始まり
雨倉乃依は困っていた。
独りになって早7年。
流石に、独りで一生こんな広い邸宅に住むとなると、絶対寂しさか何かで死んでしまう。
しかし、雨倉に同棲したい人間とか、そういったものはいないのである。
とりあえず、今日は寂しさを紛らわすために、近くにある警察本部に顔を出しに行こうと思った。
何せ今日は学校が休みである。
…息抜き代わりに何かちょうど良い仕事をやれたら良いのだが。
天日干しでお日様の匂いのする制服に身を包んで、財布と鍵、スマホを雑にポケットにしまって、家を出る。
警察本部の出入口前には何やら背広姿の人集りがあった。
雨倉はその中に知り合いの刑事の顔があったので、そっちへトテトテと近づいていった。
「ご機嫌よう。燈田刑事」
後ろから声をかけられた燈田はビクッとして、嫌そうな顔で振り向いた。
「…お前か」
「もしかして…警察の威信を賭けなきゃいけないタイプの事件でも起きたんですか?」
燈田はまたビクッとした。
…わかりやすい。
「本当お前…シャーロック・ホームズか何かなのか?」
燈田のその言葉に雨倉は小首を傾げた。
「…私の助手はアフガン帰りの医師でも、恰幅の良いおじさんでもないよ?」
「……はぁ、お前そもそも助手なんていないだろ」
〜♪
雨倉のスマホからメロディが流れてくる。
雨倉はスマホを確認し、周りなんてお構い無しで通話を始めた。
『もしもし。こちら雨倉乃依様の電話番号でお間違いないでしょうか?』
相手の声は高く…おそらく女性だろうとわかる。
…声に震えがないため、電話慣れしているタイプだろう。
そこそこの確率で私より年上か。
「はい。捜査ですか?調査ですか?」
『捜査で。詳しいことは直接…』
「わかりました。日時指定はありますか?平日は学校があるので対応が難しいですが」
『今日の10時に警察本部前の喫茶店"銅山"のテラス席で…というのはどうでしょう?』
「構いませんよ」
『では、よろしくお願いします』
ピッ。
「…依頼か?」
燈田はため息をついてそう言った。
「今回は『捜査』依頼らしいので、もしかすると…」
「ああ、もし現場でバッタリ会ったらそこそこの協力をしてやるよ…璃香が話を聞きたいだろうしな」
璃香というのは燈田の愛娘の名前である。
ちなみに璃香は『雨倉探偵』の大ファンである。
「ありがたいです。じゃあ私はこれで」
ニコッと笑ってそう言うと、雨倉は警察本部を去った。
雨倉は喫茶店"銅山"にて、コーヒー一杯で小一時間居座った。
依頼主と思しき姿が警察本部から出てきたのは10時頃。
そして、雨倉の前まで来たのはその3分ほど後である。
「…高校生の私が言うのもなんですが、社会人として遅刻はどうなんですか?」
雨倉は結構時間に厳しい。
遅刻に関しては特に。
「その…申し訳ございません。警察の方の事情聴取が多少長くなってしまって………本当…申し訳ない」
依頼主の見た目は大体30代女性で、服は全体的に黒く…しかしゴスロリではない、喪服っぽい雰囲気の服である。
そんな依頼主が高校生相手に冷や汗をかきながら必死に弁明をした。
雨倉は相手を1分ほど鋭く睨みつけ、そして飽きたのか大きく息を吐いた後、向かいの席に掛けるよう手で示した。
「…その…依頼…しても?」
しどろもどろになりながら依頼主はそう聞いてくる。
雨倉は小首を傾げ、そして頷いた。
当然だ、と言わんばかりに。
「その、実は先日、私の父が殺されてしまいまして」
雨倉はその言葉に相槌を打つ。
特に気になることもないようで。
「…その…犯人を探して欲しくて。いや…その…ええと…」
「『恨む相手』或いは『復讐の相手』をお探しで?」
雨倉は依頼主の『その』と言う癖を考えつつ、そんなことを言った。
「あ…その…」
依頼主は『そういうのはダメなのでしょうか?』と言う目を向けてくる。
「いえいえ、私は別に正義を気取っているわけでもないので。ただの探偵風情に過ぎませんので、相応の報酬さえあればどんな依頼でも受けますとも」
「…であれば…」
「その前に」
依頼主が依頼する気になったところで雨倉は口を挟んだ。
「報酬は全額前払いです。過去の依頼主で『高校生風情が』などと言って報酬を踏み倒した社会のゴミがいましたので」
依頼主はその言葉にビクリと震えた。
「…その方はどうなったのでしょうか?」
「ああ、勘違いしないでいただきたいのですが、私は正当な理由が無い限り、日本国民として、日本国憲法に基づくあらゆる法律を遵守しますよ?」
スラスラと雨倉はそんなことを宣った。
依頼主は『もう深く聞かないでおこう』と思った。
「その…報酬の希望はありますか?」
「そうですね……とりあえず貴女の家を見せていただきたい」
「…あ…その…報酬…」
「見てから決めることにします」
そんなわけで雨倉は依頼主の家へ向かった。
好評であれば、或いはシリーズ化するかもしれません。




