第一章 — 鎖の記憶と自由の光
ほこりとカビ、そして汗の匂いが蒸し暑い空気の中に満ちていた。目を開けた瞬間、最初に感じたのは胃を刺すような不快な痛み、腹持ちの悪い空腹感だった。俺は暗いテントの中に設置された、錆びついた鉄籠の中に閉じ込められていた。
外部は騒がしかった。格子の隙間から脇に目をやると、使い古された服を着た強欲そうな中年男が立っていた。彼は通行人に向かって身振り手振りを交え、大声で叫んでいた。
「奴隷の販売だ! 今すぐ買っていってくれ! さまざまな種族がそろっているよ、勉強しておくよ!」
俺は混乱しながら自分の手を見下ろした。それは土と汚れにまみれた、小さな子供の手だった。檻の隅、わらの束に立てかけられた小さなひび割れた鏡に目が留まった。ゆっくりと近づき、そこに映る姿を見つめた。髪は長く伸びきってボサボサで、体に纏っているのは破れたボロ布だけだった。
「俺は……誰だ?」かすれた低い声でつぶやいた。「何も思い出せない……自分が誰なのかすら、分からない……」
次の瞬間、頭に激しい痛みが走った。あまりの激痛に平衡感覚を失いかけた。反射的に頭頂部に手をやると、ねっとりとした温かい液体が触れた。指を離して手のひらを見ると、そこには新しい血がついていた。
直後、記憶のフラッシュバックが脳内に雪崩のように流れ込んできた。猛烈なめまいが俺を襲った。俺は檻の土の上に膝をつき、頭を強く抱えながら苦痛に身をよじらせた。
「なんだこれは……!? 何が起きているんだ!?」
頭の中で止まることなく溢れ出る光景に息を詰まらせながら、俺は歯を食いしばった。
舗装された道路、そびえ立つ高層ビル、行き交う車、そして人ごみ。前の人生で、それらの街並みを歩いていた記憶。俺は「地球」と呼ばれる世界で暮らしていた。日常があり、歴史があった……俺が死ぬその瞬間までは。そしてどういうわけか、俺はこの世界に転生したのだ。
頭の中のフラッシュバックが次第に収まってきた。荒い息をつきながら、再び格子に手をかけて隅にある鏡をもう一度覗き込んだ。
「俺の名前は……カイ」真実を受け入れながら自らに言い聞かせた。「この世界での俺はカイ……そして十歳だ」
地球での記憶を取り戻したことで、この世界での出来事も鮮明に繋がった。母さんは最近亡くなった。死ぬ直前、極貧と飢えの絶望から、食べるものを得るために俺を奴隷商人に売ったのだ。しかしその数日後、俺は彼女の悲惨な末路を知ることになった。鎖で繋がれ、街の通りを引きずられていく途中で、行き倒れて冷たくなった母さんの遺体を目撃したのだ。
前世と今世、両方の記憶が完全に蘇った。そして、頭の怪我の理由も思い出した。少し前、買収目的の客が俺を品定めするために檻に近づいてきた。恐怖と本能から、俺はその客に噛みついたのだ。腹を立てた奴隷商人は腹いせに木棒を持ち出し、俺の頭を思い切り殴りつけた。それで俺は今まで気を失っていたのだ。
指についた血を見つめながら、俺はため息をついた。
「別の世界に転生したってのに……こんな惨めな生き方をするなんてな……」
記憶を取り戻してから、数ヶ月が過ぎた。
奴隷キャンプでの生活は、絶え間ない困窮の連続だった。奴隷商人は俺を死なせたくないらしく、最低限の食事だけは与えてくれたが、常に檻の中で厳重に鎖で繋がれたままだった。
そんな中、定期的に訪れる一人の老女がいた。温かい面持ちをした素朴な農民の granny だった。最初に奴隷市で俺を見たとき、彼女は俺の惨状を見て涙を流した。それ以来、彼女は度々訪ねてきては、見張りの隙を見ては食べ物を差し入れてくれた。
ある日、またその老女がやってくるのが見えた。しかし今回は俺の檻ではなく、奴隷商人――販売を取り仕切る男のもとへ直接歩み寄っていった。
驚いたことに、彼女はその場に膝をつき、震える手を合わせて懇願した。
「お願いです、旦那様……あの子を放してやってください! どうか慈悲を……!」
男は蔑むような目で見下ろし、鼻で笑った。
「ここは商売の場だ、ババア。施しじゃねえんだよ。あいつが欲しいなら、金を払って買っていきな」
金を持たない老女はうなだれ、ゆっくりと立ち上がると、静かにテントを後にした。
一週間後、彼女は再びキャンプに姿を現した。まっすぐに商人の元へ歩み寄ると、机の上にコインの詰まった袋を置いた。
「耕作用の牛を売ってきました……私の持っている全てです。貯め込んだ金とこれを合わせて、あの子を買わせてください」
男は袋を受け取り、手で重さを確かめ、一枚一枚慎重に金を数えた。強欲な笑みを浮かべると、男は頷いた。
「いいだろう。金は確かだ。ガキを連れていけ」
商人は鍵の束を取り出し、老女に手渡した。彼女は俺の檻へ近づき、南京錠を開け、手首と足首を縛っていた鎖を外した。金属の重みがようやく体から消え去ったが、俺はわらの上に座り込んだまま地面を見つめていた。
「俺……行くあてなんてないよ」消え入るような声で言った。
老女は優しく微笑み、あたたかい手を差し伸べた。
「私と一緒に暮らしましょう。自由な男の子としてね」
あれから数年が経った。
老女は澄んだ空気と緑に囲まれた小規模な農場で暮らしていた。俺は彼女と一緒に暮らし、日々の農作業を手伝うようになった。二人で土を耕し、種をまき、収穫する日々を送っていた。
ある晴れた日の午後、二人でクワを手にして土を整えていたとき、ずっと胸に秘めていた質問を投げかけてみた。
「おばあちゃん……一つ聞いてもいい? なんであの日、俺を助けてくれたの? どうして自分の全てを投げ打ってまで、俺を買ってくれたの?」
彼女は手を止め、クワの柄に寄りかかりながら、どこか懐かしそうに遠くを見つめた。
「カイ、お前が私の息子にとてもよく似ていたからだよ」彼女は愛おしそうに答えた。「ちょうど今のあなたくらいの年齢のころ、そっくりだったのさ……だけどかわいそうに、あの子は数年前に魔物に襲われて亡くなってしまってね」
その言葉を聞き、彼女の行動の深さに胸が締め付けられる思いがした。俺は彼女の目をまっすぐに見つめて言った。
「俺、おばあちゃんがこうして大切にしてくれるのがすごく嬉しいよ。心から感謝してる」
老女はパッと表情を明るくし、瞳を潤ませながら微笑んだ。
「そう言ってもらえると、本当に嬉しいよ……」
次の瞬間、彼女の笑顔が消えた。焦点が定まらなくなり、ガクリと膝から崩れ落ちて土の上に倒れ込んだ。
「おばあちゃん!」俺はパニックになって叫んだ。すぐに駆け寄り、脇に膝をついて彼女を抱き起こそうとした。
間もなくして、俺は農場の隣にある小さな自宅へ彼女を運び、ベッドに寝かせた。そしてすぐに近所の医者を呼んだ。
医者はベッドで青ざめたまま意識を失っている彼女を診察した。一通りの診察を終えると、深刻な面持ちで俺を振り返った。
「珍しい病気だ」医者は静かに説明した。「体内の魔力の異常……魔力障害が引き起こした重篤な症状だ」
この世界には、俺がいた地球とは全く異なる法則が存在していた。ここでは誰もがレベルを上げ、職業を得て、魔物を倒しながら冒険をすることができる――まさに地球で遊んでいたRPGゲームのような世界だった。しかし、この世界に満ちる魔力は、鍛えられていない者の体に異常をきたすこともあったのだ。
俺は焦りながら医者を見つめ、尋ねた。
「おばあちゃんを助ける方法はあるの!? どうすれば救えるの!?」
医者はため息をつき、俺の頭に手を置くと、悲しそうに首を振った。
「この病気を治すのに必要な薬は、とてつもなく高価なんだ、坊ず。お前が農作業でそんな大金を作れる頃には……もう手遅れだ。彼女は命を落としているだろう」
医者は一呼吸置くと、言葉を続けた。
「最も手っ取り早く必要な金や稀少な素材を手に入れる方法があるとすれば……それはお前が冒険者になり、ダンジョンに挑むことくらいだ」
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