熊井栗鼠という女 弐
「あはは~、ちょっとふざけ過ぎたね~。そうそう、自己紹介だよ、自己紹介。とは言っても、私のターンで話すことはもう無いかな~。じゃあ~、水仙くん、どうぞ~。」
「えっ!? あたし!?」
「どうぞ~。」
突如順番が回ってきた水仙は、先ほどまでの威勢から一転して、困惑した様子だ。どうやら、『見てください』と言わんばかりの派手な外見をしておきながら、注目されるのは苦手らしい。
「えっと……真珠田水仙……2年生デス……。」
「ん~? 終わり~?」
「お、終わりっ! なにも話すことない!」
「いやいやァ、好きなものとかさ~?」
「そんなの、先生も言わなかったでしょ!」
「おや、たしかに。じゃあ、せっかくだし発表しちゃうか~。私の好きなものは、第一に『男』、第二に『酒』、第三に『生き物』さ。」
こんな風体でありながら、『生き物』は置いておいても、『男』と『酒』が好物とは、意外である。この『生物研究部』に出会ってから、俺の中の『人間観』みたいなものがどんどん更新されていっている感覚がある。
まぁ……それも、俺がこれまで他人と深く関わることが少なかったからかもしれない。他人は見た目からは想像がつかない内面をもっている。
そんな当たり前のことに、実感をもって気づくことができた。それだけでも《《ここ》》に入った意味はあったと言えよう。
「へ、へぇー……! いちいち順番も決めてるあたり、理由を訊かれ待ちしてる感じするケド……。」
「お~、水仙くんにしてはご明察だね~。」
「ひと言余計っ!」
「そう、『男』は私にとって人生の生産性を上げるのに必要不可欠さ。『パートナー』と言ったほうが良いのかな? まぁ、私の対象が男性というだけの話だよ~。」
「『扶養者』を第一に欲しているんですね、先生は。」
「それは少し違うよ、青蓮く~ん。私はなにも被扶養者になりたいワケじゃないんだ。共に働き、共に生き、そして豊かな性交渉を求めているのさ~。」
「……なるほど。本当に求めているのは後ろのほうですね?」
「い~や、それも私にとっては『生産性』を上げる一因に過ぎないよ~。つまり、私が最も重視し、求めているのは、『幸せ』と言っていいね~。この世界では、『幸せ』はほぼ『金』と同義、イコール『生産性』の高さなのさ~。」
「そう言って『人生』を因数分解していくと、なんとも味気ない感じがしますね。」
「ん~? たしかに、数式みたいにXやYで表してしまえば、そうなんだけどね~。そこには『代入可能』だろう? ……
「つまり、私の第二と第三の好物はそれさ。『酒』は私のストレスを緩和し、『生き物』は私を奮い立たせる。どちらも、私の『生産性』におけるモチベーションを高めるのに一役買ってくれているのさ~。」
「……『生き物』というのは、その『男』も包含しているようにも思えますが、順位が下ですね?」
「あ~、私の言う『生き物』は、家で飼ってるペットちゃんをはじめとした『観察対象』のことさ~。『男』も、生物的な目線でみれば同じだけどね~。」
なるほどな、と俺は黙って聞いていた。となると、彼女の第一から第三までのランキングは、彼女自身の『生産性』とやらを高める順なのだろう。一見、全てを『生産性があるか否か』で判断する淡白な人物かと思いきや、聞いてみると、しっかりと『好き』がある、人間らしい一面が垣間見えた。
「少し長くなったね~。じゃあそろそろ、水仙くんの好きなものとその理由を聞こうじゃないか~!」
「はぁっ!?」
「とか驚いたふりしちゃって~。ずっと黙って俯いてたのは、話す内容を考えていたからなんだろう~?」
「う、うぅぅ……!」
盛大なフリから繰り出される彼女の『好きなもの』は一体なんなのだろうか。非常に……そう、ヒジョーーに聞きごたえのある回答をしてくれるに違いない。
涙目の水仙を見ながら、俺は心の中でほくそ笑んでいた。




