残ったクラスメイトも問題児
それから少し経ち、目を覚ました茶髪の小柄で童顔な女性は、奇跡的に残った黒板に自分の名前をでかでかとチョークで書いた。
「きょ、今日から1年5組の担任をすることになった、エリカ・アウレーゼです。皆…………というか、二人とも、よろしくね」
「はーい」
【よろしく、です】
頬をヒクヒクと痙攣させながら、当初の予定とは微妙に違う挨拶の言葉を何とか笑顔と共に口にしたエリカは、地べたに体育座りをしながら元気に手を上げて応えるシヴァと、ホワイトボードに文字を浮かべて応えるセラを前に、前途多難という4文字を頭の中で思い浮かべる。
問題児の集まりだとは聞いていたし、中でもとびっきりの問題児も在籍しているとは聞いていた。
(でもまさか……いきなり教室が無くなっちゃうなんてなぁ)
深いため息が出る。上位クラスであればあるほど、下位クラスであればあるほど待遇に差が出る実力主義の学校において、最低クラスの5組に教室の修理なんていう権利を与えられるかどうか疑問である。
「あの~……ところで、他の生徒たちはどこに行ったのかな? あと、この教室の惨状は一体……」
「……腕相撲したら、何か逃げていったんです。この教室も腕相撲してたらなんか勝手に……」
「そ、そうなんだ」
視線を顔の向きごと逸らしながら呟くシヴァに、エリカはそれだけしか言えなかった。なぜ腕相撲1つでこんな有様になるのか、甚だ疑問ではあるが。
勝手にとは一体なんであったのか……普通腕相撲くらいで人は逃げないし、教室も壊れたりしないのである。
しかし口にすることは出来ない。妙なことを口走れば、自分もタダじゃすまない。そんな本能の警報が頭の中で鳴って仕方がないのだ。
(うぅ……初日からお腹が痛いよぅ……)
エリカは恐らく教室の破壊とクラスメイト逃亡の原因を作った下手人であろうシヴァと、それに付き従うセラを内心ではビクビクと怯えているが、当の本人たちは全く害意もなくヒソヒソと小声で話をしていた。
「なんか優しそうな先生だな。最初はえらい小さいから初等部の生徒かと思ったけど、前の担任みたいに妙に高圧的でも意地悪でもなさそうな感じだし、幸先が良いかもしれん」
「…………」
セラはコクコクと頷き返す。
最初からクラス内での人間関係の構築を盛大に躓いていた本人が言う言葉とは思えないポジティブさだが、その辺りは流石というべきか、神経が図太いというべきか。
本人たちがそんな暢気なことを喋っているなど露知らず、エリカは機嫌を窺うように問いかける。
「じゃあさっそく連絡事項なんだけど、実はこの後すぐに全校集会で生徒たちは講堂に集まってもらうことになるんだけど……いいかなぁ?」
「いや、それは勿論ですけど……」
エリカの様子に首を傾げながら、シヴァとセラは瓦礫と化した教室を後にすることにした。
極めて広大極まる学校敷地内。その中でも初等部、中等部、高等部の全生徒が一堂に会してもなお余裕のある広さを誇る大講堂には、千人を超えるであろう生徒たちが集結し、クラス毎に整列していた。
「おい……なんか俺たち、悪目立ちしてないか?」
【周りからの視線が、痛いです】
その中でも2人だけしか並んでいない1年5組は、悪い意味で注目を集まっている。本来生徒が30人ほど集まるスペースに2人だけしか居なければ当然と言えば当然だが。
「……2年と3年の5組は……何人か抜けてるけど、来てるみたいだな」
同じ問題児クラスでも、これではまるで自分たちのクラスばかりが不真面目なように見える。その事もあって、講堂内での居心地は余計に悪いものに感じ垂れた。
早く終わらないかな……と天に祈ること暫く。静粛を促す教員の大声によって騒がしかった生徒たちはある程度静まり返り、壇上にスーツを身に纏った1人の男性が現れる。
『初めましてだな、諸君。私は諸事情あって学長を退かれたアブロジウス公爵に変わり、臨時で学長を務めることとなったグローニア・ドラクルだ』
歳は30~40歳ほどだろうか。不敵な笑みを携えて、自らの老いすらも魅力に変える、金髪の伊達男だ。一部の女子生徒や独身の女教師は目に見えて色めき立っている。
まさか自治州のトップである大公自ら学長を兼任するようになるとは思わなかったが、シヴァにとってそこは問題ではない。
(前の学長やエルザが殺されたのにはまだ気が付いていないのか……それとも、全て気付いた上で公表しないようにしているのか)
政治や陰謀に嘴を挟めるほど賢しくはないシヴァだが、狡猾さと豪胆さを兼ね備えた、極めて優れた統治者の眼は4000年前にも見たことがある。グローニアの眼は、混沌と戦いの世を正そうとしていた彼らに似た力強さを感じた。
『では最後に、今日付けでこの学校に編入することとなった、リリィローズ女学院からの転校生を紹介しよう』
他に気になることを言っていないかと、グローニアの言葉を注意深く聞いていたが、どうやら他には何もないらしい。当たり障りのない台詞の数々を短く綺麗に纏めて話し、最後に1学期が始まってから1ヵ月、賢者学校に転校してきた生徒を紹介し始めた。
グローニアの紹介によって舞台裏から現れたのは、長い金髪をポニーテールにした一人の女子生徒。その髪の色は、隣に立つ新学長と同じ色だ。
『リリアーナ・ドラクル。姓名から察せられるように、私の娘だ』
壇上に立つ女子生徒、その美貌に生徒たちは皆、思わず溜息を吐いた。やや切れ長の紅色の瞳に、女子としては高い身長に見合う抜群のプロポーション。凛々しく整った顔立ちは男子生徒どころか、女子生徒までもを魅了するものがある。
(おお、凄い美人だ)
シヴァとて、セラと出会う前なら見惚れていたかもしれない。生憎と一途な性格の彼は、どのような美女を前にしても揺らぐことはないので、美人とは認めてもそれだけなのだが。
『私も親バカなのでね、娘というのは実に可愛いのだが……生憎とここは実力主義の賢者学校。花よ蝶よと育てたかったのだが、獅子は子を谷に突き落とすという故事に倣い、涙を呑んで入学を許したという訳だ』
あからさまに溜息を吐いて、やれやれと首を左右に振るグローニアに、講堂のそこかしこから小さな笑い声が響く。紹介された党の本人は、そんな父親を軽くジト目で睨んでいるが。
『それではこれにて、全校集会を終了する……が、その前に1つ、州を纏める者の1人としての助言だ』
やや和やかになった集会の終わりに、グローニアは生徒たちを引き留める。
『《破壊神》復活の予言と予兆に浮足立っているだろうが、これより始まる代理戦争にも全力で取り組んだ方が良い。そんなことをしている余裕があるのかと思う者も大勢いるだろうが、《破壊神》が復活したという今だからこそ、これより行われる闘争は、シルヴァーズとの戦いを生き抜く糧になるのだと、私は思う』
今度こそ全校集会が終わり、5組の教室に戻る間、シヴァは投げやりに呟く。
「心配しなくても何もしないってのに。タイムスリップしてからは大したことは何もやってないだろ」
シヴァとしてはかなり大人しく過ごしているつもりだが、未だに世間は自分が現代に現れたことを恐れている節がある。その事に軽く憤慨していると、セラは酷く戸惑った表情を浮かべた。
【大したことは……なにも……?】
「あー……すまん。俺の基準と現代の基準は違うんだったな」
半年も経たない内に山を崩し、賢者の卵たちを恐怖に陥れ、神と並ぶ絶対強者、悪魔すら焼き払った男が言うセリフではなかった。
そうこうしている内に教室……もとい、教室の跡地に辿り着いたシヴァとセラ。そして改めて惨状の跡を眺めると、シヴァは深い溜息を吐く。
「流石にこのままなのはダメだろうなぁ」
【……雨が降ったら大変です】
そうなればチョークが溶けて、せっかく黒板だけは残っているのに授業にすらだろう。シヴァにも折角の小屋を青空教室にしてしまった責任は感じているし、出来ることだけはしておこうと魔法を発動させた。
「隕合錬岩」
周囲一帯の岩や石が集まり、形を変え、小屋の跡地をすっぽりと覆い隠す、4本の柱に支えられた岩石の屋根が建造される。
「この魔法、野外では割と便利だから後で魔法陣教えてやるよ」
「…………」
コクコクと頷いたセラは、次に不思議そうに首を傾げた。
【壁は作らなかったのですか?】
「魔法も万能じゃないからなぁ。魔法でちゃんとした建築物を作ろうとしたら、建築の知識と設計図、それに見合う材料が必要になるんだよ。壁も作ることは出来たけど、そうしたら熱が籠ってこの時季でもかなり室温が高くなるし。俺は平気でも他の奴は厳しいだろ」
下手に建てれば倒壊の恐れもある。シヴァでは屋根を建てるのが精一杯なのだ。
「おまたせぇ~、2人とも……って、なんか出来てる!?」
「とりあえず、緊急処置として屋根だけでも作っときました」
壊されたかと思いきや、急に様変わりした教室に驚くエリカ。その両手には木製の椅子が左右に1つずつ引きずられており、背中には木で出来た板を背負っている。
「そ、そうなんだ。ありがとね。……あ、とりあえず椅子も机もないのは不便だろうから、これを使ってね」
よいしょ、よいしょと一生懸命に椅子を引きずり、黒板と向かい合うように置くと、シヴァとセラに背負っていた木の板を手渡す。
……渡されたのは、画板だった。
「ご、ごめんね。本当はちゃんとした机が良かったんだけど、予備がないみたいで。新学期が始まって1月ほどで無くなったとか何とか言ってたけど……」
「そ、そうなんですか」
凄く身に覚えのある理由に、画板に対する不満は覚えなかった。
とりあえずこれで砂土でズボンやスカートを汚す心配はなくなり、雨で濡れる不安もなくなった。気を取り直してシヴァとセラが椅子に座ると、エリカは黒板の前に立ってメモ用紙を片手にたどたどしく説明を開始する。
「えぇと、これから色々と説明があるんだけど、まずは1つ目。シヴァ君とセラさんの適正属性の検査がまだ済んでないみたいだから、先にそれから始めよっか」
「属性検査? 一応セラは昨日5属性確認してみて、隠し属性なんじゃっていう結論になったんですけど……もしかして、隠し属性も分かったりするんですか?」
「今は魔道具技術も発達しているから、昔は出来なかった検査も今じゃ簡単にできるの」
シヴァは密かに感心した。やはり4000年も経って人は弱くなったが、技術は確かに発展しているらしい。
「でもおかしいなぁ……高等部から編入してきたシヴァ君はともかく、セラさんは初等部から居るんだよね? 入学したら属性検査があると思うんだけど」
入学当初から、前学長公認の苛めを全校生徒と全教員から受けていたセラだ。その辺りの事情など、容易に察せられる。
「それに……検査する場所には君たちのクラスメイトが居るはずだから、丁度良いんだよ」
「クラスメイト? 今日逃げ出した連中の他にも居たんですか?」
「うん。あと2人ね。……ただ」
【ただ?】
エリカはやや言い難そうにしながらも、クラスメイトとして最低限の事情は伝えるべきだろうと真実を告げる。
「わたしも今日赴任してきたばかりで人伝に聞いただけなんだけど、1人は凄いサボり魔で、もう1人は凄い引き籠りみたい」




