貴族
とにかく、彼女を取り巻く環境が中々ハードだった。
おっさんに「セシルを愛して欲しい」とかなんとか言われたが「愛さないとヤバい」という状況だ。
俺がヤバい訳じゃない。
彼女がヤバい。
ありゃあ、精神が折れる。
前回のセシルを守護っていた騎士はどうスルーしていたか気になるところだ。
一先ず現状を確認しよう。
昨日の独白からおっさんは使えない。
となると、俺一人でセシルという七歳の女性を守護らなければいけない。
相当厳しい。
これは本格的にエルリネに、"日本語"を使った魔法を覚えさせないと拙い。
使い物にならないのが二人もいるのは、俺が守りきれない。
一応、セシルは「この家の人」だから最低限の権威はある。
だが、ちょっとしかない。
騎士が強く出れば、吹き飛ぶような権威だ。
別に権威にかこつけて不遜になりたいとか思うようなことはないが、有事があったらと思うと、有事の敵と共に連中らが敵に周る可能性がある。
その場合は「擬似太陽」なり「焼灼の槍」、「神剣」などをぶち込めばいいだろう。
単品で都市を一個落とす魔法陣らもある。
だが、セシルの故郷であるこの街が崩壊する。
心の拠り所にもなり得る故郷を破壊するのは、気が引ける。
よって有事が起こらないことを祈って、無理に学園が始まる八歳まで住むのは得策ではない。
全員ぶっ殺せば話は楽になるだろうが、全員「神隠し」に遭わせるのは難しい。
となると、残りはセシルにこの家を出させるという方法。
だが、難しい。
というのも、俺とエルリネは一文無しだ。
家を出させるならば、まとまった金が欲しい。
こんな怪しい風体の子どもなど、周辺の村に居着くのは難しい。
第一、期限は一年だ。
居着くまでに一年で経ってしまう。
一番いいのはおっさんに金を出させて、一年ほどツペェアなりどこかの村で家または部屋を借りて住むという方法。
そして二つ目の方法は、ツペェアで宮廷魔術師としての門を叩く。
そうすれば最低限の家は手に入るだろう。
その後クソ厄介な貴族社会というものを味わうことになるだろう。
生前は貴族でもなんでもない一般階級の人間だ。
帝王学みたいな特殊な知恵など持ち合わせていない。
そんな奴が貴族社会を味わう。
どんな罰ゲームだろうか。
俺の中の貴族に対する知識など、主人公に嫌がらせするムカつく人種という属性しかない。
実際にセシルという『押しかけ迷惑妻』も貴族だし、そのセシルを口撃するクソ共も貴族だ。
……嫌がらせしかない。
そういえば、村を襲った騎士共も一応貴族の枠組みだ。
……とことん貴族というものには悪縁しかないな!
とにかく、どうにかして心が折られる前に抜ける必要がある。
……事情が変わったし、セシルたちは連れて行く。
下手したら見てもらう形になるかもしれない。
だが、部屋で待ってもらうのは、刺客が来るかもしれない。
そういった理由で一緒に行動するしかない。
今日の罪人ぶっころころしてから、おっさんに状況を伝えよう。
家を出るためのまとまった金が貰えなければ、宮廷魔術師になれるか分からないが門を叩く。
怪しい奴め! と強引に連れだされそうになったら、「天空から墜つ焼灼の槍」とかしよう。
こちとら、本気だ。
俺とエルリネだけだったら、ぶっちゃけ森の中に一年引き篭もるというのが出来るが、セシルという一般人が森の中に引き篭もるのは無理だ。
エルリネの表情を見れば、いつもの俺の指示を待つ彼女がいた。
ただ、いつもと違うのは目を瞑っており、そして彼女の肩から下腹部に掛けて貼った『精神の願望』が起動し、煌々と星の輝きのように光っていた。
彼女にも思うところがあるのかもしれない。
「エルリネ、これから俺は昨日のところに行って盗賊を殺す。
そのあと、セシルのお父さんにちょっと言う予定だ。
……寝台でゴロゴロ出来なくなるが、いいか?」
「私の身も心もご主人様のものです。
ご主人様に不平不満などありません。
いえ、ご主人様が死ななければ文句などありません。
……お供します」
「ありがとう、エルリネ。
セシルには……、事後報告にしよう」
とりあえず、処刑会場に向かおうとするか。
◇◆◇◆◇◆
処刑会場は街の外だという。
だが、このままうっかり出るとまた面倒くさいことになる。
なので、おっさんの書斎に出向けばおっさんが待っていた。
待ちくたびれていたようだが、文句は息子娘に言って欲しい。
と、ぶつくさと不満をぶつけられたが、お姫様抱っこされ(既に落ち着き寝)ている、セシルの様子に気付いたおっさんは、理由を聞いてきた。
先に処刑して後腐れない状態で言いたかったところだが、事実だけを述べた。
襲い掛かってきたので、騎士二人を半殺しにして暗殺者部隊っぽいのを殺したということもだ。
下手に隠してあとでバレるのと、それらも含めてさっさと話すのとどちらが心象がいいか。
俺は後者と判断した。
おっさんはその事実に「そうか」と短く一言だけ述べた。
短く述べてから、おっさんは考え込み「ミリエトラル、君はどうする予定だ」と聞いてきた。
「とりあえず、処刑会場で処刑しておきます」
「いや、そうではなく。今後の予定だ」
「……そうですね、俺個人としてはこんなところにはいたくはない。
そしておじさんではなく、私はセシル本人から『護衛』という立場を貰っているので、セシルのために行動する予定ですね。
――こんな環境がセシルのためになるとは、絶対に思いません。
彼女のためにも出たいところです」
「出来ることなら彼女の忘れ形見である娘と離れたくない。
それでもかね」
「でしたら、私ではなく別の誰かに任せて下さい。
私では『付き合いきれない』。
第一、おじさん。
貴方はセシルにどう想っているかはともかく、辛く当たっているのですよね。
セシルにとって、この家は首に繋がっている鉄製の首輪と鎖でしかない。
……それでも一緒にいたいのですか?
まだ、たった一日しか付き合っていませんが、気丈に振る舞おうとして失敗している彼女の姿は同情しかない。
初日にいたアリナという騎士も、現在いない。
私以外の味方がいない状態で、ここで飼い殺しにしろと?」
いつか精神がやられて死ぬか。
死なないにしても、『人形』のようになるか。
または、暴走した騎士どもにヤられるか。
この予想は言わない。
おっさんにとって考えたくないだろう。
忘れ形見がこのようになるなどと、想像したくない。
だが、現状あり得る。
俺がその種を撒いたのは認めるが、環境は流石に俺の所為ではない。
「では、どうすれば……」
「だから、言っているでしょう。
出て行くのですよ。
それしか道はない。
一応飼い殺しという方法もありますが、もし飼い殺しにするのであれば、私はこの場からお暇させて頂きます。
一宿一飯ありがとうございました。
……起きたときのセシルがどうなるか、見物ですね。
壊れるんじゃないですか。
真意がどうだか分かりませんが、おじさん相手に本気で「フロリア家の嫁になる」と言い切った彼女が、自分の味方だと思っていた心の拠り所に捨てられる。
おじさんの自己満足で、娘が死ぬ。
……いいですね。
それで行きましょう。
――では、ここで失礼致しま――」
そういって、お姫様抱っこしていたセシルを書斎の椅子に下ろそうとしたとき、寝言だろうか、それでもハッキリと「離れたくない」と言って俺の服の裾をしっかりと握る。
俺は握った彼女の手指をゆっくりと外していく。
指を一本一本外す度に、彼女の目から雫が流れ落ちる。
「セシル、悪いけど俺は君の『護衛』じゃなくなった。
ここで――」
お別れだ。




