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1話! 邂逅

 心地よい微睡みの中、どこか懐かしい感触があった。


 まるで、記憶の中の母に膝枕されてあやされているような、丁寧に頭をなでられ、髪を梳いてもらっている感触。


「ふふ。可愛らしい寝顔じゃ。無理をさせたからのう……」


 母が愛おしそうに言う。


 ……。はて、母はこんな口調だっただろうか……?


「いつまでも儂の腕の中で眠っててよいのじゃぞ……。大事な大事なぬし様……」


 その声は妖艶であり、母性を感じるものでもあり、微睡みの中で聞くと脳がとろけてしまいそうだった。


 いつまでも彼女の膝の上に居たくなるような……。


「元が儂好みの容姿じゃったからのう。なった後もええ塩梅じゃなぁ」


 ……。


 違う! 母はこんな口調ではない!


 ぐわっと目を開くと、微笑んだまま僕の頭をなでていたアルテミス、と名乗った少女と目が合った。


「おや」

「目を覚ましたかえ、ぬし様よ」

「……。おはよう」


 アルテミスはくふふ、と笑った後「おはよう」と言いながら僕の頭をなでた。


「早速で悪いが、状況を聞きたい。君は……。なぜこんなところに?」


 非常に名残惜しいが、恰好が付かないので起き上がりながら尋ねる。


 彼女は良く言っても12から15歳のくらいにしか見えず、着ている質素な貫頭衣からしてとてもじゃないが冒険者とは思えない軽装だ。


 華奢な体躯で、町で花でも売っているほうが似合っているだろう。


 なんでもないような顔で彼女が言う。


「儂は、そこの剣の精霊なのじゃ! 剣に憑いておるのじゃから、ここにおるのは当然のことであろう」


 剣の精霊。せいれ……い?


「はぁあああああ!?」

「うわッと。急に叫ぶでない! びっくりするではないか!」

「剣の精霊が居るような魔剣、聖剣って言えば、国宝クラスだろ!」


 この国の騎士団は戦で負けを知らない為、無敗の騎士団と呼ばれ他国から恐れられている。その騎士団の団長が使っている剣が精霊憑きだと有名だ。冒険者や市井の者でも知っているほどの勇名ってことだからよっぽどだろう。


「かっはっはー! そうじゃ、もっと儂を褒めるがよい!」

「儂は、神アルテミスから本人の銘を与えられた、神造武器なのじゃ!」


 想像以上に規格外な剣なんだなこの娘……。


 まあ、この機嫌良さそうに胸を張っているちみっ娘からは想像もできないが。


「なにか失礼なことを考えておるな、おぬし……。まあよい。それでじゃ、ぬし様と儂は契約をした。それは覚えておるな?」


 ちらりと左手を見ながら頷く。左手には、薄くだが見たこともない文字のようなものが刻まれていた。


「よいよい。それが契約の証、儂とぬし様の繋がりじゃ。ここに人が来るのは数百年ぶりでのう。つい契約しちゃった☆」


 なんだそりゃ。しちゃった☆ って……。軽いな。それでいいのか精霊。


「まあ、ことのあらましは以上なのじゃが。儂の剣としての性能は保証しよう! 儂は切れるぞーぅ!」


「あとは……。まあ、見てみるのが早かろ」


 と言い、傍らに置いてあった剣を手に取り、僕とアルテミスのちょうど間に立てるように置いた。


 一体なんのことかと思い、刀身を覗いてみる。

 

「な、な、なん……!」


 そこには。男だったときの僕を女体化して、可愛くしたような少女が居た。


 コンプレックスだった女の子みたいな顔が、完全に女の子になっている。男だったときはまだ男だとわかる顔だったのに……。


 はっとして胸を触ると、かすかにだが柔らかい感触があった。大きくはないが、冒険者として鍛えていた男の体ではない。たしかに胸がある。この分だと下も無いのだろう。今はとてもじゃないが確かめる気にはならなかった。


 冒険者の軽鎧姿も相まって、凛々しい印象だった。


「儂としてもどうしようもないのじゃが。契約者は女神アルテミスの力に引っ張られて、女になってしまうのじゃ」

「な、なんだってーーーーーーー!」


 さて。まあ、それはそれ、これはこれである。そんなのじゃ済ませられない変化だが、生きているだけで儲けものだろう。その問題は地上に出てからいくらでも考えられる。


 何時までもくよくよしていられないのだ。以前として、ここを出たらドラゴンが周囲にいるだろうから、危機的な状況は改善していないのだ。


 しかし、改めてなんでドラゴンなんて高ランクモンスターがこんな低階層にいるのだろうか。


 今僕が居る階層はダンジョンの5階だ。比較的オーソドックスな魔物、ゴブリンとかオークとかスライムとかウルフなんかが出現する。


 間違っても20階以降から低確率で出現するようなドラゴンのようなモンスターが居て良い階層じゃあない。そもそもドラゴンは階層の主になりたがる性質を持っていて、ほかの階層に下りたり上ったりするのではなく、出現した階に留まる傾向がある。


 20階より下で出現したなんて話は聞いたことがない。


「アルテミスは、ドラゴンを知っているかい?」


 僕の膝の中にすっぽりとおさまっていたアルテミスは、機嫌良さそうに言う。


「近くにある一つだけ大きい魔力反応のことじゃろ。ぬし様でもなんとかなるわい」


 とてもじゃあないが、僕の実力じゃ惨たらしく殺されるのがオチだ。パーティを組んだ状態でも15層までしか行ったことのない僕に敵う相手じゃあない。


「くふふ。儂がついておるのじゃぞ? 女神アルテミスの加護もある。自信を持つのじゃな!」


 そうは言ってもなあ。


 さっきも逃げるので精一杯だったし。


「じゃが、此処に居ってもじり貧じゃろ。飯も無い。衰弱して死ぬぞ」


 まあそうなんだけども。





 *





 完全にしくじった。民草を、まだ育っていない若手の冒険者を危険に晒してしまうかも知れない。


 焦燥感で頭が煮えくり返りそうだった。


 そんなことを騎士団長である自分が認められる訳がない。


 新に逃げ出したドラゴンを発見し、仕留めながらそう思う。


 25階で起こったというドラゴンの大量発生。それを騎士団の団長室で冒険者から伝えられたのを遠い昔のように感じた。


 もちろん、必要な数の騎士を率いてすぐに向かった。それも任務の内だったからだ。


 ドラゴン狩りの精鋭が集められ、狩りは被害なく、迅速に行われると誰もが思った。


 しかし、現実として発生したドラゴンは数が想定より多く、優に100体は発生していたのだ。しかも、習性にない行動をとる、滅多に出現しないはずのユニーク種も複数確認できた。


 数を減らしていくと、突然暴れだし、叫んでは逃げ出す個体がいた。通常のドラゴンでは考えられない動き。逃げ出したドラゴン達は、なんと上の階層に向かって進みだしたではないか!


 10体は上層に向かってしまっただろうか。失態だ。


「ルキウス、私は逃げたのを追う! あとは任せるッ!」


すぐに一番隊隊長のルキウスに声を掛けると、


「へいへい、団長。 任されましたよっと」


 そう言われるのが分っていたかのように、ルキウスはにやりとして言った。10年来の付き合いの男の背中を叩き、踵を返して私は上層に向かった。


 一体、また一体と減らしていくも、確認できた10体まであと1体足りない。


 もう5階まで登ってきてしまっていた。


 ここまで来ると、この階層を訪れるような冒険者ではドラゴン相手では逃げることすら出来ないで殺されるだろう。未来ある若者が死んでしまうことは国の疲弊に繋がる。犠牲者が出ないことを祈るしかない。


 通路を駆け、魔法による探知を行っていると、この階層の魔物にしては反応が大きい個体が引っかかった。近くに人であろう、魔力も確認できる!


「グゥアアァァァァ!」


 ドラゴンの咆哮と、剣で何か硬いものを叩いたときのようなガキンッという音が聞こえた。間違いない。誰かが戦っているッ!


 愛剣であるアロンダイトを鞘から引き抜くと、淡い光が刀身から漏れて私の体を強化してくれる。

それを確認し、魔力反応に向かって全力で駆けた。


 反応は、通路の奥の行き止まりのところにあった。


 追い詰められているのかも知れないッ!


 一瞬で片を付けられるように、魔力を刀身に乗せ、最後の角を曲がる。


 そこには。俺の予想をはるかに超えた光景があった。


 ドラゴンの首を切り落とし、その返り血を浴びながらも輝きを損なわず、美しさが増している金の頭髪。妖しく光る碧の瞳。黄金の比率の女神の如き完璧な肉体。


 息が止まった。


 ―――ああ。俺はこの日、運命に出会ったのだ。

 



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