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熊井栗鼠という女 壱

「よ、よう。部活行くだろ……?」


入部届提出期限の翌日。


放課後、一番最後に教室を出た俺を出迎えたのは、隣のクラスの煤牛(すすうし)かんなだった。


今朝(けさ)も、玄関前で同じ光景を目にした。つい昨日(きのう)までは想像もしなかった光景だ。


いや、『昨日まで』とは言ったが、1年と少し前まではそれが日常だったか。もはや覚えてはいないが。


「……おう。」


短く返事を返した俺は、彼女の前を通り過ぎて、足早に階段のほうへ向かった。我ながらかなり素っ気ないとは思うが、(いま)だに残る心のわだかまりがそうさせるのだ。


「だから、速いんだって!」


背後からズドンと肩に重しが乗っかる。彼女の両手がメリメリと俺の僧帽筋に沈んでいくのが感覚で分かる。


俺は、もう二度と彼女よりも速く歩かないことを心に誓った。



「こんにちはー!」


「……お疲れ様でーす。」


ガラガラっと勢いよく扉が開くと同時に、煤牛もまた同じ勢いで挨拶を繰り出す。それに乗り過ごした俺は、ワンテンポ遅れて挨拶をした。


「ご機嫌よう、2人とも。」


「……んー。」


キリッとこちらに顔を向けて挨拶を返す青蓮(せいれん)とは反対に、スマホのインカメラを鏡代わりに、お化粧にお熱な水仙(すいせん)は、挨拶とも相槌(あいづち)ともつかない言葉を返してきた。


「お~、君たちが新しく入部した子か~。」


もうひとつの声の方向……生物室の教壇には、白衣の女性が立っていた。


「こ、こんにちは。」


「こんにちは!」


「ん~、元気だね~。こんにちは~。ま、テキトーに座ってよ~。」


見た目年齢は20代後半から30代前半といったところか。肩にかかるかという長さの髪は、癖毛というよりは、寝癖のようにボサついている。栗色のそれは、頭頂部に行くにつれて黒みを増している……いわゆる『プリン頭』というやつか。色的にはチョコプリンだが。


「ん、みんな席についたね~。よ~し、まずは自己紹介といこうか~。」


彼女は、カッカッカッ、と黒板の上に、軽快にチョークを滑らせていく。


書きながら『え~っと』と言い言い、頭をボリボリと掻く後ろ姿からは、なんとも言えない天才感というか、変人感というか、そんなイメージが思い浮かんだ。


「よしと。はい、ちゅうも~く。え~、私の名前は『熊井栗鼠(くまいりす)』と言いま~す。動物が2匹も入ってま~す。すごいよね~。」


この人が『熊井栗鼠』か。入学時に渡されたプリントの中に職員名簿もあって、名前だけは把握していたが、女性だったとは。なぜか勝手に男性をイメージしていた。


「私はこの『生物研究部』の顧問を担当するほか、『生物』の授業も受け持ってるので、もうしばらくしたら新入生の2人とも授業で会えるかもね~。」


あはは、と愛想笑いを返すしかない俺と煤牛だったが、耐えかねたように水仙が喋りだした。


「先生ぇ、質問でーす。」


「は~い、水仙くん、どうぞ~。」


「いつもはダサい眼鏡かけてるのに、なんで今日はコンタクトなんですかー。」


「先生も新入生たちの前でカッコつけたかったんです~。それにいつもの眼鏡もダサくないです~。」


「カッコつけたいなら、その『ダサくない』って言う眼鏡かけてきてくださいー。」


「ダサくはないけど、カッコよくもないだけです~。ちょうど中間なんです~先生の眼鏡は~。」


なんだこの程度の低い口論は。少し緊張していた自分がバカらしい。……いや、これがこの先生なりの『緊張のほぐし方』なのだろうか。だとしたら、中々の手腕である。


「先生、また(くま)が濃くなっているように見えますよ。睡眠時間はちゃんと取れているんですか?」


「ありがとね~青蓮くん。私を心配してくれるのは君くらいなものだよ~。新入生の2人も、この青蓮くんを見習うんだよ~。間違っても髪を金に染めるなんて考えちゃあダメだからね~。」


「あー! 先生、そういうの今どきヤバいからね!」


「ほ~う? なにがどう『ヤバい』のか、論理的に説明してみたまえよ~。私は『金髪に染めるな』と言っただけだが~、それのどこに水仙くんが絡んでくるのかな~?」


「あたし金髪だし! 傷ついた!」


「髪が~?」


「心が!!」


「まあまあ、落ち着きたまえよ。先生も、自己紹介が途中ですよ?」


おそらくだが、これが彼女らのこれまでの日常だったのだろう。この、無駄に洗練された無駄な口論は、よほどの関係性を築いていないと実現できないであろうから。


「な、なあ、『高校の先生』って、みんなあんなカンジなのかな?」


「……知らね。知らねーけど、『んなワケねぇ』と思う。」


「……だよなぁ。」


(あき)れたような、安心したような、確信したような声色で、煤牛はそう言った。おそらく、俺も彼女と同じ感情を(いだ)いていた。

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