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60.銃弾一発

 エリシュカは待たせたな、と言わんばかりの表情でふんぞり返っていた。

 ふんぞり返っていたが、それは状況を読めていないからだとすぐに判明した。


 力なく倒れて大量の血液を流す俺と、車道の方でよろよろと立ち上がる軍人を見て、3人は一気に顔を青くして駆け寄ってきた。

 俺がピンチだと思ってここ来たのはいいが、恐らくここまでとは思っていなかったのだろう。

 俺は彼女たちの前ではこれまで、割と万能のような印象であったと思う。実際大抵のことは一人でできていた。


 その俺が頭と左足から大量に流血しているのだ。

 いつもとは違う。

 ピンチどころではなく、絶体絶命だ。


 3人が駆け寄ってくるのを見て、来ないでくれと思う。

 それを言葉にしようとしても、口は動くのに肺から上手く息が吐けずに形にならない。

 既に俺の意識は朦朧とし、視点は焦点が合わない。

 逃げてくれと言いたいのに、喋ることすらできない。

 気付くと、俺の足元には大きな血だまりができていた。


「白沼殿!」


 エリシュカが俺に駆けより、左足の傷を確認するや否や、自分の服を引きちぎり包帯のように巻き始めた。

 止血の方法としては少し生ぬるいやり方だ。

 今の俺の足は鬱血する程に強く締めないといけない場合だ。


 途中、邪魔だと言わんばかりに手袋をはずして作業をしていた。

 エリシュカの素手が俺の肌や血に触れているのが見える。

 それはつまり、こんなところでエリシュカまで感染してしまったことを意味する。

 俺に触れると感染する。それは今のところ100%で確実だ。

 これで、俺が死ぬとエリシュカまで死んでしまうことになってしまった。


「白沼さん!」


 次に黒川が駆け寄ってきた。

 エリシュカの作業を手伝おうとして、起き上がる軍人に気付いたようだった。

 黒川は口から小さく悲鳴のような声を漏らし、自分の体を守る様に腕を組んで俺の後ろに回った。

 自分の体を気にするような動きだ。

 それが普通の反応だとは思うが、そんなことをするならキャンプ場に帰ってくれと思う。


「白沼さん! 傷が!」


 今度は桑水流だ。いい加減白沼白沼煩いんだよと言いたかった。

 桑水流は軍人を油断なく見つめながら、俺を守る様に前に立った。

 その手には以前見たサバイバルナイフを握りしめている。

 そしてその手は、視界がぼやけ始めた俺にもわかる程に震えていた。

 優しい桑水流には暴力は似合わない。キャンプ場に帰って欲しい。


「早く横山さんに!」

「……それは、やめろ」


 なんとか口から擦れた声を絞り出す。

 ここを凌いで病院に行って、横山に治療をしてもらう。

 当然の対処だとは思うが、問題もあった。


 それをすれば、恐らく横山は俺の素肌に触れてしまい感染する可能性が高い。

 俺の耐性がバレる可能性もある。だから断った。

 横山だって生きるのに必死だ。

 現状では俺だけでなく、俺の血で生き残った3人まで拘束される危険がある。


 視線を移すと、軍人は流血していた。

 額付近から大量の血が流れているのを見ると、車道に転がった時に打ち付けたか、荒い運転で車の跳ね飛ばした石がぶつかったか。

 どちらにせよ僥倖であるのは事実だ。

 軍人は血が目に入ったのか、懸命に服で目を擦っている。


 それでも、すぐに体勢を立て直してくるだろう。

 その前に何とかしなければならないが、逃げるにしても10m先の車までですら移動ができない。

 非力な3人に肩を貸してもらって、それでも間に合いそうにない。


 現実的に考えて、相手を無力化するしか方法論として考えられない。

 しかし俺は動けず、武器を持っている桑水流の手は震えている。

 加えて自分勝手な考えだが、桑水流に手を下してほしくない。


 軍人はおぼつかないままの足で立ち上がり、自分の足元を見渡し始めた。

 軍人は銃を取り落していた。その銃は彼の足元に落ちている。それがわからないというのは未だ視界が戻っていないと言う事だろう。

 しかし視界が戻れば、殺される。

 俺ではなく、3人が死んでしまう。


 その時、桑水流が倒れた俺の胸元に手を突っ込んだ。

 何かと一瞬当惑するが、彼女は俺の懐に入った銃を使おうとしているのだろうと予想がついた。

 その手を、振り払う。


「! 白沼さん! 銃を!」


 力の入らない手に活を入れ、なんとか自分の手で銃を懐から引きずり出す。

 そのまま、軍人の方に銃口を向ける。

 この状況は全て俺のせいだ。

 自分のケツは自分で拭きたい。既に3人に助けてもらっているので、遅いと言えば遅いのだが。


 何より、桑水流に手を汚してほしくなかった。

 この騒動ももう少しで終わるはずだ。それなら、俺があと一度手を汚せばいい。


 自分勝手な考えだ。

 まともに力の入らない俺が銃を撃つより、桑水流に任せた方が確実かもしれない。

 しかし彼女は銃を撃ったことがない。だったら、俺の方が確率は高い。

 残弾はあと一発だけなのだ。


 上半身だけを立たせて、ビルの壁に寄りかかる。

 そのままの体勢で銃を相手に向ける。痛みが電気信号のように全身に走る。

 桑水流が耐えきった痛みに耐えきれないなんて、情けない。情けないから、我慢する。


 この一件で一つ分かったことがある。

 分かったと言うより、俺自身が認めたというか、認めざるを得ないというか。


 俺は3人のことは恋愛的に好きだとは思っていない。

 でも、俺は3人のことを愛しているかもしれない。

 好きではないけど愛しているとは、自分でも意味が分からない思考だと思う。

 好きとかではなく、大切に想い過ぎるとこうなるみたいだ。


 俺は3人のことを、自分以上に大事に想った。

 俺自身の思考は、別に自分が死んでもしょうがないと思うところまで行った。

 でも、彼女たちが居たから生き残ろうと思った。


 加えて、俺がなかなか認められなかった理由の一つ。

 俺が絶対的に有利な立場だから、彼女たちとそういう関係にならないという論理。

 それも崩れた。


 俺は先ほど死ぬ寸前のピンチを、彼女たちに救ってもらった。

 馬鹿な行動をしたのは俺だと言うのに、わざわざ街の方まで助けに来てくれた。

 そんな馬鹿な俺が絶対的に有利な立場だなんて、考えるだけで片腹痛い。

 既に関係で言えば対等以上だとすら思う。


 体を奮い立たせて軍人に照準を合わせる。

 その瞬間に、軍人は視界が戻ったように俺の方に目を向けてきた。

 もうどうしても、俺の方が早い。

 相手が銃を拾うよりも先に、俺はトリガーを引ける。あとは当てるだけだ。


 これで弾が当たれば、10人目だ。

 騒動の収束の話から考えれば、恐らく俺が殺す最後の人だと思う。

 桑水流には謝らないといけない。

 もう殺さないと言っておきながら、これだ。俺の言う事も大概あてにならない。


 桑水流は俺の横でナイフを構えていた。俺が外せば動く気なのかもしれない。だから外せない。

 エリシュカは未だに俺の足を止血しようと懸命に手を動かしている。

 黒川はすぐ横で俺の肩に手をかけている。もう片方の手は自分のお腹に当てている。何がしたいのかわからない。

 エリシュカの下手くそな運転で酔ったのだろうか。


 軍人は俺の握る銃を睨みつけ、その後俺の目を見てきた。

 俺と軍人の視線が一瞬だけ交差する。軍人はその後3人の方にも視線を走らせる。


「……悪魔が」


 軍人が小さな声でそう呟いた。

 何かと思うが、そう言えばエリシュカ達外国人は悪魔と呼ばれていた。

 軍人がそう言ったと言うことは、安全地域でもそう呼ばれているのだろう。


 馬鹿だなと思う。これが遺言になるかもしれないというのに、それでいいのかと思う。

 エリシュカは確かに悪魔的に馬鹿なところがある。それは認める。

 それ以上に可愛いことを知りもしないで、エリシュカを悪魔だと呼ぶのだ。

 もし天使だとか言われたら、それはそれで否定するが。


 しかし悪魔でないとして彼女は、彼女たちは、俺の何なのだろうかと思う。

 仲間という言葉は間違いではないが、もっと違う単語がある気がする。


 恋人という単語も一瞬浮かぶが、そんな軽いふわりとした単語でもない。恋人ではない。

 愛しているのだから、愛に因んだ何かだ。妻以外の。

 だから瞬間的に霞んだ頭で思いついた単語を適当に、冥土の土産替わりに答えてやった。


「……俺の、愛人だよ」


 最期にそう言って、トリガーを引き絞った。

 速過ぎる銃弾の軌跡は目で追うことはできない。

 その瞬間に軍人は素早く動こうとしたが、俺の指の動きの方が早かった。


 その銃弾は軍人の胸の真ん中あたり、恐らく心臓のあたりに命中した。

 軍人の胸から勢いよく血が流れ出し、軍人は胸を押さえて前のめりに倒れこむ。

 倒れた軍人は落ちていた銃に手を伸ばすが、ほんの少しだけ届いていなかった。


 恐らくこれで軍人は死んだ。死んでいなくても、無力化した。

 すぐに逃げれば安全なはずだ。


 しかしその銃の反動は今の俺に耐えきれるようなものではなく、俺はビルの外壁に後頭部を打ちつけた。

 弱った体に、その後頭部の痛みは耐えられるものではなかった。

 視界が砂嵐のように赤くなり、一切の音が聞こえなくなる。


 意識を失う前に、俺はまた間違った単語を口に出したなと思った。

 愛人という単語は、その響きと字面以外はいい意味ではない。

 むしろ悪い意味になってしまう。


 俺が間違ったのは、その字面だけの思いつきで喋ったからだ。

 愛しているのなら愛人でいいという寝ぼけた思考だ。


 しかし、言いたいことは間違ってはいない。

 心の中でそう言い訳をし、俺は意識を手放す。


 意識を手放す瞬間、黒川が俺の事を横から抱き締めていた。

 理由は分からないが、俺の顔は黒川の胸に包まれているみたいだった。


 ひどい頭痛と、焼けるような足の痛みと、少しの腕の痛みと。

 そんなものに囲まれていて気分は最悪だった。


 それらを少しは緩和するようなその柔らかさに、俺は少し気分が楽になる。

 黒川が横で泣いているのにそんなもので楽になった自分が、かっこ悪いと思った。

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