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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-処刑-
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セシルの環境

一生懸命にリアルタイムで書いております。

 トカゲくんを胸ポケットに入れ、セシルと共に食堂へ向かう。

 食堂と言っても騎士たちが集う大衆食堂ではなく、セシルの家族らが集う方だという。

 当然『護衛』なため、セシルの兄姉らがいる食堂へ向かう。


 食堂へ向かう間、何人かの家政婦さんたちからは、特に恐怖を感じているような目で見られずに、優しい声音で「おはようございます」と挨拶をされる。

 本当に家政婦さんが、一人犠牲になっていればこんな反応はない筈だ。

 彼女たちがいわゆるゴーレムという枠組みの建造物であれば、その限りではないが。


 セシルの屋敷は中々立派な屋敷であった。

 骨組みがしっかりしており、『乱気流(タービュランス)』一撃では破壊尽くせなさそうだ。

 いや誓って壊す気はないが、もし有事の際に『乱気流』一撃打ち込んだ結果、消し飛んだら笑えない。

 そういう意味で破壊尽くせなさそうだ。



 廊下を歩き、外へ出てみればコンクリートだかなんだか材質が分からない、天井の高そうな建物が庭の中にあった。

 あれが、家族用の食堂だという。

 なんで離れているんだ?

 と、セシルに聞いてみれば、非常時に通路封鎖されてしまった場合のことを考えると、あのような形になってしまったのだという。


 突っ込むのが面倒なので、黙っておくことにした。

 ちなみにエルリネは、見るもの全てが物珍しいようで見た目17歳と思えないぐらいに、ちょこまかと跳ねまわっていた。

 いつでも冷静沈着でクールビューティなイメージしかない、ダークエルフ像がガラガラと崩れていく。


――この(エルリネ)は、ダークエルフに似た何か別の種族だと思うべきなのだろうか。



 建物の扉を開けると、中には長い机に白いテーブルクロスを掛けられ、人数分のお皿が置いてあった。

 既にセシルの兄姉とそのお母さんたちにおっさんがいて、一番最後は俺たちだったらしい。


 俺とエルリネの所為で遅れたものだ。

 エルリネはともかく俺が謝っておくべきだろう。

 そう思い声をあげようとしたころ、セシルが「遅れました」と述べて席につく。

 一応、俺とエルリネの皿はあるが、座ってよいと伺っていない。

 

 なので、そのまま待つ。

 俺の意図を汲んでいるのか、エルリネも目を閉じ笹葉のような耳を下げて立っている。

 セシルから小声で「何故座らないのですか?」と聞かれた。

 見れば、兄姉らの護衛らしき騎士は、みな護衛対象の隣に座っている。


「何故座らない!」と既に成人していると思われる男から怒鳴られる。

 この俺の態度には一応、意図がある。

 望まぬともセシルの『旦那』になった。

 しかし、それにかこつけて不遜になる気はない。


 一応おっさんとセシルから『護衛』という身分を貰っている。

 だが、居候に近い。

 居候如きが家族の団欒に参加するわけにもいかない。

 だから、一家の主から許可がなければ立つしか出来ない。

 ウザいだろうが、俺なりのけじめだ。


 その意図に気付いたのか、おっさんが俺に聞いてきた。

「何故座って、食事を共に摂らないのかね」と。


 それに対して。

「得体の知れない我々に、セシル様より『護衛』という立場を頂きました。

とはいえ『居候』の身です。

その者がどうして、セシル様のお隣に座れるでしょうか」


「貴様は、セシルを『妻』として、娶った者だ。

護衛でも居候でもない。

言うなれば……貴様は家族だ。

どこに気後れする要素があるかね」


「セシル様は素晴らしく、私如きに勿体無い方です」


「ああ、勿体無いだろう?

だが、ほかにもセシルを幸せにしてくれる者がいるかも知れぬのに、セシルは貴様を選んだ。

それでよいだろう、貴様は家族だ。

座りたまえ」


「恐れ多くもありがたく、暖かいお言葉有り難うございます。

ではセシル様、お隣失礼致します」


 これで一応『一家の主』から直々に家族認定された。

 そのお陰で兄姉たちから、変なちょっかいは来難くなったはずだ。

 といってエルリネの椅子を動かして、先に座らせる。

 素の状態の身分であれば、一応主人の俺>奴隷身分のエルリネだが、この場では雇用主のセシル>護衛役の俺=護衛役のエルリネと、いわば同僚だ。

 こちらとしては一応の生前の世界でいうマナーぐらいはある。

 

 同僚であり女性のエルリネを先に座らせ、最後に自分が座る。

 

 平和な食事になるかと思えば、兄姉たちとその護衛から熱烈なラブコールを受けた。


 お姉さんたちからは、どうにかして自分を一夫多妻の中に組み込んで貰おうとして画策しているのが見て取れるし、お兄さんたちからはこんな得体の知れない旅人+奴隷が我が一族とか正気? ということを雄弁に語っているような視線が刺さる。


 で、護衛の騎士どもからはまさに人が死ぬような熱視線だ。

 いやあ痛いですわ。


 ……こっちの食事に毒を混ぜてきたら『蠱毒街都(ヴェナムガーデン)』で駆除するか。


 と息込んだところで、そういうことは起きないことを祈るしかない。

 生前の世界であった、某推理漫画のように行く先々で人が死ぬとか、不幸に見舞われるとかどうみても死神ですわ。


 順調に美人侍らせてハーレム作っているけど、俺はのほほんと暮らしたい、いち一般人だ。

 そんな死神な称号などいらん。

 なお、オチ役のエルリネだが、視線を物ともしないかのように黙々と食っていた。

 心臓に毛が生えているようで、結構強いなこの娘……。


◇◆◇◆◇◆

 

 さて朝食も終わり、兄姉たちが解散していく中でおっさんに呼び止められた。

 この後に例のイベントがあるようだった。

 おっさんに一応聞いておく。

 エグいのOKかどうかだ。


 対する解答は「エグいのいけるなら、それで頼む」だそうだ。

 なんでも、恨みがあって殺したくても殺せない場合は、相手が苦しむのを見たいというのがあるという。

 分かりたくないが分かる心理だ。


 いじめられていれば、いじめっこをどうにかして排除したい。

 出来ることならやられたことをやり返して、同じ目に合わせたいと思うだろう。

 つまり、自分が受けたことをそいつらに味合わせたい、と思う。

 それがこれにも当てはまる。


 エグく殺して自分を納得したい。 

 エグく殺して、自分の抑えがたい激情を相手にぶつけたい。


 だから「ウチが殺す」と各お家で紛糾したのだろう。

 とりあえず刺激が強すぎるので、セシルとエルリネはあっち向いていて貰おう。

 それがいい。

 

 なんてことを考えていれば、セシルから「大丈夫ですか?」と心配された。

「何故?」と聞いてみれば、思い詰めているように見えたからだという。


 悩んでなんかいないので「悩んでなんかいないよ?」と言っても「やっぱり、処刑なんて出来ないですよね……。わたくしから父に言います」といって、おっさんのところへ向かおうとした、セシルを止める。


「いや、本当に悩んでなんかいないから大丈夫だって」

「そうです……か。で、あればいいのですが、もしやりたくないのであれば、すぐに仰ってください」

「大丈夫だって。……今更一人二人増えた程度、悲しくもなんともない」


 悲しいと思った時期はとっくに過ぎ去った。

 あんな異常事態でなければ、ずっと後悔で泣いていたかもしれない。

 でも、そんなことはなかったし、もう過去だ。

 だから、本当になんでもない。


 寧ろ、どうやろうかな~と悩んでたぐらいだ。

 だがそんな俺の答えは、セシルには届かなかったようだ。

 顔が歪み始めている。

 泣き堪えているようだ。


 何に対して泣くのか。

 歳の割には、殺しまくっている俺の歴史に対してか。

 それとも、ほかの理由か。


 どちらにせよ、さっさと処刑会場に行かなければ。

 と、食堂の扉を開けようとしたところ、セシルの兄らしき人とその騎士が俺の行く手を阻んだ。


「セシルお嬢様を手篭めにした気分はどうだ」と騎士が大声で嘲笑う。

 おいおい、このご家族がいる目の前で言うか。

 隣のお兄さん嗤うなよ。

 

 お姉さん達もオホホホと戯笑する。

 ……好意的に見ていたが、これは酷い。

 つまり、お姉さんたちのあの熱視線はこういうオチか。


 それならそれでいいか。

 ここで、この騎士ぶっころころころしてもいいんだけど、アウェーだからな。

 下手に力は振るえない。


「なんとか言ったらどうだ。田舎者」

 売り言葉に買い言葉を言う自信があるので、とりあえず黙っておく。


 ……囲まれてるな。

 この状況、おっさんは知らないのだろうか。

 セシルを取り巻くこの環境は中々ハードだ。

 アリナと死んだ騎士二名が力があり過ぎて、いなくなったとばかりに俺に噛み付いてきているのか。


 包囲が狭まる。

 上から暗殺者部隊と思われる反応が見られる。

 魔力検知時の警告音がが(うるせ)え。


 セシルが小さく、泣いているような声音で「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」とうわ言のように呟いている。

 この状況は異常だ。

 家庭内に身分制度があるのは、まあ普通だ。


 生前の友人のご家庭は父、母、姉、姉、友、妹、妹というところだった。

 父が一番強かったが、あとは女性が強く、友人本人が一番下だったという。

 それでもいじめというものは無かったと聞く。

 たまにハンバーグが無くなったとか、シュークリームが無くなったとかは聞いてはいたが、そんな愛ある身分制度(笑)ではなく、本物の身分制度。


 女どもの哄笑がうざい。

 気に障る。

 いつものほほん顔のへっぽ娘なエルリネも、厳しい顔をして身構えている。

――実力行使でここを抜けるか?

 と、脳内でいつもの理性(てんし)感情(あくま)に聞く。


 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、騎士の主であるお兄さんがセシルに言葉を紡ぐ。

「お前は穢らわしい魔族だからな。

そんなに彼の魔力、いや身体は美味しいのかい」

「うふふふ、これだから魔族という売女は。穢らわしい」


 ……『魔力、いや身体』と言い直したということは、何かあるのか?

 まあいい。

 ここに長居するとセシルが壊れる。

 どさっと背中側から音がする。

 振り向いてみれば、セシルがぺたんと床に尻をついて、頭を抱え項垂れる。

 相変わらず小さく、泣いているような声音で「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」とうわ言のように呟いている。


 頭上からは人型の暗殺者のようなものが蠢いている。

 いい加減ウザいから、半ば半キレの声音で「めんどくせえ。ぶっ殺すか」と息巻く。

 包囲していた、各々の騎士が色めき立つ。

 護衛の私設騎士団の面々は、剣を抜いた。

 兄姉たちのお母さんの、年配の騎士も剣を抜きそうだ。

 おっさんがいないだけで、こんな地獄絵図(ヘルハーレム)か。

 こうなるだろうから、ハーレムは嫌なんだよ。


 ……あとこいつらかな、セシルの母君を殺したのは。

電磁衝撃(エレクトリックショッカー)」では殺しきってしまう。

 屋内なため、「天空から墜つ焼灼の槍(ツァーリ・ボンバ)」辺りは脅迫に向かない。

砂鉄の剣(サンドストーム)」にするには砂鉄が足りない。

獄炎(ヘルファイア)」では焼き払うこと請け合いだ。


 魔法単品だとどう考えても難しいので、「魔力装填」をすることにする。

 殺意が上から落ちてくる感覚。

 それよりも前にブチ込む。

「「凍結の棺」だ、これで上の連中全員内部から凍って、死ねッッ」

 

 そして、発生するは現象。

 空間が凍り付く音ともに冷気が食堂内を覆う。

 大型の冷凍庫の空気送りのような音がして、バキィィィンというガラスが高所から落ちて、砕けるような音が聞こえる。

 そして上から落ちてきて床を砕くのは、高さ2m横奥行き共に1mちょいの氷漬けの氷像。

 

 氷像の中には人間が入っていた。

 みな、勝利を確信したような面構えだった。


 その光景を見た、目の前の騎士が剣を振りかぶってきた。

 それを半身で避けて、フルプレートアーマーで覆っている腹に、右手に装填した「魔力装填:重力杭(グラビトネスバンカー)」を撃ち込む。

 肉を貫くような音と共に、身体を鋭角な"くの字"に曲げる騎士。

 衝撃が背中に抜けたようで、背中の金属部分に穴が開く。

 騎士は膝をつき血反吐を吐くが、見せしめだ。

 当然、この先もやる。

 一応、殺しはしない。


 左手に装填した、「狂風(バイオレントゲイル)」を騎士の腰に当て、開放させる。

 腰の骨を砕き、肉をねじり切る。

 これだけならば、後遺症は残るものの回復魔法で治るであろう。

 だが、フルプレートアーマーの金属ごとやっている。

 割れた金属が風に巻き込まれ、ミキサーの刃のように騎士の身体を駆け巡る。


 ブチブチィと布を裂くような音が、騎士の体内から聞こえる。

 それとともに騎士の口から断末魔のような叫び。

 この異様な光景に、周辺の騎士を見れば脂汗を流しているようだ。

 年配の騎士達も剣を抜きかけたまま、固まっている。


 そしてセシルの姉たちは、青い顔でこちらを伺っており、小刻みに震えている。

 もう二人ぐらい、見せしめが欲しい。

 と、年配の騎士に向けてニヤっと笑いかけてみれば、横から若い騎士が剣を突くように腹に溜め突進してきた。


 右手の重力杭はまだ解除していないので、剣の切っ先を右手に当てた。

 貫いたと思われただろうが、装填しているのは重力杭だ。

 拳の前は重力素で出来た杭が存在する。

 つまりひしゃげるのは、俺の右手ではなく、若い騎士の剣とそいつの腹。


――ズドン。

  と腹に響く重低音。


 分散しない重力の一点集中の一撃を食らった結果、若い騎士の剣は砕け、剣柄を腹にためていた若い騎士は衝撃を逃し切れなかった。

 指は千切れ、先ほど食ったばかりの食い物と血液が混ざった吐しゃ物が、吐き出された。

 超汚い。

 どんなことがあれど、吐くのは駄目だ。

 食べられるために死んでくれた、動植物に申し訳が立たない。

 というわけで、吐しゃ物の上にこの若い騎士の顔が載るようにしておいた。

 これでゆっくり反芻していってね。


 ちょっと痙攣(けいれん)していて危ないっぽいが、剣でグサーしてくる人相手にはこれでいい。


「次。

セシルに文句あるんだろ、さっさと来いよ」

 と周りを睥睨する。

 

◇◆◇◆◇◆


「おい、はやくしろよ。

俺の『妻』に手を出したんだ。

やり返しぐらいはさせて貰う」

 本当は『妻』でもなんでもないが、ここで変に注釈を入れるのは得策ではない。

 と、脳内で注釈を入れる。


 折角だから、『十全の理』も起動する。

 肌を掻き毟るような、魔力詠唱時特有の痛痒感。

 全力展開ではないので、魔力精製しかさせない。


 セシルの兄姉とその母親と騎士たちは、痛痒感に負けているのか苦痛に顔を歪めている。

 そんな中、俺はセシルを横抱きした。

 つまりはお姫様抱っこだ。

 そして悠々と食堂の扉から出た。


 食堂の建物から出て漸く拝めた太陽を相手に俺は思った。


 何故、朝食を食べるだけで、こんなに疲れなければいけないのかと。



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