日本語学習
エルリネと旅するようになってからはや半年が過ぎた。
意外と奥が深い"日本語"を最初は胡散臭い言語だと思っていたようだが、学ばせるにつれて段々と話せるようになって、今や咄嗟に飛び出る「危ない」という単語が"日本語"で聞こえる。
学ばせ方は生前にあった「いろは唄」ではなく五十音順だ。
母音が「あ」「い」「う」「え」「お」の五つがあり、子音が七つに「や」行「わ」「を」「ん」で構成していることを最初に話し、これらをまず夜の寝る前に表にすることから始める。
最初は「ミミズがのたうっているような字だね」と評されたが、事実そんな感じがするが黙っておく。
ちなみにこの世界の言語も割りとミミズっぽい字であり、読めない。
というのも、板書がないので話す分には問題ないが、読めないという致命的な問題があった。
今度学ぶタイミング、いや図書館とか行ければ『十全の理』に覚えさせて、暇なときに読もうかと思う。
閑話休題。
ひとまず、このミミズがのたうったひらがなを、ひたすら声に出しながら地面に書く。
生前の幼い時に難しい漢字をひたすらノートに書き写し、腕がまさに棒になったぐらいに痺れたことがあった。
それと同じぐらいに、指が痺れて棒になった。
そんな状態になった俺だが、エルリネには初期の頃にあった"胡散臭さが爆発している言語"を学ぶという嫌悪感が消え、今はまさに貪欲に学んでおり、ぶっちゃけ俺との会話が"日本語"しかしない。
正直、俺がこの世界の言語を忘れそうになるぐらい、彼女の言語能力は目まぐるしい成長を遂げた。
書き方についてはひらがなだけでなく、カタカナも教えた。
彼女はカタカナについて「無理矢理ミミズを曲げた字ね」と評していたが、どちらかと言うと木の枝じゃないのかな、と思ったがこれも一応黙っておいた。
カタカナを学んだら、あとは"英語読みをカタカナ直し"と"漢字"である。
毒茸のときの話で彼女の印象に残した『蠱毒街都』などを例にとり、『蠱』『毒』『街』『都』と文を分けて、それぞれの意味を教える。
そのあとに『蠱毒』という単語の意味を教える。
『街都』は意味を強化させることばであることを教え「『蠱毒街都』の効果が、身体に毒になるなどの有害物質で満たされた|(蠱毒)空間を形作る|(街都)」というイメージを与えて完成する。
では、なぜ『蠱毒街都』ではなく『蠱毒街都』というものなのか。ということについても"英語読み"という、これもまた説明が面倒だが、当然教える。
"日本語"には『蠱毒』のほかの『孤独』、『孤獨』といった同じ『こどく』と読む、いわゆる同音異義語と呼ばれるものがある。
"日本語"で『こどくがいと』と言った場合、何をイメージして言っているのかが分からない。
それを限られたことばの中で明確に意味を伝えるために、しっかりと単語一個で意味を持つ"英語"の読みを「カタカナ」で表す。
ということを、彼女に教えたら普通に納得された。
ダークエルフという魔族だからなのか、それとも彼女が天才肌なのかは分からないが、この半年で覚えた彼女は凄い生き物だと思った。
とにかく、"日本語"を覚えたところで『精神の願望』についてサクッと教える。
「精神」の「願望」つまり、自分の妄想が形になるというものだと、言ったらすぐに理解された。
というのも、彼女自身が持っていたユニーク魔法、潜在属性、種族特性がこの半年でずいぶんと強くなった感じがするというのだ。
彼女のユニーク魔法、潜在属性、種族特性はついては聞いたことがないし、彼女の秘密兵器でもある。
ここは聞かないでおく。
――ユニーク魔法か種族特性は、多分きっとあの接吻のことだろう。
と、当たりはつけているが。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
現在の旅のルートだが、街道は通らずひたすら森を抜けるようしていた。
森人種系であるエルリネがいるし、この旅の中で全体の八割以上を森で過ごしていた俺もいる。
今更、街道を通る必要がない。
それに国境の街まで森があって迂回するルートがあったりするが、森を抜けることが出来る俺たちであればそのまま押し通る。
魔物というべき存在に近いという野生の動物の「レッドベアー」なるものがいた(日本語を覚えたエルリネが命名)が、『電磁衝撃』で瀕死に追い込み、『魔力装填:乱気流』を「赤いくま」さんを文字通り赤い熊肉に変えたぐらいで、あとは特に戦闘と呼ばれるようなことは起きず、ひたすらその日の夕食と翌日の朝・昼食になる肉と木の実を採取する毎日。
そんな旅の中、エルリネはだいぶ俺に対して慣れたのか、最初にあった固っ苦しさがなくなり、素が見え隠れするようになった。
相変わらず「ご主人様」と言ってくるが、見た目の年齢通りの女の子って感じになった。
軽口も叩いてくるし、冗談も言ってくる。
俺が毒茸を食べるといったバカをやろうとすると、「ご主人様のこと信じてますから」と花が咲いたような笑みを浮かべる。
しかし、しばらくすると、黒曜石のナイフの刃の部分をこれ見よがしに見せながら、「そろそろ人の血を吸いたいよねぇ?」と「ニタァ」と口の笑みの形を半月状に嗤いながら黒曜石のナイフに話しかけたりしている。
普通に怖い。
彼女が母親になったら、その旦那さんと子どもが可哀想だ。
おまけに、その「ニタァ」と嗤っているときの、エルリネの身体に奴隷紋という名前の『精神の願望』が魔力を通されて、ぼんやりと明滅しているのだ。
何かしらの魔法をエルリネが使っていると思われる。
黒曜石のナイフが呪いのナイフにならないことを祈るしかない。
そんな恐ろしいことがあってか、俺は毒茸を食べなくなった。
自分でもおかしいなと思うぐらいに食べなくなった。
彼女はきっと恐怖を与えるような、躾をするのだと思う。
この恐怖は身に刻んでおこう。
さて、彼女の態度が軟化したところで、彼女特有の薄荷の匂いもヤバくなった。
匂いからして、ピンクにド甘い。
俺が蜂だったら、彼女という華にずっと居続けるだろうと思われるぐらいにヤバい。
中毒性が高過ぎる。
「好きな匂い」だと言ってから、彼女の匂いのド甘さがヤバい。
だが、エルリネには悪いが俺の心には既に幼馴染がいる。
ド甘い匂いを出されても靡かない。
相変わらず姉さんのように抱き合いながら寝ているが、抱き合いながら寝ていると、その匂いの異常さがヤバい。
生前にプレイした某RPGゲームで、スキルに「甘い息」という状態異常"睡眠"を与えるものがあった。
それのスキル説明に「果実が腐りかけた甘い匂いを、相手に嗅がせ眠りに誘う」とあった。
彼女の匂いがまさにそれで、襲いに来た森の動物(レッドベアー含)たちも近くに寄ったらそのままごろんと寝る。
朝まで起きない。
朝になって『魔力装填:電磁衝撃』を起動させた状態で、ぐっすり寝ていた赤い熊さんに木の枝でツンツンしてみたことがある。
怒ったりして飛び掛ってくるかと思えば、寝ぼけ眼で欠伸しながらのっしのっし歩きながら、森の奥へ消えていった。
眠りを誘いつつ、敵意、害意を失わせる効果があるらしい。
ということを、エルリネに凄いなと言ってみたら、森のそういった動物や魔物に旅人を襲わせないようにするのが森人種族だという。
だから、森人種が住んでいる家からはその森人種特有の匂いがして、とその甘い匂いを嗅ぎにくる動物や魔物が集まり、森の中で一つの村みたいな集落を作るという。
それでも血の気が多い動物や魔物は、森人種が剪定という名で、駆除を行い、この駆除が行き届いていないと、初めて彼女に『電磁衝撃』を見せた、あの木登りライオンの大群みたいな状態になるという。
ここから考えるに辺り、あの森を担当していた森人種たちは死んだか、奴隷として捕まりあの地から離れてしまった。
そして剪定する森人種がいなくなったお陰で、爆発的に数が増え食うものが無くなったということが直ぐに考えつく。
あの森で俺がまとめて殲滅しなければ、きっとあの木登りライオンが街道へ出るようになり、近くの村を襲っただろう。
とはいえ、あの周辺に村なんかはないので、結局は飢えていたかもしれないが。




