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プロローグ

「グゥアアァァァァ!」


 ドラゴンが吠える。


 発達し、筋肉が隆起した後ろ足。ずらりと牙がならんだ顎。4から5メートルはありそうな強靭な体躯、なによりも口からちろちろと漏れている火の粉。


 とてもじゃあないが、万年Dランク冒険者の僕がソロで敵うような相手じゃない。


 大型のドラゴンの咆哮を後目に、全力で走りながら僕は走馬燈のように最近の出来事を思い出していた。


 ああ、ちくしょう。最近は不運が続いた。寝坊して宿の朝食を食い逃がすし、財布はスられるし、野良犬に町中で追われ、逃げ切ったと思ったら、懇意にしていた店の看板娘がどことも知れねえ男と腕を組んで歩いてるのを見ちまった。


 ぜんぜん良い思い出がない。最後に思い出すのがこんなことだなんてあんまりだ。


 2年は一緒に冒険をしていたパーティはメンバーの一身上の都合だなんてふざけた理由で解散しちまったから、仲間に金も借りられない。宿に泊まる金も無いから、一人でダンジョンに潜るハメになった。その不運の集大成が今の状況だ。


 なんでこんな低層にドラゴンなんて高ランクモンスターが居るってんだ!


 竜種は小型の種類でもソロで討伐するには最低Bランクの実力がないと難しいと聞く。4人パーティでもCランクは必要だろう。だがあくまでそれは小型の種類の話だ。大型の竜など、王国の騎士団が出張るような案件である。つまりはそこいらの冒険者では無理ゲーってことだ。もちろん、例外があるが。Aランク、Sランクの連中なら自力でなんとかしちまうんだろう。


「はぁ……。はぁ……」


 ずいぶんな距離を走った。


 思っていたよりも、ドラゴンの足はそこまで速くなかったようで、目で見える範囲にドラゴンの姿はない。あるいは、僕のようなチンケな獲物などいつでも狩れる、という余裕からだろうか。ソロで来れるような慣れた低層とは言え、めちゃくちゃに走り回ってしまい、もう正確な位置なんてわかったものじゃない。


 行き止まりだった。


「げほっ……。ああ、戦の神アルテミスよ……。少しぐらい人間を助けろってんだ」


 絶望的な気分で、行き止まりの壁に背もたれかけ、ずるずると座り込んだ。もう体力の限界だった。


「クゥアァァ……」


 かすかにドラゴンの声が聞こえる。

 

「グルゥァ……」


 足音がどんどん近づいてくる。


 どしん、どしんと。


 僕という獲物を探してるのだろう。


 ああ、僕の人生はここで終わるのだろうか。


 まだやりたいことが一杯あったのに。大した名声の得られていない。金も稼げていない。女だって、まだ抱いていない。ガキの頃から憧れていた騎士にだって成りたかったのに!


「クソ!」


 拳を振り上げ、壁に叩き付けた。


 ガコッ!と壁が凹み、拳の大きさ位に中にめり込む。


 もうドラゴンが近くに居ることなど、どうでもいい気分だった。


 どうせもう僕はここで死ぬんだからな!


 ……。


 ん? ガコッ?


 はっとして壁を見ると、壁を叩いたあたりの周囲がボロボロと崩れ、人一人が通れるくらいの穴が開いていた。


 これは、隠し扉だ!


 隠し扉とは、ダンジョンが自動で生成した、言うなればダンジョンにとってのゴミ捨て場みたいなもので、ダンジョン内で倒れた冒険者の装備やらを寄せ集めて場所である。生物は魔力に還るが、装備品はそうもいかない。隠し扉とは、まれにお宝が入っていることから冒険者が名付けた通称だ。


 低層の冒険者の死傷率の低下や、古いものはあらかた発見されてしまっていてもうほぼ無いと聞いていたが。おお、神よ、先ほどの祈りが届いたのか!


 ドラゴンが通れないくらいに狭い入口で、しかも中はモンスターが湧かない為に安全地帯として知られている。


 急いで中に飛び込み、バックパックから魔力で灯るランタンを取り出して明かりを灯す。


 中は光源などなく、真っ暗だった。


 さっきまで竜に追われていたというのに、僕はもうそんなことなど頭の中から吹き飛んでしまっていた。


 ひどく好奇心が抑えられなかった。僕だって冒険者なのだから、一獲千金を夢見ている。


 狭い通路を2~3分ほど歩くと、10畳ほどの開けた小部屋に出た。


 その中心に、一振りの剣が刺さっていた。


 美しい剣だ。


 儀式用の剣だろうか。刀身には曇り一つなく、柄には美麗な見たこともない装飾が成されていた。いつの時代のものだろうか見当も付かない。


 ふらふらと夢遊病者のように剣に吸い寄せられ、柄に手をかた。


 さした抵抗も無く剣は抜け。


 僕は、ふらりと意識を無くして床に倒れこんだ。


 

 


 *





 声が聞こえる。


「……ろ」

「ぉきろ! 起きるのじゃ!」


 それも、ダンジョンに不釣り合いな、幼い少女のような声だ。


「ほれほれ、起きんか! ぐぬぬぅ……」

「ぅ……。うん……」


 体が揺さぶられているようで、不快な感触だった。僕は低血圧で寝起きははっきりと頭が働かないんだ。


 あれからどれくらい気を失っていただろうと、ぼんやりとした頭で考える。まあ、目下の問題は目の前の少女かな……?


「ここまでしても起きぬとは……。儂にも考えがあるぞぅ!」


 かすれた目で少女を眺めていると、なんと少女は傍らにあった剣(あの剣だ!)を手に取り、おもむろに振りかぶり……。

 

「わーッ! 待ってくれ! 起きてる、起きてるから!」

「なんじゃ。ならば早よう体を起こさんか。いつまでも地べたに寝転んでるでないわ」


 がらんと音を立てて、少女は剣を乱雑に地面に置いた。今切ろうとしてなかったか……?


 気怠いがそうも言ってられない。急いで僕は起きて、頭を働かせるために両手で自分の頬を張った。


 バチン、といい音が響き、少しだけ目が覚めてきた。ドラゴンはどうなったのか、とか目の前の少女が一体誰なのか、とか。気になることが目白押しだ。


 「ぬし様よ。名はなんと申す?」


 と、少女に声を掛けられて、ようやく目の前の少女の顔をはっきりと見た。


 前髪は中央で分けられ、後ろは長く、腰まで届きそうな紫色の髪が目を引く。卵型の輪郭の中に、可愛らしい勝気なつり目、朗らかな笑みを浮かべた口が、完璧なパーツの配置で置かれていた。


「む。惚けおって。儂に見惚れておるのか? くふふー! よいぞ! 悪い気分ではない!」


 どやあ、と聞こえてくるような尊大っぷりだった。


 正直、いままで出会ったどの女の子よりも可愛い。声も、鈴を転がすような声、というやつなのだろう。しっくりくるって言うか。


「名……。僕は、エリック。ただのエリックだ」


 ん? なんだろう、寝ていたせいだろうか。声がおかしい気がする。


「ほう、エリックか。良い名じゃ。ではぬし様よ。儂の名を言おう」

「儂はアルテミス! 名を交換し、これにて契約は成させた! いきなりですまんがぬし様よ。儂の契約者になってくりゃれ!」

 

 瞬間。


 洞窟内が震え、目が焼けるほどの眩い光が当たりを包んだ。


 それと同時に、僕の左手に焼きごてを押し付けられているかのような痛みが走る。


「ぐぅぅ!」


 意識が暗転しそうなほどの痛みを感じ、たまらず膝をついてうずくまる。すると、目の前の少女が僕に覆いかぶさってきた。柔らかい感触を背中に感じ、まるで子をあやすような手つきで頭をやさしくなでられる。


「すまんのぉ……。こればっかりはどうしようもないのじゃ。耐えてくれぬし様」


 かすれる意識の中で僕は。


 おそらく人生で初めてであろう。


 背中の感触ばかり気にしていた。


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