62.決算短信
恋愛的な雰囲気は好きじゃない。
そんな雰囲気ではないからこそ、それを言えるというタイプの人間もいる。
俺はまさにその通りで、もう一度言うかと軽く決める事ができた。
「3人とも愛してるって意味だ」
「また嘘なのじゃ!」
「そーゆーこと嘘で言わないでよー」
「嬉しくないです」
そんな空気ではなかったからこそ、3人からは非難の声が飛び出した。
そうなるだろうと思っていたが、予想通りでホッとしてしまう。
小さく浮かべた笑みを何とか隠しながら、もう一度念押しをしてみようと思う。
「ホントだって」
「はー、もうそーゆーのいいのじゃ」
「……」
「面白くないです」
非難轟々だった。
今まで告白を断り続けていたから当然だと思う。
ただ、これは別に伝えたいという程の感情でもない。
そんな感情をいつの間にか持っていた程度のことで、これ以降の関係が変わって欲しいとも思わない。
今のままでも別に構わないのだ。
別にキスやら同意を得てエロいことをしたいとも思わない。
だから、変に恋愛的な雰囲気では言えないような言葉だった。
別に気付かれなくてもいいというのは、へタレと思われかねない。
しかし本当にどうでもいいのだ。
「まあ悪い意味で愛人とか言ったんじゃない」
「……ならいいのじゃ」
「……」
「ひどい人ですね」
エリシュカはとりあえず納得したようだったが、桑水流は俺に割と辛辣な言葉を吐きかけていた。
遠慮をするなとは思っていたが、ここまで来るともっと遠慮しろと言いたくなる。
そして黒川だけが俺の言葉に黙り込んでいた。
「ねぇ」
「なんだ?」
急に黒川が真面目な表情になって喋り始めた。
多分黒川だけは俺の言う言葉の雰囲気を感じ取っていたのだろう。
「愛してるって、本当?」
「……ホントだな」
「……なんで?」
「……自分以上に大切だと思えたから、そうなんじゃないか」
黒川の言葉に答えると、他の2人も真面目な表情になった。
ようやく冗談ではないと気付いたのだろう。
結局恋愛的な雰囲気になってしまったなと思う。
「3人ともなの?」
「そーだな」
「ハーレムだね」
「それな」
黒川の声色には少しだけ棘があった。
確かに現実的に考えて、3人の女にこんな言葉を言うのは馬鹿げている。
しかし割と本気だし、誰か一人を選ぶのは後が面倒だと確信できる。
それに今は、男女比が偏った時代だと聞く。
それを聞くと、なら別にいいかと思えてしまう。
「誰か一人、選んだ方が良かったか」
「……別にいーよ」
これを聞くのは少し卑怯かもしれないが、それでも聞いておかなくてはならないことだ。
3人とも断ることはないと思う。
だから少し卑怯だ。
そんな俺の言葉に、簡単に頷いてくれた黒川は妙に優しく見える。
「あああ、愛してるって本気なのかや!?」
その雰囲気の中、エリシュカが慌てたように話に入ってきた。
何度も愛してるとか言うのは馬鹿っぽいのであまりしたくはない。
ただ、今日ばかりはそれが必要なのかもしれない。
「そうだな、本気だ」
「……」
エリシュカは呆然と口を広げ、そのまま固まってしまった。
動かないエリシュカの傍ら、桑水流も当然俺を問いただす。
「それは本当なのですか?」
「何度も同じこと言わせるなよ」
「だって、いきなり……」
桑水流は当惑したように、信じられないと言った表情になる。
ここまで何度も好きではないと言い続けていたのだから、それも当然だと思う。
でも俺がそう思えるようになるまで、いろいろと思うことはあった。
それを説明することは憚られるし、上手く説明できる気がしない。
今回俺は生き残ることができて、3人の元気な姿を見ることができて本当に助かったと思った。
本当は愛とか恋とか考えたくもないような言葉だが、3人は可愛い。
俺はその魅力に押されてしまったと言うだけの話だ。
好きと言うより、一番大事だからこう表現しているだけ。
「お前らといると、楽しい」
「……」
「俺の方から、一緒にいたいと思ってる」
「……」
「好きと言うより、愛してる」
恥ずかしいことを言っているのはわかっている。
もう言わない。
今日だけたくさん言っておいて、後々言わなくてもいいようにするスタイルだ。
「ま、俺としてはずっと一緒に居てくれるだけでいい。だから何が変わると言う訳でもないな」
「それはダメなのじゃ!」
エリシュカが叫ぶ。溜まった鬱憤が破裂したような感じだ。
黒川と桑水流も、そうだそうだと頷いている、
「恋人っぽいこと、たくさんするのじゃ!」
「そうそう! じゃないと意味ないよ!」
「そうですよ。またデートしたいです」
3人が自身の希望を口に出す。
俺は恋人っぽいことなどしたくはない。
それこそ一緒に居れて、桑水流が寝ている時に胸を勝手に触ることができればそれで別にいいのだ。
それでも、大事にしたい人が言うのなら仕方のないことだと思う。
人と一緒に居ると言うのは、妥協の連続。
その妥協が小さく、相手を思いやれるなら一緒に居れるということだろう。
そうしたいと言うのなら、そのくらいは構わない。
思い返せば、デートだって嫌と言う程ではなかった。
感情のベクトルが変わったからと言って行動のベクトルはそうそう変わらない。
それは恋する女性からしたら関係のない論理なのだろう。
それでも守って欲しい程度というものはある。
それ故、俺は肯定の意味合いを含ませて答えた。
「……ほどほどにな」
「……」
口から出た言葉は、少し他人事のような感じだった。
3人は無言で頷くことで返事を返してきた。
流石に3人も初っ端からぶっ飛ばしてきゃっきゃうふふするようなタイプでもない。
なので、結局行動は大して変わらないだろうと思い込むことにした。
3人とも俺がそういうのを苦手なことくらいわかっているだろう。
「ねえ、一つ報告があるんだけど」
「……なんだよ」
そんな雰囲気の中、黒川が突然真面目な表情で口を開いた。
報告。良い予感はしない。
「あのね、えっとね」
「……なんだよ、はっきり言えよ」
「……最近ね、体調がちょっと変なんだ」
「……そうか」
黒川は何やら言い難そうな雰囲気だ。
だからこそ、俺は得体のしれない悪い予感を感じ取っていた。
これは、男にとってとてつもなく都合の悪い予感がする。根拠もないが。
体調が変だと言うのに、黒川は嬉しそうにしている。怪しすぎる。
黒川はゆっくりと自分のお腹に手を当てた。
そして自分のお腹を愛おしそうな表情で見ている。
そのままの目で俺の方を見てきた。
俺はとてつもないプレッシャーに襲われ、話を変えてしまいたいという欲求に駆られたが、それをできるような雰囲気ではなかった。
やっぱりはっきり言わなくていい、とも言えない。
「できちゃった、かも」
「……」
何が、とは聞けない。
聞く必要もなく理解してしまった。
思考はフリーズするが、それは本当に一瞬の事だ。
数回の死線を乗り越えてきた俺にはこの程度の話、混乱するまでもない。
だからと言って、冷静にはなり切れない。
考えてみれば、あの一度の出来事の際、俺は当然黒川が死ぬと思っていた。
周りにゴム的な何かもなかった。
黒川だってやればできるのだと証明された。
そう言えば最近、黒川は自分のお腹を守るような仕草をよくしていた。
軍人との争いの時も、こいつは一人お腹を押さえて隠れていた。
あの時は何がしたいんだと思っていたが、その理由を理解する。
そんなことより、俺は何か返事を返さなくてはならない。
俺が黙れば黙るほど、黒川は不安になってしまうだろう。
愛していると言って子供は無理だと言うことなど、あってはならないだろう。
しかしこんな時になんと言えばいいのか咄嗟に思いつかない。
おめでとう、ありがとう、嬉しいよ、堕ろせよ、など、陳腐な表現ばかりだ。
そもそも堕ろせない。鬼畜過ぎる。
堕ろせよ、とは一度言ってみたい言葉だが、本気で言うとまずいのは分かる。
それよりもまず、俺の勘違いかもしれないし本当に黒川が妊娠したかは不明なのだ。
妊娠というのは検査薬だけでなく、医者に診せてから確認するもののはずだ。
横山が今どうしているのかはわからないが、様子を見に行けるような世情でもない。
よって医者にも診せることはできない。
恐らく今2か月程度なのだろうが、その日数の数え方や経過の状態すら知らない。
というか、本当に俺の子かどうかも知らない。俺に言うのなら俺の子なんだろうが。
近い将来に俺の子供ができるということは信じられない。
育てるとか俺には無理そうだと思う。
ただ、黒川は嬉しそうに言っていた。
だとすると、好きにすればいいと思う。できる限り、手助けしてやろうと思う。
この先大変だろうが。
言う言葉にも困ってしまい、仕方なくいつものように適当に思いついた言葉を口に出した。
「……体に気を付けて、産めよ」
「うん!」
黒川は嬉しそうな表情で元気に頷いた。
今回は間違った返答をしなかったことに少しほっとする。
それでも、近い将来子供ができるということに俺の思考は上手く回らない。
しかしその思考の中、桑水流とエリシュカが羨ましそうに黒川を見ていることに気付く。
エリシュカなどは自分のお腹を手で押さえている。
「……お前らも、産みたいのか」
「……」
「わわわ、私はまだいいです!」
エリシュカは黙り、桑水流は全力で否定してきた。
桑水流は割とエロいことが嫌いなタイプだ。こういう反応をするだろうとは思っていた。
まだ、とは言ってしまっているが。
「わしは産みたいのじゃ」
エリシュカが真面目くさった表情で発言してきた。
本当に俺の子を産みたいから言っているのか、黒川に先を越されたから言っているのかどうかは微妙だ。
聞いたは良いが、第一そんな簡単に子供を作るような状況でもない。
それでも、エリシュカがそう言うのなら無下にはしない。
「今は無理だ。そのうちな」
「うむ」
エリシュカが真面目くさった表情でうつむいた。
エリシュカは照れているようだった。
いつもは照れると顔を真っ赤にして笑顔になるエリシュカだが、今回ばかりはそれすら通り越しているのだなと思う。
俺は俺で相当ヤケクソになっていた。
桑水流を見ると、あからさまに失敗したというような表情になっていた。
しかしそれを言うのも恥ずかしくて難しい、そんな表情。
何か助け舟を出そうと思うが、俺が口を開く前に桑水流が口を開いた。
「あ、あの! まだ、というのはその!」
「ああ」
「……2,3日程後、という意味でして……」
桑水流は焦るとやはりダメだった。
語尾が段々と小さくなっていくその様子は、桑水流自身がもはや何を言っているのかわかっていないのだろう。
それはそれで面白いが、今は助け舟を出してやろうと思える。
「……そのうちな」
「……はい」
桑水流は小さく頷いた。
表情は下を向いてしまったので見えない。
結局3人に愛を打ち明けて、妊娠報告があって、3人とも妊娠したいとか言い出して。
俺は子供が数人できるという話に落ち着いてしまった。
3人がいてくれるなら、頑張れる。
そうは言ったものの、本当かどうかは今更になって怪しくなってきた。
桑水流とエリシュカの2人は勢いだけで言っていると信じたい。
信じたいが、そうではないと俺の勘は告げていた。
俺は本当に大丈夫なのだろうか。
早まったことをしていないだろうか。
考えても分からない。
愛しているのは本当だが、3人は俺の先を行っていた。
俺はたくさんの子どもに囲まれた絶望とも希望とも言える混沌とした未来を想像し、息をのんだ。




