選抜戦とは名ばかりの能力確認
選抜戦初日。生徒たちはクラス毎に別れて、賢者学校敷地内にある各模擬戦場や野戦演習所で戦うこととなった。
時間の余ったクラスの生徒たちは観客席から観戦して今後の対策を練ったり、他の生徒たちの魔法技術や術式を参考にしようとしたりと、授業とは思えない賑わいを見せている。
しばらくの間は、授業は全て魔法実習という名目の選抜戦だ。本来ならば違うカリキュラムの関係上、出会う事のない時間帯に他のクラスの生徒と出会うのも、選抜戦ならではの光景だろう。
『なぁ……あれ』
『噂の5組だよな? あのシヴァ・ブラフマンやリリアーナ様、グラント博士が所属する』
『どうしてリリアーナ様たちはあんなにボロボロなんだ?』
5組の最初の相手は3年2組。いきなり最上級生の中でも優秀な部類に入る者たちとの試合となったわけだが、観戦者たちも、対戦相手である3年2組の面々も、1年5組の異様な出で立ちに戸惑いの声を上げている。
なにしろ、リリアーナやデュークの制服は所々穴が開いていたり破れていたり、端々が焼け焦げた跡が目立っているのだ。グラントも眼の下の隈がより一層濃くなっており、明らかに寝不足であることが目に見えて分かる。
セラも心なしか疲弊して足元が覚束ず、唯一平然そうにしているのはシヴァだけだ。
「ていうわけで、今日から選抜戦です。覚えた技術を駆使して、3年2組を練習台にしてみよう」
「いきなり3年生かぁ……勝てるかなぁ」
「勝てる勝てない以前に、やるしかないわ。気合入れていきましょう」
心なしかやつれた顔で自信なさげなデュークに対し、リリアーナは相変わらず高いモチベーションを維持している。
「そうでなかったら、ここしばらくの地獄の特訓をした甲斐が無いでしょ」
「地獄なんてそんな大げさな」
「いいや、あれは地獄だったよ……」
デュークは半目でシヴァを睨む。グラントも似たような表情をしていて、セラとリリアーナは何も言えない様子に、シヴァは思わず狼狽える。
「で、でもやってたことなんて実際鬼ごっこだろ?」
シヴァが行った模擬戦の形式は、触れようと近付いてくるシヴァをリリアーナたちが迎撃し続けるというものだ。
それだけ聞けば確かに鬼ごっこなのだが、それだけでは訓練としては物足りないと、シヴァは当てないことを条件に魔法を解禁。火力を極限まで落とした炎で動きを牽制していたわけだが――――
「余波だけで何度も殺されそうになったし」
「走ってる時に発生したソニックブームで吹き飛ばされたし」
「ね、熱波で炙られて、わ、私のゴーレムが何機も融けたし」
【結局怪我して、1時間に10回くらいは治療することになりました】
口々に告げられる不満の声に、シヴァは脂汗をダラダラ流しながら顔を背ける。
それでも模擬戦中は一度も致命傷を与えていなかったので、シヴァも進歩しているといえば進歩しているのだが、現代人からすればまだまだ加減知らずらしい。
「それでも、ほら……最後の方はある程度対応できてたし、今なら学生相手くらい平気じゃね?」
「まぁ……その実感は今から確かめに行くのだけど」
重い荷物を持った後、体が軽く感じるように、人というのは負荷から解放されると平常時でも好調に感じる。
こと戦闘においてもそれは同じであり、自分よりも強い者と戦い続けた後、同格かそれ以下の者の力が大したことが無いように感じるのだ。
それはある種の錯覚ではあるが、強者との戦いの中で力を付けていたのなら現実だ。。
「というわけで、今日からしばらくは今までとは違い、手の内が分からない相手との練習試合と思って取り組んでくれ。認識拡張術式と念写術を併用しながらなら、後は自由に戦ってくれてもいい。個人的な感覚だけど、今の魔術師にしては結構なもんに仕上がったと思うから、自信もってな」
前試合が終わり、1年5組の模擬戦は始まる直前。そろそろ持ち場につこうとしたその時、エリカが慌てた様子でやってきた。
「み、皆! ちょっと待って!」
「先生? どうかしたんですか?」
「はぁ……はぁ……じ、実は魔導学徒祭典で、ちょっとしたルール変更がついさっき通達されて……」
「ルール変更?」
息を切らせたエリカが深呼吸しながら呼吸を整えると、生徒たちに通達内容を知らせる。
「こ、これまでの祭典だと、先に3勝した方が勝ちってルールだったんだけど、これからはポイント制になったみたいで」
「ポイント制……それは勝利するとポイントが貰えて、その合計を競い合う形式に変更したとかでしょうか?」
「うん。リリアーナさんが言うように、試合形式そのものや試合回数自体は同じなんだけど、4回やる個人戦はそれぞれ1ポイント、団体戦は3ポイントって感じで、勝てばそのポイントが貰えて、その合計を競うんだって」
それだけ聞くと大した変更には聞こえないが、コールド勝ちの条件はかなりシビアなものに変わる。
従来の魔導学徒祭典では、3勝先取でコールド勝ちとなっていたが、今回のポイント制の導入に加え、団体戦の3ポイント……つまり個人戦で3敗していても、団体戦で勝てれば逆転できる仕様になっているのだ。
「それは如何にも運営が考えそうなことだよね。余りに力の差があり過ぎる組み合わせになったら白けるし。というか実際にそんな感じになって会場が白けたことがあるし」
デュークの言葉に間違いはないだろう。
魔導学徒祭典は興業という意味合いが強く、運営としては盛り上がりに欠けることを嫌がるに決まっている。
「というわけで、学校でやる選抜戦も同じ形式にするよう急遽変更になったの。さっきの試合もポイント制だったんだよ」
【本当に……凄く急なんですね】
確かに不自然なくらいに急な話……だが、大した問題ではない。結局勝利するという目的に変わりがない以上、落としていい勝ち星などありはしない。
そう言う結論に至った面々は、今度こそ持ち場に向かうのであった。
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こうして1年5組の模擬戦は始まり、コロシアム型の模擬戦場、その中心では激しい魔導戦が繰り広げられていた。
第一試合に出るのはリリアーナ。対する相手は雷属性に適性を持っているらしく、予め描いていたであろう魔法陣に魔力を流し、自身を中心に電撃の結界を形成。攻防一体の守りを張りつつ、手元の魔法陣から電撃の矢を乱射している。
「オラオラオラァ!! すばしっこい奴だな!!」
雷属性は、光ほどの速さこそ出ないが、それでも音速を置き去りにするほどの速度を有しつつ、極めて威力の高い実戦向きの属性だ。
流石は3年とでもいうべきか……試合直後に魔法で守りを固め、快速の矢で空間転移と身体強化を併用して回避を続けるリリアーナだけに集中して攻撃している。リリアーナが攻撃の合間を縫っての反撃も、電撃の結界で見事防いでいた。
「そこだっ!」
「ふっ!」
だが相手の優勢に働いているかと思うと答えは否だ。どれだけ攻撃を繰り返しても、リリアーナは認識拡張術式によって迫りくる電撃の軌道を予測し、念写術によって空間魔法を発動するための魔法陣を瞬時に描き、紙一重で回避し続けている
「くそっ……なんて魔法陣の構築速度だ!? あんなの、人が出来る限界をとっくに超えて……!」
自分の攻撃が一切当たらない。その事実に最初は狙い撃つように魔法を放っていた相手も次第に焦り始め、狙いは大雑把になり、自分の残存魔力量すら意識できなくなってきている。
「これで止めよ!」
そして魔力の減少と共に電撃の結界が薄くなっているのを見極め、着弾と共に爆炎を撒き散らす魔法、《紅蓮弾》を叩きこむリリアーナ。生じた爆発の衝撃と爆風に薄くなった結界は耐えきれず、対戦相手は壁に叩きつけられてそのまま意識を失った。
「やっぱり、空間魔法の使い手で攻撃手段が多いリリアーナは安定感があるな」
試合を一通り見て、シヴァは呟く。
【2人とも、目が回るくらい速かったです】
「雷属性と空間属性の戦いだからな。それでも、対応速度はリリアーナの方が断然上。認識拡張術式と念写術の併用は上手く行ったらしい……が」
とりあえずは満足しつつ、シヴァは不満な顔を浮かべる。
立ち回りはともかく、シヴァからすれば火力が足りない。どれだけ対応力が高く、どれだけ空間魔法で速く動き回れたとしても、強固な守りの前にはあまりに無力だ。
現に試合の序盤から中盤は、守りに優れているとは言えない雷属性の結界で攻撃を阻まれていた。総合的に見て優秀と言えるリリアーナだが、そこが彼女に対する課題だろう。
(となると、リリアーナにはあの魔法を教えるべきか。俺自身はまともに使えないけど、リリアーナなら……)
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続いて第二試合。1年5組からはデュークが、3年2組からは風属性の適性を持つ男子生徒が選出され、試合開始と同時に身体強化に加えて風を推進力とし、猛スピードでフィールドを駆け回りながら魔法を発動する。
「《真空破断》!!」
自分は敵に捕らえられない速さで戦場を駆け、真空波の刃を無数に飛ばして牽制と同時に敵の体力を削り切る。
単純だが悪くはない手だ。攻撃と回避に徹底するという戦い方はリリアーナにも通じるものがあるし、少なくとも何も無い平地でなら、時間は掛かるものの実力が上の相手でも倒すことも可能だろう。
「《森林創生》!」
「がっ!?」
そう、あくまで何もない平野に限った話である。
デュークが念写術によって攻撃が当たる前に地面に魔法陣を瞬時に描くと、彼を中心に木々が根をしならせながら急速に成長し、太く硬い木々が立ち並ぶ林となって風の刃を防いだばかりか、高速で移動していた相手は木にぶつかって痛烈な衝撃と共に地面に転がった。
「植物の属性……!? これじゃあ、こっちの動きが制限され……」
そこまで言いかけて、痛みをこらえながら起き上がった対戦相手だったが、彼の視界に既にデュークは居ない。
「や、奴は!? 何時の間に消えて……がぁ!?」
対戦相手には見えず、観客席側からは見えていたデュークの動き。彼は林を生み出すと同時に身体強化によって木の幹を駆け上がり、太い枝から枝へと素早く跳んで伝って対戦相手の頭上から踵落としを叩き込んだのだ。
まるで獣のような敏捷性……という表現は、決して比喩的なものではない。
「流石猿の獣人とのハーフ。身体能力なら抜きんでている」
【あの人……獣人とのハーフだったのですか? 全然気が付かなかったです】
「まぁ、元々猿と人類は同じ霊長類で、かなり近い存在だからな。猿の獣人とのハーフは、普通の人間と見分けが付かないんだよ」
基本的に、獣人と他種族のハーフというのは、耳と尻尾が生えているものだが、猿の獣人とのハーフは例外だ。魔術師としての技量が乏しいセラには気付かないのも無理はない話だが、デュークから放たれる魔力の性質は獣人と人間が混じったものであることからハーフであると分かるし、それで見た目が普通の人間となればすぐにデュークの種族に見当がつくというものだ。
「猿の獣人たちの間で昔からあった、ジャングルファイトを前提とした武術か? 昔、似たような獣人と戦ったことがある」
地形や高低差を利用した実践的な格闘術は、獣人……特に猿の獣人の間で広く受け継がれている。恐らく、デュークもそれに近い武術を会得しているのだろう。
そして得意なフィールドを自ら作り出せる樹木属性の魔法。獣人の血が為せる魔物に等しい素の身体能力。物腰穏やかな美男子という第一印象に騙されたが、当の本人は生粋の近接戦特化の魔術師だ。
「でもそれだと手札不足……どんな魔法を教えるべきか」
最後は近接戦の間合いで魔法を発動させる間も与えない連撃で対戦相手は戦闘不能判定が下され、第二試合はデュークの勝利となった。
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続いての第三試合。シヴァは茫然とした表情を浮かべる対戦相手である女子生徒と、上空から現れたグラントを見て呟く。
「リリアーナ、デューク、グラントの3人でバトルロイヤルしたら、多分勝つのはグラントだな」
研究を旨にしようが、実戦を旨にしようが、結局のところ全ての智慧と力と道具を用いて戦うのが魔術師。当の本人がいくら魔導戦の技量が低くても、魔道具で全て補う例があり、その際たる者がグラントだろう。
『よ、よし……試運転開始だ』
魔法を通して聞こえてくる、地声とは少し違う声色のグラントの言葉と同時に、ガショーン、ガショーンと重厚で駆動的な足音を鳴らしながら、巨大な騎士型ゴーレムは対戦相手ににじり寄る。
正規軍正式採用主力ゴーレムは規約の関係で魔導学徒祭典では使えない。なので今回グラントが用意したのは祭典用に開発した新機体だ。
莫大な魔力を貯蔵こそしていないものの、主力ゴーレムと同様にあらゆる魔法を弾くというミスリルを中心に靭性と剛性を兼ね備えた各種金属を織り交ぜた特殊合金の巨体を見上げ、対戦相手は抗議の声を張り上げた。
「は、反則でしょうこんなの!! フィールドに出ずにゴーレムに頼りきりにするなんて!!」
魔導学徒祭典のルールとして、選手は必ずフィールド内に入らなければならず、フィールドの外に出れば敗北判定が下される。
ゴーレムも魔術師の力の1つとして数えられているため、使うこと自体は問題ではないのだが、それでも魔術師当人はフィールドに立たなければならない。
『も、問題ない。わ、私ならここだ』
そんな音声と共にゴーレムの胸甲部分が開くと、ゴーレムの内部に搭載された操縦席に座るグラントが現れた。
「ゆ、有人型ゴーレム。た、大破した時は命の危険大だけど、そ、その分精密で自動性に頼らない自由な動きが可能になる、新型ゴーレム《ガラテイア》だ……!」
ゴーレムの内部に操縦席を備え付け、自ら操縦するというまさかの発想に度肝を抜かれる対戦相手。そんな彼女を他所に、グラントは心なしかシヴァに見せつけるかのように自慢気にゴーレムの機能を話し始める。
「さ、更に操縦席内にいる操縦者に認識拡張術式が付与されるように調整された魔法陣を内部に張り巡らせているっ。こ、これで実戦が苦手な魔術師でも安全かつ正確な戦闘が可能……! ま、まだ試作段階の域を出なし、そ、操縦者次第だけど、機動性においては現状最高クラスのゴーレムだっ」
これにはシヴァも驚いた。基本的に認識拡張術式は脳を中心として発動する魔法であり、その特性上、脳に沿う形で描く魔法陣が一般的だ。
それを体の外部からの干渉で認識拡張術式を操縦者に付加するという。もしグラントの言っていることが真実なら、4000年前にもなかった発明だ。
「だからって……こんなのあり……?」
もっとも、反則と言いたくなる対戦相手の気持ちは、この模擬戦場にいる殆どの魔術師が共感できるものだろう。
魔法が通じない上に、巨体が繰り出す膂力と圧倒的なリーチ。魔術師によっては最初から詰んでいる。
『じゃ、じゃあ行くぞ……!』
「う、うわあああああああああああああっ!?」
そこから先は、まさに一方的な蹂躙だった。まるで性能を確かめるかのように手足を動かし、一発ずつ魔法を撃っていくという、本気で戦っているとは考えにくいやり方だが、圧倒的な巨体の動きは戦う気は無くても、小さな者からすれば災害そのもの。
対戦相手は結界魔法で凌ごうとしたが、巨体に見合った大規模な魔法が両手から発射されてフィールドを埋め尽くし、最後には走り回るゴーレムに結界ごと踏み潰されて、そのまま気絶した。
「惨い……これは惨いよ」
「シヴァ君ほどじゃないけど、グラント博士も大概よね」
顔を引きつらせるリリアーナとデュークを他所に、シヴァは思考を巡らせる。元々戦略兵器を生み出していた頭脳と技術力の持ち主だ。彼女の智慧と資材があれば、学生程度は元から敵ではないのだろう。
だが4000年前に見たゴーレムほどの強さはない。強度も、膂力も、速度も何もかも足りない。シヴァにはゴーレムを生み出すための知識がないので性能面を向上させる手助けができないのが悩ましいところだ。
(ゴーレム使いのグラント……あいつに教える魔法と言ったら、〝アレ〟かな?)
その時、シヴァの制服の袖をセラが軽く引いた。
【シヴァさん、呼ばれてます】
「あぁ、まだ残ってたな」
コールド勝ちするにはあと1勝が必要。これで試合を決めてこようと意気揚々にフィールドに出向く彼の背中をクラスメイトたちが不安と共に見送り……その予感は不本意にも的中。
シヴァが対戦相手に軽く息を吹きかけるや否や、対戦相手は模擬戦場の壁を全て突き破って外まで吹き飛ばされ、瀕死の状態で地面に転がったのだった。




