしておくことにした。
誰だって、触れてほしくないことの一つや二つあるだろうから。
フードの間から覗く、金の髪を静かに撫でる。
ノクスは昨日から、俺のことを強く抱きしめては深呼吸を繰り返していた。
しばらく俺の補給が終わると、ノクスは静かに俺から遠ざかった。
「……すまない、私としたことが……」
「ううん、大丈夫だよ」
どうにかしてこの重苦しい空気を変えたくて、俺はとあるものをノクスの眼の前にと差し出した。
「そういえば、ノクスの絵ができたんだ。どう、似てるかな?」
結局仮面をつけたままの、俺が普段目にしているままのノクスを写実的に描いてみたんだ。
「これは……」
「どうかな……」
ノクスはさらに目を輝かせて、俺の手を取っていた。
「本当に、私なのか?このような、美しい存在が……」
信じられないといったように、ノクスは手をぶんぶんと振っていた。
「もちろん、ノクスだよ。正確には、俺の目から見たノクスだけど……」
「ハミダクの目に、俺は……」
じんと、ノクスは感動しているようでもあった。
その時、ひらりと机の上の紙が一枚落ちた。
「ああ、紙が……」
床に落ちる寸前で、その紙を掴んだノクスの手がぴたりと止まる。
「ノクス、ありがとう」
俺もまた、その紙を目にした途端、時間が止まったような気がしていた。
「ハミダク、これは……」
ノクスの手が、みるみる震えに変わっていく。
「これは、その……」
それもそのはず、この世界にはない漫画のタッチで描いたノクスの素顔が、その紙に描かれていたのだから。
不快に思ったら申し訳ないと、俺は謝ろうとした。
しかしノクスは、しばらく震えたまま止まっていた。
「……ノクス?」
思わず手を伸ばせば、振り払われてしまう。
拒絶だった。
「いや、すまない。ハミダク……その、これは……一体……」
「ごめん。それ、俺が勝手に描いたノクスの顔」
しかしノクスは、勢いよく自らの仮面に大きな白い手をかけはじめる。
そして、俺もまた震えてしまう。
仮面の下には、俺が描いたイラストそのままの姿があったのだから。
「えっ、……」
俺たちは、ただ呆然と見つめ合うことしかできずにいた。




