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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-処刑-
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連れ出すことの報酬

「待て!」

 おっさんに呼び止められた。

「なんですか?」

 と言っておっさんの方へ向き直る。


「分かった。分かったから、(セシル)を連れて行って欲しい」

「あー悪いですけど、俺はもう『護衛』でも旦那(予定)でもありませんので、連れて行くということはしません。

どうぞ、おじさんの思うようにセシルを可愛がってあげてください。


おじさんの家族とその護衛騎士含めた30人弱に味方はなく、護衛騎士が所属している私設騎士団にアリナ以外の味方はおらず。

騎士を半殺しにしてますからね、騎士の恨みを買っています。

騎士の慰み者になって、行く末は一般街、いえ貧民街があるかわかりませんがそこの娼婦ですかね」


「…………、」

「半殺しにしたことは謝りませんよ。そのときはまだ彼女の『護衛』だったので、彼女のためになることを選択しただけです。

ああ、もし娼婦になってしまったら教えて下さい。

客として伺います」


 おっさんの顔が憤怒に彩られる。

 そら、そうだ。

 自分の愛娘のことを娼婦になると予想しているのだ。

 さらに自分の味方だと思っていた男が、自分を捨てて娼婦の身に落とされ、ある日その男が客として現れる。

 この国のことだから、男の方は何人も女性を囲っていて、娼婦のほうは何故私を捨てたのと葛藤する。

 

 うーん、どこの鬱エロゲのシチュエーションだろうか。

 寝取り、寝取られは好きじゃないが、このシチュエーションを作ることが出来ると考えるとゾクゾクする。


「…………ミリエトラル、(きみ)はなぜそこまで」

「……一年前まではまだまだスレてはいませんでしたよ、一応」

「一年前といえば、君がまだ村に……」

「ええ、幸せな時間でしたよ。

その幸せが貴族という生き物に壊されましたので、貴族なんてものは嫌いなんですよ一応」


「…………、」

「そういう訳で、貴族であるキュリア家は好きじゃない。

正直にいえば俺のフロリア家も好きじゃない。

まあ、ということなんで俺とエルリネだけで出ていきますね。

夕食と朝食ごちそうさまでした」


 と言って、エルリネを促しながら書斎の扉の取っ手を握る。

「待ってくれ。頼む」

 と、背中からおっさんの声が聞こえる。

 待つ理由がない。


「待ってくれ!」

 扉を開ける。

 そのとき、トンと扉に何かが刺さる音がした。

 見れば、土塊(つちくれ)で出てきた矢だ。


 俺もエルリネにも掠っていない土塊の矢。

 咄嗟のものだと思われる。

 だが、攻撃してきた。

 ならば取る手は一つ。

 簡易起動且つ「魔法装填:焼灼の槍」を使用する。

 右手の甲に現れるのは、一本の全長2m強の赤白い赤熱色の槍。

 ガスバーナーを使用したようないや、飛行機のエンジン音のような音が手の甲の槍から聞こえる。

 射出はしない。

 すれば書斎が消し飛ぶ。


「いきなり、危ないですね。

土塊の矢を飛ばしてくるなんて」

 と、おっさんの首元に装填させた焼灼の槍を近づける。

 正直、俺の方が危ない。


「済まない。だが、頼む。

(セシル)を連れて行って欲しい」

「先程から言っているとおり、もう『護衛』でもなんでもないですが」

「ならば、私の方から報酬を出す」

 

 ……言ってみるもんだ。

 なんだろうか、報酬。


「へえ」

「その前に約束して欲しい。

娘をミリエトラル、君の『妻』にし幸せにすると」

「それは、検討すると言った筈ですが」

「検討すると言ったのは『護衛』の身分のときだろう?

親というものは子どもが、確実に幸せになってくれないと心配になるものなのだ。

だから頼む。この通りだ」


 と言って(こうべ)を垂れる。

 せっかちなおっさんだ。

「約束は出来ない。

だが、努力はしよう」

 俺が空回りするというオチもあるからな。

 だから、約束は出来ない。


 約束はしないといった筈なのに、おっさんにとって期待していた言葉なのか頭を上げた。

 上げた顔にあるのは、会ったときのような厳格なおっさんだ。


「では、早速報酬の話だ。

まず、前払いの報酬として、ツペェアへ行くための馬車を用意しよう。

あとツペェアで家を借りるための資金も用意する。

一年後の学園に通うための、金銭も気にしなくてよい。

私が、娘と君とエルリネくんのお金も出そう。

あとは学園生活が終わったら、ツペェアの郊外だがそこで家を購入出来るだけの資金も用意しよう」


 ……貰いすぎて怖いレベルの報酬だ。

 だが、下手に貰いすぎを指摘すれば安くなりそうだから、黙っておく。


「こちらとしては以上が報酬だが、まだ足りず欲しいものはあるかね」

「まだある」

 と、俺は短く応える、それは。

「まず、学園生活でもツペェアでの生活でもいい。

セシルの兄姉(きょうだい)を近付けさせるな。

そして、もし我々が大成したときに(たか)りに来させるな。

不愉快だ」


 大成して札束で出来た扇で頬をハリセンするのも、中々悪趣味ながらもやってみたいものである。

 だが、しつこいのは困る。

 主にころころしちゃう的な意味で。

彼女(セシル)の幸せを望んだんだ。

幸せを砕きかねない、兄姉の存在は邪魔だ。

関わってくるようだったら、俺の権限で殺す」

 と、父親であるおっさんに言い含めておく。

 これで文句言われたらおっさんの話を聞いていないバカ息子、バカ娘のレッテルを貼られる。


 そして最後は。

「最後に、セシルをキュリア家から外してくれ」

「……それは何故だ」

「俺は本家だか分家だか知らないが、フロリア家の長男だ。

長男の『妻』になるならば、『妻』の苗字は長男のものだ。


つまりおじさんが、それを認めれば、セシルは少なくとも名義上では俺の『妻』となる。

セシル・キュリアからセシル・フロリアだ。

おじさんはそれを望んでいるのではないのか?」


「……娘と結婚してくれるのか」

「勘違いしないで欲しい。

故郷の村には、婚約者と姉さんがいる。

序列を作るつもりはないが、便宜上の序列ではセシルはやはり四番目だ。

そこだけは諦めて欲しいし、好き好んで結婚する気はない。

仕方なくだ」


 愛のある結婚ではない。

 ある意味、政略結婚といえる。

 花嫁を守るために、結婚する。

 愛というものが入り込まない。

 なんとまあ、夢のない話だ。


「孫が見れるのか」

 ……なに言ってるんだこのおっさん。

「まだ見れねえよ。

お互い七歳だぞ。早くてあと八年我慢しろ」

「良かった良かった」と呟くおっさん。

 駄目だこいつ、人の話を聞かない。


 涙を流しさめざめと泣くおっさん。

 そんなおっさんの首元に、焼灼の槍を突き付ける俺。

 鬼畜は誰だ!

 俺だ!

 ……はい、槍を解除します。

 

 パキィと薄い氷が割れたような音がして赤熱色の槍が砕ける。

 槍を形作っていた魔力素が漏れだし、赤熱色の魔力が一瞬炎として顕現し、直ぐに消えた。

 あとには俺の手の甲が残る。

 右手を振る。


「商談は成立した。

また、宜しく頼む。


それと報酬が払われなければ……。

どうなるか、わかるかな?」


「もちろんだとも。

娘を宜しく頼む」

「承知した」


 これでキュリア家のセシルさんではなく、フロリア家のセシルさんになった。

 そのお陰である程度、無茶は利くようになった。

 貴族ではあるが別の国の貴族のフロリア家になったため、ラフな格好をしても別に身内から文句は言われなくなったし、言われたとしてもフロリア家の方針ですのでと一応逃げれる。


「直ぐ出て行くのか」とおっさんから未練がましく聞かれた。

 辛く当たらせて貰っているが、「実は可愛くて可愛くて思わずペロペロしたい」から手元に置いてます、とか子離れ出来ていない。

 いや、まあ七歳なんて可愛い盛りだ。

 その時期の子どもに親離れ、子離れなんて出来ない。


 だが、それを選んだのはおっさんだし、そのおっさんを見たセシルの兄姉(きょうだい)たちは、セシルを腹違いの魔族且つ末子を敵だと認識してしまった。

 そしてその主たちの扱い方によって、護衛騎士も勘違いしてあのような状態になった。


 つまり、今のところおっさんとその嫁ズが原因か。

 別に、俺は優しくはないのでそれを教えてあげたりはしない。

 セシルが成人するまでに気付けばいいがな……。

 いや、その頃にはセシルも既に「セシル・フロリア」としての自覚持っているだろうし、「キュリア」という過去は要らないとか言ってしまうかもしれん。

 そうなったら、おしまいだ。

 何故なら、フロリア家とキュリア家を繋ぐ架け橋がなくなるのだからな。


 まぁそこら辺を決めるのはセシルとおっさんだ。

 あとは当人同士で決めて貰おう。


最終騎士(クラウン・シュヴァリエ)』を起動させる。

 奇妙な文字配列と魔力線で描かれた幾何学模様の緑色の魔法陣が足腰と足の裏に顕現させる。

 最早慣れたものだ。


 彼女(セシル)を座らせた椅子に座り、彼女を背中でむぎゅっと押す。

 そして、彼女の腕を俺の首に掛けて両足を俺の両脇に固定。

 腰で彼女を持ち上げた。

 つまりはおんぶをしたのだ。


 先ほどまで乱れていた彼女の呼吸が一定になった。

 ……おんぶをしないと呼吸が乱れる病気みたいなものを持っているのか、セシルは。


「で、処刑会場どこですか」

「あ、ああ。

街の外にある。一緒に行こう」



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