61.昏睡思索
走馬灯とは、人が死ぬ前の一瞬で人生を振り替えった風景、その現象だと聞く。
だからどうだと言うわけではないが、俺は今走馬灯のような光景を見ていた。
しかし流れるのはこれまでの人生という訳ではなく、俺が殺した10人の人が順番に出てくるだけの光景だ。
はっきり言って面白くはない。
4人家族は俺を見ているだけ。夫だけは俺を睨んでいた。
ナイフの男とその仲間は後ろ姿だけ。
オッサンたち3人は軍人と一緒に俺を睨んでいた。つまらない光景だなと思う。
最期に愛須唯が出てきて、言った。
「あなたは今、幸せ?」
いつか聞いたことのあるような質問だった。
しかし一つだけ言いたいことがあった。
基本的にこういった夢などで話す人物と言うのは、その人にとって重要な人物のはずだ。
はっきり言って愛須唯は、俺にとってさして重要な人物ではない。
「いや、お前は何だよ」
「あなたは今、幸せ?」
「お前が出てこなかったらそうかもな」
不可解なので少し文句を口にするが、無視されてしまった。
少しムカつくが、夢ならいいかと考え直す。
この質問はいつか答えたことのあるものだ。
既に答えを出した回答だからこそ、真面目に考えようとは思えなかった。
もともと幸せなんて考えない性質。
だから、夢はすべて叶っている。
だから以前と同じく「それなり」と言おうとした。
しかし、それを言う気にはなれなかった。
俺は今また死にかけているのだろう。
つまり、3人も死にかけていると一緒だと言うことだ。
彼女たちが死ぬのなら、どうしたって後悔は残る。強い後悔の残る人生は幸せではない。
どうせ死ぬなら、彼女たちを生き残らせて、何かを残して死にたいものだ。
「微妙だな」
「……」
質問にはさらりとそう答えた。
しかしそれはとりとめのない夢だからか、返答は返ってこなかった。
しかし以前とは違い、最後に愛須唯の口が動いたように見えた。
音のない言葉で、失礼かつ俺の現状をよく表している単語を言われた。
何も言い返せなかった。
……
目を覚ますと、俺はベッドの中に居た。
少しだけ頭を上げて周りを見渡すと、そこはいつも俺が寝ているログハウスの一室であることがわかる。
身体を動かすと何故か左足に痛みが走った。
何か夢を見た気がするが、よく思い出せない。
それでも自分の頭は、何故かやけにスッキリしていた。
俺の周りでは、桑水流とエリシュカが俺の掛布団に突っ伏して寝ていた。
その隣で、黒川があくびをしていた。
自然と目が合う。
「おはよう」
「あ」
黒川が口を真ん丸に開けて、驚いたようにビクリと動いた。
その光景を見ながら、自分の状況を把握しようと思考を巡らす。
すぐに思い出す。
軍人に撃たれ、蹴られ、3人に助けられて、軍人を殺して意識を失ったことを。
左足の傷の痛みの理由を思い出し、痛みが激しくなったような錯覚に陥る。
体は重かった。
それは大量の血を失ったからだろうか。
何故か全身の筋肉が小さく悲鳴を上げていた。
「やっと……」
「ん?」
「やっと起きた!」
俺が自分の状態を確認していると、黒川は一声叫んで正面から俺に抱き着いてきた。
正面から抱き返してやると、その感触で俺が最後に黒川の胸で気持ちいいとか思っていたことを思い出す。
気持ち悪いので忘れることにした。
黒川は抱き締め返されたことが嬉しかったのか、横になっている俺の上に全身を乗せてきた。
黒川の右足が、俺の左足に食い込む。
激痛が電気信号となって全身を駆け巡る。
その反射のためか、俺は意図せず両手で黒川を弾き飛ばしていた。
その反動で、黒川はベッドの下に落ちた。
「いたーい!」
「俺の方が……痛い」
左足をさする。
触れるとわかったが、俺の足には厳重に包帯が巻かれ、一か所へこみのようのものができていることに気付く。
銃痕、しかもかなり深い。焼けるような痛みを感じる。
2人でドタバタと騒いだせいか、他の2人ものろのろと起きてきた。
2人とも眠そうに両目をこするが、エリシュカはすぐに覚醒していた。
「……白沼殿ー!」
今度はエリシュカが俺に抱き着いてきた。
体全体で抱き着いてきたため、当然エリシュカの右足が俺の左足に食い込んだ。
声にならない叫び声を上げる。
「どけ!」
「わわわ、ひどいのじゃー!」
エリシュカを突き飛ばす。黒川と同じように布団の下に落ちた。
本気で痛かった。流石の俺もキレていた。
感動の対面だろうが、痛いものは痛かった。
そして低血圧で寝起きの弱い桑水流が、ようやく覚醒したように目を広げた。
俺を見て驚いていた。
俺は左足を右足で守るような姿勢をとり、身構えた。
「……白沼さん?」
「……なんだよ」
「……」
桑水流は俺の存在を確認するようにゆっくりと俺の手を握りしめた。
その手に何度か力をこめるようにして、俺の感触を確かめているようだった。
やがて桑水流の目には、うっすらと涙が溢れだす。
「……よかったです」
「……」
「もう目を、覚まさないのかと……」
この反応からすると、俺は数日寝ていたのだろう。
桑水流は目を閉じて俺の手を強く握りしめる。
身構えていた体から自然と力が抜けていく。
「……心配、かけたみたいだな」
「ホントですよ……」
その涙が頬を濡らさぬように軽く手で拭いてやり、桑水流の頭に手を乗せる。
振り払われ続けていた俺の手は、今度は振り払われなかった。そのことに少し安心する。
桑水流の髪の毛は細く柔らかく、手の中からすぐに滑り落ちてしまう。
桑水流がこんなに感動的な再開シーンを演出しているというのに、他の2人は何がしたいんだと思う。
女性とはこうあるべきだなと感心してしまう。
当然2人は蚊帳の外のような扱いに、へそを曲げたように唇を尖らせていた。
「なんじゃ! わしも心配したのじゃぞ!」
「私も!」
2人とも文句を垂れ始める。
怪我人を労わる気持ちはないみたいだが、流石に心配をかけたのは同じなのだ。
桑水流の頭から手を離す。
「悪かった」
「……」
「あと、助かった」
「……」
「それと、あれが最期だ」
3人が来なかったら俺は間違いなく死んでいた。
ついでに、桑水流との約束を反故にしたことも言っておく。
軽く謝罪と礼を言うが、何故か少し空気が重くなっていた。
話を変えようと適当に会話を続ける。謝るのも礼を言うのも、繰り返すのはお互いにとっていいものではない。
「俺は何日寝てた」
「8日も寝てたのじゃー」
エリシュカが答えた。
俺は考えていたより長い期間寝ていたようだった。
しかし良く考えれば、エリシュカも感染したはずだ。
先程俺の素肌に触れていた。手袋さえ着けていない。
つまり、もう長期睡眠から寝て覚めた後だと言う事だろう。
「エリシュカはもう感染してるんだな」
「うむ。昨日起きたのじゃ」
「血液は」
「……それは、私たちが」
桑水流が俺の疑問に返答してきた。
つまり、桑水流と黒川が寝ている俺から寝ているエリシュカに血液を飲ませたということだろう。
恐らく重労働だったはずだ。
2人も血液を補給しなければならない以上、その延長線上で同じことをしてみたのだろう。
「そうか」
「はい。3人とも毎日少しずつ……」
「うむ、助かったのじゃ。これでみんなに触れるのじゃー」
もしかしたら俺が長い間寝ていたのは、血液が足りていなかったからかもしれない。
ただでさえ貧血気味なのに、大量出血してさらに血を吸われたからだろう。
エリシュカも嬉しそうな表情をしている。まだ精液だと勘違いしているということもないだろう。
感染して嬉しそうなのもどうかと思うが。
「……あの後俺を車で連れて帰ったということだよな」
「はい。ただ横山さんに診せるかどうかで少し……」
「3人で喧嘩しちゃったー」
黒川が何故か嬉しそうに答えた。
喧嘩したのに嬉しそうなのは意味が分からない。
「あの、黒川さんだけは医者に診せないと言い張ってしまいまして……」
「わしと桑ちゃんは医者に診せたいと思ってたのじゃー」
喧嘩というのは俺を横山に診せるかどうかで起こったものだろう。
死んでしまえば元も子もないが、生きているので黒川の判断で助かった。
しかしこの場合は誰を責めようという気にはならない。
「俺が医者に診られていないのは分かった」
「はい」
「で、ここ最近街の方で何かなかったか」
そう言うと、3人とも渋い表情になる。
何かあったとその雰囲気が答えていた。
「実際に見てはいませんが、ヘリコプターの音が何度も」
「……そうか」
「その後、数日間銃の音がひっきりなしに」
「……」
「ここには誰も来ませんでした。私達は誰にも見つかっていないと思います」
北と同じことが起こったのかもしれない。見つかってないということは僥倖だ。
確かめてはいないが、それは確信に近いものがあった。
あの研究者の言っていたことも、それを裏付けている。
「この騒動は、もうすぐ収束するかもしれない」
そう言うと、3人とも意味が分からないという表情をする。
俺もこの話を聞いた時はそんな反応だった。
変化したパラダイムは、不安定で流動的なものだ。
俺は3人に研究者の言っていた情報を伝えた。
名前すら忘れた研究者は、どうなったのだろうと少し気になった。
……
情報を伝えると、3人は硬直して動かなくなってしまった。
パンデミックが終わるかもしれないと言われて、すぐに信じる気にはなれないだろう。
俺もそれを信憑性の高い情報とは思っていたが、全てを丸っきり信じたわけではない。
最初に動き出したのは桑水流だった。
北での出来事を真面目に考えていたのは彼女だけなので、当然かもしれない。
「……あの、それは、確実なのでしょうか」
「確率は高いと思っている」
「でも、それは……」
桑水流は少し苦い表情になる。
人が多く死ぬ、政府が人を殺す。それらが確実だということその情報は意味していた。
加えて、これから自分たちの行動指針にも影響は強い。
桑水流はそのまま考え込むように俯いてしまった。
少し待つと、黒川とエリシュカがようやく動き出した。
あからさまに喜んでいた。
「本当なのかや? これでもう危ないことはないのかや?」
「それなら! もう病院とか清潔な場所とか、食事とかに困らないのかな!」
エリシュカは安全の心配をしているようだった。
黒川は何を言っているのかよくわからない。
お前は今までそれを気にしていたのかと思う。まさに年頃だなと感じる。
「わからないが、東京は安全地帯になるかもな」
「やったのじゃ!」
「ホント!?」
「かもしれない、程度の話だ。信じすぎるなよ」
あくまで憶測だ。
ついでに言えば、いわゆる安全地帯が今の俺達にとっての安全地帯にはなり得ない。
しかしそれを言ってこの笑顔を崩そうとは思えなかった。
ゆくゆくは、危険はなくなる可能性も高いのだ。
仕方なく話を濁す程度に抑えておく。
2人は緩みきった表情で何やら空想に浸り始めた。
その2人の馬鹿っぽい表情と、思考に沈む桑水流の表情は遠くかけ離れていた。
しかしすぐにエリシュカが何かを思い出したように顔を上げた。
「あ、そんなことより、起きたら一つ聞きたいことがあったのじゃ」
「なんだよ」
こんな重大な問題をそんなことと片付けて、エリシュカが立ち上がって喋り出す。
エリシュカの言いたいことはもう危険には飛び込むなとかそんなことだろうと思う。
散々言われて反故にしてきたことだと思い込む。
しかし違った。
「愛人とは、どういう意味なのじゃ」
エリシュカは抑揚の感じられない声でそう言った。
一瞬なんのことだかわからない。
しかしすぐに、そう言えば意識を失い前にそんなことを言ったなと思い出す。
同時に、内心冷や汗をかいた。
周りを見渡すと、桑水流と黒川も俺を直視していた。
桑水流は思考に沈んでいたはずなのに、気付くと俺を直視していた。
そこに逃げ場はなく、誤魔化そうにも難易度が高すぎた。
愛人という言葉は良い意味ではない。
まるで俺がエリシュカを第2の妻として弄んでいたかのように思われているのかもしれない。
実は3人に対して言ったのだが、それすら口に出すと怒られてしまいそうだ。
考えてもいい案は浮かばず、仕方なく思いついた言葉を口に出した。
「愛している人って意味だ」
「ぜったい嘘なのじゃ!」
俺は気絶する前にそういう意味で発言した。
その通りに言ってみたが、全く信じてもらえなかった。逆に怒られてしまった。
それなら。
(適当に、嘘でも言うか……)
内心溜息をつき、どうしようかと迷ってしまう。
本音とは、つまり愛していると伝えることだ。
そんなことを言う自分は気持ち悪くて仕方がない。可能であれば、そんな自分は見たくない。
迷っていたが、その場の雰囲気が考えていたものとは違うことに気付く。
その場の雰囲気には俺の嫌いな恋愛的な感情は渦巻いていなかった。
また変なことを言った俺を責めるような雰囲気だった。
だから、何を言うかすぐに決めることができた。




