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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-森-
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森のなかの小さな家


 その話をしてからエルリネは自分と同じ森人種がいなくなってきている、その事実に涙を見せるようになっていた。

 実際に今いる森のなかで主がいなくなってから久しいと思われる木で出来た、家が見えてきた。

 その家の前の広場に中がくり抜かれた樹の幹があり、その中には数多くの動物たちの骨たちが苔むしている。

 彼らの骨は何故あるかは分からない。

 

 森人種が食べた動物がここに捨てたのかもしれない。

 その森のなかの家の壁には、ところどころに穴が空き、人族が作ったと思われる大剣(グレートソード)が刺さっていた。

 レッドベアーより大きい熊の頭蓋を顎の中から刺し貫くようにして、頭蓋と共に刺さっていた。


 その家の周りには、タヌキやキツネ、狼のものだと思われる小動物の骨も散乱していた。

 どれも死んでから、久しいものばかりで、その骨々には剣で斬られたような傷を残していた。


 その光景をみた、エルリネは大泣きしていた。

 声を上げずに、ただ泣いていた。


 慕っていた動物たちが戦ったのだろうか。

 慕っていた仲間を守るために。

 この光景からは、俺は読み取れない。

 ただ、エルリネが泣いている。

 きっと森人種(エルリネ)にしか見えない、光景があるのだろう。


 大泣きしているエルリネをその場に置き、俺は家の(かたわ)らに立つ。

 大剣(グレートソード)の傍に、身体が一回り小さいが同種の熊の骨が寄り添うように転がっていた。

 親子かまたは夫婦か。

 一回り小さい熊は、骨に残された傷からして大剣を袈裟斬りにされたようだった。

 即死せずに、その相方に寄り添ったのだろうか。


 何年経過しているかは分からない。

 ずっとずっと俺がこの世界に生を受けるまで、ずっと刺さっていたかもしれない。

 その間、ずっと痛がっているかもしれない。

 だから、俺は縫い止めていた大剣を抜いた。

 抜いた時に落ちて地面を転がった熊の頭蓋は、なんとなく微笑った気がした。


――ありがとう。


 そう、言われた気がした。

 そしてその熊と、一回り小さな熊の骨は何故か風化が始まり、そして風とともに消えていった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「おじゃまします」と言いながら、森のなかの小さな家の中に入る。

 

 急な来訪者だったのだろう。

 家の中は散乱していた。

 森人種(エルフ)は魔族で、血は流さない。

 それなのに、家の中は血が流された痕がある。

 抵抗したのだろうか。


 居間の食卓には食べかけと思われる木のお皿が5人分あった。

 スープ皿だろうか、底が深い皿だ。

 その皿の中に小さな子ども用のスプーンが入っていた。


 それを尻目に居間を抜ける。

 森人種たちの寝室のようだ。

 一つ、一つ開けていく。

 薄暗く、そして仄かな負の感情の魔力を感じる。

 ピリピリとした魔力。

 

 その魔力が家の中の一番奥の扉を開けたときに爆発した。


 俺を覆うのは、


――死にたくない。


 あの村で俺がやってしまった、感情の爆発がここでも発生する。


 怨嗟。

 憤怒。

 悲哀。

 嘆き。


――我が子を返せ。


 この森人種は子を人質に取られたのか。

 人族である俺に感情の魔力が集ってくる。

 

――殺。


 子を(うしな)った親は、全てを恨む。

 あの村で俺の怒りの巻き添えで喪わせてしまった子どもを嘆く親。

 俺には当然、子どもはいない。

 その気持について俺は分からないし、分からない奴がいう権利などない。


 それでも、申し訳ないと思う。

 助けてくれとは言わない。

 当然の権利だ。

 それでも、俺にも生きる権利はある。

 石を投げられようが、なにをしようが俺は生きる。

 

 姉さんや母さんにも投げられるだろうか。

 いや、彼女たちは被害者だ。

 被害者に石を投げるのは暴徒でしかない。

 それに俺はあの村では死んでいる身だし、たしかにクソ怪しいのは俺だ。

 だが本当に俺か否かは、村長がバラさなければ問題ない。

 

 その想いの上で、俺に(たか)っている魔力に言う。

――済まない。

 と、そう応えた。


 同じ人族だ。

 同じ人族が、ここの森人種の子を人質にした。


 いや、もしかしたら即座に封印魔法を掛けて、殺したのかもしれない。

 親に、悲鳴を聞かせながら。

「助けて」と泣き喚く子を、助けに行きたいが行けない。

 行けば死ぬから。


 心底泣いて泣いて泣いて、結局捕まって奴隷に落とされたか、死んだか。


――ここで淀んでいる魔力から見れば、ほぼ殺されたとみて間違いがないな。


 感情の魔力が即座に反応する。

 ならば死ね、と。


 正直、死ぬのも(やぶさ)かではない。

 だが、故郷には幼馴染(メティア)が待っている。

 エルリネもいる。

 メティアとエルリネの両名に約束した手前がある。


 メティアには必ず帰る、と。


 エルリネには寿命以外では絶対に離さない、と。


 だから死なない。

――だから死ねない。


 部屋から爆発した感情の魔力が晴れていく。

 残るのはただの部屋。


 当然だが、部屋には誰もいなかった。

 あったのは、何年も使われていない寝台(ベッド)と文机と鏡台。


 鏡台の鏡は使われていないことにより曇っていた。

 これでは物は映せないだろう。


 指に纏わせた「水球」を応用して鏡の板に併せて、「水の板」をつくった。

 それを鏡に合わせる。

 拭くものがないが、水の板で鏡を拭くようにし動かす。

 曇っていた鏡は、綺麗になった。


 一瞬だけ森人種の緑がかった金髪の女性が映った――ように見えた。

 鏡台の引き出しから、チャリっと音が鳴った。


 何事かと思って引き出しを開けて見れば、字が読めないが……母子手帳のようだった。


 読めないが意味は分かる。

 母さんが俺に唄った、あの詩だ。


――誰が嫌おうともわたしは貴方の味方だから


 この字はその詩だと思ったとき、その母子手帳が外の熊の骨のようにサラサラと砂となり融けていった。

 足元には砂は無い。

 消えてなくなった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 森人種の家から出た。

 まだ、太陽は高く昇っていた。

 国境の街へ向かう時間は、まだあるようだ。

 目を泣き腫らしたエルリネが、何故か姉さんの面影が映った。


「エルリネ、行こう」

 そう、言って俺はエルリネに先を進もうと促す。

 彼女は何も言わない。

 俺も何も聞かない。


 彼女の言いたいことがなんとなくだが分かる。

 その反応で十分だ。

 

 人族が(もたら)したこんな悲劇は、きっとたくさんあるのだろう。


 魔石はきっと多分、昔からあったのだろう。

 昔からあって、ずっと燃料として存在してきた。

 魔石というものは魔力素で出来ていた。

 そして魔族は魔力素で構成されている。

 

 きっと封印魔法を作った魔族は思ったのだろう。

 魔族の構成要素が魔石のようだと。

 だから封印魔法を使えば、子孫のために魔石(ねんりょう)が残せると。


 そしてそれが人族に知れ渡り、魔族は魔石を精製する燃料として見られてしまった。

 一度出来てしまった燃料という概念を、覆すのは難しい。

 代替品がなければ、その概念のものが無くなるまで使い潰す。


 魔物も魔力素はある。

 だが、連中は肉にもなる。

 つまり純粋な魔力素で構成されていない。


 封印魔法を掛けても効果が薄い。

 であれば、力仕事などは獣人族の奴隷に任せ、魔族の奴隷は燃料として考える。


 この世界の魔族(ねんりょう)は減り続ける。

 人族・獣人族が増えれば、燃料の使用量は増える。

 それにより、更に魔族が減り、魔族の絶対数が減り、()される子の絶対数も減り、最終的には絶滅する。


 奴隷の子がいて、その子にも封印魔法が施せて魔石が作れたとしても、絶対数が少ないのだ。

 焼け石に水だろう。

 魔族も人間だ。

 1年の内に4人も5人もましてやダース単位で産める訳がない。



 俺は思った。


『この世界の魔族を取り巻く環境は、もはや詰んでいる』と。


 

 メティアが心配だ。

 だが、それについてはエルリネが言ったことで、納得して楽観視している。

 まず、父さんが宮廷騎士団の者だ。

 宮廷騎士団員の家族がいる村を、好き好んで襲うバカがいるとは思えない。

 いるとしたら、それは大馬鹿者だ。


 更に俺は、ほぼ全滅させている。

 うっかり討ち漏らしがいて、本国に伝えられたとしても『魔王系魔法』を間近に見ている筈だ。

 それをバカスカ撃つ奴に好き好んでちょっかい出す奴は、大馬鹿者ではなくアホだ。

 だから、大丈夫だろう。


――あの村長も中々やり手だろうしな。


 とにかく、エルリネの精神耐久力が零になるまえに、この国から脱する必要がある。


 この森を抜ければ、次は岩山を登山になるとのことであった。

 別に険しい岩山を素登りする訳ではなく、巨人族(ジャイアント)が作ったと言われる登山道を通り、この国『カルタロセ』の国境を脱し、近くの街へ向かうという。


 あともう少しで、その岩山だ。

 気張っていこうか。



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