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母を殺した白銀の城を捨て、俺は異国の女と生きる 〜「王冠を叩きつけた第二王子、誓いの逃亡」〜  作者: I・G・ε


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第8話【月の使者】

故国から遠く離れたこの場所で、

オリヴァーは初めて、

自分自身の物語の主人公になったのだと

感じていた。


追っ手の影はまだ消えていない。


だが今はただ、

この一瞬の静けさと、

隣にいる人の温もりを、

確かめていたかった。

『黒鯨号』が新大陸の港に着いたのは、それから半月後のことだった。

オリヴァーとメイヴィスは、身分を隠し、慈善団体の支援を装って小さな港町に居を構えた。

だが平穏は長くは続かなかった。


ある雨上がりの朝、宿の扉を叩く者があった。

旅装束に身を包んだ一人の女性。

フードの下から覗く顔に、オリヴァーは息を呑んだ。


「……母上様?」


「久しぶりね、オリヴァー」


「……」


オリヴァーは混乱していた。

「この人は誰だ? まさか母? いや、そんな筈はない」


「オリヴァー。訳は、後で話すわ。今は兎に角、私、急ぎから。……」


かつての母は、今も変わらぬ柔らかな微笑みを浮かべていた。

だがその瞳の奥には、長旅の疲労と、何か切迫した色が見て取れた。


「なぜここに? どうやって俺たちの居場所を」


「あなたを探すためではないわ。正確には……あなたたち二人にしか、頼めないことがあって来たの」


セシリアが懐から取り出したのは、王家の紋章が押された一通の封書だった。


「あなたの兄が、病に倒れました。

表向きは伏せられているけれど、後継者問題で宮廷が揺れています。

カミラ様の一派と、旧来の貴族院が、あなたを『予備』としてではなく、

政治の道具として呼び戻そうとしている」


メイヴィスの表情が強張った。オリヴァーは静かに首を振る。


「俺は戻らない。王冠のために、メイヴィスを危険に晒すつもりはない」


「わかっているわ。だから頼みに来たの――戻ってきてほしいなんて、一言も言うつもりはない。

ただ、あなたの『声』を貸してほしい。

かつて添え物と呼ばれた私が、慈善という名の武器で王室と戦ったように。

今度はあなたが、外の世界から、王室という檻そのものに疑問を投げかけてほしいの」


沈黙が部屋を満たした。窓の外では、あの晩と同じように、雲の切れ間から月が覗いていた。



【二つの月】


「戦う、というのは……メディアに出ろということですか」


メイヴィスが尋ねると、セシリアは頷いた。


「ドキュメンタリー、独占インタビュー――手段は問わない。

宮廷内の腐敗、旧態依然とした慣習、そして『家族』という名のもとに個人が押し潰されていく構造。

それを、外から見た者にしか語れない言葉で、世界に伝えてほしいの」


オリヴァーはしばらく黙り込んだ後、静かに口を開いた。


「一つだけ、条件がある」


「何かしら」


「メイヴィスを、政治の道具にはしない。

彼女は俺が守ると決めた人だ。

世間がどう騒ごうと、彼女自身の言葉でしか、彼女のことを語らせない」


セシリアは目を細め、深く頷いた。


「当然のことだわ。かつて私も、誰かにそう言ってほしかった」


三人はしばし、無言のまま夜明けの港を見つめた。

かつて王宮の廊下で交わされた小さな微笑みが、遠い時を経て、

今こうして一つの意志となって結ばれようとしていた。


「月は同じでも、それぞれの見上げ方がある」


オリヴァーがつぶやくと、セシリアは静かに笑った。


「ええ。だからこそ、私たちはそれぞれの場所で、それぞれの戦い方で光を放てばいい」


翌朝、三人はそれぞれの道を歩み出す準備を始めた。

王冠を捨てた第二王子と、王冠より輝いた元王太子妃――二つの月が、

初めて同じ夜空の下で交わった瞬間だった。


セシリアは、わが身の話を二人に聞かせて、これからの二人の参考にさせた。

(完)


©[I・G・ε]All Right Leserved.

読んでくださりました方々に篤くお礼申し上げます。

ありがとうございました。

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