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腕相撲をやっても破壊神


「こんな筈では……」

「…………っ!」


 どんよりと項垂れながら5組の教室に向かうシヴァの隣で、セラはホワイトボードを両手に持って何とか励ましの言葉を送ろうとするが、何を言えばいいのか分からずにオロオロとしていた。

 クラス表を見に行った後、魔法実習の成績は悪くなかったはずだと職員室に直談判しに行ったのだが、要約すれば「器物破損や障害沙汰多数を引き起こしたため素行不良と判断。退学にならなかっただけマシと思ってほしい」と言われ、実にもっともな現実を突き付けられたのだ。

 しかも正当性は向こうにあるのに、やけにビクビクとしながら対応されたものだから余計に傷ついたらしい。ちなみに元担任のアランはシヴァの顔を見た途端、悲鳴を上げて腰を抜かし、最近すっかり薄くなった頭から髪の毛をパラパラと落としていた。

 流石にそんな様子を見てはシヴァも引き下がらざるを得ない。こうなってしまったは仕方ない、学校に在籍できるままならまだマシな方とポジティブに考えていたのだが、やはり思うところはあったようだ。


「……ッ」


 結局言葉が出なかったセラは、せめて行動だけでもとシヴァの手を握る。

 せめて自分だけはシヴァから離れない。言葉を話せない彼女なりの態度に、シヴァは少しだけ明るい表情になった。


「……悪いな、セラ」

「……っ!」


 ブンブンブンと、首を横に振る。色々と助けられているのは自分もだ。だからそれは言わない約束である。


「とりあえず悩んでも仕方ない。それで……確か地図によるとこの辺りに教室があるんだが」

【シヴァさん。あれだと思います】


 案内板を当てにして辿り着いたのは野外演習所の片隅。校舎から少し近い場所に位置する森林の中で辺りを見渡すと、セラは新築されたような新しい小屋を見つけて、シヴァの服の端を軽く引く。


「……今思うに、これは隔離施設とやらじゃなかろうか? 他のクラスはみんな校舎内なのに、5組だけこんな……」

【えっと……あの……】


 下手な励ましや嘘、おべっかを使えないセラはこういう時何も言えなくなる。というか、事実として隔離教室なのだろう。

 何せ振り分け前から、高等部2学年と3学年からもたらされる情報によって、5組に振り分けられる生徒は揃いも揃って問題児ばかりだという話が生徒間に流れているのだ。

 そんな所謂不良生徒たちを他の優等生たちと同じ教室、同じ校舎を使わせるなどとんでもない。実力主義の学校らしい発想である。


「さて……まず教室に入るのに当たって大切なのが第一印象になるわけだが」


 もっとも、シヴァ本人は新たなクラスメイト達とどういう接し方が出来るのかが重要らしい。扉の前に立ち、『第一印象で決まる人間関係』などという本を片手に持ちながら、そんなことをやけに真剣な表情で宣っている。


「この本によれば、ここでどのような挨拶をするかでクラスでの扱いが変わってくるそうだ。黙って教室に入れば陰キャ、元気に入れば陽キャという具合に。一見すると元気に入れば良いようにも思えるが、下手をすれば五月蠅くて痛々しい奴だと思われかねないそうだ」

【そうなのですか?】


 全て本に書かれている、という前提の話なのだが、残念ながらそれを指摘できるものがどこにもおらず、二人は互いの価値観だけを頼りに話を進めていく。


「なのでここは間を取り、騒がずに、それでいて黙って入るわけでもなく、挨拶をしながら入ることにしよう」

【あのあの……私はどうすれば……?】

「初めの挨拶をボードに映して胸の前に持てばいいと思うぞ」


 しかし珍しく穏便な手段をとるシヴァに、セラは内心で安堵した。それくらいなら、何らかの被害が出ることもないだろうと。


「よし、では早速。……どーもー、これからよろしくー」

【お、おはよう、です】


 大きすぎず、小さすぎず、そんな声量と共に小屋の中に入ると、そこには男子生徒ばかり26人を一瞬で確認したシヴァ。しかし彼らは一様に柄が悪い。

 目つきは鋭くこちらを睨んでいるし、制服には全て刺繍が入るか切り裂かれるか、何らかの改造が施され、威圧的な入れ墨を入れてアクセサリーを身につける者ばかり。

 名門校の汚点、不良の巣窟とはよく言ったものだろう。良くも悪くも行儀の良い他のクラスの生徒たちとは明らかに違う。


「やぁ! 君もこのクラスの一員かい? 僕はハミエル、よろしくね」

「お? お? お、おう。よろしく」


 早速心が若干折れそうなセラとは対極的に、周囲から集中砲火のように向けられる眼光を前にしても平然としているシヴァに、1人の男子生徒が近づいてきた。

 ハミエル。そう名乗った少年は5組の中ではかなり異質な存在だ。一見すると善良で品行方正な生徒のようで、柔和に明るく緊張しながら入ってきた2人を歓迎する。

 こういう成績不振者もいるのだろうか? しかし、長年悪意に晒されてきたセラは、この少年からは嫌な予感しか感じない。それをシヴァにも伝えようと、彼の服を引っ張ろうとするが、それに割って入るかのごとく、ハミエルはシヴァの肩に親し気に腕を回す。


「これから1年、僕たちクラスメイトは皆仲間だ! だから君たちとも親しく……もっと言えば、友達になりたいんだよ」

「と、友達に!?」

「そうさ! 同じクラスの仲間なんだから、いがみ合うより仲が良い方が良いだろう?」

「そ、そうだな! まさしくその通りだ!」


 パアッと明るい表情でハミエルの言葉に同意を示すシヴァ。恐らく呪いを受けてから初めて、相手から親し気に話しかけられたためか、それが嬉しくて疑うという選択肢が頭から飛び出してしまっているらしい。

 そんなシヴァを周りの男子生徒たちはニヤニヤと底意地が悪そうに笑っている。これはシヴァを嵌める気だと、証拠はなくとも、長年のいじめられっ子としての勘が確信を告げていた。

  

「今クラスの皆と親睦を深めるために、そこの机でちょっとした腕相撲大会みたいなのを開いているんだ。シヴァも僕らの友達として、是非とも参加して行ってよ!」

「し、仕方がないなぁ~。せっかく友達になれたんだから、ちょっと頑張っちゃおうかなぁ~」

(ぜ、全然仕方がなさそうに見えないです……!)


 先ほどから妙にシヴァの琴線をくすぐる発言を連発され、彼は実にチョロく騙されて机に座る。その対面には、極めて大柄で両腕の筋肉が発達した、本当に同い年か疑いたくなるような生徒が座っていた。


「あ、あくまで交流会だから、肉体強化含めて魔法は無しにしてくれよ?」

「分かってる分かってる」


 普通、あんな大男と腕相撲することになれば、対戦相手の心配をするだろう。魔法が使えないとなると尚更だ。しかし、セラが抱いた心配は真逆の相手に向けられる。たとえそれが、悪意に満ちた感情を宿しながらシヴァの対面に位置する男たちであってもだ。

 セラはシヴァの背中の布地を掴んでグイグイ引っ張る。その意図に気が付いたのだろう、シヴァは実に良い笑顔で親指を立てながら、自信満々に告げた。


「大丈夫だ。俺だって日々手加減の練習を怠ってない。今度こそちゃんと手加減するからさ」


 シヴァはセラの不安に的確に気が付いたのに、妙な不安しか覚えなかった。




(ケッケッケッ! 掛かりやがったな! こんなあからさまな手口に引っかかるなんざ、おめでたいヤローだぜ!)


 何の疑いもなく、むしろ嬉しそうに席に着いて大男の手を握りながら肘をつくシヴァに、ハミエルは人の好さそうな笑みを浮かべながら、内心でそんなことを呟いていた。

 名門校での不良となれば、その殆どが親の金や影響力をバックにつけた有力者の子息に貴族の出だ。実際、1年5組の生徒はシヴァを除いて貴族出身者である。

 親からの束縛、ままならない現実から逃げるように非行に走り、成績不振の烙印を押された彼らを纏める者こそが、アムルヘイド自治州の統治者の1人である、クリメルナ侯爵の5男坊であるハミエルであった。

 エルザが父親であるアブロジウス公爵と共に姿を消してから、この減じゃ学校で最も親の威が大きい生徒である。しかしそんな彼は5男という跡取りからは程遠い立場に甘え、非人道的な魔法と手段、親の金を使って学校の同じような境遇に身を置く不良生徒たちを皆支配下に置いたのだ。


(あの机の収納スペースには、敗北という条件を満たすと同時に俺様への隷属化の契約が自動で働く魔法、《敗者隷属(ルズサヴァ)》の魔法陣が仕込まれている!)


 簡単に言えば、シヴァが腕相撲で敗北すれば、ハミエルの言うことは絶対服従の魔法契約を強制的に課されることになるのだ。ハミエルはこういった魔法を不意を突くように用いて手下を増やしてきた。


(あの生意気なエルザのクソアマを魔法でボコったんだってなぁ? てめーを俺の奴隷にしてやりゃあ、俺はこの学校をシメたも同然ってわけだ!)


 ハミエルはエルザの事をちょっと上手く魔法を使える程度でいい気になっていると心底気に食わなかったが、その実力は認めていた。彼自身もまた、賢者学校入学から数年の間は、今のように腐らずに栄えのある魔術師になれるよう鍛錬を重ねていたからこそ、余計に。


(そんなお前でも、魔法抜きになれば、この岩を持ち上げる《怪力》ブロリーには勝てねぇだろ!)


 彼の手下の中でも最強の男。この男を金の力と小狡さで従えるようになってからは、ハミエルは表では優等生を装いながら、裏では参謀気取りで悪事に手を染めるようになっていた。

 そんなハミエルは勝利と栄光を確信しながらシヴァの後ろから彼を見守るセラに視線を向ける。

 春季休校前までは薄汚れた浮浪児のようなボロボロの姿をしていたのに、休み明けになった途端見違えるような美少女に変貌を遂げていた。

 自分で相手をするには体つきが幼過ぎて相手にする気になれないが、あの手の娘を欲しがるものなら幾らでも知っている。大金も手に入る確信を得て、ハミエルは舌で唇を舐めずりまわすと、レフェリーを務めていたハミエルが試合のゴングを告げた。


「レディ……ゴーッ!」


 その次の瞬間、ブロリーの腕は叩きつけられると同時に、机もろとも木端微塵に粉砕される。


「うぎゃぁあっ!?」


 飛び散る木片と血肉に驚くのも束の間、惨劇はそれだけでは終わらず、ブロリーは自らの肩を中心に風車の如く、それでいて残像を残すほどの速さで猛回転を始めたのだ。両足は砕け散り、木の床には更に下の地面ごと大穴が開き、まるで強烈な風魔法のような烈風が巻き起こる。


『『『ぎゃああああああああああああっ!?』』』


 下手人であるシヴァと、彼の体が遮蔽物となって風除けにの中に居たセラ、そして哀れにも人間風車と化したブロリーを除いた1年5組の生徒たちは揃って教室の後ろの壁に叩きつけられた。

 まるで見えない手で押さえつけられかのように、身動きが取れなくなった彼らは泣きながら事の顛末を見守ることしかできない。そしてそれは、最悪の結果で終わりを告げる。

 ブロリーの肩が捩じり切れ、彼の筋肉の巨体は螺旋の軌道を描く砲弾と化して男子生徒たちを教室ごと木端微塵に砕いたのだ。

 一瞬の間に視界の中で飛び散る血飛沫と肉と骨。自分もまたそうなるのだと確信すると同時に恐怖した瞬間、ハミエルの意識はそこで途絶えた。




 結果、教室の9割近くとクラスメイト26名が粉砕されることとなった。そんな惨劇を前にして、シヴァも呆然とする。


「……おかしい。これ以上はないってくらい手加減したのに」


 軽く相手の腕を押さえつけようとしただけのつもりだった。だというのに結果はこの有様、努力空しく実ることは無かったのだ。

 とりあえずこのままにするのは不味いと感じ、炎の鳥を模る蘇生魔法、《生炎蘇鳥(フェニクス)》を発動させ、死亡したクラスメイト達を一斉に蘇生させるシヴァ。

 

「す、すまん。やりすぎた。大丈夫か?」

「ひ、ひぃいいいっ!? く、来るな! 来るな化け物ぉおおおお!!」

「た、たしゅけてママぁあああああああああああっ!!」

「あああああああああああああああああああああああああああ!!」


 しかし蘇生させると同時に手を差し伸べたものの、返された反応は恐怖と拒絶のみ。新しいクラスメイト達は涙も涎も鼻水も小便も垂れ流しながら一目散に逃げだした。  

 いつも通りといえばいつも通りだが、変わらずショックな反応に動きが止まり、シヴァは彼らに追いすがることも出来ない。やがて全員の姿が辺り一帯から消えてなくなると同時に、シヴァは両手両膝を地面につけて項垂れた。


「……またやっちゃった……今度は自信があったんだけどなぁ……」

「…………」


 セラは何も言うことなく、シヴァの頭を抱きしめ。髪を梳くように撫でる。最近失敗して大きく落ち込む時、良くしてくれる慰め方だ。下手な言葉よりも胸に来るものがある。

 そうすることしばらく経ち、セラは吹き飛ばされて残骸と化した教室9割を見渡し、掃除が大変そうだと思っていると、元々扉があったその向こうにあるモノを見つけた。


【シヴァさん、あれを見てください】

「ど、どうした? 出来ればもっと俺を胸に抱いて慰めてくれても…………って、あれ?」


 胸の中から解き放たれて少し残念に思いながら、セラが指し示す方向を見てみると、そこには目を回して気絶する小柄な女性の姿があった。




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