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引き籠りの発明少女


「ここが(くだん)の属性検査用の魔道具があって、引き籠りのクラスメイトが居る場所ですか」


 シヴァたちは学校敷地内に建設された、蔦が這い、苔が生えるまでに古びた研究塔の前まで来ていた。中に入る鉄扉も錆が目立ち、その隣には建物の中で一際浮く、比較的新しい小さな看板が掛けられていた。


【グラント・エルダー博士用研究塔……どこかで、聞いたことがあるような気がします】

「奇遇だな、俺も何か聞き覚えがある」


 はたしてどこで聞いたのか……その答えは、少し前を進んでいたエリカから返ってくる。


「二人とも、攻撃魔法の威力測定は受けたんだよね? あの時に使った測定用ゴーレムを作った生徒だよ」

「あぁ、あの」


 自動修復機能付きで魔法攻撃ではビクともしないというキャッチフレーズがあったにも拘らず、魔法初心者であるセラに上半身を抉り飛ばされ、シヴァの限界まで加減した魔法で完全焼失したゴーレムだ。

 当時の担任は実に凄いゴーレムだと言わんばかりの態度だったか、簡単に壊れただけにどうにも実感が湧かない。その制作者の凄さにもだ。


「最年少で魔導工学の博士号を得た子で、今から使用する検査魔道具も彼女が作ったものなの」

「……彼女? もしかして、グラントって女子なんですか?」

「う、うん。ちょっと分かりにくいかもだけど」


 シヴァはセラと顔を見合わせる。自分と同じく意外そうな表情を浮かべているあたり、この時代でもグラントというのは女というよりも男向きな名前なのだろう。


「日常品から検査用、訓練用まで、色んな魔道具の特許を持ってて、一分野でとんでもなく優秀だから通常授業を免除をされて学校側から悠々と発明が出来る研究塔を与えられてるみたい」

「もしかして、それが理由でこの塔から出てこなくなった引き籠りになったんですか?」

「あはははは…………うん」


 研究者という者にありがちな傾向だ。シヴァも迎撃用の魔法を発明する際、しばらくの間建物の中に籠って出てこなくなることもあったので分からなくないし、生粋の研究者気質ならば、授業免除までされれば尚更だろう。


「5組行きになったのも、素行不良っていう建前と、普段全く通学しないのに貴重な1組の席に座らせるのはどうなの? って事みたいで……」


 学校来ないならどのクラスに配属されても文句を言われる筋合いはない。しかし、エリカの言葉は言い換えれば、通学すれば成績最優秀者の集まりである1組行き間違いなしということでもある。


「とりあえず、用事は済ませちゃおっか。通信魔法で連絡は既に入れているし、呼び鈴を鳴らせば開けてくれるはず……」


 エリカは扉に備え付けられた小さな鈴を鳴らす。鈴自体が魔道具の類なのだろう、その小ささに反して何処までも響く音色に反応し、錆びた扉からガチャリという音を立てて独りでに開いた。

 

「……入れってことか」


 遠慮がちに扉を開くと、そこは壁に沿う吹き抜けの螺旋階段になっており、その中心に設置された机の上には、フラスコに繋がれた魔道具がポツンと置かれていた。座って検査する魔道具なのか、椅子も備え付けられている。


「アレが例の魔道具か」

【……あの、グラントさんは?】


 恐らく魔道具を置いたと思われるグラント本人がどこにも見当たらず、セラは首を傾げる。


「それが……グラントさんは滅多に人前に出てこないみたいで……。連絡も通信魔道具や手紙ばかりのやり取りになってるから」

「なるほど、それは確かに引き籠りだ」


 徹底して人と関わりを持たないようにしているかのようだ。一応魔力を探ってみれば、正面の部屋から人一人分の魔力を感じ取れる。

 扉の前から動かないあたり、様子に聞き耳立てているのだろう。エリカからの話を聞く限り、大方『早く帰らないかな』とでも思っているのかもしれない。


「とりあえず、早速検査を始めよっか。あの魔道具、腕を通す穴があるでしょ? まず二人のどちらかが、あの穴に腕を通してみて。そうすれば、魔道具が腕を入れた人の魔力を自動で探知して、属性を割り当ててくれるから」

「それじゃあ、まずは俺から」


 椅子に座り、魔道具の腕を通す穴に腕を入れると、穴が窄まって軽く腕を締め付けてきた。するとフラスコの中でボッと音を立てて炎が燃料も無しに燃え盛る。


「……本物の炎じゃなくて、幻影を見せる魔法陣を組み込んで魔法属性を視覚化させている訳ですか」

「うん、そういう事みたい。えぇっと、魔法属性は炎……単一みたいだね。それじゃあ次、セラさんも測定してみよう」

【は、はい……っ】


 シヴァが椅子から退き、続いてセラが恐る恐る魔道具に腕を通す。穴が窄まり、セラの腕を軽く締め付けると、フラスコの中に煙と残り火が燻る粉塵……灰が舞い上がった。


「これは……灰属性! 隠し属性と言えば氷属性や植物系の属性とかがポピュラーだけど、これは珍しい隠し属性だよ!」

「…………?」

  

 珍しい。そう言われてもピンとこないのか、セラはシヴァを見上げると、彼は一つ頷いた。


「隠し属性は大抵、水属性か地属性からの派生になるものが多いんだよ。その次に雷と炎の属性の派生なんだが、俺も灰の属性なんて初めて見たな。聞いたことだけはあるけど」


 余談だが、五大属性から派生しない、更に珍しい隠し属性として存在する空間や時間である。


【……でも、灰属性で何が出来るんでしょうか?】

「そ、それは……」


 シヴァもエリカも言葉に詰まった。五大属性ならば分かりやすい役割があるのだが、灰の属性で出来ることなど問われても、知識が無ければそれに答えられる者はそうはいない。灰そのものだけで出来ることと言ったら精々――――。


「目晦ましと同時に、相手の気管に入り込ませて呼吸困難にして殺す……とか?」

「っ!?」


 ポロリと出てきた実用案にセラは驚愕し、そして見るからに落ち込んだ。自分の魔法は、そんな物騒なことにしか使えないのかと。


「だ、大丈夫だよ、セラさん! 何も戦うことだけが魔法の使い方じゃないし! わたしは生活に関する魔法を専攻にしてるんだけど、灰と言ったらそれを活用した農業でも有名! それ以外にも色んな所で使われてるって聞いたことがあるし、先生と一緒に自分なりの魔法の使い方を考えていこう?」

「そ、そうそう! それにさっきも言ったけど、灰属性ってかなり珍しいからな! 逆に言えば、それはいくらでも可能性が埋まってるってことだから!」

【そ、そうですか……?】


 若干涙目になりそうなセラを何とか宥めて、シヴァたちは研究塔を後にすることとしたのだが、その前にと、エリカが部屋の扉の前まで歩み寄った。

 

「あのー、グラントさーん! さっき連絡させてもらった、担任のエリカだけど、高等部も始まったことだし、登校する気はないかなー!?」


 どうやらエリカはグラントに登校の催促をする目的もあったらしい。しかし、依然として扉の奥から返ってくるのは無言。相変わらず部屋の中に居るのは分かっているのだが、どうやら応じるつもりはないようだ。


「はぁ……ダメかぁ。他の先生方からも返事が無いとは聞いてたけど……」

「こりゃあ、筋金入りですね」

「いくら優秀な生徒だからと言って、登校免除までされているわけではないからね。でも、彼女の発明が賢者学校の評判を上げているのは事実だし、もう学校側も声を掛けるだけ掛けて、グラントさんの好きにやらせるって言うのが暗黙の了解になっているというか」


 そう言う割に、エリカの表情は優れない。あくまで黙認とは言え、学校側が認めているのなら、グラントの引き籠りはエリカのせいではない。ならば彼女が気に病む必要はないと思ったのだが、エリカはエリカなりにグラントを心配しているように見える。


【この塔、窓もカーテンも閉め切ってるのか、埃っぽくてジメジメしています。これは流石に……】

「体にも悪い……か」


 セラもこの見るからに掃除をしていないと分かる塔に引きこもっているグラントが気掛かりらしい。

 しかし、シヴァとしては最早自己責任の領域なので、グラントに好きにやらせれば良いといった感じだ。学校に行きたくないと態度で主張する者を引きずり出すほど、シヴァは強引な性格ではない。


「それじゃあ、そろそろ戻ろっか、シヴァ君にセラさん」

「うっす」


 そして今度こそ塔を後にしようとした……その瞬間、奥の扉がギィ……と、錆び付いた音を立てて開いた。


「……シヴァ? もしかして、シヴァ・ブラフマンってお前の事か?」

「え!? も、もしかして、グラントさん!?」


 慌てて振り返ってみると、そこには華奢な体つきをした少女が扉から顔を覗かせてシヴァを窺っている。3人分の視線を感じて少し怯んだ様子を見せたが、やがて彼女は観念したらしく、部屋の中からシヴァたちの前まで出てきた。

 見るからに魔術師らしいローブを着た少女……グラント・エルダーは不思議な外見をしている娘だった。尖った耳から種族はエルフだということが分かるのだが、長い黒髪は一切手入れをされていないようにボサボサで、目つきは悪く、徹夜のし過ぎなのか、薄っすらと隈が張っている。

 そんな見るからに不健康そうな生活を送っていると分かる出で立ちにも拘らず、妙に容姿も整っているのだ。


「その目と角……悪魔崇拝者(サタニスト)の末裔か」


 そして何より特徴的なのは、肉食獣のような瞳孔と、人間であれば本来白い部分まで血のよう赤い眼球と、頭の両側から生える黒くて小さな角。シヴァが生まれるよりも更に昔、悪魔に魂の一部を売り払い、悪魔の力の極一部を手にしながら、最大限魔力の浸食を抑えた魔術師たちがそのような姿になっていたらしく、それは稀に血筋に刻まれ、子孫に受け継がれることがあった。

 

(まさか連中の子孫が現代にも残っていたとは……)


 悪魔は人類にとって唾棄すべき、自らの膿の集合体のようなもの。そんな悪魔を崇拝し、力を借りる悪魔崇拝者(サタニスト)は、4000年前の時点で駆逐され、残された異形の子孫たちは差別の対象になっていたのだが、未だに血が受け継がれているとは思わなかった。


「さ、さたにすと……? な、何だよ、お前も私の眼と角をバカにする気か……!?」

「いや、別にそんなことはないけど」

「……ふ、ふん。まあいい。そ、それよりお前、私の作ったゴーレムを壊したのってお前だろ……っ?」


 シヴァは1ヵ月前のことを思い返す。火柱1発で魔法耐性が極めて高いというミスリルのゴーレムを完全焼失させた時のことだ。

 いくら塔に引き籠っていても、同じ敷地内の話くらい入ってくるのだろう。グラントは妙に怯えが見え隠れする態度でシヴァを睨みながら言い募る。


「ど、どんな手品を使ったんだ……!? あれは魔法なんかじゃ壊せない筈なのに……!」

「手品をも何も……普通に、炎魔法で」

「う、嘘だ! アレは古代魔法にも余裕で耐える特別仕様だぞ……! 少なくとも、人1人の魔法でどうにかできる代物じゃない……! 不正か何かしたんだろ……!? お、おかげで私まで、不良品を学校側に流したなんて文句言われたじゃないか……!」

「そんなこと言われても……」


 グラントとしては、理屈上あり得ないと思っている出来事の真実を問い詰めているのだろうが、シヴァからすれば完全に言い掛かりだ。だからつい思わず本音が零れ落ちてしまう。 

 

「あんだけ手加減した魔法使ったのに、魔法耐性に復元能力付きのゴーレムとは思えないほどあっさり壊れるし、アレが単なるポンコツだっただけなんじゃ……あ」


 自分を基準にして発言したと気づき、慌てて口を塞いだが時すでに遅し。製作者を前にしてゴーレムをポンコツ呼ばわりすればどうなるのか……その答えは、眼前でプルプルと怒りに震えるグラントが示した。


「……わ、私の自信作をポンコツ……!? しかも手加減した魔法で壊したなんて、よくもそんな大嘘を……!」

「す、すまん。つい、思わず本音が……じゃなくて、いや、嘘は言ってないんだけど……えぇっと、なんて言えば……」

 

 まるでフォローになっていないフォローを入れていると、グラントは悪い目つきを更に鋭く尖らせ、ビシィッ! と人差し指をシヴァに突き付ける。


「え、演習場に出ろっ! お、おおお前のペテンを暴いて、私のゴーレムがポンコツなんかじゃないって証明してやる……!」


 

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